第47話 降伏とは即ち敗者を勝者へと裏返す最大の作戦である


「手、打ち……?」


 ロンログペシミア討伐後、骨刀を放り捨てた六華の呟いた言葉に私は耳を疑った。


 まさかまさか、こんなに楽しい戦いを放り捨てるだなんて……じゃなくて! そんな思考じゃただのバーサーカーじゃん! 私はソルトシュガーを卒業したの! 今はただの生産職!


 よし、内なる邪心はこれにて浄化した! 私は正気に戻ったのだ!


「んと、手打ちって、降服ってことでいいんだよね?」

「常識的な思考をすれば、その通りの解釈ですね。その非常識な頭がどのような思考回路をしているのかはわかりかねますので、常識のすり合わせには大いに同意しましょう」


 なんだか人外みたいな扱いをされている気がする。まあ、それは一先ず横に措いて。


「え、え? じゃあなに? これで戦うの終わりなの?」

「そもそも、ここでの戦闘は私の予定外の行動です。すべては灰汁田の暴走……と、いいたいのですけれどね。まあ、信用できないのは重々承知しております」


 そりゃそうだ。なんたって、私と六華ちゃん&灰汁田川ちゃんの戦いの火ぶたを切ったのは他でもない六華ちゃん。実際、斬り落とされた私の右手は、今もあっちの方に転がってるし。


「破綻してるんですよ。あの子は」


 どういうこった。


「なにはともあれ、これ以上ここで戦ったところで……いえ、違いますね。そもそもこの戦いに勝利したところで、私に一切の得がないことは、そのイカれた思考回路ならば簡単にわかることだと思います」

「ちょくちょく引っかかること言われてる気がするけど……というか、このポーチとか装備とかが目当てでPKしようとしてたんじゃないの?」

「貴方との契約をふいにしてまで得たいものだとは思いませんよ。感情は抜きにして。そして私は感情ではなく勘定で動くタイプであることを、貴方はよく見ているんじゃないでしょうか?」

「確かにそうかもしれないけど……うーん……ここ最近の経験から、人の心を予想するのに自信ないんだよねー……」

「そうですか。まあ、貴方の自信はどうでもいいので横に放り投げて」

「放り投げないでよ!? これでも悩んでるんだからさ!」


 酷いや六華ちゃん! と、声を上げたところで一区切り。


「まとめてしまえば、この先、貴方に装備品の制作の依頼をして得られる利益と、ここでPKをして得られる利益を天秤にかけた結果、圧倒的に前者の方が得があると判断しただけです」

「変なところで降服してまで?」

「おかしなところで降服してまで」


 なるほどなるほど。


 いや、まあ確かにそうか。私との関係がなかったとしても、現状彼女は二対一の状況で、無駄に速い私を相手にしながら神出鬼没なハスパエールちゃんを相手にする余裕はない。


 よしんば勝利を収めたとしても、刃紅葉の谷の魔物たちは斬撃に対して耐性をもつ種が多い。即ち、六華ちゃんの天敵。そんな魔物たちの巣窟から、無事ホラーソーンに帰れるとも思えない。


 なるほど。確かに得はない。


「おかしなことを言っているとは思いますよ。後背を斬りつけておきながら、今更許しを請うだなんて、何とも虫のいい話だと重々承知しております。必要ならば金銭なども付与しましょう。その上で私は、後戻りのできるところで戻っておきたい。なので、ここで降服を致します」

「なら最初からやらなきゃいいと思うんだけど……」


 六華ちゃんの言葉通り、何とも虫のいい話に私は呆れるようにそう返した。というかそもそも、そんなことで私は人を嫌いになったりしない。結局、PKなんてものはゲームに誂えられたシステムで、ゲームの一つの楽しみ方。そのシステムに負けてアイテムを奪われようとも、悔しみこそすれ恨みはしない。


 まあ、そんなことを友人に言ったら人じゃないものを見るような眼をされたことがあるけれども。ともかく、私のスタンスはその程度のものなのだ。


 なので、重ねて呆れる。


 そんなことをするなら最初からしなければいいのに、と呆れて。


 そんなことをされたところで私は別に依頼受けるけど、と呆れた。


「私も思いますよ。どうしてこんなところで仕掛けたのか、と。手の内の多くはバレていて、しかもあなたは時間が過ぎれば過ぎるほどに指数関数的に強くなっていく。どうせ、このまま戦い続けていたところで、私が負けていたのは火を見るよりも明らかでしょう」

「ならば重ねて訊くけどさ。どうしてやったのさ六華ちゃん。そこまで重ね重ね意味もなく得もないと言い切れるようなことをするような女の子には、とてもじゃないけど見えないな」

「何を言いますか、ソルトシュガー」


 何度も重ねて尋ねる私に、六華ちゃんは当然のことを語るように言う。


 カラスが黒いとでも語るように、海は広いとでも語るように。


「あんな破綻者でも、私の可愛い妹ですから」


 ああ、なるほど。


 妹想い、ということか。


「それにしては、灰汁ちゃんが死んじゃったらすぐに手のひらを返したように見えるけど?」

「実益重視ですので」

「いいお姉ちゃんじゃん」

「ええ、もちろんホラーソーンに帰ったらすぐにでも、あの裏切り中毒の人格破綻者の教育をするほどには」


 にこりと笑った六華ちゃんがそんな風に会話を締めて、私たちの戦いは終わった。


 ロンログペシミアの素材と、ここまでの道中で手に入れた魔物の素材と、これからホラーソーンに行くまでの道のりで手に入れるであろう魔物の素材のすべてを提供するという約束で、二人が襲い掛かって来たことは不問となる。


 まあ、最初から問題にするつもりはなかったし、この件を蒸し返すつもりもない。私は六華ちゃんのことを友達だと思ってるし、灰汁ちゃんのことも新しく出会った可愛いおにゃの子だと思ってる。


 世界は平和だし、今日もログアウトボタンは現れない。


 ただ、それだけだ。


「そう言えば、一つ」

「なにかななにかな六華ちゃん」


 隠れていたハスパエールちゃんと合流し、ロンログペシミアの解体に移った私に対して、世間話をするように六華ちゃんは話しかけてきた。


「今日ほど無駄な戦いはないと思いますけれど……だからと言って、今日と同じようなことが今後起こらないという保証はありません」

「見境なくPKしてくるってんなら望むところだよ?」

「そう言うことではなくてですね……」


 なんだろうか。少なくとも、彼女の言葉に対する私の返答は、話題の本質から大きく逸れていたことだけは、六華ちゃんの疲労を感じさせる表情を見てわかったけれど。


「以前も話しましたよね。このゲームには三つの派閥が居ると」

「うん、言ったね」

「ゲームが始まってから一週間が経ちました」

「うん、経ったね」

「気の早い人間なら、既に限界が来ている人もいるでしょう」


 限界。そんな言葉を強調しながら、六華ちゃんは言う。


「破綻した人間は存在しても、破綻しない人間は存在しません。特に、このゲームの中のような非日常の中では、いずれ人は狂ってしまう。この先……一か月後になるか、二か月後になるかはわかりませんけれど……そうなったとき、今日以上に理不尽な裏切りに会うかもしれません」

「心配してくれてるの? ありがと、六華ちゃん。やっと、ここまで私が深めた親睦が芽吹いたみたいで感激だよ!」

「うすら寒いことを言わないでくださいよ。私はただ、頭のおかしくなった人間程度に、負けるようなことだけはないように、忠告したまでですよ」


 やっぱりつれない六華ちゃんは、笑うことなく言う。


「あなたを殺すのは私ですから。いずれ、肥えに肥えた装備品のすべてを、殺して殺して殺しつくして、身ぐるみすべてを奪い取ってあげますよ」

「楽しみにしてるよ六華ちゃん。私はいつでも待ってるからね」


 冷たい目をした六華ちゃん。彼女に対して、私が向けるのはやっぱり笑顔。花が咲いたような満面の笑みで、正面から楽しそうな敵意を私は受け取った。


 結局、最後の最後まで戦いつくすことはできなかったけれども。ここまで景気のいい挨拶を頂けけただけで、そんな不満はどこかへ消えて飛んで行ってしまった。


 さて、ロンログペシミアの素材も剝ぎ取り終わったことだし、ホラーソーンに帰るとしよう。


「ご主人」

「なにかなハスパエールちゃん?」

「わちしはただ働きが嫌いに」

「わかってるわかってるって。もちろん、この前に言ったおいしいバイキングに連れて行ってあげますとも!」

「嘘だったら承知しないに!」


 何はともあれ、一件落着だ。

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