第42話 適応とは即ち生き残るための最も優れた戦略である
刃紅葉の谷を歩いて30分。先のカーペットタイガーを含めて都合七体の魔物と遭遇し、それらすべてを返り討ちにしたところ。
「ここで一つ質問なのですが」
現在、七体目となるイワツムリなるカタツムリの殻を砕いて採集しているところで、六華ちゃんからそんな風に話題が上がった。
「質問というと?」
「ここまでの道のりで遭遇した魔物についてですね」
戦闘でずれてしまったガシャドクロウのお面の位置を直しながら振り返りつつ訊ねてみるのは私。イワツムリから素材を採取している私以外は手持ち無沙汰なはずなのだから、そっちで会話してくれてもいいと思うけれども、だからと言って六華ちゃんと話せる機会を見逃したくない私である。
これを機に仲を深められたらな~、だなんて。そんな期待を含めつつも、私は話題に乗っかった。
「ここまでで遭遇した魔物は四種類。これらの魔物たちと戦ったうえで、どのような意見を持たれたのかをお伺いしたいのですが」
「ほーん?」
六華ちゃんの言葉に、私は今までの道のりを改めて振り返る。
まず、最初に遭遇したカーペットタイガー。あれからもう二回この魔物とは遭遇していて、一回目と二回目は私が、三回目は灰汁ちゃんの墨筆デバフが見事に決まり、そこに六華ちゃんの太刀筋が据えられることで一刀両断と言った感じだ。
そして次に遭遇回数が多かったのがモミジモグラ。モミジのような手が特徴的なこのモグラは、突如として地面から奇襲を仕掛けてきたのだが、どちらも私狙いの特攻だったためあえなく撃沈。特に被害が出ることなく二回の戦闘はどちらも終了した。
続いて現れたのはヨロイツムギという蜘蛛。その姿を見た瞬間に灰汁ちゃんの方からうげという声が聞こえてきたその魔物は、かなり特徴的な姿をしていた。というのも、鎖帷子でも作るように自分の糸で、赫もみじの鋭利な葉を纏って武装していたのだ。
けれども、ここは後衛陣が頑張ってくれたおかげで、やはり難なく突破できた。というか、クモが苦手らしい灰汁ちゃんの暴走気味な大技が先手でばっちりと決まった形だ。
最後に、現在進行形で殻を砕かれているイワツムリは、それこそ岩のようにゴロゴロと転がって登場した魔物だ。基本的に中身を外に出すことはなく、延々と転がってこちらに突撃してくる上、厄介なことにAGIとENDに長けているものだから、下手な攻撃は通らないと来た。なので強引極まりない方法だけれど、私が正面から受け止めて六華ちゃんが両断した。危うく私も斬られそうになったけれど、そこはご愛敬だ。
かくして刃紅葉の谷での戦闘は七度行われ、大した被害も出すことなくのほほんとしているわけだけれども。ふむ、この四体を相手にして何を思ったのか、ね。
「あ、そう言えばお化けみたいなのいなかったね! まったく、お塩まで用意したってのに怯え損だよ~……」
そう言いつつ、私は幽世小袋に入れておいた岩塩をそこはかとなく取り出してみる。あ、そういえばカタツムリって塩有効なんだっけ。次イワツムリが現れたら試してみよ。
もちろん殴るよ。塩で。
なにせ私の持ってきた岩塩は重量重視。人の頭ぐらいあるからね! 普通に鈍器として申し分ない重量だ!
「……まあ、節穴の意見はこの際措いておくとしまして」
「重要なことだよ!?」
呆れた雰囲気の六華ちゃんに措いておかれた私は、岩塩を両手に必死に抗議する。お塩まで用意したんですよ!?
幽霊に対抗するために! お化けって物理攻撃利かないよ!?
ほーら、自然由来のお塩ですよー!!!(六華ちゃんのほっぺにぐいぐい)
「うざい」
「はい、さーせん」
六華ちゃんのお叱りの言葉にお塩をしまった私は、改めて考えてみる。ただ、私から望みの解答を引き出すのを諦めた六華ちゃんは、それとなく視線をハスパエールちゃんの方へと向けた。
「そちらは気付いておられるのではないのですか、ハスパエールさん?」
ハスパエールちゃんが気づいてるって? いやいやまさか――
「環境への適応に」
「ご明察」
な、なんだってー!? 普通に悔しい。
「ま、そこのお間抜けさんは気付いていなかったようですけれども、これまで私たちを襲って来た魔物にはある法則性がありました。それは、この刃紅葉の谷を取り巻く最大の環境……つまり、赫もみじへの適応です」
ふむ、言われてみれば確かにそうだ。
イワツムリは固い殻で身を守ることで赫もみじの葉を防ぎ、モミジモグラはそもそも地面を潜航する都合上、赫もみじの葉が脅威になることはない。
ヨロイツムギなんかはむしろ葉っぱを盾にすることで環境を利用しているし、カーペットタイガーだって、カーペットのように体を平たくすることで地面に寝そべり、強風によって横から斬られないようにできる……と、辛うじて対策を取っていると考えられる。
カーペットタイガーは怪しいところだけれど、それぞれがこの激烈な環境でも生き延びられるようにと、適応している。
「つまり、何が言いたいのお姉ちゃん」
合いの手を入れるの灰汁ちゃんに対して、六華ちゃんは言う。
「つまりは、下手をすると私が使い物にならなくなるということですね」
「方程式がわからないよ六華ちゃん!!」
いやいやいや、どういうことなの六華ちゃん!? どうして彼らが刃紅葉の谷の環境に適応しているからと言って、六華ちゃんが役立たずになるのさ!
なんて、勢いばかりで突っ込んでみたけれども。
「これが理由です。流石にここまで示せば、愚鈍な貴方でも理解できることでしょう」
「あー……なるほど」
六華ちゃんが背負う野太刀が引き抜かれる。薄らと白い波紋が綺麗な仕上がりだ。これが灰汁ちゃんの作品だというのが驚きを隠せない。私も今度作ってみようかな?
と、そんなことよりも。
「欠けてるね」
波打つ紋様を穿つように、野太刀の肉厚な刃は欠けていた。
「イワツムリ?」
「そうですね。転がっていた状態ともなりますと、この程度では済まなかったでしょう」
「ふふん、私のことを褒めてもいいんだぜ六華ちゃぁ~ん」
どうやら、イワツムリとの戦いで刃こぼれしてしまったらしい。
というのも、彼女の斬撃を延長するスキル〈ブレードスラッシュ〉は、斬撃を飛ばすのではなく、刀そのものの刃渡りを延長するスキルなのだ。なので、シャレコンベで私が戦った時はスキルの発動と同時に反撃することで野太刀を破壊することができたし、今回は見事に刃が欠けてしまった。
「モミジモグラやカーペットタイガーならば問題はないとは思います。けれど、この赫もみじの葉を体表の堅牢さによって適応した敵が相手となると、私の斬撃は無力となるでしょう」
「それってつまり、私の鬼刃鉈もやばいってことだよねー……」
斬撃自体が有効ではない相手。
前に相手したスケルトンは、骨自体を破壊しなければ倒せないという点で斬撃が若干有効ではなかったというだけであるけれど……こちらは完璧に斬撃が有効ではない相手。むしろ、硬すぎる装甲に刃こぼれしてしまう斬撃特攻すら在り得るのだから厄介だ。
「そして、ロンログペシミアという魔物がそうではない可能性は大きく低いでしょう」
「うわー……」
在り得る可能性。それは、ロンログペシミアが刃紅葉の谷に適応する過程において、その刃を通さぬ肉体へと進化した可能性だ。そうなると、斬撃攻撃に頼るしかない六華ちゃんは完全に無力となる。
最悪のパターンだ。
「灰汁ちゃんのスキルで柔らかくしたりできないの?」
「そうしたいところはやまやまだけど……私、まだ五種類しかスキル習得してないんだよね~」
七度の戦闘を重ねて見極めた灰汁ちゃんの戦闘スタイルは、デバフ支援型の後衛。スキルを重ねて相手を弱体化させて、此方が有利になるように立ち回るタイプだ。
森に訪れてから使った〈
それと大技。あれはヤバかったなー……。私もあんぐらいのことできたりするのかな?
ただし、『静寂空間』『足止め』『召喚獣』『大技』と来て、更にもう一つスキルがあるらしいのだけど、相手の防御能力に関与できるものは一つもないそうだ。
「まあ、そん時はそん時じゃない? 机上の空論、取らぬ狸の皮算用、絵に描いた餅に紙上の兵を談ず。こんなところであれやこれやと重ねていても、意味がないと私は思うな」
「おぉう灰汁ちゃんロジカルぅ……」
「言葉の意味わかってますソルトシュガー?」
まあ、ここでの会話なんて解体が終わるまでの雑談だ。それに、まったく意味がないわけでもない。
「六華ちゃん。一応、殴打武器持っとく?」
「遠慮しておきます。その手の武器は相手に近づくのが前提でしょう? 私、近づかれた時点でゲームオーバーですから」
「そういやそうだったね」
むむむ、となるとやっぱり新しく作った武器は私が持つべきか。悩みどころだ。
「っとと、それはそうと解体終わったよ~」
「では移動ですね。早々にソルトシュガーから離れたいので、早く現れてくれるとよいのですが……」
「ちょいちょいちょ~い! そこは嘘でも帰りたいって言うところでしょ六華ちゃん!」
「ご主人、それもそれでどうかと思うにけど……」
何はともあれ再出発! 素材を取ってるわけでもないなら、立ち止まるよりも足を動かせだよハスパエールちゃん!
『フィールドボスと遭遇しました』
「はい?」
「え?」
「にゃ?」
「えっと……?」
ロンログペシミアを探して当てもなく彷徨う旅路への第一歩を私が踏み出したその時、四人の脳裏へと同時にアナウンスが響き渡った。
フィールドボスと遭遇した。
そして、この刃紅葉の谷のフィールドボスと言えばあいつしかいない。
「ロンログペシミア!」
「い、いつの間に!?」
咄嗟に狂闘狼の短槍と結晶の鬼刃鉈を構えた私と、風見鶏を持ちつつ片手で筆を持った灰汁ちゃんが背中合わせになる。
そして、私たちの側面をカバーするようにハスパエールちゃんが体勢を低く構え、六華ちゃんが野太刀を抜いた。
敵影見えず、されどアナウンスは続く。
『戦闘を開始します』
同時に、流星が如くそれは姿を現した。
――きぃぃいいいいい!!!
猿叫と同時に向かい来るソレは、とてつもない速度でこちらへと向かってきていた。気づいた私は、ソレが移動する直線状に居る灰汁ちゃんを突き飛ばして避難させつつ、緊急回避で離脱した。
そうして初撃を回避した私たちは、現れた敵手に対して向き直る。刃紅葉の谷という苛酷極まりない環境に君臨する王者とは、果たしてどんな敵なのか。
ごくりと生唾を呑み込んで、いざ勝負せんと意気を猛らせる――が、
「……え?」
――うっきぃいいいいいい……ぎっ!?
猪突猛進な勢いそのまま、私たちに攻撃を仕掛けてきたソレは思いっきり赫もみじの幹へと突撃して、綺麗に木をへし折ったのだ。
崩れ落ちる赫もみじ。どさりと降り注ぐは致死の刃。何ともマヌケな絵面であるけれど、木にぶつかって逆さまになったソレは、空から降って来たそれらをお尻から浴びた。
そして、ついには刃の葉っぱによってそれの姿は見えなくなる。
「え、えと……討伐完了?」
「で、あってほしいのですけれど」
なんとも言えない絶妙な空気が、私たちの間に充満する。こう、フィールドボスならばもう少しかっこよく登場してほしいんだけどなー、なんて。
かっこ悪い姿をさらしたところで、ボスが弱くなるはずもないのに、私はそんなことを考えた。
――うっきぃいいいいい!!!
致死の刃に埋もれたソレは、雄たけびを上げながらも再び姿を露にした。見れば判る怒りを浮かべて、その猿は私たちを見る。
「写し描きの通り」
頭には笠、体には合羽を着ているようにこんもりとした体毛に、細長い手足が備わった姿は、ロラロちゃんから貰った写し描きの通りの姿をしていた。
その猿は、もう一度。
――きゃっ、きゃきゃきゃ、ぎぃいいいいい!!!
牙を見せて猛りだす。
だから私たちも各々の
「背中は任せたよ六華ちゃん、灰汁ちゃん。私、信用してるから」
「どうぞご自由にしてください。するだけならばタダですからね」
戦闘直前の会話にて、相変わらずな六華ちゃんの憎まれ口ににこりと私は笑った。
さあ、ロラロちゃんへ、ロンログペシミアの素材をお届けだっ!
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