第41話 寂静至らず


 音が消えた。


 静寂がうるさくなった。


 何をしたのかわからなかった。


「え、なに、これ……?」


 動揺を露にする私だけれど、そんなことなどどうでもいいとばかりに野太刀を構える六華ちゃんが視界に映る。


「―――――――」


 パクパクと動かされる口元を見るが、やはり声は聞こえてこない。だからこそ不思議で。だからこそ不可解で。世界が私からずれてしまったような――


「ッ!」


 瞬間、下から切り上げられるように振り上げられた剣線が、何時かの洞窟で見たように延長される。


 もちろん矛先はカーペットタイガー。彼も素っ頓狂な顔をして、突如として音の消えた世界に驚愕している。けれども、やはり命に迫る太刀筋を見ては、驚いてばかりいられない。


 カーペットタイガーがひらりと剣線を躱した。……


「え、なにそれ!?」


 なる程だからカーペットタイガーか……なんて、納得できるはずがない。骨格やら内臓はどこに行ったのか、目の前の虎はペラペラとした絨毯になり、文字通り紙一重で六華ちゃんの太刀筋を躱した。


「――! ――――! ……―――――!!」


 なにかを言うハスパエールちゃんだけれど、やはり音は伝わらない。それに業を煮やしたのか、彼女はそのまままっすぐとカーペットタイガーに突っ込んでいってしまった。


「〈―――〉!!」


 同時に繰り出されるのは、何度も見てきた必殺の〈猫パンチ〉。けれども、顔面からそれを受けたはずのカーペットタイガーは、べろりと体を後ろへと仰け反らせて平気そうな顔をしていた。


「分散された……?」


 衝撃が分散されたのだ。糠に釘うち、暖簾に腕押しというように、何をやっても無駄なことの例えの一つに上がってくる言葉が示す通り。


 ひらりと動く紙っぺら一枚をいくら殴りつけたところで、ひらひらと拳圧に靡くだけ。まるっきり意味のない行為でしかない。


 まさかそれを、魔物相手に例えることになるとは思わなかったけれども。本当にどんな骨格をしているのだろうか。全身軟骨とか?


 ともあれそれなら。


「なら、私の出番だ」


 左手に持ちし狂闘狼の短槍を構えた私は、跳躍と同時に渾身の投擲でカーペットタイガーを地面に縫い付ける。


『―――――!!』


 苦し気な声が聞こえてくる気がするけれども、やはり音は聞こえない。ともあれ。


「とどめ~!!」


 空かの奇襲。右手に構えた結晶の鬼刃鉈を大きく振りかぶった私は、備えられた〈唐竹割り〉のスキルを発動してカーペットタイガーの頭を叩き割った。


 戦闘終了だ。


「――解除~!」


 戦闘の終わりと同時に、空に浮かんでいた文字が消えた。すると、静寂は途切れて世界に音が戻ってくる。


 と、更に同時に。


 ぽこんっ!


「痛い!?」


 灰汁ちゃんの頭を、六華ちゃんの拳が襲い掛かった。それから、叱るようなお言葉が続けられる。


「……〈詩捨々々途しずしずと〉はチームゲームには不向きなスキルだと言ったのを忘れたのですか、灰汁田」

「はっ! そうだったよお姉ちゃん!」

「まったく……」


 呆れた様子の彼女だけれど、そんなことよりも。


「今の何?」


 私は灰汁ちゃんが何をしたのかが気になった。


 もちろん、彼女の筆と結果を見れば、答えは簡単に見えてくるだろうけれども。直接本人から聞いた方が楽だし、勘違いすることもあるまい。


「ああ、えっとね……これが私のユニークジョブの力なんだ」


 そう言う彼女が筆をとりだせば、零れ落ちる黒は透明無色なガラス板を画板にでもしたかのように空気中に道を作った。


「ユニークジョブ【墨士見習い】。特殊な墨で描いた法則を適用するジョブってところかな?」

「というと、今のは“空間”から“音が出ない”ようにしたってこと? 墨で文字を書いて?」

「うん、そう言う感じだよシュガっち」


 なんともまあ、特殊なスキルだことで。とはいえ、確かに私の【輪廻士】の特殊性を見れば、これぞユニークジョブと言えそうな力である。


 ……ん?


「見習い?」

「うん。そ、見習い。実は結構変な経緯で手に入れてね~」


 聞くところによれば、ウスハ山道にて敗走した彼女がどうしたら姉のいるホラーソーンにたどり着けるか考えていたところ。


 自分が敗走したばかりの山道に入っていくNPCのご老人を発見。流石によぼよぼのおじいちゃんを死にに行かせるのは見ていられないと注意喚起をしに行ったら、どういうわけか荷物持ちをすることなったのだそうだ。


 そうしているうちに、不可思議な術を使う老人が瞬く間にツリーアルマジロを撃退し、ホラーソーンにたどり着くことができたのだそうな。……ユニーククエストを伴いながら。


 まったくもって経緯がわからないけれども、いつの間にかその老人の弟子となっていた彼女である。気づいた時には教会に【墨士見習い】というスキルが出現していて、今もなおホラーソーンに滞在する老人で腕を磨いているらしい。

 

「ま、面白そうだから別にいいんだけどね~」


 なんとも気が合いそうな発言だ事で。というか、ウスハ山道に入ろうとした老人の荷物を持ってあげるとかすごいやさしいなこの子。私も見習って心も綺麗でありたいものだ。うん。どこぞのPKさんとは大違いである。


「……じー」


 おぅ……六華ちゃんからの視線が痛い。


「一応言っておきますけれども、というか勘違いされても困りますから忠告しておきますけれども、私の性格の話をするのでしたら灰汁田を比較対象にするのはやめておいた方がいいと思いますよ」

「またまた~、そんなこと言っちゃって~!」

「……ま、貴方とは波長が合うとは思いますけどね。悪辣なところとか」


 ……どういう意味だろうか? なんだか含みのある言葉だけれども、一体何を言いたいのかわからない。


 確かに灰汁ちゃんの陽光を見れば、比較対象にすることもおこがましいけれども。


 ともあれ。


「おい、灰汁田川。さっきのスキルは禁止に。他のところにゃらともかく、流石にこの森で使うには危険すぎるに」


 ハスパエールちゃんの言う通りだ。


「確かに戦闘中、相手の虚を突けるのは強いかもしれないけど……音が消えるってことは、風見鶏の声も聞こえなくなるってことだよね?」

「そうですね」

「あはは~、ごめんなさい。もうやらないから許して! このとーり!」


 音が聞こえないということは、鎌鼬の鳥かごに囚われた恐怖を報せる風見鶏の声が聞こえなくなってしまうということだ。それが戦闘中ともなれば、ただそれだけが致命傷になりかねない。なのでそのスキルを発動しないようにと、私たちは釘を差しておく。


「……次は構えた瞬間、殴りに行くに」

「こーら、ハスパエールちゃん。それはやりすぎ」

「ひにゃっ!? や、やりすぎなのはご主人に!!」


 もちろん、言い過ぎたハスパエールちゃんにはお腹をぐりぐりさせてもらったけれどもさ。


 ぷにぷにである。この柔らかさ、ここ数日食っちゃ寝てばかりだったのが原因ではなかろうか。


「ハスパエールちゃん、ベルトきつくなってたりしない?」

「にゃんのはにゃしにー!?」


 ふむ、まだ、か。というか、やっぱりゲームの中でも太ったりするのだろうか。……腹回りがだらしなくなったハスパエールちゃんも見てみた――いかんいかん欲望が……。


「さて、とりあえず解体でもしようかな」


 パッとハスパエールちゃんのお腹から手を離した私は、徐に解体ナイフを取り出した。


「あ、私はあんまりスキルが進んでないのでやってくれると助かるよ~!」

「任せてちょーだい! って、言っても私の〈解体〉もレベル4までしかないんだけどね」

「レベル1の私よりも品質は保証されてるってそれ!」


 そんな風なやり取りをしてから、いそいそと素材を剥ぎ剥ぎ剝ぎ。それにしても見事に頭部がかち割られている。流石は私の結晶の鬼刃鉈だ。


 結晶の鬼刃鉈は、もちろんシャレコンベで折れた青小鬼の鬼人鉈が武器転生したものだ。


 その効果はこんな感じ。


〇結晶の鬼刃鉈

 品質B- レア度B

 ―小鬼の魂が封じ込まれた武器。結晶によりその強度を大幅に増加させている。

 STR+153

 追加効果

 ・スキル〈鬼刃〉を追加する。

 効果:SPを消費して攻撃力を大きく上昇させる。

 ・戦闘スキル〈唐竹割り〉を追加する。

 効果:SPを消費して強力な上段斬りを放つ。

 ・鬼系のモンスターに対する攻撃力を上昇させる。

 

 追加効果に記載されていた〈鬼人化〉が〈鬼刃〉というスキルになり、その効果を大幅に上昇させ、更に追加ステータスが30も上昇した形だ。一見すればあまり変わっていないように見えるけれども、元がゴブリンの持つ粗悪武器だったことを考えれば信じられないほどの強化だろう。


 ちなみに、〈転化〉はしてない。というかできなかった。おそらく〈転化〉は魂に直接作用するスキルなので、前にやった分でこの武器に宿った魂には十分な〈転化〉の効果が適用されているということなのだろう。


 ちなみに、これによって私のSTRは大枠の240を超えた。ここに狂闘狼の短槍の追加ステータスも組み合わさると、280に至る大幅強化である。これはもう戦闘職と言って差し支えないだろうか?


 まあ、戦闘用のスキルが今のところ〈投擲〉と〈唐竹割り〉しかないのが玉に瑕。やはり攻撃スキルが無ければまともに戦えないあたり、よくできたゲーム性だなと思うしかない。


 そうしてこうしてカーペットタイガーの素材をはぎ取り終えた私は、適当に幽世小袋に素材を入れて次へと向かう。


 刃紅葉の谷の奥へ奥へ。そうして歩いていれば、いつかはたどり着くだろう。ロンログペシミアの縄張りへと。


「……」


 仄かな悪意の香りに気づいていながらも。


 私は気付かないふりをしていた。


 笑いながら。

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