第40話 くるくる回ろう風見鶏のように


「ふぅん、これが刃紅葉の赫もみじかぁ」


 刃となった葉に隠れ、赤い血が迸る土地。そこを通る生き物の肩身は狭く、故にこの場所は刃紅葉の谷と呼ばれる。


 そして、このフィールドのボスこそが、ロラロちゃんが必要とする素材となるロンログペシミアだ。


 私たち四人の目的はこのロンログペシミアの討伐。話によれば、ロンログペシミアは縄張りに踏み入ればあっちからやってくるほど好戦的な魔物だというけれど――


「……ご主人。これ、思ったよりもヤバくないかに?」

「ふっつーに、解体に使えるねこの葉っぱ」


 その前に、どうしてここまで鋭利な葉っぱが自然界に存在するのかを問いただしたくなってくる。


 それなりに地面に落ちていた赫もみじの葉を、恐る恐るつまみ上げてみる私。もちろん、散々にロラロちゃんから注意されている手前、素手で持ち上げるなんてことはしない。


 あまりに都合よく火箸が幽世小袋の中にあったので(武器を作ろうとした失敗品。火箸っぽいだけ)、それを使ってつまんだ。


「見てよこれ。素材とはいえゴブリンの皮がすっぱり」

「それ以前に、普段からゴブリン皮を持ち歩いてるあなたの方が怖いのですが?」

「素材を持ち歩くなんて生産職あるあるだよ六華ちゃん! そうだよね、灰汁ちゃん!」

「荷物にならないなら、まあ私も持ち歩くかな~」


 ゴブリンの皮で葉っぱの切れ味を試している私を見て、苦言を呈する六華ちゃん。けれども、万能な収納アイテムがあるのなら、いつでもどこでも何でも作れるように備えるのが生産職クオリティーではないだろうか。


 少なくとも私のソウルはそう囁いている。


 いやまあ、生産職なんてこのゲームではじめてやるんだけどさ。


「警戒事項は確か……」

「この風見鶏が鳴いたら、でしたね」

「そうそうそれそれ」


 刃紅葉の谷に来る上で準備しておくものは多い。ロラロちゃんから借りた鉄糸の衣もそうだし、さっき六華ちゃんへと渡した鳥かごもその一つだ。


 ランタンのような大きさの鳥かごの中に、くるくると回る風見鶏が一つ。それは常に回っていて、とてもじゃないが風向きを報せるアイテムのようには見えない。


 それもそのはず、この風見鶏の役割は風向きを報せるためのものじゃないのだから仕方がない。


 その名も『鎌鼬の鳥かご』というこれは、強風を検知すると同時に大声で鳴いてくれるというアイテムなのだ。


 さて、なぜそんなものが必要なのかと言えば、この森では風がそのまま死に直結するファクターになるから。


 それこそ生物学的に信じられないことだけれど、刃紅葉の谷に群生する赫もみじは、ひとたび風が吹いて枝葉が揺れれば、己が持つ鋭利な葉で自分自身を傷つけてしまい、結果多くの葉が舞い散るのだという。


 時には葉だけではなく枝ごと落ちるそれは、まさに物理的な鎌鼬。風に乗った葉っぱの刃は、被害者に悟られることなくその命を刈り取ることだろう。


 なので、事前に防御態勢を取る為にも、この鎌鼬の鳥かごは必要不可欠な攻略アイテムというわけだ。


 おおぉ、何も知らずに突っ込んでしまったらとを考えると、鳥肌が立ってくる……。


「灰汁田! 私はジョブの都合上、両手が塞がるから貴方が持ちなさい!」

「えぇ……? でもお姉ちゃん。私も両手空いてた方が戦いやすいんだけど……仕方ないなぁ」


 ただし、風見鶏はそこそこの大きさで、ベルトに付けるには邪魔過ぎる。なので片手で持たないといけないのだけれど、前衛を務める私やハスパエールちゃんは両手が空いていた方がいいという意見から、後衛二人に任せることとなった。


 ちなみに灰汁ちゃんも後衛らしい。姉妹揃って後衛とは、性格の方向性は全く似ていないくせに、そこら辺は似てるんだなー……。


「なんだか失礼なことを言われたような気がするのですが?」

「さてさてなんのことかな六華ちゃん。失言ってのは口に出してこそその責任を問われるものだから、何も言っていない私は執行猶予だと思うんだけど」

「思った、という解釈でよろしんですね」


 なんだか心が見透かされているようだ。いやん、六華ちゃんのえっち!


「まあまあ喧嘩はほどほどにして。ここから先を進む陣形を決めたいんだけど、いいかな?」


 おーっと、ここに来てムードメーカーこと灰汁ちゃんの登場だぁ! あたたかな陽の光に思わず私は昇天してしまいそうだ。みませいこの苦笑いとはとても思えない満面の笑みを。ああ、なんて太陽のような笑顔だろうか……。


「にゃら、ご主人、わちし、灰汁田川、六華に。異論があるにゃら好きに言うに~」

「まあ、妥当な判断だと思いますよ。いざとなった時にソルトシュガーを後ろから斬り殺せるところとか特に」


 ふむ、私の魂が抜けているうちに勝手に陣形が決まってしまったようだけれど。どうして戦闘が苦手な生産職でしかない私が一番前なのかなハスパエールちゃん?


「わちしは受けるより躱すのAGI特化ジョブで、後衛の二人は論外。そもそもご主人、シャレコンベの崖から落ちて死にゃにゃいようにゃHPとEND持ってるんだから適役以上のにゃに物でもないにぃ」


 圧を込めて詰め寄って見たはいいものの、理路整然とした言葉で追い返されてしまう。うーん、異論なし! 流石はハスパエールちゃんだ!


「ところで一つ」

「ハイなんでしょうか六華ちゃん」

「ご主人とは?」

「企業秘密ぅ!!」


 自分がユニークジョブであることを明かした私であるけれど、流石に会ってすぐのベスティア族の女の子を奴隷にしたと知られれば、私の沽券にかかわる!


 なのでお口はちゃっくちゃっく! なんだか六華ちゃんの目が私のことを軽蔑するような視線になっているけど、それは前からだから気にしなーい!!


「ほら、さっさと先に進むよ!」

「強引な転換にぃ」


 なにはともあれ、私は先を急いだ。なんたって、私たちが素材を取るのが遅れれば、ロラロちゃんとウィズさんの問題が解決しないのだから。


 そのために私は、必ずロンログペシミアの素材を持ち帰らないといけないのだ!


「あ、敵です」

「ロンログペシミア!?」

「どうみても猫ですよあれ。目的の魔物は猿と聞いていますから、100%違うでしょう」


 意気揚々と先に進む私たちの前に現れたのは、猫のような魔物である。その名も『カーペットタイガー』。毛皮にしたら売れそうな名前だな。


「見敵必殺ー!」


 変なテンションで叫ぶ私は、遭遇と共に武器を取り出した。初見の魔物ということもあり、まずは使い慣れた狂闘狼の短槍と――


「でませい、『結晶の鬼刃鉈』!」


 かのシャレコンベの戦いでの過重労働にて、地上に戻る道筋で役目を終えたかのようにぽっきりと折れてしまった青小鬼の鬼人鉈。その新たなる姿のお披露目だ!


「新しい武器ですか。随分と腰が軽いようですねソルトシュガー」

「ユグ汁のオールラウンダーとは私のことだぜい六華ちゃぁ~ん……って、そんなことはどうでもよくて。ほらほら、全員戦闘準備!」


 私の掛け声に合わせて、各々の武器を構える。ハスパエールちゃんは相変わらずの猫パンチ三式。六華ちゃんも、背負った野太刀を引き抜いて臨戦態勢ばっちりだ。


 そして。


「ちょっと戦いにくいけど……まあ、片手が動けば雑魚戦は十分かー」


 片手が塞がってしまっている灰汁ちゃんは、左手に鳥かごをもって、空いた右手で懐から一本の筆をとりだした。


 筆?

 え、何それ武器なの?


「シュガっち、ほらほら前向いて! 気になることは後にして、気を抜いてたら殺されちゃうよ!」

「あ、ああうん! よぉし、戦闘開始!」


 なんとも異様な武器に見惚れていた私は、敵に背を向けていたことを窘められてしまう。前衛がこの調子じゃあ先が思いやられるな、だなんて言葉が聞こえてきそうなため息が、六華ちゃんの方からも聞こえてきた。


 そんなものだから、兜の緒を締め直す気持ちで自分の両頬をパチンと叩いて私は気を引き締める(武器で両手が埋まってるから手の甲で。そのせいで自分を殴ってるみたいな感じになってるけれど)。


 そんな風に思いつつも、やはり湧いてできた好奇心が抑えられない私だ。筆で戦うだなんて普通じゃない姿は、まるでユニークジョブのよう。


 だから、見敵必殺だなんてのたまっておきながらも、私は敵の方へと突っ込むこともせずに見に回る。灰汁ちゃんの戦闘スタイルを拝めることを望んで。


 そしてお望み通り。


「え~……それでは一筆設けまして――〈詩捨々々途しずしずと〉」


 その力は披露される。


「一 筆 入 魂 !」


 筆の先から迸る墨が空気をなぞる。同時に、立体となった文字が宣誓するように世界へと現れた。


 瞬間。


「……うぇ?」


 世界から音が消えた。



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