第38話 助手のお仕事


「ということで、よろしくお願いします師匠」

「サポート頑張るよロラロちゃん!」


 さて、真正面から父親越えの啖呵を切ったロラロちゃんは、さっそく作業に取り掛かった。


 手伝いは私、助手のノット・シュガーでっす!


「……色々と言いたいことはあるにけど……ま、ご主人がそれでいいにゃらもうにゃんにも言わにゃいに……」


 ちなみに、ハスパエールちゃんはそんなことを言って赤蛇亭に帰ってしまった。きっと二度寝を貪りに戻ったのだろう。まあ実際、現金主義な彼女からしてみれば、手伝ったところで一銭の価値にもならない私の行動は理解に苦しむものだろうけど。


 とはいえ、それこそがハスパエールちゃんのスタンスなのだから、無理矢理変えることもできない。いやまあ、形式上彼女は私の奴隷なのだから、強制しようとしたらハスパエールちゃんは従うしかないのだけれど。


 それは違うとは思うからやらない。


「まずは使う鉱石の選別ですね。使用用途に合わせて最適な合金を選びます」


 さて、話を戻してロラロちゃんの挑戦についてだ。


「というと?」

「強度、加工、柔軟性、耐性などなど、使用用途によって求められる特性は大きく変化します。なので、ここでの素材選びが重要なのです」


 そう言うロラロちゃんは、工房の倉庫から取り出してきた箱の中から、様々な種類の鉱石を一つずつ作業台の上に乗せていった。


「例えばこちらのケロム鋼は耐食性が高く、錆びにくいので幅広く重用されています。けれど、強度が高すぎるせいで加工には向いていません。そこで、こちらのラーソル異鉄と呼ばれる鉱石を混ぜ込むことで柔軟性が増し、耐食性を保ったまま加工できるわけですね」


 ロラロちゃんの話に耳を傾ける私は、それとなく出てきた情報を咀嚼する。


 つまり、金属を使う上でデメリットになりうるマイナス特性を、他の金属を混ぜることによって打ち消し、使いやすくしているということだろうか。


「他にも、組み合わせによっては形状記憶合金になったり、熱雷魔などの様々な属性耐性を持った素材になったりと、合金はどのような素材をどのような製法でどのように作るかで、大きく特性を変えてしまいます」


 そう言いながら、彼女は手のひらサイズの鉱石を一つ、自分の目の前に置いた。それをハンマーで軽く叩くと、ぴしりと鉱石にひびが入る。ハンマーにはそれほど力が入っていなかったように見える。それこそ、小突いた程度の力だ。


 けれど、叩かれた鉱石は真っ二つに割れてしまった。


「その混ぜ合わせ次第では、マイナスの特性をより増長させることにもなるでしょう。なので、素材の持ち味を最大限に生かすためには、やはりしっかりとした知識が必要なわけです」


 なるほどなるほど。料理前の材料選びみたいなものですか。


「そういえば、一回合金やろうとして爆発しかけたんだよね」

「いったい何混ぜたんですか師匠……」

「まあ、色々とね?」


 昨日やらかしたことは多い。おかげで面白そうな新兵器もできたけど。またの名を玩具とも言うけれど。


 っていうか、ここまで話を聞いてて思ったんだけど、合金に〈開花〉使ったら本当にどうなるんだろうな。


 確か、魔物素材の時はグレードの高い魔物の素材になったのだけれど、塩水に〈開花〉を使った時は、どういうわけか大幅にレア度を更新するアイテムに変化した。


 だから、同じ特性の上位素材に変化すると予想できるけれども。変化した際、変化前には存在しなかったマイナス特性が増えてるー……だなんてことが起こるかもしれない。


 うーん、机上の空論でしかないけれど。ここまで来ると本当に複雑だ。勉強は苦手なんだよ~~~!!


 ……か、閑話休題。


「ちなみにに訊くけどロラロちゃん」

「はい、なんでしょうか師匠」


 こつこつと手元で鉱石を弄りながら考え込むロラロちゃんの思考にお邪魔して質問を一つ。


「もう素材選びをしてるってことは、何を作るのか決まってるってことだよね?」

「そうですね。一応は」


 なんだか含みのある言い方ではあるけれど、作るものは決まっているらしい。しかし、尚更なにに悩んでいるのか。


 そんな私の疑問を受信してか、それとなくロラロちゃんが話し始める。


「それが、そう言った品物があるという口伝えで聞いたものを、考察しつつ設計したものなので何を使うべきか迷っているんですよ」

「ああ、なるほど」


 そういえば、ロラロちゃんは帝国の技術を一冊の本から学んで、オリジナルで作り始めたんだったっけか。例の衝槌や魔導甲冑なんかも、私の知っている帝国のものとはちょっと違うと思ったら、設計からロラロちゃんオリジナルだと聞いて飛んで驚いた。


 だって、あれって確か帝国の兵器で、製法なんて秘中の秘。設計図面どころか、使用素材から判然としない代物だ。

 それをロラロちゃんは自作してる。しかも、日曜大工みたいなノリで。


 なにそれ天才過ぎない?


 チートなジョブに頼った私なんかとは全く違う、正真正銘の天才じゃん。


「なので、まずはいくつかの合金で試作フレームを制作し、強度、重量、耐性の三つの項目から最適なモノを探っていこうかと」

「おお、いいねいいねそれっぽくなってきたじゃん」


 着々と見えてくるロードマップに私の好奇心が躍り出す。


「そこで……問題が一つあるのですけれども」


 申し訳なさそうにロラロちゃんは続ける。


「なんだか、師匠には頼ってばかりになってしまうのですが……」

「いいのいいの。そもそもロラロちゃんはもう私の妹みたいなもんだからね。お姉さんに何でも任せなさい!」

「あ、は、はい! わかりました。それでは、師匠のお言葉に甘えて……」


 ふふん、いくらでも頼っていいんだぜロラロちゃん。まあ、こんなことをしていると、またハスパエールちゃんから文句を言われてしまいそうだけれども。


 仕方ないじゃん、ロラロちゃん可愛いんだから! 甘いお菓子と少女の涙には弱いんだよ私は!


「えと、先程倉庫を見てきたところ、素材が少し足りなくて」

「ほお?」


 つまり私の出番ということじゃな?


 いや、一応これでも生産職なのだけれど。ロラロちゃんのためなら、足りない素材も何のその。戦闘職さながらに東奔西走して、どこからだって持ってきてやるぜわっしょーい!!


「えっと、こちらなのですが……」


 いそいそと一冊のメモ帳のあるページを見せてきたロラロちゃん。そこには、一枚の絵が描いてあった。ってか、絵うまいな。ロラロちゃんが描いたやつだよねこれ。


「ロンログペシミアという魔物です。この魔物の脚部筋肉が素材として必要なんです」

「き、筋肉……? え、それ何に使うのさ……?」

「まあ、色々と」


 何に使うのかをはぐらかされてしまったが、ロラロちゃんの場合ははぐらかしたというよりも、本当に色々と使うから説明が長くなってしまうので割愛した感じだろう。


「つまり、この魔物を狩ってこればいいんだね!」

「は、はい。そうなのですが……」


 言葉を濁すロラロちゃん。なにかあるんだろうか。

 難敵強敵どんとこいだよ! なんたって私には、先日の空き時間で作った新武器もあるのだ。むしろ、強敵であればあるほど新武器の強さを試せてありがたい!


「ロンログペシミアはホラーソーンから北東に向かったアッカー山の麓を根城とする大猿です。もちろん、高い戦闘力を誇る危険な魔物ではあるのですが……それ以上に、その生息地がなかなかに厄介でして」


 おお、なんだか不穏な気配がするぞ。オラワクワクすっぞ。


「その名も『刃紅葉の谷』。血に塗れた呪われた土地です」


 ……呪われた?


 え、それってもしかしてお化けとか出る?




―――――――――――――



 

 大猿潜みし刃紅葉の谷は、その名に反して緑葉に埋め尽くされし盆地である。


 それなのになぜ紅葉と言う名が付いたのか。それなのになぜ谷という名が付いたのか。そのルーツは今となっては判然としないけれど、この名を付けた誰かが何を想い、紅葉と呼び、谷と名付けたのかは理解することができるはずだ。なぜならば、その盆地を埋め尽くす緑すべてが致死性の凶器にして、自然が生み出した狂気なのだから。


 刃紅葉の谷に自生する固有種『赫モミジ』は、何を思ったのかその枝先に纏う幅の広い葉を刃へと変じた希少種である。軽く触れれば皮膚が切れ、強く握れば指が舞い、旋風巻き起これば赤い死が飛び散る。


 無残や無残。


 咲いた赤色、葉を濡らす。


 故にその木は紅葉と呼ばれるのだ。


 刃紅葉の谷。尋常な覚悟で通れると思うことなかれ。

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