第36話 継がれる火種は仄かに明るく②


「来ったよ~!」

「あ、今行きます師匠!」


 四日ぶりのエルゴ第二鍛冶工房に訪れた私が、第一声を大きくしてロラロちゃんを呼ぶ。すると、三日ぶりとなるロラロちゃんの声が工房の奥の方から返って来た。


 ガタガタゴトゴトガシャンガシャン。何かを落とすような、落としまくるような音が聞こえて来たかと思えば、見慣れない服を着たロラロちゃんが姿を現す。


 以前見た普段着らしきスカートでもなければ、戦闘用の鎧でもないその服は、おそらくは作業着に当たるオーバーオール姿である。おいおいガガンド族にオーバーオールとか、百万バズモノの名絵画だぜ全く……。


 ひゅ~(昇天)


「……師匠?」

「はっ!?(復活) なんでもないなんでもない。ちょっと天の川銀河で乙姫の眼差しにフライアウェイしてただけだから」

「にゃに言ってんだこいつ……う”に”ゃ”!?」


 抜けかけた魂を完璧に元に戻した私は、ハスパエールちゃんの脇腹をつまみ悶絶させつつ、改めてロラロちゃんに挨拶する。


「こんにちは、ロラロちゃん」

「あ、は、はい。こんにちは、師匠!」


 うむ、元気でよろしい!


「さて、とりあえず言われてた通りに来てみたけど……」

「あ、はい! もう出来てますので、いつでも受け取り可能です!」

「話が早い!」


 元気で可愛くて仕事も早いだなんて素晴らしい女の子じゃないか!

 ……ちらり。


「……にぃ」


 むすーっとへの字に口を結んだハスパエールちゃんは、相変わらずの態度で腕を組んで黙っている。まあ、さっきのやり取りから考えて、この態度は当然か。


 一応、シウコアトルの素材は私が狩ったものではあるけれど、あの時彼女が私をかばってくれなければ倒せていたかもわからない相手だ。


 それに、彼女の意見もわからないでもない。なので、私にはハスパエールちゃんの不安を上からたたき潰すことなんてできなかった。願わくば、彼女も満足する出来栄えの商品ができてほしいところだ。もちろん、そうであると信じてるけどね!


「ちょっと待ってくださいね……っとと!」


 工房の奥に移動したロラロちゃんが、すぐさま120センチ弱のちっちゃな体よりも大きな何かを持ってくる。怪力であるロラロちゃんであるけれど、バランスを崩しかけてあっちへこっちへふらふらふら。


「よっとーっと、気を付けてねロラロちゃん」

「ああ、ありがとうございます師匠」


 あんまりにも見てられないその姿を憂いて、手助けしてしまう私は、ロラロちゃんの代わりに持ったそれの重量に驚いた。


 軽い。軽すぎる。まるで羽根を持ったような――とはいかないまでも、重厚感のある見た目からは連想できないほどに、その大盾は軽かった。


 大きさはおおよそ一メートル半ほど。内側に持ち手が付いていて、その持ち手を中心に僅かに表面が歪曲したシルエットをしている。なによりも、大盾の正面にあしらわれたシウコアトルの頭蓋骨が、目の前の敵を呑み込まんと大口を開けて威圧しているのが、何とも印象的な仕上がりだった。


 アイテムとして表記すればこう。


〇百手蛇の瞳熱大盾

 品質C- レア度C

 ―シウコアトルの頭骨があしらわれた大盾。その睨みはあらゆる相手を委縮させるという。

 END+127(正面)

 追加効果

 ・〈百手蛇のジレンマ〉

 効果:正面からの攻撃に対して『熱毒』状態異常を付与する。



 おお、なかなかに強力な仕上がりではないか!


 これならきっと、ハスパエールちゃんも――ハスパエールちゃん?


「え、と……どうしたのかな?」


 つかつかと大盾を検分していた私の前に歩いてきたハスパエールちゃん。彼女は、ロラロちゃんと大盾をそれぞれ一瞥してから、徐に私の手から大盾を奪い取った。


「……ハスパエール……ちゃん?」


 一瞬の空白。数拍の静寂。数秒の沈黙。


 そして――


「〈キャットダンス〉〈猫パンチ〉」


 右手に武器を装着したハスパエールちゃんが、瓦割りでもするかのように地面に寝そべらせた大盾を叩き割った。


「え……」


 何が起きたのか、それを理解するまで数秒の時間を要する。そして、やっと状況に頭が追い付いたところで――


「きゃぁあああああああああ!!!」


 ロラロちゃんの叫び声が聞こえた。


 その絶叫は悲壮と困惑が幾重にも混ざり合ったように震え、そのまなざしがぐるりと私の方へと向けられる。けれども、あまりの展開に私の頭もついていけてない。


「止めてくれるにゃよご主人」


 そんなものだから、何かを言う前にハスパエールちゃんに先制されてしまい、何も言うことができなかった。


 何も言うこともできず、何も防ぐことができなかった。


「これだから、嘘つきは嫌いだにぃー」


 無機質に無感情に。侮蔑も嫌悪も不満も不服も何も浮かべていない表情でロラロちゃんを見下す彼女の顔は、まるで心底失望したかのような深い深い灰色に染まっている。


 それを見て、ロラロちゃんは肩を震わせた。


 そこで、ようやく私の体は動き出した。


「て……てゃぁー!」

「う”に”ゃ”ー”ッ!?」


 遅れた意識でかろうじて上段に構えた手刀が、何とかギリギリ、何かが全て終わってしまう前にハスパエールちゃんの頭に届く。ゴチンと響く鈍い音は、ハスパエールちゃんの頭と私の籠手がぶつかり合った音。思いの外痛かったらしい彼女は、女の子が出しちゃいけないような悲鳴を上げて、頭を押さえて蹲ってしまった。


 ちょっとやりすぎたかな?


 ……いや、でも。


「わ、わたしは……そんな、つもりじゃ……」


 やりすぎたのは、ハスパエールちゃんの方だろう。


 ちゃっかりAGIバフを齎す〈キャットファイト〉まで発動しての、全身全霊の〈猫パンチ〉である。生憎とガシャドクロウにこそ通用しなかった技ではあるけれど、必殺に相違ない威力はしっかりと持ち合わせていて、それは見事に、修復不可能なほどに、ハスパエールちゃんは大盾を真っ二つにして見せた。


 無残な姿となった大盾を見下ろして、うわ言のように呟くロラロちゃんからは怒りを感じ取ることはできない。それでも、その目に湛えられた涙の通り、溢れ出る悲しみが今の彼女を表すすべてであろう。


 だから。


「ろ、ロラロちゃん」


 だから私は。


「きっと、は、ハスパエールちゃんは耐久力を試そうとしたんだよ。ほら、盾ってのは戦士の命綱だからね。そんじょそこらの攻撃で割れちゃうようなものじゃいけないって、だから、結構強めに打っちゃって――」


 慰める。取り繕う。言い訳をするように、釈明をするように。それでも、ロラロちゃんの涙は止まらない。


 ああ、そうだった。


 私は、誰かと関わることが苦手なんだった。


 だから、私には。


 彼女を泣き止ませることなんて。


 できない。


「ロラロ」


 彼女の名を呼んだ声は、泣き続けるロラロちゃんの背後から。どうにもならないと口を閉ざしてしまった私の代わりとばかりにその人は現れた。


「おとう、さん……」


 ウィズ・エルゴさん。この工房の前工房主であり、ロラロちゃんの父親に当たる人だ。どう見ても中学生の基準をギリギリ満たすかどうかと言った背丈しかない子供にしか見えないけれど、それこそが彼らガガンド族の際たる特徴。


 彼はロラロちゃんの父親だから。


 もうこれで大丈夫だと、口下手な私は胸をなでおろした。なんたって、ウィズさんはロラロちゃんの育て親。彼女の扱いは慣れたものだろう。


 だなんて。


「そこのベスティア族の言う通りだな」


 浅はかな考えだった。


「え、お、とう……さん?」


 泣き腫らした両目を見開き、ウィズさんを見つめるロラロちゃん。彼こそが真なるロラロちゃんの味方だと思った私も、思わず目を丸くしてウィズさんの顔を見た。


「何度も言ったはずだ。俺の影を追うな、と。やはり、お前にはまだ工房主の座は早かったみたいだ」

「え、そんな……うそ、だよ、ね? わたし、すごい頑張って……おとうさんの工房を……」


 上手く聞き取れない。いや、言葉自体は脳みそに入っている。けれど、私の頭の中で意味として形を成してくれない。


 なんで、ロラロちゃんのお父さんが、そんなことを言ってるのか。


 理解できない。


「私は……私は……!!」

「うるさい」

「ひっ……!」


 頭を抱えるウィズさんは、嗚咽交じりのロラロちゃんの弁明を聞いた上で、語気を荒くしてうるさいと唱えた。その時発した威圧は、話を聞いてばかりの私にすらも恐怖を覚えてしまうほどにとげとげしいモノ。


 そんなものを間近で受けたロラロちゃんの体は、まるで石像のように固まってしまった。


 そんな彼女に、ウィズさんが言う。


「店、畳むぞロラロ」

「…………!!」


 最後の最後。きっと、どうしても踏み越えてほしくなかったであろう一線を、ウィズさんは簡単に踏み越えた。


 踏み越えてしまった。


 その瞬間、ロラロちゃんは全身の毛が逆立ったのかと思うほどに怒りを浮かべたかと思えば、数瞬後にはその怒りすべてが奈落の底を思わせるような真っ暗な絶望へと落ちていく。


 そして。


「う、うわぁあああああああああ!!!」


 彼女は逃げた。


 子供のようにしか見えない体で、子供にしか見えない様子で、泣きながら彼女はどこかへと行ってしまった。


 そこでようやく、絡まった糸が解けたように私の体も動き出す。


「ロラロちゃん!!」


 急いで彼女の後を追いかけて工房の入り口に身を乗り出して、そこで私は足を止める。


「あ、えっと……ちょっと私、ロラロちゃん追いかけてきます!」


 どんどんと遠くに行ってしまうロラロちゃんの小さな影と、ウィズさんの間を私の視線は行ったり来たり。けれど、そうしている間にもロラロちゃんはどこかに行ってしまう。なので、ウィズさんに断りを入れてから、私も工房から飛び出した。


「俺は……ああ、口下手だなぁ……こういう時、何を言っていいかわかんねぇ……」


 去り際に呟かれるようにして空気に溶けたその言葉を聞き逃しながら、私はホラーソーンの街並みに消えたロラロちゃんを探しに行ってしまうのだった。


「い……痛いにぃ……も、もう少し手加減ぐらいしろ……にぃ……うぐぅ……」


 ついでに、私は蹲ったハスパエールちゃんのことも忘れていた。


 まあ、こっちはいいか。


 


 

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