第35話 継がれる火種は仄かに明るく
「にー……っ」
ベッドから起き上がり、ぐぐぐーっと伸びをしつつ、寝間着から普段着に着替えるハスパエールちゃん。改めて見ても、スレンダーに引き締まった彼女の肢体は、芸術品のような惚れ惚れする見事な鍛えぶりである。
私も鍛えたら筋肉とかつくのかな。今のところ、パワーが欲しいならレベルを上げればいいんだけど。
ちなみに、現在の私のステータスはこんな感じ。
◆PL『ノット・シュガー』
―ジョブ:輪廻士(ユニークジョブ)
―プレイヤーレベル lv.21
―ジョブレベル lv.17
―ステータス
―称号
〈ウスハ山道の裏番長〉〈骸積み上げし共謀者〉
〈輪廻に触れしもの〉〈輪廻に背きし者〉
〈蛇殺し〉〈骸殺し〉
―スキル
〈輪廻〉〈鬼刃〉〈骸闘法〉
―ジョブスキル
〈天格〉〈開花〉〈転化〉
―技術スキル
〈解体〉lv.4〈精錬〉lv.2〈目利き〉lv.1〈調合〉lv.1
〈下級近接武器制作〉lv.8〈下級防具制作〉lv.6〈下級鎧制作〉lv.9〈下級収納アクセサリー制作〉lv.6
〈下級鬼素材制作〉lv.9〈下級獣素材制作〉lv.6〈下級鉱石素材制作〉lv.7〈下級魂魄素材制作〉lv.5
〈裁縫〉lv.6〈研磨〉lv.3〈武器転生〉lv.2
―戦闘スキル
〈槍使い〉lv.2〈投擲〉lv.2
―攻撃スキル
〈唐竹割り〉
―魔法スキル
〈土魔法〉lv.2
―補助スキル
〈索敵〉lv.1〈回避〉lv.1〈悪路踏破〉lv.1
いよいよレシートみたくなってきたステータス表記に呆れつつ、解説を挟むと。
防具作成で色々と試していた結果、気づいたら【輪廻士】のレベルもかなり上がっていた。その結果がこのHPのインフレである。いつかは一万を超えると思っていたけれど、そのハードルを容易く超えてきたHPの実に13429だ。
その他にも、MPもSPもとんでもない数値になっていて、生産職として伸びやすいDEXも大幅に強化されている。
その反面、やはりSTRやEND、AGIと言った数値の伸び幅はかなり控えめだ。レベル10の戦闘職のSTR平均値が80であることを踏まえると、なんだかんだ生産職らしく戦闘の苦手な職分らしくなってきたと言ったところか。
まあ、武器を見なければ、の話であるけれども。
そういえば、防具と一緒に武器のアップデートもしたんだよね。ただ、結構凄惨な結果になったので、また後日と言うことにしておこう。ちなみに、作ったのは打撃武器。ガシャドクロウ戦での反省を踏まえた結果だ。
また、スキル欄で異彩を放っている〈下級魂魄素材制作〉は、例の『魂鉄』を加工した時に手に入れたスキルだ。ここから、やはり『魂鉄』はアンデッド素材と言うこともあって魂が混入していたことが予想される。
そのせいで、せっかく手に入れた鉱石のほとんどが魂鉄になっちゃったけど。まあ、これはこれで新しい収穫だと前向きになることはできるはずだ。
「そういえば……」
完璧に今思い出したことだけれど、特殊な称号は時としてジョブを解放する条件だったりするんだったかな。ユニーククエストを二つもこなしたわけだし、もしかすれば新しいジョブが解放されてるかもしれない。場合によっては、二つ目のユニークジョブだったりして。
確か、レベルを最大まで上げ切ったジョブはサブジョブとして、メインジョブと共に設定できて、一部ステータスの恩恵と共に、ジョブ固有のスキルも使えるようになるとのこと。
【輪廻士】のレベルを上げ切ったら、教会に行って新たなジョブを開拓するのもありかもしれない。……つまりは、現状万能すぎる【輪廻士】から他のジョブに変えるつもりはないということでもあるけれど。
ステータスは異様に高いし、攻撃スキルは武器で補完できるしで、特に変える理由がないのが悪い。相変わらずのチートである。凄惨である。
「何時でも行けるにぃ」
「りょうかーい。んじゃ、工房行こっか」
さて、そんな風にステータスを確認している間に支度を終えたハスパエールちゃん。いつも通りの動きやすそうなミニスカ軽装(なおスパッツ装備)に、トレンドマークの耳だし穴の開いたシルクハットを装着して、にゃんと群青色のしっぽを振り振りしている。
その上からマントを羽織って準備完了。
いざ行かんエルゴ第二鍛冶工房!
「……ご主人」
「ん、なにかなハスパエールちゃん」
と、勢いよく宿を飛び出したところで、後ろからハスパエールちゃんの呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ってみれば、やはり不満げな顔を浮かべるハスパエールちゃんがいる。
「あらかじめ言っておくに」
なんだか不穏な空気を纏う彼女は言う。
「ご主人はわちしに対する命令権があるに。それは絶対。わちしに逆らうことはできにゃい。だから、先に言っておくに」
念を押すように。予防線を張るように。
「わちしの行動を止めてくれるにゃよ」
「何をするのかを、先に言ってほしいんだけど?」
なんだか不思議なことをいうハスパエールちゃん。そんな彼女のふわふわとした宣言に、私は私のスタンスを語るしかない。
「暴力沙汰は見たくないかな。それと、誰かが悲しむような事態も。少なくとも、私はハスパエールちゃんが変なことをするような子じゃないって信じてるから」
「それじゃあ、嘘つきを咎めることは許されるに」
「嘘つき……?」
「楽天的にゃご主人には関係にゃいことにぃ」
〈天格〉のせいで私に嘘を付けないハスパエールちゃんだけれど、何とも言いづらそうな顔をして会話を煙に巻いている。
追求することはできるだろう。けれど。
「それ、私を思ってやってくれることかな?」
「前に言ったと思うにけど、わちしはただ働きが一番嫌いに。もちろん、仕事をしない人間も嫌いに。その働きで、わちしが騙されることも……それだけに」
「なら、大丈夫でしょ」
強い嫌悪を示す彼女にとり憑いているのは、きっと彼女の過去が生み出した亡霊だ。何があったのかは知らないけれど、何かがあったのは間違いない。
いやな記憶なんて、二度と味わいたくないのは誰だって同じだ。私だってそうだった。だから、ロラロちゃんの工房を見た時も、死にかけた対価に見合うものが作れるのかを気にして、彼女の腕前に過剰に反応していたんだろう。
ならば大丈夫だ。
なにせ、ロラロちゃんが作った魔導甲冑は驚異の耐久力を誇る鎧だ。あれをクッションにして一命を取り止めた私から花丸を上げちゃうほどの代物。
そんなものを作れる鍛冶師の腕を、どう疑えばいいというのか。
気にし過ぎだろうなんて言葉で、私はハスパエールちゃんを窘める。
「にぃ……」
不服そうな顔を浮かべるハスパエールちゃん。まあまあ、今ここで言い合ったところで仕方がない。きっと、完成品を見ればハスパエールちゃんも考えが変わることだろう。
――なんて。
――そんな予想は。
――希望的観測に過ぎなかったのだけれど。
――その事実に、私が気づいたのは数十分後。
――そしてこれが、ただでは終わらないユニーククエストの入り口であることに気づいたのは。
――そのすべてが終わった時だった。
エルゴ第二工房の入り口。ロラロちゃんの作品であろう武具道具がずらりと壁に掛けられた工房の中で、小さくも甲高い悲鳴が上がる。
「な、なんで……!」
悲鳴の主はロラロちゃん。彼女は、わなわなと震えながらハスパエールちゃんを見た。
「止めてくれるにゃよご主人」
そんな彼女は、戦闘用のグローブ『猫パンチ・三式』を片手に嵌めて、此方を見ずにそう言った。
困惑する私は、突然起こったことに何も言うことはできずに、ただただ傍観していることしかできなかった。
「これだから嘘つきは嫌いだにぃ」
ハスパエールちゃんの足元には、出来上がったばかりのシウコアトルの素材を使った大盾が、真っ二つに破壊されて散らばっていた。
この瞬間、ユニーククエストを動かす歯車が、ようやくゆっくりと音を立てて動き始めた。
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