第34話 野心家はかく語りき


 リリオンにおけるクランとは、冒険者ギルドや生産職ギルドなどに登録される活動組織を指す。


 基本的に、ギルドに所属する生産職や戦闘職の人はギルドで依頼を受け、その依頼をこなすことで発生する報酬を得て生計を立てている。


 しかし、クランの場合は勝手が少し変わってくる。通常、個人で受けていた依頼を、クランで受けることが可能となるからだ。


 そのメリットは、失敗した際の罰金がクランの支払いになったり、ある程度割のいい依頼を融通してもらえるようになったりすると言ったところか。


 他にも、クランハウスを持つことでクランメンバーのみが利用できる施設を作ることができたり、保有する古代遺物による特殊なバフの恩恵を受けることができたりと、メリットは多い。


「遠慮しておこうかな」


 けれど、私はクランを作ろうという六華ちゃんの誘いを断った。


「……ま、そうですよね。あなたの気質は、以前から理解しているつもりでしたから、こうなることは予見できていました」


 ただ、私の返事は想定通りだったらしい。なんだか六華ちゃんが引いていたレールに乗っかってしまったようで、思わずムッと来てしまう。


「クランの話はいいとして、なんでクランを立ち上げる話にさっきの“この世界が現実かどうか”なんて話が入ってくるのさ。全然関係ないと思うんだけど」


 ムッとなったからといって、疑問は疑問として口にする私だ。クランの立ち上げと、さっきまでの話。どこに繋がりがあるんだろうか。


「言ったじゃないですか。視点の話だと」

「だから視点ってなんなのかな?」

「……」


 じとーっと、此方を疑わし気に見てくる六華ちゃん。この目はあれだな。ほんとはわかってるのにあえて訊いてるんだろって疑ってる目だ。いや分かってないから!


「普通のゲームなら、こんなことをするつもりはなかったんですけどね。先に言っておきますけれど、私は〈攻略派〉に類する人間です」

「え、意外……」

「まあ、この期に及んでPKなんて遊戯に浸っている姿を見られてしまえばそう思われても仕方のないことですよね……」


 どうやら、六華ちゃんは〈攻略派〉だったらしい。私と同タイミングでホラーソーンに来ていたから、てっきり〈遊楽派〉だとばかり思っていたのだけれど。


「まあ、私の第一の目的はこのゲームでも一番になることですけど。その前に、私はこのゲームだけで一生を終えるつもりもありませんから。いつかはログアウトできなければ困るのです」


 ああ、そういう。


「とはいえ、私も一介のゲーマー。これがゲームであるのならば、真摯に向き合い楽しむのが義務だと思っておりまして。なので、がむしゃらに攻略を目指す現在の〈攻略派〉の方々とはそりが合わなかったのですよ」


 ……ん?


「ねぇ、六華ちゃん」

「なんでしょう?」

「六華ちゃんってこの世界のことを本物の世界だと思ってるんじゃないの?」

「そんなこと一度も言ってませんけど?」


 あれー?


「ちょちょちょ、なんだか話が分からなくなってきたよ!? これってクランを作るって話じゃなかったっけ!」

「ええ、私がクランを設立するに至った目的を詳らかにするお話ですよ?」


 うーん、何一つつながらない。いやさ、結局のところは「だから六華ちゃんはクランを作ろうと思った」って結論なんだろうけれど。話し始めの「この世界について」という話から、何一つつながっている気配がない。


「……はぁ、わかりました。結論を簡潔に完結しましょう」


 ため息を一つついてから、出来の悪い生徒を窘めるような口調で彼女は言う。


「常道の影を行くのが私のスタンス。所謂『逆張り厨』とでも称しましょうか。そんな私は、今現在精力的に活動している〈攻略派〉の皆々様とは、別のアプローチでログアウト方法を模索するべきだと考えました」


 逆張り厨と言われてしまうと、なんだか親近感がわいてくる。当方、アマノジャク故。


「現プレイヤー勢力図は〈破壊派〉〈攻略派〉〈遊楽派〉の三勢力に大別されます。しかし、全員がこの世界がゲームの世界であることを前提に動いている……なので、私は逆張りをして、動くことにしたのです」


 あー……なんとなくだけど、六華ちゃんが言いたいことがわかってきた気がするぞ。


「つまり、視点の話ってのは、今現状で攻略を進めている人たちとは、別の視点からゲームから脱出する方法を模索するってことか」


 わかりづらいよ六華ちゃん!


「そこで、既にNPCと交流を深め、パーティーとして行動しているあなたを引き込めたら、よりこの世界への認識を深められると考えたわけですね。ついでに言えば、生産職の方がいてくれれば、クランとしては心強いですし」

「まー確かにそうだよね。こっちとしても、精力的に素材を供給してくれる人がいるとありがたい」


 クランと言えば持ちつ持たれつ。戦闘職は最前線で素材を確保し、生産職は最前線で戦いうる装備を作る。その相互作用こそが、クランを作るうえでの最大のメリットと言えるだろう。


「……その上で、どうして貴方が断ったのかは、気になる所ではありますね」


 またもやため息を吐いた六華ちゃんは、心底理解できないようなものを見る目をしながらそう言った。


「でも断ることはわかってたんでしょ?」

「アマノジャクでしょう、貴方は」

「よくご存じで……」


 別に、人の裏をかくために、或いは人の虚を付くために、或いは人の思い通りにならないことに悦を感じるために、アマノジャクをやってるわけじゃないけどね。


 ただ、ゲームのシステム上、引かれたレールの先にある予定調和よりも、レールから逸れた未知の道に興味がそそられるだけのアマノジャクなのだ。


「そんなわけで、後学に一つ訊いておきたいのですけれど、どうしてお断りされたのですか?」


 断ることはわかっていても、どうして断ったのかはわかっていないらしい六華ちゃん。アマノジャクだから、というだけで断るにはクランのメリットは大きいこともあってか、私が断った理由が気になるようだ。


 とはいえ、私がここで話に乗らなかった理由は結構単純だ。


「入ったら六華ちゃん、会いに来てくれなくなるでしょ」


 なんとなく、そんな気がした。まあ、別に私は誰とでも仲良くしようとは思ってない。実際、ファストリクスで騒いでいた人たちとか、ハイフンさんの仲間らしいあの人とか、仲良くできる気がしないし。


 だけど、六華ちゃんはちょっと事情が違う。


「罪悪感、ですか?」

「可愛い女の子と仲良くなりたいんだぜぇ!」

「……はぁ。おじさん臭いですよ」


 おじさん臭いとは失礼な子だな。まあ、内なるキモオタが若干暴れすぎている気がしなくもないけれども。ただ、六華ちゃんと仲良くなりたいのは本心だ。私だって、友達なんていらないなんてのたまうほど、アマノジャクじゃないし。


 だから、私はこう言った。


「昔よりは丸くなったでしょ?」

「それは……そうかも、しれませんけど……」


 不承不承と納得する六華ちゃん。しかし、続けざまに彼女はこう言った。


「ただ、立ち会った時のあなたは鬼気迫るものがありました。そこだけは、やはり変わりません。ソルトシュガーは、今もまだ健在ですよ」

「……うへぇー」


 あらやだ私ってそんなに野蛮だったっけ?


『戦場の笑顔は威嚇だよ。今からお前を殺す。そういう意味』


 あらやだ野蛮。誰が言ったのかしらこのセリフ。きっと鬼のように恐ろしい人に違いありませんわー(棒)


「ともかく、ログアウト問題に関しては私も協力するよ? 別に私だって気にならないわけじゃないし」

「戻りたいわけでもないと」

「嫌なレトリックだなー……まあ、別に是が非でもってわけじゃないのも確かだけどさ。ただ、私には私のやりたいことがあるし、その上で六華ちゃんと交流もしたい。ほら、クラン内でやり取りできなきゃ、六華ちゃんも直接私に依頼しに来てくれるでしょ? 親睦ってのはそうやって深めるんだよ六華ちゃん」

「なんだか友達が少なそうな言い方ですね」

「酷い!」


 実際友達少ないけどさ! ……中高時代、一応仲良しグループはあったけど、それ以外は別に友達って程交流があったわけじゃないしな。うん。


「まあ、私の話についてはこれで終わりです。では、早々に退散させてもらいましょう」

「あ、ちょっと待ってよ六華ちゃん」

「……なんでしょう?」


 用事が終わりさっさと帰ろうと席を立ちあがった六華ちゃんを私は引き止める。最後に一つ、訊いておきたいことがあった。


「六華ちゃん、実はログアウトする方法、もうあたりつけてたりするんじゃない?」

「……根拠は?」

「六華ちゃん、結構理知的じゃん? 打算的ともいうかもしれないけど、少なくとも感情とかで動くタイプに見えないよ。そんな六華ちゃんが、あえてこの世界が異世界であると仮定してるんだ。逆張り以上の理由があるとしか思えないよ」

「そういうあなたは気持ち悪いですね。どうしてそこまでわかるんですか」


 気持ち悪いありがとうございます!

 やはり私はMなのだろうか。

 Mなのかもしれない。


 でもハスパエールちゃんは虐めたくなっちゃうんだよね。どっちなんだろう。SとMってことで中性洗剤ってことにならないかな。


 これで黒歴史も真っ白白~……なんて。


「まあ、確証ではありませんけけれど。ただ、この世界がゲームであると肯定するよりも、辛うじて、ではありますが可能性の高い移動方法を選択したまでです」

「移動方法?」

「ええ、“ログアウト”ではなく“移動方法”です」


 あえてこの世界からの脱出方法を換言した彼女は続ける。


「この世界が異世界であるとした場合、我々が使ったVR機器、或いはゲームディスクは此方の世界に移動するための門と言えるでしょう。つまりは世界間移動です。さて、かつてリィンカーネーションシリーズには、そのような方法を使える存在が居ましたよね?」

「……あー!」


 世界を裏側から操りし異界の存在。その名を『案内人ギーク


 前作、リィンカーネーション‐マグナ‐のラスボスにして、リィンカーネーションシリーズを締めくくる最悪の存在だ。


「かつての黒幕『案内人ギーク』は世界を移動する力を有していました。この世界は、かのものが死んだ後の世界ではありますが……世界中に大災害の残滓は残っています。そこから、世界を移動する方法を編み出せば、或いは……と」


 なるほどなー、と私は思った。


 〈破壊派〉が掲げるこの世界からのBANという不安のある方法でもなければ、〈攻略派〉が目指すあるかどうかもわからないクリアを求めるよりも明確な目的だ。


 世界を移動する。そんな方法があるかどうかと聞かれれば。ゲームの世界観的には在ってしまうのだから。


「どちらにせよ、既存の〈攻略派〉の方々がゲームの方を勝手に進めてくれると思いますし、私は私で逆張りなりに逆の目を張ろうと思ったまでです」


 それが、六華ちゃんのスタンスのようだ。


「ともあれ、私は私で仲間を集めるだけ。あなたの目論見通りとなるのは悔しくはありますが、いずれは仕事を頼むこともあるでしょう」

「その時はドーンと頼ってくれて構わないよ! 張り切って作っちゃう!」

「その武器で首を断たれることになろうとも?」

「返り討ちにならないようにお気をつけて使ってね♡」


 相も変わらず敵意マックスな六華ちゃんの視線を、私はニヤリと笑って返した。


「ちなみに、私とパーティーを組む気ない?」

「丁重にお断りさせていただきます」

「ですよね~」


 そんなやり取りをしてから、六華ちゃんは去っていった。


 さて、午前の予定も終わったし、腹ごしらえも済ませた。


 工房に行くときは起こせと言っていたハスパエールちゃんを起こしに行ってから、ロラロちゃんのところに行くとしよう。

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