第33話 呉越同席山盛サラダ
ホラーソーンにいくつか存在する食堂の中でも、格安のメニュー表を評価されるハイムハイス大衆食堂は今日も今日とて多くの客でごった返していた。
味付けを一言で表せば、豪快にして豪胆。塩やソースのような濃いめの味付けで舌が麻痺してしまうほどにこんがらがった料理が提供されるのが特徴で、控えめに言ってもおいしいとは言えない仕上がりだ。
けれど、安く多くを求める伸び盛りの冒険者たちにはこれ以上ない楽園のようで、あっちを見てもこっちを見ても大皿に大盛な料理が店中で咲き乱れていた。
「あ、居た居た。待った~?」
そんな中、隅の方に座ってぶすーっとした顔で端末を弄っている六華ちゃんを発見した私は、手を振りながら彼女の下に駆けていく。もちろん、自分の存在をアピールするためだ。
そして、私に気づいた六華ちゃんは言う。
「うわっ、黒」
「イメチェンしてみました!」
「性格が悪いと趣味も悪くなるんですね。参考になりました」
やや酷い評価を受ける私のイメチェンとは、もちろん昨日新調したばかりの防具のことだ。
「ええ~? そんなに悪いかな~?」
鏡がないのでくるくると回って自分の姿を確かめる私。しかし、どう見てもやはり自信作と言える仕上がりでしかない。
覚えたばかりの技術を振るって作った鎧は『籠手』『胸当て』『腰当て』『脛当て』の四パーツ。そこに、ギルドで見かけた黒っぽい藍染の布でドレスチックな下地を作り、リリオンの装備枠を埋める形でデザインをした。
特にこだわったのはスカートで、前部分をミニスカ風味に仕立てて足が見えるように工夫しつつ、もう一枚の布を上から被せて後ろに行くにつれて後ろからはロングスカートに見えるようにしてある。
一見すれば足の動きを邪魔するだけに見えるけど、実際は
なので、貴重な鉱石(〈開花〉様様である)とワンポイントな露出に抑えたドレススタイルは、思った通りにかなり堅牢な仕上がりとなっている。アイテムとして表記したらこんな感じだ。
〇魂鉄の胸当て
品質D+ レア度C-
―結晶スケルトンから採取できる鉱石の中でも貴重な魂鉄が使用された胴体防具。耳を澄ませると怨嗟の声が聞こえてくるという。
END+52
追加効果
・ゴースト系のモンスターに対する攻撃力を上昇させる。
・呪いに対する耐性が上昇する。
〇魂鉄のスカート
品質C- レア度C-
―結晶スケルトンから採取できる鉱石の中でも貴重な魂鉄が使用された腕部防具。血を浴びるとどこからか笑い声が聞こえてくるという。
END+36
追加効果
・ゴースト系のモンスターに対する攻撃力を上昇させる。
・呪いに対する耐性が上昇する。
〇魂鉄の脚甲
品質C- レア度C-
―結晶スケルトンから採取できる鉱石の中でも貴重な魂鉄が使用された脚部防具。時折カタカタと泣く声が聞こえてくるという。
END+42
追加効果
・ゴースト系のモンスターに対する攻撃力を上昇させる。
・呪いに対する耐性が上昇する。
うん、フレーバーテキストは見なかったとこにしよう!
べべべべ別にお化けなんかこわくないんだけどね! ね!?
ちなみに、リリオンの防具枠は四つ。頭、胴、脚、靴の四枠。ただ、ヘルメットだったりで頭が隠れるのは嫌だった私は、髪飾りみたいなアクセサリーを作ってみた。すると、どういうわけかこちらは防具として扱われ、今も私の頭の上に鎮座している。
〇魂鉄の髪飾り
品質C レア度C-
品質C- レア度C-
―結晶スケルトンから採取できる鉱石の中でも貴重な魂鉄が使用された頭部防具。死した花は何者も悼むことはできない。
END+9
追加効果
・ゴースト系のモンスターに対する攻撃力を上昇させる。
・呪いに対する耐性が上昇する。
・呪いの声を聞けるようになる
一式装備効果
・スキル〈骸闘法〉を獲得する。
効果:アンデッド系のスキル、魔法の威力を上昇させる。
改めて言うけれど、フレーバーテキストは見なかったこととする。うん。私は何にも見ていない。
ちなみに、結晶スケルトンというのは、鉱晶窟シャレコンベで遭遇した水晶スケルトンの上位種らしい。もちろん、〈開花〉で手に入れた素材に書かれた情報だ。
ただしここで一つ問題が。というのも、鉄っぽい素材を試しに〈開花〉してみたところ、軒並みこの『魂鉄』という素材に変化したのだ。おそらく、金属に混ざりこんでいた何か(いうなれば魂)の影響が強く出た結果だろう。
そしてそれは、鉄だけではなく他のめぼしい金属も同様で、用意していた金属がみーんな『魂鉄』なる素材になってしまったのだ。まあ、魂を扱う【輪廻士】らしくはあるけれど、ワクワクを返してほしい気分だ。
何はともあれそれでめげる私ではない。むしろ、潤沢にある〈魂鉄〉を使って見事装備を作り上げて見せた! すごい! かっこいいぞー! かわいいぞー!
「というわけで、改めてどう?」
「少なくとも私の趣味には合いませんね」
どうやら六華ちゃんの趣味には会わないらしい。ふむ、もしかして趣味が悪いのは六華ちゃんの方だったりしないだろうか。うん、そうに違いない。
「それで、話しって何かな? ……あ、サラダ盛り一つ!」
「さらりと注文を済ませてないでください。それに、注文からしてがっつりと居座る構えじゃないですか」
「いいじゃんいいじゃん。別に用事話してはい終わりってのも味気ないし」
「私としてはそちらの方が好ましいのですが」
「あ、意外とこのサラダは美味しいね!」
「話を聞きなさい話を!!」
甘いな六華ちゃん。私の耳には都合の悪い情報は入らないのだよ……もぐもぐ……。
「あ、そうだ」
そこで、私は六華ちゃんの報酬のことを思い出す。
「これ、ガシャドクロウの時の奴ね。まったくもー受け取らずにどっか行っちゃうなんて六華ちゃんのお茶目さん♪」
「……チッ」
「とりあえず、換金とかはせずに素材だけにしといたけど、それでも結構な量になるから、お金で払うこともできるけどどうする?」
「……通貨でお願いします」
「りょうかーい!」
鉱石をしまってお金が入った袋を六華ちゃんに渡す。それから、もう一度サラダを口に入れつつ、私は六華ちゃんの話を聞く姿勢を取った。
「まあ、十分ですかね。それにしても、私の要件で呼び出したというのにこのかき乱しよう……相変わらず、と言ったところですか」
「その相変わらずってのが私の何を指すのかはちょっと聞きたくないところだけど……ごめんね? 悪いとは思ってる」
「何を言いますかソルトシュガー。ゲームというシステムに示された戦いに置いて、貴方が勝利し、私が敗北しただけのことです。それだけは純然たる事実にして、善悪で語ること自体が間違ったお話ですので気にしていません」
「あ、そうなの? じゃあ、もうちょっと仲良くしてくれたらな~……とか」
「感情も同じだとは言ってはおりませんよ?」
「ですよね~」
やはり、六華ちゃんの恨みは相当根深い所にある様子。こうなると彼女の気にしていないという言葉も、本心なのかわからない。
実際、今ここで彼女が斬りかかってきたところで、全然不思議じゃないオーラ放ってるし。
なにはともあれ。
「さて、では気を取り直して」
遠路はるばる紆余曲折。ようやく本題にたどり着いた六華ちゃんは、既に疲れた顔をしていた。とはいえ、そんな風になってでも聞いておきたい話らしい。
「一つ、貴方はこの世界について、どう思っておられますか?」
この世界について?
「この世界って、リリオンのことだよね?」
「それ以外に何があるというのですか」
うん、まあそうだよね。これでこのまま現実世界だったり異世界だったりを話し始めたらおかしいもんね。
「うーん……と言っても、聞かれたことが大雑把過ぎて回答に窮するよ」
もしゃもしゃとサラダを食べながら唸る私は、何を言えばいいのか大いに困った。
「小さく言えばリアルなゲームだなってぐらい? それにしてはリアルすぎる気がするけどさ。大きく言えば、まあめんどくさいことが起こってるなーって感じかな」
「……なるほど」
質問が大雑把なら、やはりこちらの答えも大雑把になってしまう。実際のところ、私がこのゲームに対して思っているのは、『やはりゲームは面白い』程度だし。
「時にソルトシュガー」
「あ、その名前で固定されちゃったんだ……」
「どうやら、こう呼ぶことがあなたに対して有効であるらしいので」
精神攻撃は対人戦の基本って、酷い話だ。ま、実際冷静さを欠いた方から負けるんだから、精神攻撃で相手をかき乱すのが有効なのが悪い。
「時にソルトシュガー」
「なにかな?」
「トイレには行きましたか?」
「今食事中なんだけど?」
何を言い出すんだろうかこの子は。もしかして私が臭いとでも言いたいのだろうか。失礼な。これでもしっかりとシャワーは毎日浴びてるんだぞ。リリオン世界の魔道具舐めんな。
「その顔は、やはり気づいていないようですね」
「……?」
もさもさもさ。
何を言ってるんだろうかこの子は。
「時に」
もう一度。改めてそう言った彼女は、声を低くして言う。
「ゲームらしさ。或いはリアリティとはどんなものでしょう」
リアリティね。
「もしも六華ちゃんが言いたいことがこのゲームが誇るリアル志向にあるんなら、私の意見は一つだけ。これはゲームだよ。やっぱり」
「なるほどなるほど」
ゲームを通じて別の世界に、だなんて昨今の創作じゃありふれた話であるけれど、だからと言って私はこの世界のことまで異世界の中だとは思わない。
確かにリリオンはリアルが過ぎる。ゲームとして予め設定されていたとは思えないクエストに、睡眠に疲労にトイレなどなどのゲームをやるうえで手間でしかない要素。それらはまるで私がこの世界の住人であるかのように、大いに錯覚させてくれる。
けれども、これはやはりゲームである。異世界とか、もう一つの現実だとか、そんな風には思えない。
理由なんていくらでもある。リィンカーネーションシリーズは30年前から存在した創作だ。それに、私の服だってそう。姫騎士チックな仕上がりになってこそいるが、こんなもの普段の私だったら作れない。ゲーム的な補正の賜物。
だから、この世界は現実ではなくゲームの世界。
それが私の意見。
「ならばこそ、私の意見も一つ加えさせていただきましょう。私からしてみれば、貴方のその意見はある種の間違いを孕んでいると」
「……というと?」
「基準、の問題ですよ」
基準ねぇ……。
「私たちにとっての現実は、言わずもがな地球を舞台とした世界です。だからこそ考えてしまう。私たちは、地球の基準で、この世界がゲームであると、断じてしまう」
「間違い探しかな?」
「意味は異なりますが、ヘンペルのカラスみたいなものですよ」
要するに、私たちが現実としているものから、どれだけ離れているかで私はこの世界がゲームであると断じている……ってことかな?
左の絵と右の絵。左が本物の世界だとして、右の絵が左とよく似ていても、ところどころに間違いがあるから偽物の世界だと。間違い探しみたいだな。
「つまり、六華ちゃんはこの世界が本物であると、言いたいのかな? ゲームの世界なんじゃなく、私たちが生きていた地球みたいに、どこか知らない、観測もできない、別時空の別世界だって」
「仮定の話ですよ。そして、私が欲しいのは視点です」
仮定の話。
この世界が本物である仮定して。
視点?
「貴方、ゲームだと割り切ってるくせに、NPCたちに執着してるじゃないですか。ガシャドクロウの時も、たかだかゲームのキャラクター一人が死ぬ可能性を、気にしていられたようですが?」
「そりゃね! 私はゲームに全然のめり込むタイプだよ。死んだら悲しい。そればっかりはおんなじだよ」
「ま、都合のいい部分だけを拾い集めるのが人間と言うモノなので、そこは構わないのですが……話がそれましたね」
コホンと咳払いをする六華ちゃん。
「それで、本題なのですが……私と貴方。この二人で、クランを作りませんか?」
「クラン? クランって言うと……」
「MMOならばお決まりでしょう?」
MMOのクラン。それはつまり。
「組織を作ろうという提案です」
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