第32話 地平線に寝そべり候


 石造りの室内。金床やハンマーはもちろんのこと、熱した金属を持つための大きなペンチや裁縫道具などなどが揃った工房の中、換気窓から抜けていく爽やかな風をあーっと口を開けて歓迎する。


「あ、あちー……工房ってこんなに暑いもんなんだ……そりゃ、開放的にもなるよ……」


 現在、ロラロちゃんの教えに従った私は、ホラーソーンの生産職ギルドで工房を借りて、絶賛モノづくりの真っ最中である。


 ダンジョンから帰還して二日目。明日、ロラロちゃんの工房に行く予定の日であるけれど、生憎と限りなく時間を持て余した私だ。


 ギリギリのところで自分が生産職であることを思い出すことができなければ、再びダンジョンに行ってしまうところだった。危ない危ない。


 というわけで、ギルドで工房を借りて、ついでに冶金関係のチュートリアルもしてもらった。いや、チュートリアルというか、使い方と言うか。とにかく、各道具の使い方を教えてもらった。


 剣や鎧の作り方についてはどこぞの工房で師事をしてもらえとのことだ。

 そこら辺は、まあロラロちゃんにでも教えてもらおうかなと思った私だ。なんだかよくわからないうちに、私は彼女の師匠になってしまっているけれども。どちらかと言えば教えを乞うのは私の方だよ。


「ま、その前に私も色々と試してみるんだけどね~」


 ちなみに、ハスパエールちゃんは赤蛇亭で惰眠を貪っているところである。もうすぐお昼の時間になるころだけれど、まだ眠っているんじゃないかな。


 何はともあれ実験だ。と、行きたいところけど、現在は魔導炉を熱している真っ最中。これが熱しきらなきゃ金属を溶かせないから、作業を始めるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 燃料は魔石という鉱石。こちらは魔道具の電池みたいなものなので、普通に市販もされてたから入手は簡単だった。その上〈開花〉で上位魔石にしている。相変わらずの〈開花〉様様だ。


 ちなみに、選鉱と精錬は土属性魔法で滅茶苦茶簡単にできた。現実世界にもこれがあれば、もっと金属加工技術が発展してるんだろうなと思ったし、だからこそ魔法と呼ばれるのだろうとも思った。


 そのために昨日一日は土魔法を習得することに費やしてしまったのだけれど、後悔はしていない。ただ、スキルの表記上ではまだ〈下級土魔法〉がレベル1だから、まだまだ純度の低いモノしか作れないのが難点かな。


 これから回数を重ねて行けばレベルが上がると思うけれど、こればっかりは積み重ね。【輪廻士】のチートスキルが何としてくれる範囲ではないので、精進あるのみだ。


「……そうだ。今のうちにあれ、やっとこうかな」


 この待ち時間をどうにももどかしく感じてしまった私は、そう言えばとやろうと思っていて忘れていた実験をすることにした。


 さて、幽世小袋から取り出しますは水筒と小瓶。水筒の中身は、今朝井戸から汲んできたばかりの井戸水である。

 アイテム表記ではこんな感じ。


〇水筒

 品質C レア度F

 説明:中に水が入っている。


 水自体のレア度はF-。さして珍しいものでもないモノという評価だ。


 ごくごく……うん、うまい!


 とまあ、炉のせいで熱い工房内の熱気に当てられて水分補給をした後に、此方の水を小瓶に移す。


 そして小瓶に〈開花〉を使う。


「〈開花〉!」


 光り輝く小瓶――とはならず、発動したにもかかわらず、何の変化も起きずにただそこにあるだけ。アイテム表記で確認しても、ただの水である。


 これは以前も確認した現象だ。ガシャドクロウを倒した後、地上に戻る道すがらでポーションや食材など、いくつかのアイテムに〈開花〉をかけて回っていた。


 いくつかのアイテムは変化したけれど、水のように変化しないものがあった。これもまた、私は自分のレベル不足かと思ったけれど……ここでひとつ実験だ。


「しお、しお、しお~♪」


 鼻歌交じりにそう言いながら、次に私は幽世小袋から塩が入った袋を取り出した。ソルトである。うっ、嫌な記憶が……ええい、邪気退散!! 私は正気に戻った!


「一応塩分補給しとこ」


 ぺろりと、取り出した塩を少しだけなめる私。

 一応、ゲームの世界にも熱中症はあるのだろうか。ありそうだな、このリアリティなら。今度ハスパエールちゃんにゆっくり言ってもらおう。


 さて、塩分補給もしたところで実験再開だ。


 此方に用意したお塩様を――


「えいやー!」


 小瓶に投にゅ……ああ、入れ過ぎた!?


「ちょちょ、床に、床に……! ああ、勿体ない!」


 小瓶の大きさを考えずに塩をどさどさと入れた結果、床に塩をぶちまけるという大惨事に至った私は、急いで片付けに奔走した。


「……まあ、いいか」


 片付けが終わって(後回しにしたとも言う)小瓶を見る。


〇水入り小瓶

 品質D- レア度F

 説明:中に水が入った小瓶。塩分濃度高め。


 ちょっと予定より多めに塩を入れてしまった形になったけれど、まあいいか。何はともあれ、これでこの小瓶の水はただの水ではなくなった。塩水である。これに何の意味があるのかは、ここから〈開花〉を使ってから――


「えーい、〈開花〉!」


 迸る光! 〈開花〉成功だ!


〇水入り小瓶

 品質B+ レア度C

 説明:ゴルゴール海洞内部でのみ採れる塩分濃度の高い海水が入れられた小瓶。


 ……なんて?


 うーん、ちょっと情報量多すぎかな? かな? レア度とか、海洞とか、海水とか。


 それは一先ず措いといて、というかまあ見たまんま意味わからないことなんだけどさ。あ、ゴルゴール海洞に関しては知らないけど、ゴルゴールについては知ってる。


 確か、リィンカーネーションシリーズにもたびたび登場する海岸線の地域の名前だったはず。まあ、それ以上の情報もないけど。


 とまあ、一先ず措いて、なぜ一度目で反応しなかった〈開花〉が二度目で発動したのかだけど。


 おそらくこれは、『水』というアイテムに純粋な上位素材が存在しないからだと思われる。もちろん、今見たとおりにゴルゴール海洞なんて場所で取れた海水はレア度が高いようだけれども。


 海水はご存じの通り。つまり、この世に分布する液体系の上位素材は、何らかの成分が入り込んだ水と言うことになる、のかな?


 ただ純粋な水の上位は存在しない? ……確証は薄いけれど、その可能性は高い。まあ、井戸水が何も溶け込んでいない水である保証はできないけどさ。


 まあ色々とめんどくさく話したけれど、結局これで何がわかるのかと言えば。


「……もしや、調合来たかなこれ」


 これ、〈開花〉前の素材に手を加えることで、〈開花〉後の変化の方向性をある程度、操作できるってことじゃないかな。


 もちろん、獣の皮とか骨とか牙みたいなものは難しいかもしれないけど。例えば、そう。


「……」


 ちらりと、私は絶賛稼働中の炉を見る。そして、これから溶かす予定の鉱石の方も。


「合金、か」


 合金に手を出すとして、最初は各素材をあらかじめ〈開花〉して合金を作る予定だった。


 けれど、今の事実が本当だとすれば、合金として作ったものを〈開花〉するなんて選択肢も生まれてしまう。


 『〈開花〉→合金』と『合金→〈開花〉』という単純な手順の変化だけで、出来上がる素材が変わるのならば。それは暗に、〈開花〉によって作れる幅が二倍に増えたことになる。


「……ふふっ」


 ワクワクしてきた。

 好奇心がくすぐられる。

 探求心が湧きあがってくる。

 戦闘職をやっていた時には味わえなかった、生産職にだけ与えられた探求のシステム。素材を与えられ、方法を受け取り、そこに何を見出し作り上げるのかを求められる。


 遥か遠方に広がる地平線に踏み出すような、途方もなく果てしない旅路を前にしたような気分だ。


 この一歩から、私はこれから何を作り出すのか。気になって気になって仕方がない。


 やっぱり。


 好奇心に勝るものはない。


「とはいえ、合金はまだ早いまだ早い。とにかく、今はありあわせの素材で色々と試してみるか!」


 ちょうどよく炉のあったまってきたのを確認した私は、いざ新たな挑戦を始めんと立ち上がる。


 さて、何を作ろうか。なにを生み出そうか。


 一応、防具や武器制作に関する本を買って、昨日の魔法の練習の合間合間に読み進めていたので、素人ながらに何かを作ることはできるはずだ。


 なので。


「防具でも作ろうかな」


 金属の装備といえばやはり防具か。六華ちゃんを見ていて思ったことだけど、遠路はるばる二つ目の町ホラーソーンまで来たくせに未だ初期装備のままというのは、ゲーム的見てなんだかかっこ悪い。なので、ここは一つ防具を新調しようと思う。


 掲示板を見る限り、デザインに自信がない人のためにもゲーム側が色々と補助してくれるみたいだし、世紀末みたいなパンクロックなベルトポーチを作ってしまった私もそれなりの可愛らしい防具をデザインできるはず!!


(ちらりと幽世小袋を見る私)


(改めて見て三流小悪党味が強すぎると思う私)


(こうはなるまいと決意を新たにする私)


「よーし、じゃあまずはインゴットを成型して――」


――Prrrrrrrrrrrr


「……ん?」


 そこで、近くの机に置いていた端末から音が鳴った。一見すればただの石板のくせに、何ともスマートフォンのような古代遺物アーティファクトである。


 そんな風に心の中で呆れつつ、音の出る石板こと端末を手に持ち、側面にあるボタンとカチッと押せば、SFチックなホログラムが大量に展開される。何ともファンタジーから外れた演出だけれども、如何せん魔導技術にも優れた帝国があるせいで意外にも違和感が無かったりする。


 ちなみに端末の正式名称は『シュール』である。意味は見ての通りだろう。


 何はともあれ端末を起動してみれば、通知が一つ届いていた。誰かが私に連絡をしてきたようだ。今もなお、アラームのような音と共に、電話がかかって来てることをこれでもかとアピールしてきている。


 というか、これは電話と言うのだろうか。明らかに端末は魔力やそれに類する謎パワーで動いてて、電気の力じゃないのは明らか。……まあ、出来ることは同じなので、電話と呼称するけれども。


 なにはともあれ、ウィンドを操作して電話に出てみれば。


「遅い! 遅すぎます!」

「操作に窮したんだよ許して六華ちゃん」


 そんな風に怒られてしまった。通話相手は六華ちゃん。喧嘩別れみたいな形になってしまったので、怒ってないか心配だったけれど、こうして電話をかけてくれるぐらいには嫌われてないみたいで一安心。


「それで、どうしたのさ六華ちゃん。何か用事があるんなら大歓迎。結局、六華ちゃんガシャドクロウの報酬で刀しか受け取って無かったでしょ?」

「先制してこちらの語りを制限するのは悪趣味ですよソルトシュガー。まるでこちらが何か用事がある前提で話すのはやめてくれません? 貴方如きに、私が、用事があるかのように。不愉快です」

「え、ってことは話したかっただけってこと? 声聞きたかったってこと? 嬉しいなー私。六華ちゃんも可愛いところあるじゃん」

「チィッ!!」


 盛大に舌打ちされてしまった。


「んで、何の用さ」

「……明日、午前10時にハイムハイス大衆食堂にて待っています。プレイヤーとして、訊ねたいことが一つ」

「通話じゃダメなの?」

「通話でいいならそうしたいところですけどね」


 通話越しでもげんなりとした表情が伝わるその声は、まるで私に会いたくないと言っているようだ。


 そんなに嫌われることしたっけ? 

 したな。うん。結構前だけど、調子に乗ってるPKキッズがいるからってリスキルしてた覚えがある。


 悪趣味だなー。


「さっき言った通り私からは渡したいものもあるからね。全然問題ないよ」

「わかりました。それでは失礼……と言うのはおかしな話ですね。貴方に、失するほどの礼儀を払う意味が解りません」

「難儀な解釈だなー……挨拶に含まれた意味一つを、そこまで気にする必要があるとは思えないんだけど」

「失言でした。それでは失礼します」

「何を失言したんだか」


 そんな風に通話は終わった。


 明日の朝10時か。ちょうど、明日はロラロちゃんの工房に行く予定だけれど、それは午後でいいかな。朝に六華ちゃんに会って、そのままご飯食べて、午後にエルゴ第二鍛冶工房に行く。


 ざっくりとしたスケジュールだけれども、まあこんな感じか。


「んじゃま、防具でも作りますか」


 そうしてこうして、ようやく鍛冶に取り掛かる私であった。


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