第30話 虎と馬と鹿と河


 昔、とあるゲームがあった。


 その名も『ファンタジックユグドラシル』


 ある一介のゲーム開発者が、とある夢を掲げて作り上げた開発チーム手によって、この世に生み出されたファンタジックユグドラシルは、独自のランキングシステムによってコアなファンを獲得するに至った名作オンラインゲームである。


 特にプレイヤーたちがのめり込んだのが、当時最新ハードであったダイブ型VR機器を使って織り成される真に迫る戦闘体験だった。


 今の今まで、あらゆる対戦ゲームがキーボードやコントローラーで緻密に制御されていたプレイヤーキャラクターたちの動きが一変し、まるでリアルの格闘技さながらのアクションと化した、直感的なゲーム性には誰もが魅了された。


 ド派手な技や魔法に加え、現実ではできないような大仰な立ち回りすらゲーム内では再現可能。中二病心に願った漫画のあのシーンや、あの必殺技の再現などなど、澄み渡る海のように深く広大なフィールドはあらゆる願望の受け皿として世に生み出されたのである。


 かくいう私――無灯日葵も、ゲーマーとして産声を上げたばかりの好奇心のままに、ファンタジックユグドラシルの世界へとのめり込んでいった。


 そして――


『あははははは!!その程度で私に勝てると思った!? 私に! このソルトシュガーに! 悔しいならまた挑みなよ、私は気に入った映画を繰り返してみるタイプだからね!』


 ゲーム内最大のランキングであるPVP対人戦ランキング上位に連なる悪逆非道へと染まり切ってしまったのである。


 一時の心の迷い、だなんて言うつもりはない。何しろ、高校時代を投げうってでも私はゲームに注力し、日夜ランキングに並び立つ猛者たちとしのぎを削っていたのだから。


 いやさ、あの時の私はどかしてたんだよほんと。全身黒ずくめのゴスロリ衣装とか今考えたら赤面物の黒歴史以外の何物でもないんだけどほんと。


 ……え?


「あなたまさか、ソルトシュガー!?」

「なんで知ってるの六華ちゃん!?」


 きゃあああ!! 思い出させないで! ゴスロリ衣装で滅茶苦茶決めポーズしてたの黒歴史なんだよ! わかる? 真っ黒な衣装に眼帯付けてた時のスクショがスマホの写真データから出て来た時の羞恥心!


 ほんと、高校時代まで続けていた暴挙を止めてくれたことだけは、あの母親には感謝しないといけないぐらいだ。


 って、そんなことよりも!


「ソルトシュガー? ご主人って、ノットじゃにゃかったかに」

「わー! わー! 何も聞いてない! 何も聞いてないからハスパエール! いい!?」

「にゃ……うん。わ、わかったにー……」


 これ以上話が広まらないように、ハスパエールちゃんへと釘をさす私。それから、ぎろりとロラロちゃんの方へも視線を送る。


「わ、私も何も聞いてないですよ……師匠……」

「よろしい」


 ふ、ふふふ……よし、これでいい……いいはずなんだ! 


「思えば、あの傍若無人ともいえるような戦い方……はったりすら力に変え、武器に頼りきりにならず戦う腕前……間違いありません。まさか、こんなところで会えるとは思っていませんでしたけどね……ソルトシュガー!」

「だからその名前を言わないでよ六華ちゃん!!」


 二度目となる呪いの呪文の口頭詠唱により、私の心臓に亀裂が入る。もう一度言われてしまえば、それはもう再起不能なダメージを負ってしまいそうだ。いや、既に吐血もののダメージは受けているんだけどさ。


 中の人攻撃はPVPでも禁じ手だよ!?


「くっ!」


 何はともあれ、呪いの言葉を何度続けた六華ちゃんは、なんだか少し様子がおかしい。それこそ苦虫をかみつぶしたような表情でこちらを睨み、手にした骨刀を力強く握りしめている。


 剣呑剣呑。尖ったナイフのような雰囲気である。


 あ、ファン汁ファンタジックユグドラシル時代の私のことじゃないからね。別に自分のことジャックナイフみたいだったなんて、そんな痛い妄想してないからね!!(ここ重要)


「……いいえ、今は分が悪い。ですが!」

「え、ーっと……なにかな?」


 びっ、と空気を切り裂いて骨刀の切っ先を私に向ける六華ちゃん。何とも剣呑な雰囲気を放ちつつ、彼女は言う。


「ここで会ったが百年無念。あの時の借りは、いつか晴らさせてもらいますよ……!」

「あのときのかり……?」


 やばいぞ、どの時の借りか全然わかんない。これが現実世界だったならまだしも、キャラクリで容姿を変えられるゲームの世界となるとさっぱりだ。


 一応、声ばかりは変えることはできないから、女性プレイヤーなのは間違いないと思うけど……(両声類かは措いといて)


 というか、あの時代の私は色々と因縁を作りすぎだ。流石は悪質PKプレイヤー。まさしく思い出したくもない黒歴史だ。


 でも今は違う! 友達を作るためにはやさしさが必要だと悟った時から、私は変わったのだ! 辻斬りなんてしないし、かわいい子だからって虐めたくならないからね!


「ともかく! 私はここで失礼させていただきます」

「え、でもでも、地上に出るまで結構遠いけど大丈夫?」

「あなたに心配されるほど私は弱くありませんから! それに、PK用のルートと言うモノもありますし」


 おぅ……剣吞すぎるぜこりゃまったく……。


 というか、私がソルトシュガーだとわかった途端のこの変わりよう。昔の私、マジで何したんだよ本当に。


「それとも、ここで雌雄を決着させましょうか?」

「んや、誘ってもらって悪いけど、せっかく背中を合わせて戦った後だしやめとこうかな」


 キラリと骨刀の刃を見せて、六華ちゃんがそう嘯く。怒り交じりに此方を見る視線は、とても私の闘争心をくすぐってくるけれども、今の私は静粛な淑女。こんな挑発に乗るようなプレイヤーではないと心の中で言い聞かせた。


 けれども、これだけは言っておこう。


「でも、挑戦ってならいつでもいいよ。その刀の切れ味、楽しみにしてるから」

「っとうに貴方は! その余裕そうな顔が私を苛立たせるとわかって言ってますよね!」

「えぇ!? そ、そんなことは……」

「いいですよ。その挑発乗って差し上げましょう。では、また会う時まで、せいぜい寝首をかかれないように待っていてくださいよ」


 どうやら余計なことを言ってしまったらしい。それこそ、はじけた風船のように彼女の怒りは迸り、剣呑な敵意が針の筵のように私を威圧する。


 それから、髪を逆立てて怒りを露にする彼女は、どこかへと言ってしまった。


 ただ。


「あれ、あの怒り方……」


 その背中を見て、私は一人の女の子を思い出す。


「え、えと……」

「ん、どしたのロラロちゃん」

「師匠、あの方と何かあったのですか?」

「まー、あったというか、なかったというか……実際、歯牙にもかけなかったのは事実だけど」


 なんとなく思い出して来た。そうだそうだ。罵り合ったライバルでも、呪い合ったランキング常連とも違う女の子がいたはずだ。


 なんどもなんども私に挑んできたから、その度に返り討ちにした女の子が。


「今更ながら、恨みを買われても仕方ない立ち回りだったな、あれ」


 声の質からして多分小学生。何度も噛みついてきてうざったかったからって何回もみぐるみを全部剥いでた気が……。


「なんだかすっごい申し訳ない感じがしてきた……」



--・ ・-・・ 



「あーもう! なんで、なんであんな……!」


 ズンズンと怒りのままにダンジョンを歩く私――六華は、少しでも怒りを発散させようとして、そこら辺をうろつく魔物をやたら滅多に切り刻みました。


 それでもやはり、怒りは晴れません。


 もちろん、その理由はソルトシュガー――いえ、今はノット・シュガーでしたか。なんでしょうねあの名前。リアルだと武藤とか無燈みたいな名前だったりするんでしょうか。


 ともかく、私の怒りはそんなノット・シュガーが原因です。


 10年近い月日が経っていることもあってか、あちら側の雰囲気が変わりすぎてて最初は気付くことができませんでした。最初から気づいていれば、共闘だなんて提案を、文字通りに彼女の体ごと斬り捨てていたことでしょう。


『何故にそこまで取り乱す下手人殿』

「さっきからうるさいですよ!」


 しかも、今は私の頭を悩ませる要素がもう一つあります。


『いかんぞ、遺憾。如何なる理由があれど、心乱しては剣も乱れる』

「その乱す理由の実に50%の原因があなたにあることをよくよく理解していただきたいのですが……!?」


 ふよふよと、こみあげてきた怒りを言葉や行動で発散する私の動きにぴったりと追従する人玉が一つ。それは、髑髏型の人魂となったガシャドクロウです。


『何を言うか下手人殿。こんなにも愛くるしいますこっとが憑いて何を悩む必要があるのだ』

「主に騒音問題ですかね!」


 何故、こんなお化けに呪われているのか。それは、ガシャドクロウ討伐後にされた装備が原因でしょう。


 あの時、私が至近距離でガシャドクロウの面を斬り捨て、ユニークボス討伐のアナウンスが流れたと同時に、一つのクエストが始まった通知が視界に飛び込んできたのです。


『ユニーククエスト【兵どもが夢枕に立つ】が開始されました』


 なんですかねこの色々入れようとしてごちゃごちゃにとっ散らかったクエスト名は。そして、そのクエストが始まると同時にアクセサリー枠を消費して装備させられたのが、これ。


〈ガシャドクロウの遺恨〉


 それから、私の視界のすぐそこにふよふよと、小うるさい人魂が飛ぶことになったのです。


『しかし、あの小娘たちも強いこと強いこと。もしも体が残っているのならば、また戦いたいものだな』

「……」


 ゲームのキャラクターなら喋りかけた時だけ声を出せよ。と、内なる私が声を上げてしまいます。しかも、この声はどうやら私にしか聞こえない様子。


 こんなにも意味不明な存在なのに、あの三人の誰も触れてくれませんでした。


 しかも呪いの装備よろしく、解除不可能と来ました。


 どうして私ばかりこんな目に……。


「ふ、ふふふ……」

『おお、そうだそうだ怒るよりも笑う方が万倍マシぞ! 盛大に笑うのだ、がっはっはっはっは!!』

「あーもう、吹っ切れました!!」


 考えれば考えるほど訳が分からなくなっていくこの世界。いったんログアウトしてチルタイムともいけない手前、どうにもこうにも頭が狂いそうになってしまいます。


 ならばいっそ、狂ってしまいましょうか。


「一つ」

『なにかな?』


 ああ、誰にも見えないし聞こえない存在に話しかけるなど、既に狂人のそれではありませんか。イマジナリーフレンドなんて、三歳の時に卒業したとばかり思っていたはずなのに……。


「あなたは、私を強くしてくれるのですよね?」

『左様。そのために我が遺恨はこの世界に残ったのだ』


 骸骨人魂は語られます。


『我が剣、我が刀技。そのすべてを継ぎし新たなる遣い手を、我は求めている』


 【兵どもが夢枕に立つ】。おそらくこれは、ユニークジョブ、或いはユニークスキルを獲得するためのクエスト。


 条件はきっと、刀を扱う侍系のジョブでガシャドクロウにとどめを刺すといったところでしょうか。


 毒を食らわば皿までとも言います。シュガーの存在も、この人魂の存在も、間違いなく私の精神衛生を特段かき乱す病巣でありましょう。


 けれども、どちらも私の力を次のステージへと進めてくれる確かなピースでもあります。


 ならばこそ、最後の最後まで食らいつくして上げようではありませんか。


「私は誰?」


 小学生のころ。


 悪童さながらにPKに手を伸ばした私を強かに打ちのめしたソルト・シュガー。


 これは、彼女に毎度の如く完膚なきまで打ちのめされ、辛酸をなめさせられるたびに繰り返した自問自答。


「私は挑戦者」


 自己証明の自問自答。


「あらゆるプレイヤーの上に立つ、最強無敵の挑戦者――そのためには、手段なんて選ばない」


 誰しもを出し抜き頂点に立つ。そのためならば、ソルトシュガーだろうと人魂だろうと利用し尽くし、骨の髄までしゃぶり上げてあげましょう。


 そんな覚悟の心に火を点して、私の野心を肯定するための言葉を繰り返し、想う。


「この恨み、いずれ晴らしますソルトシュガー!!」


 負けず嫌いな私の性分を、心の底まで暴いてくれた奸婦を想い、私は刀を振るった――


『おい、下手人殿』

「なんですか!?」

『そこを斬ると落石が……あ』

「え?」


 そして、振った刀の斬撃があまりにも切れ味が鋭すぎたがゆえに、バランスを崩した鉱石が私の真上に落下してきてしまいました。


 それは奇しくも、ガシャドクロウ第一形態の死因のように、END耐久に著しい欠点を抱える私の体を押しつぶし――


 ぷちり。


 と、いとも容易くその命を奪ってしまったのでした。


 次の瞬間、気づいたころにはホラーソーンの裏ギルドにて目が覚めます。


 すべては夢。そう思いながら、片隅に見れる人魂を振り払って考えました。


 これもすべて、あのソルトシュガーのせいなのだと。


 力強く、私は復讐を決意しました。

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