第29話 チートたる所以
シュガーたち一行はユニークボス討伐した。
「それでは、この刀は私が頂きましょう。構いませんね?」
「元からそういう契約だし、MVPは六華ちゃんだしねー。ハスパエールちゃんたちは問題ない?」
「ご主人の判断に任せるにぃ」
「師匠が問題ないのであれば、私も大丈夫です」
ユニークボス討伐の報酬として、地面には水晶スケルトンのものよりもはるかに強固でレアリティの高い鉱石素材が散らばっている。
その中でもひときわ目立つアイテムが二つあった。
その一つは、ガシャドクロウが愛用していた骨刀〈骸丸〉。六華へと向けられたときのそれは、蛇腹剣のように節に分かれ鞭のように変化していたが、ガシャドクロウ討伐後は元の形状に戻り、無骨に地面に突き立っていた。
六華は骸丸を、戦闘前に約束していた報酬の一つとして頂戴する。
「ふぅむ……野太刀よりも短くはありますが……まあ、いいでしょう」
なにか含みのある声を漏らしながら、骸丸の調子を確かめる六華。
骸丸に鞘はなく、形態には少し不向きなのが難点か。とはいえ、長く肉厚な片刃の剣身は、野太刀を使っていた身としては手によく馴染む。
PK職御用達のNPC店で、手に入れたばかりの一撃必殺特化型ジョブの【野伏】用にカスタマイズした野太刀よりも少々短くはあるが……まあ、問題はないだろう。
「一つ、そちらのアイテムについてもお訊きしたいのですが、よろしいでしょうか」
「ん? これのこと?」
一通りの確認を終えた六華は、その横でいそいそとピッケルで鉱石を細かく砕いて次々とポーチに収納しているシュガーに話しかけた。
そちらのアイテムと言って六華が示すのは、ガシャドクロウが残した残骸の中で、ひときわ目立った二つのアイテムのもう一つ。
「〈九面煉獄ガシャドクロウ〉だってさ。アクセサリーだよ」
六華に訊かれてシュガーが取り出したのは、骸丸の傍らに落ちていた骸骨のお面であった。それはさながら、死ぬ度に増え続けたガシャドクロウの九つ目の面のようである。
「追加ステータス無し。効果は……スキルが一個だけ」
「自動蘇生でしょうか?」
「んや、違うね。えーっと……防御系スキルかな。カルシウム的な?」
「ああ、あの防御力を再現したスキルですかね」
〈九面煉獄ガシャドクロウ〉と銘打たれた仮面に備えられたスキルは一つだけ。その名もスキル〈煉獄四番亡別〉。
「えっとねー……一定時間の
シュガーが語った衝撃的なスキル効果は、それが本当ならば世の中のタンク連中からして垂涎の代物だ。
話を聞いた六華は、なるほどと報酬として得られたアイテムの法則性を予想する。
往来のMMO同様、やはりユニークボス討伐の暁に得られる特殊アイテムは、討伐したユニークボスの特性を引き継ぐ仕様のようだ。
ただし。
「シウコアトル倒した時、こんなもの落ちなかったんだけどねー」
「……今、なんと?」
「え?」
二度目となるユニークボス討伐を経験しているシュガーは、シウコアトルの時にはなかった特殊アイテムに困惑せざるを得なかった。
確かに、異形の蛇であるシウコアトルではなく、人型スケルトンのガシャドクロウが刀やお面といった装備品を落とすのには納得できる。しかし、これらがユニークボスの報酬であるならば、どうしてシウコアトルの時には確認できなかったのだろうか。
そんな風に思うシュガーであったが、六華にはそれよりも気になることがあった。
「シウコアトル、というとウスハ山道の?」
「あ、うん。でも、六華ちゃんもこっちにいるってことは倒したんだよね? その時はどうだったのさ」
「い、いえ……倒したというか……そもそも、私が使ったのはPK専用の裏ルートでして……」
頭を抱える六華。なにしろ、シウコアトルと言えば、ファストリクスからホラーソーンに移動するためのいくつかあるルートの中で、唯一戦闘のみで通行できるウスハ山道に居座る怪物である。
触れるだけで市販の解毒ポーションが効かない状態異常を付与してくる難敵であり、現状ログアウトの一件で荒れているとはいえ、一度も討伐報告が上がっていない強敵だ。
それを倒してホラーソーンに来た? 正直に言って、信じられない。
ただ。
「……なるほど」
シュガーが腰に付けている、先ほどまで六華が握っていた青小鬼の鬼人鉈を見て、思った。
「想像もできないほど、特殊な事情をお持ちのようで」
「あ、わかる?」
クエストかスキルか、或いはジョブが。ユニークと名付けられるそれらに、シュガーは一枚噛んでいるのだと六華は納得した。
というのも、彼女の持つ青小鬼の鬼人鉈は、ゲーム開始時点で訪れることができる最初の町で手に入れるにはあまりにも強すぎる逸品だ。
間違いなく、プレイヤー産の代物。
シュガーが単独でホラーソーンに来ていることを考えれば、十中八九彼女の作品に間違いない。ここまでの道中で取れる素材を考えれば破格もいいところだ。
そして何よりも恐ろしいのが――
(あんなものを作られてはたまりませんね)
もしも、青小鬼の鬼人鉈級の代物が雑に市場に流れれば、その出所を巡って騒動が起こることは必至。
遊楽派はともかく、破壊派も攻略派も、このゲームで有利で立ち回るために装備の強化を怠らない。特に、対立関係にあるお互いを警戒してか、より強い装備を求めることだろう。
シュガーの恐ろしさはそこにある。
(戦闘職のユニークジョブには限界がある。個人がどれほど強くなったところで、結局はただ一人の力。遊楽派に過ぎない彼女がゲーム内の対立の趨勢を動かすことは難しいはず……けれど、生産職となると話は別)
改めて、自分が握った恐るべき武器の性能を思い出す。
(生産職は、その強さを他人に譲渡できる)
生産職ということは、あのレベルの製品を量産できるということだ。もしもシュガーが何らかのユニークジョブに就いていて、それが生産職だったとして。
チートスキルの効果によって、チート級の装備が生み出せるとしよう。装備することで破格の力を手に入れられる装備。しかも、装備品と言うことは、本人だけではなく他人も使える。
つまり、彼女は他人すらもチート級に強くすることができるのだ。
実際、そうして青小鬼の鬼人鉈を渡された六華は、とてつもない攻撃力でガシャドクロウの要塞が如き鎧を断ち切った。
これがもし複数人の手に渡れば、それだけで最強のパーティーが完成することだろう。これがもし何十人の組織の手に渡れば、それだけで破壊派、攻略派の趨勢は大きく変化することだろう。
ゲームバランスすら直接殺しかねない程の凄惨さ。
思わず身震いしてしまう。
怖いから? 違う。
「考えるまでもありませんね」
誰よりも早く、シュガーの存在を見つけることができたから。
六華のリアルは、年頃の大学生だ。そんな彼女が内側に秘めるのは、誰よりも上に立ちたいという燃えるような野心だった。
現実世界では勉学に励み、国内でも有数の大学へと進学を果たし、ゲーム内ではあらゆる方法で様々なランキングの上位へと入賞してきた彼女は、常に不特定多数の誰かを出し抜く方法ばかりを考えている。
要するに、彼女にとって最も大切なのは、己に利する要素と言うわけだ。
今回のガシャドクロウ戦でもシュガーたちに協力したのは、単純にそちらの方が利益が出ると考えたまでに過ぎない。
レアリティの高いアイテムを集め、より強力な装備を手にし、誰よりも高みに上る。
ハスパエールが己が保身を重要視するように。シュガーが己が好奇心を優先するように。六華は誰よりも強くなる野心を求道するのだ。
「失礼。よろしければ、連絡先を交換しませんか?」
「れんらくさき……? え、そんな機能あったんだ」
シュガーの持つ高性能装備を作る力が、大多数のプレイヤーを出し抜く最短ルートであることは考えるまでもない事実だ。
だからこそ、彼女と交流を持つために六華は連絡先の交換を求めた。
ゲーム開始と同時に配られる端末には、遠距離通話の機能が備えられている。もちろん、端末同士で一度接続しなければならないけれども。手間を考えても、やはり利便性の方が勝る。
どうやら通話機能についての知識がないシュガーに呆れつつも、己の野心がために六華は手取り足取り使い方を教え、シュガーの連絡先を手に入れた。
その瞬間、このゲームの多くのプレイヤーを出し抜いた高揚感が彼女の中に駆け巡る。思わず恍惚としてしまいそうなところを抑えて、コホンと一息。
それから、改めて六華は交換した連絡先を確認した。
そこで初めて、彼女はシュガーの名前を知る。
ノット・シュガー。
無灯日葵と言うリアルの名前を安直に反映したプレイヤー名である。
「えっ……」
なんてことはない、ただのプレイヤー名だ。しかし、その表記を見た六華は動揺を隠せなかった。
蘇るのは約10年前の記憶。当時小学生だった彼女が、初めて買ったVRMMOで味わった屈辱の体験。
幼き日々に、敗北の苦しみと勝利の愉悦を刻み込まれた因縁の名前。
野心を求める彼女のルーツ。
「ソルト……シュガー……?」
「ブッ!? ど、どうしてその名前を!?」
囁くように呟かれたその言葉に、耳まで赤くしたシュガーが噴き出した。
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