第28話 起死回生のチートスキル


 やられたと思ったのは一瞬だけ。


 足元から突如として生えてきた骨の刃たちは確かに脅威であるけれども、AGIを駆使することで被ダメージを最小限に抑えることはできる。


 割れる大地と伸びる骨の刃を見極め、間一髪のところで回避する。多少の攻撃を喰らおうとも、ステータスが持つENDの防御力や、1400程のHPが全てをかすり傷と断じ、ガシャドクロウの大技を乗りきった。


 それはハスパエールちゃんも同じで、この世界の戦闘経験の差か、彼女の方が綺麗に下からの攻撃を乗り切っている。ロラロちゃんに至っては、ただ生えてくるだけの刃など恐るるに足りずと仁王立ちですべてを受けきり、無傷を誇った。


 ただし、ここで重要なのは私たち三人の無事じゃない。

 もちろん二人のことは大事だけど、それよりも。


「六華ちゃん、大丈夫!?」


 重要なのは、唯一、この場でガシャドクロウに致命傷を与えられる六華ちゃんの無事だ。


「此方は範囲外です。かといって、油断できそうな状況ではありませんが……!」


 幸いなことに〈無尽骨峰〉というスキルの射程距離外にいた六華ちゃんではあるけれど、彼女の言う通り油断は一切できない状況だ。


『見るがいい共謀者よ、これぞ千変万化の骨刀が真骨頂――〈背骨蛇刀〉!』


 ただの刀でしかなかった骨刀の刀身に罅が入ったかと思えば、まるで蛇腹剣のように節に分かれ、鞭のようにしなる武器と変化した。


 見るからに中距離攻撃を見据えた変化に、すぐに私たちはその目的を悟る。


「私を狙いますか……」

『当然よのぉ!!』


 〈ブレードスラッシュ〉再使用可能まで、残り32秒。


 六華ちゃん唯一の勝ち筋を殺すために、ガシャドクロウは宙を舞った。


「あの重装甲で跳躍って何!?」

「よく見るにご主人! 骨だけの体に見た目通りの重量があるわけにゃいにー!」


 二メートルの巨体が空を舞ったことに驚く私。それを強かに咎めるハスパエールちゃんの声が響くけれど、それどころではない。


「ああもう邪魔!!」


 先の大技で地面から隆起した骨の刃が邪魔をする。


 〈無尽骨峰〉の本質は自分の周囲に対する広域攻撃ではなく、地形そのものを変化させることにあったのだと、この時私はようやく理解した。


 それはまるで行く手を阻む鉄条網。障害物競走は苦手なんだけどなー!!


「俺が行く!」

「まかせたロラロちゃん!」


 女神のようなおしとやかさはどこへやら。口調から一人称まで俺と荒々しく変わり果ててしまったロラロちゃんが、魔導甲冑の防御力に任せた突進で、唯一この鉄条網を潜り抜けた。


「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! ――〈衝槌起動〉!!」


 あの……もうちょっと発言を手加減してくれませんかね? どんどんと初めて会った時の可愛らしいイメージが崩れて、戦闘狂にしか見えなくなってきてるんだけど……。


『来るか甲冑武者よ!!』

「行くぜ鎧武者!!」


 手負いのガシャドクロウの〈背骨蛇刀〉とロラロちゃんのハンマーがぶつかり合う。


 その衝撃に空気が弾け、轟音が縦横無尽に地下洞窟の空間の中に反響した。


 そして――


「ッ!!」

『ひとたび振れば千里に届く〈背骨蛇刀〉が切れ味よ!』


 〈ブレードスラッシュ〉再使用可能まで、残り19秒。


 魔導甲冑の肘先が切断された。


「ロラロちゃん、手が……!!」

「気にするな……鎧が斬られただけだ……!!」


 宙に舞った肘先の中にロラロちゃんの腕はない。ガガンド族の体よりも大きな鎧を着ていたことが功を奏したようだ。


 けれども、それは致命的な隙。


『〈衝骨〉!』


 ガシャドクロウが刀を持っていないほうの手を、ロラロちゃんに押し当てると同時に発動された攻撃スキル。


 ガシャンとけたたましい音が鳴り響いたかと思えば、魔導甲冑の大きな図体が中空へと吹き飛ばされた。


 おそらくは、衝撃力に偏重した攻撃スキル。ダメージを犠牲に相手を吹き飛ばすことに特化したものだろう。これによって、ロラロちゃんとガシャドクロウの間に大きな距離が開いた。


「くっ……随分と私に執着しますね!!」

『当り前よ太刀遣い! 彼方から切り裂く敵手を逃がすわけが無かろうよ!』


 〈ブレードスラッシュ〉再使用可能まで、残り14秒。


 ロラロちゃんが作った時間を使って、六華ちゃんはひたすらに逃げる。けれど、ここは地下洞窟の閉鎖空間であり、逃げられる場所はそう多くない。


 しかも、明らかに彼女を狩るために伸ばされたガシャドクロウの骨刀は、千里は届かずとも何十メートルか先へと攻撃を届かせることができそうな業物だ。


 鞭のようにしなる背骨蛇刀が、六華ちゃんの背を狙う。


「ッ……!!」


 間一髪振り返り、野太刀の鞘を使って防御する六華ちゃん。


 しかし、相手はロラロちゃんの魔導甲冑すらも切り裂いて見せた鋭利な刀。いとも容易く鞘を分割した一撃は、威力を落としつつも六華ちゃんの体を斬り付けた。


「六華ちゃん!」


 骨の刃をかき分けて、急いで六華ちゃんの下に駆け付けようとする私は、飛び散った鮮血に六華ちゃんの名を叫ぶ。


「まだ……!!」


 遠距離斬撃に全てを捧げた低耐久力の六華ちゃんは、辛うじてその攻撃を耐えた。しかしながら、二度目はない。


「間に合わにゃいに!」

「まだダメージが……!!」


 私とハスパエールちゃんの距離は遠く、先の受けた攻撃のダメージが抜けきっていないロラロちゃんは動けない。


 そんな中、致命的な二の矢が躍る。


「どうすれば――!!」


 この状況で六華ちゃんが退場するのはあまりにも不味い。何しろ、ガシャドクロウにダメージを与えられるのは彼女だけ――いや、青小鬼の鬼人鉈を使えば私もダメージは与えられるかもしれないけれど、必殺を狙えるのは彼女の〈ブレードスラッシュ〉だけ。


 だからこそガシャドクロウは、私たちの弱点である六華ちゃんの低耐久を咎めるように攻撃を仕掛けてきているわけで、私たちが彼女を守り切れなければそのまま決着がついてしまう。


 〈ブレードスラッシュ〉再使用可能まで、あと数秒。


 その数秒で、ガシャドクロウの刃は六華ちゃんの体を再び切り裂くことだろう。


「どうにか、どうにかなる方法は――」


 私は思考を巡らせる。


 走馬灯が如き回想が一瞬での脳裏に過り、緊張感からかスローモーションになった世界が選択肢を突き付けてくる。


 どうしようもない。そう思った瞬間だった――


「そうだ!」


 今の今まですっかり忘れていたことを、私は思い出した。


 絶望的なこの状況を覆しうる切り札。しかし、その効果はあまりにも未知数で、確実に六華ちゃんを助けられるなんて保証ができない代物。


 それでも私は賭ける。


 降って湧いた理不尽ユニークボスに勝つために。


「届け……!!」


 懐から取り出したるは、最後に一本だけ残った下級ポーションレベル5。HPを500回復してくれる、冒険者の命綱。


 スローイングの構えから六華ちゃんの方へとポーションを投げる私は、同時にそのスキルを発動した。


 それは、シウコアトルとの戦いで、ハスパエールちゃんの命を繋いだチートスキル。


「〈開花〉ァ!!」


 そのスキルは、ゲームバランスだなんてレールから外れたアマノジャク。だったら、ご都合主義よろしく奇跡でも起こしてくださいよ!!


『これにて終幕也!!』


 淡く輝くポーションが、〈開花〉の影響を受けてその形を大きく変える。同時に、ガシャドクロウの刀が二度目の刀傷を六華ちゃんに刻み付けた。


「なっ……!!」


 ポーションが届くよりも先に舞う血しぶきは、ガシャドクロウの刀が六華ちゃんの命に届いた証拠。元々朽ち木のように脆かったであろう六華ちゃんのHPを吹き飛ばした一撃は、もはやオーバーキルと言える有様となって、敗北の二文字を私たちに突き付けて来たのだ。


「間に合わなかった……」


 正確なコントロールによってぴたりと六華ちゃんに命中したポーションが、カシャンと力なく割れたのは彼女の体が地面に倒れるのと同時だった。


 間に合わなかった。


 判断が遅かった。


 一瞬の逡巡すら遅れとなる戦いに、私は負けた。


 ――かに、思われた。


「これは……予想外、ですね……どうやら蘇生は、魔物あなた方の専売特許ではなかったようです」

『ッ!!』


 倒れたはずの六華ちゃんの体が起き上がった。


 間に合わなかったのではないのか。判断を間違えたのではないのか。湧きあがる私の疑問符を断ち切るように、彼女は構える。


 再使用可能まで、あと――


「〈ブレードスラッシュ〉」


 復活した六華ちゃんは、一切の間を置かずにそのスキルを発動する。腰を下ろした構えから放たれる必殺の一撃。それは、外しようもない至近距離にてガシャドクロウへと炸裂した。


『見事、也……!!』


 二つに割れた髑髏の面がそう続けると同時に、アナウンスが脳裏に響く。


『ユニーククエスト【無念仏の空虚妄動】をクリアしました』

『称号〈骸積み上げし共謀者〉を獲得しました』

『称号〈輪廻に背きし者〉を獲得しました』

『称号〈骸殺し〉を獲得しました』

『各種スキルのレベルが上がりました』


 ぽかーんとした私が、何が起こったのかわからないままに、ユニークボスとの戦いは終わりを告げたのだった。


 

 


 


 

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