第31話 笑顔がチャームポイントのアマノジャク


 ガシャドクロウと遭遇した私たちがダンジョンから地上に戻ったころには、侵入してから一日が経過していた。


「やっぱり野宿は最悪に。二度としたくないにぃー……」

「でもでも、ハスパエールちゃんのおかげで何の備えもなしに野宿する羽目にならなかったよ! ありがとね、ハスパエールちゃん!」

「感謝するなら飯を寄こすにぃ!」


 なぜに一日も経ってしまったのかと言えば、もちろんダンジョンが広く、地上までの道のりだけでも数時間はかかるから……と言うのも大いに関係しているけれど。


 やはり、ガシャドクロウとの戦いを経て精神的にも肉体的にも疲労していたのが、大きな要因だろう。


 そんなわけで、野宿を選択した私たち。


 野宿して大丈夫なの? 魔物とか襲ってこない? そんな疑問は心配ご無用。ロラロちゃん曰く、ダンジョンにはところどころ魔物の少ないスポットがあって、息を潜めていれば数時間は見つからずに過ごせるのだとか。


 しかも、ガシャドクロウと戦った崖下の空洞がそのスポットだったらしい。どうりで六華ちゃんとの戦闘中も魔物に邪魔されなかったわけだ。


 ついでに、宿泊中に調べたことだけれど。最後の最後でデスしたとばかりに思っていた六華ちゃんが立ちあがったのは、やはり私が投げた〈開花〉ポーションが原因だったようだ。


 あの時投げたのよりもグレードは下がるけれど、同じ『下級ポーション』を〈開花〉してみたところ、このようなアイテムが出来上がった。


〇応急回復ポーションレベル3

 品質A- レア度C-

 効果:HPを300回復する。死亡直後であれば対象を蘇生し、HPを300回復する。


 とまあ、あの時の私の判断のすべてが上手く回ったことで、結果的に六華ちゃんはガシャドクロウの隙をつくことができ、見事ボス討伐と相成った。


 こうして呑気に野宿していられるのも、すべては〈開花〉のおかげ。神様仏様〈開花〉様である。ただし創世神、テメーはダメだ。


 なんて、ことを考えつつも、なんとかホラーソーンに帰還した私たちは、冒険者ギルドで水晶スケルトンの素材を幾つか換金した後に、労いを込めて酒場で高い料理を注文して、パーッと気晴らしをした。


 やはりおいしいものは正義である。これでデザートに甘いモノもあれば満足なのだけれど、冒険者ギルドに併設された酒場にそんな気の利いたものはなかったのが残念だ。


「あ、ロラロちゃん。一応これ、ロラロちゃんの取り分ね」

「はい。ありがとうございます」


 そんな酒場の席で、ずっしりとした袋をロラロちゃんへと渡した。これは、今回のダンジョン探索における報酬だ。


 結局隠しエリアには行けなかったけれど、ガシャドクロウの討伐報酬で手に入れた鉱石の数を見れば、トントンどころかプラスだろう。


 余談であるが、ガシャドクロウの固有素材は私がもらったお面と六華ちゃんの骨刀の二つだけだった。あとの素材は全部水晶スケルトンから取れるモノか、レアな鉱石ばかり。


 思えば、ガシャドクロウとの戦いは、一匹の水晶スケルトンから始まったんだったけか。そこからどんどん顔が増えて強くなったのがガシャドクロウ。ならば、増えた顔か、獲物の剣以外が普通の水晶スケルトンでも不思議じゃない。


 閑話休題。


「工房の素材が足りてないって話だったけど、これぐらいで大丈夫そうかな?」

「貰い過ぎて申し訳ないぐらいですよ。十分、今後もやっていけると思います。例のお仕事の件も踏まえて」

「よかったよかった。でも遠慮しなくていいからね。道中の戦い、大体ロラロちゃんが真っ先に敵を蹴散らしてくれてたし」

「お、お恥ずかしい限りです……」


 報酬の割合については私3ロラロちゃん5ハスパエールちゃん2と言った感じだ。


 ロラロちゃんの取り分が多い理由は、先に言った通り会敵と同時にロラロちゃんが突っ込み、私たちが何かをするまでもなく敵が壊滅するというシーンが多かったから。


 それを恥じるロラロちゃんは、耳まで赤くして申し訳なさそうにしているけれど、私は特に気にしていないので仕事の分、彼女の報酬を多めにした。


 それと、ハスパエールちゃんに関しては渡した素材をすべて換金しようとしていたので、流石に勿体ないと私がすべて買い取ることになった。


 そして、これとは別にガシャドクロウで共闘した六華ちゃんの分もちゃんと用意してあるので、今度会った時に渡そうと思う。結局、あの後どっか行っちゃって会えなかったんだよね。


 昔のことの謝罪もしないといけないし……。


「そうですね……三日後、また工房に来ていただければ、良いものをお見せできるかと」

「お、それは楽しみだな~!」


 袋の中の鉱石を確認するロラロちゃんは、そう言いながら受注書を書き上げた。


「一応、これでこの契約は生産職ギルドが仲介する正式なモノとなりました」

「うん、ありがとう」


 生産職ギルドの主な役割は、発注者と生産者の橋渡し。なので、こうした装備品の生産依頼などで揉め事が起こらないように、仲介人として間に入ることもあるのだそうだ。


 まあ、今回はどちらかと言うと、金銭で対価が明示された取引じゃないから、あとから変なことにならない用の保険だ。


 まあ、そもそもの話。


『スキル〈天格〉が発動しました』


 私にはなんだか不吉なスキルが、呼んでもいないのに契約と聞いて鼻息荒く飛び出してきてるし。


 なによりも、私はロラロちゃんのことを信用してる。


 なんたってこの女の子は、ガシャドクロウと戦ったあの空洞で、底が見えないほど高い崖上から私の身を案じて駆け付けようとしたというではないか。


 そんな健気で可愛らしい子を、信用せずして何がオタクか!! 


「それでは、さっそく仕事をして来ようと思うので、お先に失礼します」

「うん、よろしくね、ロラロちゃん」

「はい!」


 そう言って、元気よく去っていくロラロちゃん。


「……あ、師匠」

「ん? 何かあったの?」


 と、思いきや、去り際に振り向いた彼女は言う。


「生産職ギルドで申請すれば、工房を借りることもできますよ。もちろん、消耗品は自費ですけど。お父さんの工房、ちょっと狭いので、私が仕事を始めてしまうと師匠に貸せなくなってしまうと思うんですよ。なので、そちらをご利用されてはいかがでしょうか?」

「え、工房って借りれたの……?」

「自分で素材を取りに行く工房主さんたちも結構いますからねー。不在の間、工房の管理をギルドに任せる代わりに、貸出するみたいな契約があるんですよ」


 まさかの情報がロラロちゃんの口から放たれる。いやいやいや、工房って借りれたのかよ! なんて突っ込みをしたくなるけれど、そういえばと思い出す。


 私が生産職ギルドについていろいろと聞いたファストリクスは、サービス開始当初と言うこともあってどこの工房も見習い生産職プレイヤーで溢れかえっていたっけか。


 そうなると、貸し出せる工房なんて最初から残っていなくて、説明されなかったのかもしれない。


 うぎぎ……タイミングが悪かったとみるべきか。


「それでは、また!」

「ありがとうロラロちゃん! 可愛いよー!」

「あ、えっと……お、大声で言うのは人目が……し、失礼しますぅー!!」


 口から漏れ出てしまった私の心の声に赤面した彼女は、そのままぴゅーっと今度こそ去って行ってしまった。


「相変わらず気持ち悪いにぃ、ご主人」


 小さな背中を名残惜しく見送った私を見たハスパエールちゃんが、スパゲッティを食べながらそういった。


 まあ、これには流石の私も同意するしかないだろう。内なるキモオタには厳重に封印をかけておかなければ……封印術ってどこ行けば習えるかな?


 そんな風に冗談を交えつつ、私は端末を起動した。


 ダンジョンから帰還し、工房へと依頼を出し、何とも切りのいい所。普通ならば、休憩なりなんなりと言って、ログアウトをするところだろう。


 しかし、できない。というよりも――


「ない、ね」


 この世界に出るための『ログアウト』ボタンが、端末によって表示されるユーザーインターフェースには存在しないのだ。


 この世界はゲームの世界。となれば、0から100までを運営が作り出した作品だ。もしも、その作品に綻びがあり、不具合が起きてログアウトできないというのなら、機能としてのログアウトが失われているのなら、せめてその名残ぐらいはあるはずだ。


 なのに、ない。


 最初からログアウトのことを考えていなかったとでもいうように。


 もしかすれば、これは。


 このログアウトができないという現象は、運営が意図しているものなのかもしれない。


 じゃあ、このゲームの運営は私たちをこのゲームに閉じ込めて何がしたいのだろうか。


 或いは何をさせたいのだろうか。


 このゲームをプレイし続けた先に、一体何があるのだろうか。


「少しだけ、気になったりしてー……」


 端末で口元を隠しながら、私はそう呟いた。


 なんで口元を隠したのかと聞かれれば、単純に自分が笑っていたことに気づいたからだ。


 頬に力を入れて、口角を上げ、口で三日月を形作るように私が笑っていたと気づいたから。


 戦場での笑みは威嚇を示す、だなんて……とてもとても。


「ふふふっ……」


 今からお前を殺す、か。


 殺す、だなんてなんとも野蛮な表現だけれど。私はあえてそう語ろう。


 私に好奇心を抱かせるこのゲームに潜む津々浦々の正体不明を、解して明かして暴き殺してやろう。楽しむことができなくなるまで、愉しみ楽しみ遊び殺してやろう。


 だって私は、このゲームを始める前から決めていたんだから。


 心行くまで、このゲームを探求しようと。


 だから、好奇心尽きるまで、あらゆる謎に挑戦してやる。


 それが私のスタイルだから。


「ご主人、一人で笑ってるにー……やっぱり変な奴だにぃ……」


 今日も私は元気に生きている。



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