第26話 超特急お前らの全滅行


「〈唐竹割り〉!」

「〈猫パンチ〉!」


 私とハスパエールちゃんの同時攻撃で軸足を複雑骨折させることにより行動を制限。その上で、遠距離で構えた六華ちゃんがその刃を閃かせる。


「〈ブレードスラッシュ〉」


 キラリと鈍色の剣線が虚空を走り、都合六つ目の新しい顔に袈裟懸けの致命傷が刻まれた。


「顔が増えるたびに強くなるって……」

「蘇生と同時に魔物として進化している、と言えますね」

「厄介な敵だにぃ……これ、あと二つも形態が残ってるんだにゃんて……」


 これでガシャドクロウを倒すのは六回目。六度目ともなれば、その風格は正しくボスのものであり、二本の足で屹立した胴体部分にはバイキングのような骨の鎧が纏われ、かなり防御力を誇っている。


 しかも、変化し続け異形となった体は、いくつもの骨が絡み合うことで右腕ばかりが巨大化しており、そこから放つ斬撃はこの戦場全体を等しく切り伏せる驚異の射程距離を有している。


 更には蘇るたびに速く強くなっているのだから厄介だ。それこそ、第三形態までは一瞬で終わった戦闘も、第六形態ともなれば倒すまでに数分の時間を要した。


 しかし、それも後二形態だけの辛抱だ。……これよりも強い形態変化があと二つも残ってるだなんて、想像したくもないけれども。


「来ます」


 ジョブの特性上、後衛に徹している六華ちゃんがそう言えば、向こう六度目となる蘇生が行われ、七つ目の顔を擁した水晶スケルトン――もとい、ユニークボス『八面無尽ガシャドクロウ』が起き上がった。


「うっわ、ついに人型じゃなくなったよ……」


 かしゃりと音を立てて起き上がった姿は、更なる異形と化していた。というか、元の原型を為していないほどに変わり果てていた。


 七つ目の顔面となる頭蓋を先頭に、複数の骨と六つの頭蓋が繋ぎ合わさった流体のようなフォルム。それは奇しくも、以前に相対したシウコアトルによく似ている。


 とはいえ、こちらは蛇というよりも、竜と言った方が正しい姿だろう。


 なにせ、シウコアトルとは違い――


「浮いっ……!!」


 絵巻に掛かれる竜が如く、その体は風に巻かれるように浮かび上がったのだから。


 そして同時に、七つ目の頭を先頭に、まるで暴走特急のようにガシャドクロウは動き出した。


「防御!!」

「速っ――!!」


 連なる骸を伴う超特急は、私のAGIでも辛うじて認識できる領域に至っていた。追いつけるのは、ジョブの特性上AGIに振り切ってるらしいハスパエールちゃんぐらいだろう。


 そんなハスパエールちゃんが全員に叫ぶけれども、数拍と間を置くこともできずにガシャドクロウの攻撃は開始された。


 復活地点発、私たちの全滅行の電車旅は、真っ先にとどめを担当してきた六華ちゃんの方へと走る。


「ッッ!!」


 辛うじて防御が間に合った六華ちゃん。しかし、防御の上から叩きつけられた巨大質量まで受け止められるわけもなく、そのまま彼女は壁に向かって叩きつけられてしまう。


「六華ちゃん!」

「無事……です……が、手痛い反撃を頂きました……」


 攻撃に振り切ったジョブの彼女は耐久力が著しく低い。よって、その一撃だけで死んでしまいそうなほどHPを損なっていた。


 しかも、攻撃はまだ終わらない。


 骸特急の攻撃は、終着点に終わるまで止まらないのだ。


 空へと昇ったその姿は、まるで銀河鉄道のように軽やかで超常的。しかも、今度は此方に向かって――


 って、やばい! 私のHPまだ回復しきってないんだよ!!


「か、回避ッ!」

「ご主人!?」


 咄嗟の判断に迷った私は、あろうことか向かってくる超特急に対して飛び上がって回避してしまう。ハスパエールちゃんが叫ぶが、もう遅い。


 無論、回避自体は上手くいった。私のすぐ下を超特急は通過していくが――当然の如く重力に向かって下へと落ちた私の体は、通過中の超特急の上へと落ちてしまった。


「まって、服が――!!」


 同時に、特急の骨によって編まれたごつごつとした車体に服が巻き込まれ、私の体は空の旅に連れていかれてしまった。


 いやじゃ! 私はまだロボットになりとうない!


「って、そんな冗談言ってる場合じゃなか――うわぁ!?」


 超特急に緊急乗車した私に対して、駆け込み乗車禁止ですと続けた骸の超特急は、ルール違反をした私を咎めるようにその体を壁へとこすりつけて、私を削り潰そうと走った。


「グロテスクにぃ……!」

「あ、危なっ!?」

「あれでなんで生きてるんですかあなたは……」


 あとちょっとで紅葉卸になりかけた私であるが、辛うじて鉈で服を切り裂くことによって難を逃れることに成功した。


 おかげで服がびりびりだ。ハレンチすぎて、R規制がかかってしまいそう。


「しかしこれ……どうしたら……」


 加速する超特急は、明らかに私たちの対応力を上回って走っている。このままでは一方的になぶり殺しにされるだけ。


 ん? いや――


「スピード=威力、だっけかな」


 ごくりと、下級ポーションレベル5を飲み干す私。残る下級ポーションレベル5は後ひとつ。現在HP1943。ようやく半分まで回復したHPに辟易としながら考える。


 止まる気配のない超特急。その勢いに衰えはなく、相も変わらずこちらを轢き殺さんとばかりの殺意で向かってきていた。


 それに対して、私は――


「全体、縦列陣!」

「何か策が?」

「策? そんなものないよ。私にあるのは賭けだけ。アマノジャクだからね」


 アマノジャクな私は賭ける。


 向かってくる超特急を避ける以外の選択肢を。


 空を駆ける骸鉄道を止める以外の選択肢を。


「正面からたたき割る」


 鉈を構えて、ニヤリと笑った。


 狙うはカウンター。向かってくる相手の勢いを利用した一撃必殺。


「うわ……」

「諦めるに暗殺者。ご主人はアホで狂人で変態にー」


 その笑みを見た六華ちゃんの表情が引き釣り、彼女の肩にポンと手を置いたハスパエールちゃんが同情する。そんなにおかしい顔してたかな、私?


 まあ、何はともあれ。


「骨は拾っといてね」


 冗談交じりにそう言いながら、私はを狙って走る超特急に向き直り、両手を上げて上段に鉈を構える。


「〈鬼人化〉」


 真正面から迫ってくるガシャドクロウ七つ目の顔に対して、私が放つは渾身の一撃。


 SP消費によって攻撃力を上昇させる切り札まで切って使う全力の〈唐竹割り〉。青小鬼の鬼人鉈の装備効果STR+124を加えて、実に200を超える数値となったSTRの暴力が実現するのは――


「やぁあああああああああ!!!」


 超特急の両断という結果だった。


「勝利!」

「まだ終わってないにぃ!」

「私、これをPKしようとしてたのか……」


 残心を忘れないハスパエールちゃんの横では、私の大活躍を見て自分の行いを振り返る六華ちゃんが、呆れた様子でこちらを見ていた。


 ふふん、見たことか私の実力。


 なにはともあれ。


「来るよ、最終形態が」


 八面無尽ガシャドクロウ。


 死ぬ度に顔を増やして復活し、その度に強くなっていくユニークボスの形態変化が八段階目で終わることは、他にどのようなレトリックがあろうと覆しようのない確定事項。


 まさかこれで九段階目があるだなんて思いたくはないけれど、魔物の名前を覆してまでやるようなことではないと思いたい。


 そんな風に思いながら、私たちはガシャドクロウの最終形態を出迎えた。


「〈ブレードスラッシュ〉――」


 先手必勝は戦いを制する上での常套句。何事も先に動いた方が有利に働くのだ。その理に従った六華ちゃんの一撃が復活直後のガシャドクロウへと襲い掛かる――


 バキリ。


 しかし、返って来たのは聞き覚えのある嫌な音だった。


 金属が軋み、割れ、砕ける。


「なっ――!?」


 六華ちゃんの野太刀がへし折られた。


 と、同時にその声は聞こえてくる。脳に直接響くような、怨嗟が如き重低音が。


『愚かに死に、愛に殺され、友に謀られ、墓標に刻まれよう』


 へし折った野太刀の切っ先を握るのは、第七形態までと比べれはひと際小さな一体のスケルトン。


『忌み言葉に骸を重ね、骨塚築き上げた最果てにて、夜汽車は黄泉路をひた走る――』


 しかし、鎧武者が如き異形の骨格を備えたそれは、掴み取った切っ先を地面に落としながら、腰に佩いた骨刀をぬらりと引き抜いた。


『我こそが八面無尽ガシャドクロウ。怨嗟はかるモノ也』


 なんだかすごいかっこつけた敵が出てきましたね。


 いやマジでヤバい匂いプンプンじゃん!!


「ちょちょ、何あの鎧武者!? どうする! どうするみんな!?」

「黙っていてはくれませんか煩わしい……それよりも、不味いことになりました」


 ガシャドクロウの登場で焦る私を諫めながらも、六華ちゃんは半分になってしまった野太刀を見ながらこう言った。


「戦闘不能です。私は、攻撃方法を失いました」

「え”」


 え、いやいやいやいやいやいや!! 私が野太刀へし折った時、全然平然そうに治してたじゃん!! あれなんだったのさ!!


「〈応急修理〉は一日限りの切り札。そして、知っての通り私は刀で斬る以上のことができない特化ジョブです。刀が折れた以上、戦うことはできません」

「ま、まじぃ……?」


 威圧感を放つガシャドクロウをちらりと見据える。どっしりと構えたガシャドクロウは、此方を睨むように佇んでいるが――


『動かぬならば、此方から行くぞ――!!』


 まずいまずいまずいよこれぇ!!


 さっきもぎりぎりだったってのに、そこから戦力が一人欠けるとか絶望的すぎ! あーもう、!!!


「遅れたぜぇ!!」

「そ、その声は!!」


 絶望していたその時、荒々しい女の子の声が響き渡った。


 そして登場するのは、二メートルを超える西洋甲冑。つい先ほどまで、私を助けるためにスクラップになって地面に突っ伏していた魔導甲冑である。


 スクラップになったはずなのに、動いている。なぜならば――


「色々無理したが魔導甲冑修理完了!! ここから俺のターンだァ!!」

「来た!ロラロちゃん来た!これで勝つるぅ!!」


 戦闘から離れたロラロちゃんが、ひたすらに頑張って修理していてくれたのだから。


 イヤー……マジで。ロラロちゃんに攻撃が向かないようにするの疲れた……。特に七形態目とか、マジで焦ったよ。


 ってか、やっぱり戦闘モードのロラロちゃんすごいな……。なんというか、こう……見ちゃいけないモノを見てるみたいな……――とにかく!!


「選手交代!」

「報酬の件はお忘れなく」


 バッター代わりまして。


 代打、ロラロちゃん!!


「来いよ落ち武者! 捻り殺してやる!!」

『その意気やよし! 縊るには相応しき好敵手よ!』


 鎧武者 対 甲冑騎士


 その戦いの幕は明けた。

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