第24話 笑え笑え可愛らしく恐ろしく
崖上の僅かな足場の上で、ちみっこい女の子が
「師匠……!」
彼女の
「うわぁ……これは絶対助からない奴だにー」
「わ、私が……私の、せい……私の……!!」
ざっくりとした目測でも二十メートル以上はある高さから落ちた。助かる、にゃんて予想は所詮希望的観測に過ぎないに。そんにゃもんだから、ロラロは自分のせいでご主人が死んでしまった、と後悔の滲んだ涙をひたすらに崖下へと零しているに。
とはいえ。
「あのご主人にゃら、全然生きてる気がするに~」
そもそも、多分異邦人は死にゃにゃい。それは、ファストリクスで、魔物に殺されたはずの異邦人が、
リィンカーネーションの加護。二年前の大災害で活躍した、殺されても蘇る英雄たちの噂は聞いたことあるにけど、眉唾物とばかり思ってたにぃ……。
それがあの数。大陸の外からやって来た。
うーん、作為的にゃにゃにかを感じざるを得にゃいにー。
ま、わちしとしては美味しいごはんとゆっくり眠れる下宿先があればどこでも天国だからどうでもいいにけど。
とりあえず、生きてるにゃら生きてるで合流しにゃくちゃいけにゃいし、死んだにゃら死んだで蘇っているか確認しにゃくちゃいけにゃい。まずは移動に。こんなところで立ち止まっててもどうにもにゃらにゃいにー。
「おい、ちみっこいの」
「……」
「ご主人が居なくなったんだから、移動するに。今更隠しエリアに行ったところで意味にゃいにー」
「ッ……!!」
ロラロを起き上がらせようとして、胸倉を掴まれるわちし。にゃんのつもりかと問いただそうとしたけれども、先制されてしまう。
「なんで、貴方はそう冷静でいられるんですか!!」
こちらを責める視線と共に、ロラロは強い言葉で私をなじった。冷静、に。確かに、わちしは冷静に。だって――
「
「っ……!!」
「ご主人が落ちたのはご主人の選択に。自分の命よりもちみっこいのの命を優先したに。それで、どうしてわちしが心を動かさにゃいといけないにー」
私の言葉に、信じられにゃいとでも言いたげにゃ目をしたロラロが言葉を
でも、実際そうにゃのだから仕方がない。奴隷ににゃってしまったとはいえ、楽ができそうにゃんて理由で秘密結社を裏切ったわちしにゃんだから。
「わちしは自分が大事に。一番、一番大事にー。だからわちしはご主人のことが理解できにゃい。自分の命を
そんにゃ私のスタンスには、ご主人もおそらく気づいてた。気づいた上で、わちしを隣のベッドで寝かせるだにゃんて、度胸のあるご主人だと昨日は思った。
奴隷の制約があったとしても、寝首をかく方法にゃんていくらでもあるはずにゃのに。まるでわちしのことを信用しているような――
「……わかりました。なら、貴方は何もしなくて構いません。ただ、一つだけ」
「にゃにかに」
言い合ったところで無駄だと悟ったのだろうロラロが、掴んでいた手を放した。それから、覚悟を決めたようにゃ眼をして、わちしのことを睨みにゃがら言った。
「そのマントを貸してください」
「にゃにするつもりにー」
「下に降ります。師匠が落ちたのは私の責任。なら、せめてその骨を持ち帰るのも私の責任、ですから」
こいつ、馬鹿かに?
助かったんだから、そのまま地上に逃げればいいに。どうして命を投げ出そうとするのか。
「……不思議そうな顔してますね」
「当り前に。誰だって自分の命以上に大切なモノはにゃいにー。そのためにゃら、竹馬の友すらも売り払うのが、人間、というものにー。出会って数日の相手なら尚更に」
わちしが歩んできた19年の人生で学んだ教訓は一つだけ。結局、信用できるのは自分だけ。それ以外は、都合がいい人間か、そうじゃにゃいかだけ。
わちしを見捨てた親も、わちしを見世物にした座長も、わちしをこき使った秘密結社も、わちしを売り飛ばした親友も。結局、自分の命を繋ぐ二束三文のために、人を簡単に裏切る。
だからわちしは期待しにゃい。
わちしは、自分が生きるために他のすべてを利用する――
「命がけで助けてくれたことに報いれない人間に、私はなりたくないんです。だって、私は誰かに助けられて生きているから。助けられてばっかりじゃ、受けた恩義に押しつぶされて、死んでしまいますよ」
「ふんっ、好きにすればいいにー」
ロラロの言葉を、わちしは
助けてくれたことに報いる人間になりたい? 冗談じゃない。そんにゃことしてにゃんの得ににゃるのか。
そんにゃことしても、伸ばした手を引っ張られて、一緒に落とされるだけ――
『ちょっと待っててハスパエールちゃん。私はあなたのご主人様だから。絶対に助ける』
『ハスパエールちゃんとどんな冒険ができるのかに、私の好奇心は釘付けだからね!』
『絶対に負けない!!』
……。
わちしは。
助けられた。
でも、その理由はわちしが魔物の攻撃からあいつをかばったから。
助けてもらったから、助けられた。
にゃんであの時、わちしはご主人をかばったんだろ。
出会って数時間のご主人様。わちしを奴隷なんかに陥れた悪逆非道。わちしにとっては、秘密結社よりも多少居心地のいい新居でしかにゃかったはずにゃのに。
わちしは、自分の命が一番大切にゃはずにゃのに――
調子が狂う。
「ちみっこいの」
「なんですか。というか、早くマントを貸してください。もしもギリギリ生きていたとしても、傷痍系状態異常で師匠が死んでしまうかもしれません」
「もっと早く下に降りる方法があるに」
「え?」
わからにゃい。
あの時、わちしがなんでご主人をかばったのか。
死にかけのわちしをご主人がなぜ守ろうとしたのか。
わちしにはさっぱりわからにゃい。
だから。
「猫系のベスティア族は、着地が上手にー」
「え、え……ま、まさか」
わちしは確かめる。
さっぱりとわからないこの感情を確かめようという気持ちを、好奇心だというのなら。
少しだけ、ご主人に毒されたのかもしれない。
「しっかり掴まってるにー」
「へ――ひぃやぁあああああ!?!?!?!?」
この程度の高さにゃら、ベスティア族の子供には遊び場とにゃんら変わらにゃい。だからわちしは、ロラロの首根っこを掴んで飛び降りた。
助けるとか、助けにゃいとかじゃなくて。
確かめるために。
―――――――――――
「なっ……!!」
アマノジャクは常道に在らず。
なんてかっこつけてみたはいいけれど、結局のところは運任せな仕掛けだったことは認めよう。
とはいえ、これで戦いの趨勢は大きく揺らいだに違いない。
「ちなみに言っておくと、斬鉄剣じゃないよこの武器。こんにゃくだって斬れるからね」
破壊された六華ちゃんの大太刀を指差してそう言った私が、いったい何をしたかと問われれば、見ての通りのことしかしてない。
斬撃を延長するスキル〈ブレードスラッシュ〉
そのスキルの発動に合わせて、反撃しただけだ。
なにに?
剣に。
「〈応急修復〉」
「うげっ、それ戻るんだ……ずるいずるい!」
向かってくる剣の一撃に対して、こちらも強力な攻撃を放つことで迎撃し、その衝撃で六華ちゃんの大太刀をへし折ったんだけど……秒と経たずに修復されてしまう。
チートだ。せっかく壊したのにずる過ぎる。いやまあ私も大概だけど。
「お言葉ですが、発生5フレームの攻撃に反応して武器破壊をするだなんて、どんなチートを使ってるんですか」
「ん? プレイヤースキル」
「人力チートめ……!!」
逆に私は5フレームもあるんだと思った。というか、几帳面に1分ぴったりで使ってるんだから、合わせられて当然だと思うけど。
「失礼。取り乱しました」
「どうせならもうちょっと取り乱した姿みたいなー!」
「……」
おっとついに反応してくれなくなりましたよこの人。流石にうざかったかなー? まあ、PVPなんてそんなもんか。
とにもかくにも、あの斬撃を延長するスキルについてはもう対応できる。向かって来たところをこっちもスキルで反撃すればいいだけ――なんて。
「都合のいい話があるわけないか」
六華ちゃんの野太刀を破壊できたのは偏に〈唐竹割り〉の威力によるものだけれど、あちらの攻撃も決して馬鹿にならない威力をしていた。
それは、私の持つ青小鬼の鬼人鉈の半分を切った耐久値を見れば判る通りだ。
レア度と品質に裏打ちされた性能で、相手の武器に勝っただけ。同じことをすれば、今度はこちらの武器が壊されてしまう。
でも。
だからこそ。
「血沸き肉躍る……なんてね♪」
ああ、ああ。なんだろう。昔に還ってる感じがする。
懐かしい。懐かしい。
懐かしすぎて、楽しさが止まらない。
「はっ――ははぁっ!!」
減った耐久値を元に戻す方法を持ち合わせていない私は、この最後の武器が無くなったら敗北必至。となれば、悠長に構えていることは自殺行為に等しい。
ならばこそ、私は前に進もう。
笑いながら。
笑うというのは。
「ッな、なにがおかしいんですか!」
「おかしい? おかしくないよ、何にもね。知ってる? 笑うってのはさ――っと」
警戒を強める六華ちゃんは、深く腰を落として向かってくる私に向かって野太刀のを振る。しかし、その攻撃には明らかにスキルの効果が乗っていない。
何でもない、ただの一振り。
喋ってる最中だってのに攻撃してくるだなんて、なんてひどい人だろう。困っちゃうなそういうの。
とりあえず、私は向かって来た刃に向けて鉈を振った。水平の斬撃を下から掬うようにかちあげて、私は野太刀を弾き飛ばした。
「ッ!?」
「ああ、やっぱりSTRは低い感じなんだ。ってことは、ステータス傾向はAGIかDEXか……多分、さっきの延長斬撃って〈ブレードスラッシュ〉ってスキル以外にも色々スキルの補正乗ってるよね? それに特化したジョブだから耐久力が低かった――結局、私のはったりにも必要以上に警戒しっぱなしだったしね」
高く打ちあがった野太刀を見上げながら、六華ちゃんのジョブについての考察を披露してみる。すると、目を見開いたような反応をしてくれた。正解みたいだ。
「っとと、さっきの話が途中だったかな。まあ、話す必要なんてないけど、一応ね」
武器を失い素手となってしまった六華ちゃん。彼女に対して、私は指で口の端を持ち上げた無理くりな笑顔を作りながら言った。
「戦場の笑顔は威嚇だよ。今からお前を殺す。そういう意味」
「っ……何から何まで……まったく、嫌な記憶を刺激する人ですね……!!」
いやな記憶? はて、なんだろうか。
「……まあいいか」
彼女が何を思い出そうと、私には関係ないはずだ。だから私は鉈を振り上げる。PKを仕掛けて来たからには、PKされるのもまた当然の理だ。
だから、私は。
「また遊ぼうね~」
鉈を振り下ろし――――――
「――と う ち ゃ く に ~ ~ ~ !!!!」
「ひぇやぁああああああああああああああああ!!!!」
「……え?」
振り下ろそうとしたその瞬間に、私の上に何かが落ちてきた。
ぐちゃり。
その何かは私を上から押しつぶす。とても聞き覚えのある声と共に。
「ふふん、この程度の高さにゃんのその。ベスティア族をにゃめるにゃにぃ~」
「あ、ああ……し、しぬ、しぬかと……お、おお、思いました……」
凄いや。残りHP23だって――ってなに私の上に着地してるのさハスパエールちゃん!!!
「何するのハスパエールちゃん!!」
「あ、ご主人。やっぱ生きてたかにー」
「ハスパエールちゃんのおかげで死にかけだよ!!!」
飛び起きた私は、見せ場を奪われた怒りのままにハスパエールちゃんに飛び掛かかろうとして――ちらり、と六華ちゃんの方を見た。
「……続き、やる?」
「やめておきます。あなた一人にボロボロに負けていたくせに、三対一の状況に勝てるとは思えないので」
上から落ちてきたハスパエールちゃんに押しつぶされている隙に、ちゃっかり弾き飛ばされた野太刀を回収していた彼女である。
ただ、私の視線を見つめ返しつつ、観念したように野太刀を収めて両手を上げた。
「これ、どういう状況に?」
「んー? ちょっと遊んでただけだよ。ちょっとだけね~」
「……まあ、そういうことにしておいてやるにぃ」
「そ れ よ り も!!」
「んにゃ!? ちょ、魔物! 魔物来るかもしれにゃいのに! にゃにゃにゃんで……うにゃ~~~!!」
今日もつまらぬものを切ってしまった……。そう、私こそが辻猫可愛がりのノット・シュガー。ケモだろうとケモミミだろうとバッチこいだぜ!!
「時に、一つ聞きたいことが」
ハスパエールちゃんへのお仕置きを完遂したところで、おずおずと私に話しかけてくる六華ちゃん。殺気は感じられない。
「なにかななにかな六華ちゃん。あ、パーティーを組みたいなら大歓迎だよ。美少女補正美少女補正」
「……いえ、そういうことではなくて」
おっと、パーティーにはなってくれないのか。じゃあ何の用だろう?
「あなたがばら撒いた先ほどの石ですけど……」
「ああ、あれ水晶スケルトンの素材」
「そうなのですか。まあ、それはどうでもいいのですが……なんだか動いてませんか?」
「……え?」
イヤイヤそんなまさかまさか。PKのやりすぎでおかしくなっただけじゃ……ほんとじゃん動いてる。
さっきの戦いでひたすら周囲に投げまくっていた水晶スケルトンの骨たちが、ガタガタカタカタと音を鳴らして揺れ出している。
それらは、崖下の空洞にこだまするように合唱をし始めた。
「な、なんですかこれ!?」
「ロラロちゃんロラロちゃん。これ、何かわかる?」
「わ、わかりません……ただ、一つだけ噂を……」
それはもう盛大に投げまくったこともあってか、至る所に水晶スケルトンの骨は散らかっている。
そんな景色を見て、ロラロちゃんは一つの噂を思い出したらしい。
「噂、程度です、けど……鉱晶窟シャレコンベで大量の骸を同じところで集めてはいけない、とだけ……聞いたことがあります」
うん。
なんだろうね。
すっごい嫌な予感するんだ。
「総員戦闘態勢ー!」
「うわぁ……ご主人、もしかして呪われてるに?」
戦闘の気配を察知した私が呼びかければ、またかとシウコアトルの時を思い出すハスパエールちゃんが呆れた目をして此方を見てくる。
し、失礼な! 別に私呪われてねーし!
「そ、そんなわけ……あ、この際六華ちゃんも協力してほしいんだけど! 報酬は素材半分ってことで!」
「後ろから斬られても知りませんよ?」
「いいのいいの。そん時は地の果てまで追いかけて遊びに行くから」
警告のつもりかそんなことを言い出した六華ちゃんであったけれど、私が笑顔でそういえば、うげぇとクールな表情が嫌そうに歪んだ。
それを了承と受け取って、私は鉈を構える。
「ロラロちゃん」
「は、はい……なんですか師匠?」
「魔導甲冑壊しちゃった」
「構いませんよ。結局、あれは私が趣味で作ったものですから」
そう言いながらもロラロちゃんは、名残惜しそうに残骸となっていた魔導甲冑を見つめていた。
とにもかくにも、三者三様の準備が終わったところでそれは始まる。
私が抱いた嫌な予感が。
的中する。
『ユニーククエスト【無念仏の空虚妄動】が始まりました』
『ユニークボス【八面無尽ガシャドクロウ】と遭遇しました』
『戦闘を開始します』
最後の最後にポーションを一つ飲んで準備完了。
いいね、HP残り523だってさ。最高だな。
ユニークボス戦の始まりだ。
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