第23話 影歩む道すらアマノジャクは通らない


 崖下の地底で相対する二人のプレイヤー。


 片方は私、ノット・シュガー。

 生産職でありながらも、ユニークジョブの恩恵でチートなステータスを持つ美少女(自称)プレイヤー。

 ただし瀕死。


 もう片方は六華と名乗る美少女剣士(こっちはほんと。キャラクリ上手いなー)。

 プレイヤーを殺し、装備品やアイテムを奪うプレイヤーキラー。

 レッドネームの賞金首。


 その戦いの始まりは、六華ちゃんの先制攻撃から。


「〈ブレードスラッシュ〉」

「ッ!?」


 開幕と同時に発動される攻撃スキル。六華ちゃんと私の間合いは十歩分も開いていて、如何に巨大な野太刀と言えど七メートルの距離を超えて攻撃してくるなんてありえない。


 これがゲームじゃなければ。


「あぶなっ……!!」


 ぴぴーんと私の頭に響いた勘が教えてくれた危険信号。すかさず察知した赤色から逃げるように跳躍すれば、私の居た場所を横薙ぎの剣線が通過していった。


 一般通過斬撃……避けなかったら死んでたなこれ。


 斬撃を延長するスキルか。厄介だなー……。ってか多分、さっき足場が崩れたのもこの攻撃だったりしそうだな。普通、偶然落ちた先にこんなに都合よくPKが待ち構えてるなんてわけないし。


 差し詰め、落下ダメージでPKを狙って失敗したってところだろう。


「まだゲーム始まって一日だってのにPKしてるんだから、どんなもんかと思ったけど……流石に強いね~六華ちゃん!」

「お褒め頂きありがとうございます」


 瀕死も瀕死で重体な私のHPは普段の十分の一しかない見事なまでの瀕死っぷり。しかも、あの一撃はどこで受けようが体を刎ね飛ばされる威力をしてる。


 やばやばな相手だ。


「まさかそれ、掲示板で噂のPK職ってやつ?」

「当該事項は機密であります故。此方から答えられることは何一つございません」


 まってまって、クールな目つきで返されたらキュンキュンきちゃうじゃん! 私クール好きなんだよね。……え? お前美少女なら何でも好きっていうじゃんって? そうだよ。


「なら、こっちも何も教えな~い! えい、礫!」


 鉈と大太刀の間合いじゃ私が圧倒的に不利なので、とりあえず牽制もかねて礫投擲。礫というか、さっき拾った水晶スケルトンの骨だけど。それを幽世小袋から取り出して投げる。


「っ!」

「お、避けた」


 何かを警戒してか、投げた骨を避けた六華ちゃん。ふむ、何を警戒してるのかな。


 ……ああ、そうか。


「これかな?」


 するりと私が取り出したるわ、このダンジョンで手に入れた煌びやかな骨の数々。それを見た六華ちゃんの視線がより一層警戒に満ちたものになる。


 おそらく、彼女が警戒してるのは私の未知数の手札。その中でもこの骨は、様々な水晶原石が引っ付いた魔物素材で、まるで魔法的な効果があるようにも見える品物だ。


 見ようによっては、爆弾に見えなくもない。実際、リィンカーネーションシリーズにそういう爆弾あるし。水晶爆弾だっけかな。威力高い奴。


 ま、私が持ってるのはただの骨だけど。


 はったりを利かせるには十分と。


「さぁて、どれがあたりでしょうか」


 笑みを深めた私は、大盤振る舞いと幽世小袋の中身にある水晶スケルトンの骨を次々に投げた。


 この中に水晶爆弾は一つもないけど。さも投げたすべてが水晶爆弾であるかのように。


 それーポイポイポイポイポイッ!


「ひゃっはー! いつもより多く回してるよー!!」

「うるさいですね……!!」


 お、流石にイライラしてるかな六華ちゃん? というか、あの斬撃を延長するスキルが飛んでこないな。ってことは、やっぱりクールタイムが長いタイプのスキルか。


「〈ブレード――」

「来たっ!」


 一回目のスキルからきっかり一分。六華ちゃんが〈ブレードスラッシュ〉の態勢に入ったのを確認しつつ、私はその体目がけて――


「虎の子ォ!!」


 水晶スケルトンが持っていた槍を投げた。ウスハ山道のゴブリンの時のように、何かに使えるかもと持っておいたのだ。いやはや、槍はいい。なんたって細長いから、幽世小袋のちっちゃなお口にもすっぽり収まってくれる。


 というか、幽世小袋ってどれだけ入るんだろ。意外と結構詰め込んでるんだけどなー。


「チッ――スラッシュ〉!!」


 舌打ちをしつつもスキルを発動する六華ちゃんは、身を捻って無理くり私が投げた槍を躱しつつ、七メートルの間合いを無視する遠距離斬撃を放つ。


 さっきの横薙ぎとは違い、体勢の問題もあって縦に切り上げるように振るわれる斬撃。それを余裕しゃくしゃくと避けた私は、なんとなく彼女の戦闘スタイルを予想する。


 六華ちゃんが噂の対人特化型PK職であることは火を見るよりも明らかだ。ただ、その動きがどうしても気になる。


 一分で再使用可能になる遠距離斬撃のスキルに攻撃を頼り切りで、それ以外の方法であちらから攻めてくるような気配はない。むしろ、私のはったりを異様に警戒しているあたり、安全策ばかりを取ってる気がする。


 それとも、


「後学のために一つ」


 私の思考に介入するように六華ちゃんが話しかけてきた。多分時間稼ぎ。一分という短いようで長い再使用時間を埋めるためのもの。


「なにかな?」


 しかし、それに乗るのが私である。美少女との会話とか断る理由がないじゃないですかやだー。


 ……それに、ちょっと私にも作戦があるしね。


「そちらには、此方に対する疑問があると思います」

「六華ちゃんどうしてそんなにきれいなの、とか?」

「……疑問があると思います」


 六華ちゃんが想像する疑問と私の疑問はどうやら違ったらしい。


「例えば、そう。なぜ私がここで襲って来たのか、とか」


 ああ、そういうね。確かに疑問っちゃ疑問だけど。


「運命ってのは時と場合を選ばないんだぜ六華ちゃん!」

「あなたと話すのは疲れますね……」

「ああ、視線がキツイ……!!」


 あれ、私ってここまで変態だっけ? 美少女に鋭い視線を向けられただけでどこか興奮している自分がいる。いや、当然か。なぜなら彼女は美少女なのだから。


「此方がPK職であることは察していると思いますが、後学に一つ情報を教えましょう。私たちには他者の身に着ける装備品のレア度を見るスキルがあるのです。そしてあなたが持つポーチ。それは相当なレアものとお見受けしました」

「お、わかる? ウスハ山道のレアドロで作った装備なんだよねこれ」


 言われて確かにと思ったけれど、彼女の狙いは私の装備品だったらしい。まあそうだよね。PKは他者が持ってる装備を強奪する行為なんだから、いい装備を狙って当然だ。


 まあ、は戦うために戦ってたみたいだけど。誰のことかな~、誰のことかな~?


「野蛮な行為と謗られましょう。悪逆非道と罵られましょう。しかしながら、出来るのならばやるのが私のスタイルです」


 へぇ。


「王道楽土が常道ならば、日の当たらない道にこそ私は在ります。なので殺します。故に殺します。偏に殺します。悉く殺します。あなたの物を奪い殺します。恨んでくれても構いません。それこそが、私を私たらしめるのですから」


 ロールプレイ……にしては真に迫った言葉。なんだか言い訳をしているようにも聞こえる。


 こんなところ二つ目の町のダンジョンに居るぐらいだから、彼女もログアウトができないことなんて気にしない遊楽派の一人だろう。


 誰かとつるむことなく、たった一人で。きっとどこかイカれてるに違いない。私みたいに。


「別に悪いことじゃないよPKなんて。だって、それが不都合なシステムなら、さっさと運営が削除してるでしょ」


 基本的に悪し様に語られるプレイヤーキラーであるけれども、システムとして存在している以上は、そのゲームを象徴するコンテンツの一つとして受け入れるべきだ、というのが私の意見だ。


 なので、彼女は何も悪くない。


 私と同じように、私と違う方法で、私と同じゲームを楽しんでる一人のプレイヤーだ。


 そもそも、し、私。


「ほら、来なよ六華ちゃん。ぶっ殺してあげる」

「野蛮ですね。


 なんとなく話に区切りがついたところでちょうど一分。六華ちゃんのスキルが戻って来るタイミングだ。


「〈ブレードスラッシュ〉」


 斬撃を延長するスキル。きっかりと一分でそれを発動するあたり、なかなか洗礼されたプレイヤースキルだ。こればっかりは、本人の腕前が無ければ難しい。


 彼女が一角のPKである証拠でもある。


 だから私も証明して見せようか。


 常道の影を行くのが彼女なのだとすれば。


 常道に背を向けるのが私だから。


 本物のアマノジャクってものを見せてあげよう。


「〈唐竹割り〉」

「ッ!!」


 その瞬間、六華ちゃんが振った刀が粉々に粉砕された。


 同時に、にやりと私は笑みを深めた。

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