第22話 落ちるなら恋に落ちたいよね
「うぅ……こうも目の前にいかにもレアそうな鉱石があるのに取れないのがもどかしい……」
「そこ、素人目に見ても明らかに洞窟を支えてる支柱にぃ。馬鹿に?」
「失礼なこと言うなー、ハスパエールちゃん!」
「にゃ、や、やめるにぃ!」
悪口を言う悪いお口はここか? おん? ぷにぷにすんぞオラァ!
「うーんと……こっちですね」
「りょうかーい! ほら、行くよハスパエールちゃん!」
「うぅ……ステータス上がって馬鹿力になってるんだから手加減するにぃ、ご主人……」
ダンジョンに潜入してから六時間。ハスパエールちゃんが言っていたように、本当にダンジョンの中で一泊する可能性が見えてきた。
だって、ここで目的地の隠しエリアに着いても、入り口に戻るのにまた六時間でしょ? まあ、魔物との戦闘が間間に挟まってるし、ちょっと迷ったり、小休憩も挟みつつ歩いてるから、ずっと移動し続けてるわけじゃないけどさ。
この広いダンジョンを攻略するためには、計画的な戦略が必要だな、と思わざるを得ない。
というか、ペースを考えずに歩き過ぎると『疲労』って状態異常になること自体がかなりの弊害というか……リアリティが過ぎるというか。移動の大変さを含めても、冗談みたいなゲームだ。いい意味でも、悪い意味でも。
いや、冗談みたいなゲームという言い方は的を得てないかな。どちらかといえば――
――今私がいるこの世界が、現実だと思えてしまう。
ゲーム的なシステムに溢れているのに。こうして洞窟をNPC二人と一緒に歩いていると、まるで私もこの世界の一員であるように錯覚する。
なんだか、不思議な気持ちだ。まあ、ゲームをプレイしていることすら忘れる没入感というのならば、文句なしの百点満点か。
「すごっ……こんなところ本当に道があるんだねぇ」
「足元気を付けてくださいね。ある程度のENDがあれば落ちても大丈夫だと思いますけど、無事は保証できませんから」
とにかく今はダンジョンのことを考えよう。
分かれ道に寄り道に道草に、ありとあらゆる道を逸れた果てに私たちがたどり着いたのは、壁際に僅か30センチ幅の足場があるだけという崖際の道であった。
こういうの見たことある。世界の危険な通学路とか、そういうので。
「ちょちょちょ、押さないでよハスパエールちゃん!」
「後がつっかえてるんだから早くいにくにぃ、ご主人」
「不安ならペース落としますけど、本当に大丈夫ですか師匠?」
「大丈夫! 大丈夫だけど……ちょっと慣れないかなこういう状況……」
ちらりと崖の方を見てみれば、光る水晶の輝きすらも届かないほどに真っ暗な底が私の方を見返してきた。
十何メートルって高さからコンクリに落ちてかすり傷だった人の話は聞いたことあるけどさー! ほんとにENDだけでこれ生き残れるの!?
「不安と思うから不安なんだにぃ」
「ハスパエールちゃんって根性論とか言うキャラだっけ」
道の横幅が30センチしかないということもあって、現在私たちは縦列の陣形を組んで前に進んでいる。先頭で狂闘狼の短槍を持ったロラロちゃんが先導し、真ん中に私、その後ろからハスパエールちゃんと続く陣形。
ロラロちゃんが先頭なのは、この狭い足場で敵と遭遇した時、小柄なロラロちゃんが一番動きやすいからだ。
とはいえ、例の魔導甲冑は二メートルを超える大きさで、こんなところで展開しようものなら崖下落下コース一直線。なので、私が狂闘狼の短槍を貸して、代わりに彼女の荷物を引き受ける形で陣形は組まれている。
「ここまでこればあと少しですので、頑張ってください!」
「うぅ……わかったぁ……」
なんというか、高所は慣れない私だ。別にそういう経験をしたことがあるわけではないけれど、今いる場所みたいな崖際に立ってしまうと身震いが止まらない。
怖くはないけど。別に、怖くはないけどね!
そんな私を応援してくれるロラロちゃんと、呆れながら背中をつっつくハスパエールちゃん。どちらがより心証にいいかは言うまでもないだろう。
ハスパエールちゃんにはあとでお仕置きをするとして。
「あ、ゴール!」
「あそこまで行けばもう崖際も終わりですね」
崖際を歩くこと20分。ようやく見えてきた細道のゴールに私の顔は晴れやかになる。
終わりが見えてきたということもあって、おっかなびっくり進んでいた私の足にも力がみなぎり、今まで以上の速度でずんずんと進んでいく。
そうして。
「ここまでくれば大丈夫」
ゴールにたどり着いた――
「あれ?」
かに、思われた。
先頭を歩くロラロちゃんの姿が沈む。
「え――」
何が起きたのかわからないと言った風な彼女の顔が、落とし穴に落ちたかのように下へ下へと移動する。
そこで私は気付いた。足場が、無くなっていることに。
ここはダンジョン。どんな罠があってもおかしくない場所。油断すれば痛手を喰らう。そんな場所。崖際にある足場が急に崩れてもおかしくない。
だから、私は――
「ロラロちゃん!!」
落ちていく彼女がこちらに伸ばして来た手を引っ張った。小柄な彼女であるが、とっさに人一人を持ち上げられる対応力は私に無い。だから。
「師匠!!」
踏ん張るのを諦めた私は、振り子のように腕を動かして、その反動でロラロちゃんを足場の方へと戻した。――私が落下するのと引き換えに。
私の体重分、ロラロちゃんが宙に浮く。おかげで彼女は足場に戻ることができたけれど、私は崖下に真っ逆さま。
突然の行動に目を丸くするハスパエールちゃんと、何が起きたかわからないと言ったままに落ちていく私に手を伸ばすロラロちゃん二人に向けて、私はサムズアップしながら言った。
「私が死ぬかよべいべー」
実際、死んだところでリスポーンするだけだしね。まあ、ダンジョンの中に二人を置いていくのはちょっと心配だけどさ――
それに。
「高所から落ちて死亡なんてゲーム的な結果、私が許容するわけないじゃん」
私はアマノジャク。時にはシステム的な王道にすら、逆らって見せようじゃないの!
「〈起動〉――!!」
映画とかのシーンの一つに、ビルから落ちた主人公が車の上に落下したことで事なきを得るなんてものをよく見かける。それは決してフィクションの世界の話なんかじゃない。
確か、不思議に思って昔調べた時に、聞いた話だ。
ボンネットの弾性とか、サスペンションとか、そんな諸々の衝撃吸収能力が為せる奇跡。生憎とこの世界に車はないけど。
似たようなことはできるはずだ。
そう考えて私が取り出したのは、ロラロちゃんから預かっていた魔導甲冑。彼女の造り出したこれは、衝撃吸収に優れた防具である。
何しろ、二メートルを超える大きな鎧に、身長140センチもないロラロちゃんが入っているのだ。残りの余白を、彼女は衝撃吸収に優れた素材で補強することで、受けるダメージを最小限に抑えているのだと語っていた。
だから――
「これが、あれば――!!」
何度か聞いた魔導甲冑起動のキーワードを口ずさみ、私は背負っていたそれを地面の方へと向ける。
すると、数秒と立たずに魔導甲冑がその巨体を展開し、空中に中身のない巨大な鎧が姿を現した。
それを、クッションに――
――ガシャァァァァァァン!!
「……んー……ぎりぎり……助かったぁ…………」
魔導甲冑の上で空を見上げて、何とかギリギリ助かった私はそう呟いてから、大きく息を吐いた。
8000近いHPはほぼ全損で、辛うじて200程度の数値が残っているだけ。それに気づいて、急いで下級ポーションレベル5(HPを500回復)を頭からかぶる。
一応、ポーション系は飲んでもいいし被っても効果がある。ただし、頭から被ると飲むよりも楽だけど全身びしょ濡れになっちゃうから一長一短だ。
「く、クールダウンがきついなぁ、これ」
残りHP732。初期ステータスを思えば十分すぎるかもしれないが、生憎とここは二つ目の町のダンジョンの深層。戦闘職の平均HPってどれくらいだっけ…………?
とりあえず早急にHPを回復したい私だけれど、生憎とポーションには連続して使うことができないように、
使ったのは下級ポーションだから、設定されてるクールタイムも少なく、あと一分も待てばもう一度回復できる。
ただし。
「出てくるなら早く出てきてよ。暗闇に潜んでることぐらいわかってるからさ」
それは一分間安全を確保できれば、の話でしかないけどさ。
ゆらりと魔導甲冑の上に立ち上がりながら、腰に付けていた青小鬼の鬼人鉈を構える私。
そんな私の前に、一人の人間が歩み出た。
光り輝く結晶に囲まれた鉱晶窟シャレコンベであるが、何もすべての場所が満遍なく光に照らされているわけではない。気づくことができないような場所に、小さな小さな影はある。
そんな影から、彼女は姿を現したのだ。
「いつから、お気づきに?」
ハーフアップの赤い髪に、ふんわりとしたスカートと厚手のローブで全身を覆った女性。その胸元にあるブローチはプレイヤーの証。
昨日、赤蛇亭で偶然出会った女性だ。
そんな彼女は驚きを目に浮かべながらも、冷徹な佇まいで現れては、そう訊いてきた。それに対して、私はぶっきらぼうに言う。
「別に、気づいてないよーっだ。かまかけただけなのに乗ってくれてありがと」
でたらめも適当に言ってみるものだななんて私は思った。実際、私は彼女が居ることを確信してたわけじゃない。ただ何となく、懐かしい感じがしただけだ。
懐かしい?
うーん、やっぱり昔の感じが抜けきれてないようだ。今の私は生産職だってのに。
「
「丁寧な名乗りありがとう。それで、用件は?」
魔導甲冑から降りながら、バッグを無造作に地面に降ろす。それを見届けた彼女が名乗ったので、にやりと笑って私は訊いた。
用件は?
「有り金すべてとその荷物、洗いざらい置いていってもらいましょう」
「決めポーズ悪いけど、瀕死の獣相手にかっこ悪いよプレイヤーキラーさん」
背負った大太刀を構えた彼女は、宣言してから襲い掛かって来た。
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