第21話 ロラロ火山大噴火
戦闘終了後、落ち着いたロラロちゃんが鎧の中から出てきた。
「お、お恥ずかしい所をお見せしました……」
それから、耳まで真っ赤にした彼女はプシューッと、まるで火山の噴煙のような煙を上げながらそう言った。
しかも、そのまま倒れ込むようにして五体投地の構えである。その姿はまるで怯える子犬のよう。
「ちょっとちょっと、そう言う趣味はないって町の方でいったでしょロラロちゃん!」
ただ、子犬のように可愛らしいロラロちゃんであるが、そんな子に土下座をさせるような趣味は私にはない。低頭平身もだ。
「思ったけどご主人。その言葉はつまり、そういう趣味があったら止めてないってことにぃ?」
「ちょっと黙っててハスパエールちゃん」
「う”に”ゃぁ!?」
時間短縮にハスパエールちゃんの脇腹をズビシ。お腹周りがよわよわなハスパエールちゃんは悶絶する。
それから話を戻して、私はロラロちゃんを起き上がらせた。とはいえ、彼女は穴があったら埋まりたいぐらいに顔を赤くしていて、ご自慢のくるくるヘアをカーテンのように使って顔を隠してしまっている。
かわいい。抱きしめたい――っと、いかんいかん欲望が……。
「わ、私、実は戦ってると様子がおかしくなるというか……変な感じになっちゃうんですよ……」
「あーそういうタイプなんだ」
現実世界でいえば、車に乗ると性格が変わる人とかかな。もしくは、対人ゲームするときだけ口が悪くなる的な。
「自分でも重々承知しているため、今度こそはと思い同道させてい頂きましたが……本当に、本当にお恥ずかしいところを見せてしまい――」
「あーあーあー! いいから! そういうの良いから! 実際、私たち別に被害とか受けてないから! そうだよねハスパエールちゃん!」
もう一度土下座をしかける彼女の顔を上に向かせるためにも言葉を並べる私は、とにかくこちらは迷惑を受けていないことをアピールするためにハスパエールちゃんへと話題を振った。
しかし――
「う……うにゃ……ご、ご主人……マジ、許すまじ……」
「……あ」
どうやら先ほどの脇腹触りが実は鳩尾に入っていたらしいハスパエールちゃんは、ぐったりと地面に倒れて苦し気に此方を睨んでいた。
STR70の一撃である。それはそれは重いものであったに違いない。
本当に申し訳ない気持ちになる私は、ダンジョンが終わった後に街で見かけた食べ放題のお店にハスパエールちゃんを連れてって上げることを心の中で決定しつつ、彼女の前に回復ポーションを置いてロラロちゃんの前に向き直った。
「え、えと……」
さて、変な空気になってしまったけれども、どんな話をしよう。うーん、うーん……
「そういえばさ」
対人能力よわよわな私が絞り出した話は、まずそんな言葉から始まる。
「ちょっと気になってたんだけど、ロラロちゃんってどうしてついてきたの?」
「えと、えと……倉庫の中の素材が足りなくて……でも、一人でダンジョンに来たら、暴走して気が付いたらダンジョンの奥に行き過ぎちゃいそうで……」
「一人じゃ不安だったと」
「……はい」
つまり、仕事をするための素材がないロラロちゃんは、鉱石を求めてダンジョンに来たかった。
しかし彼女は戦いとなると気分がハイになって周りが見えなくなっちゃうから、気が付いたらダンジョンの奥で一人孤立するかもしれないから、止めてくれる人が欲しかった、と。
「本当であれば、わ、私が気を付ければいいのに……な、何にも言わずに、厚かましいことを――」
「うーん……」
必死になって謝るロラロちゃん。ただ、
「やっぱり、別に私たち何にも迷惑受けてないから気にする必要ないよ」
「……そう、ですか、ね?」
「うんうん。だってさ」
ロラロちゃんは確かに戦闘中、口調が変わるぐらいハイになっていたけれども。それは決して、暴走という程のものじゃなかった。
なんたって私が言った三体の敵を先手必勝で同時攻撃するという案に合わせてくれたし、その後も敵を求めて無理矢理ダンジョンの奥に行こうともせず、今ここで恥ずかしそうに謝っているのだから。
やっぱり、彼女が懸念するようなことは起きていない。
「ロラロちゃんが何に不安になってるかを私は深く知らないけどさ、別にそのぐらいでロラロちゃんを見捨てようとか、そういうことはないから気にしないで」
「そ、そうですか……?」
「うん。そもそもロラロちゃんいなかったら、採掘免許なくて困ってたからね。お互い様お互い様。だからこの話はここで終わり! ほら、ロラロちゃん。こんなところで油売ってないで、さっさと取りに行こうよ、鉱石!」
「は、はい!」
よ、よし。なんとかロラロちゃんを元気づけることに成功した……!!
ふー、焦ったぜぇい……。
恋愛シミュレーションは必ずバッドエンドから踏んでしまうタイプの私は、今回ばかりは発揮されなかった様子。
よかったよかった。
「あの、でも……一つだけ……お願いしてもいいでしょうか……?」
「なにー、ロラロちゃん?」
恥ずかし気にする彼女は、もじもじとしながらも私の方に近づいてこう言った。
「厚かましい申し出ではあるので、嫌でしたら断ってください……。えと、その……ちょっとだけ不安なので……えと、ハグ、してもらえませんか?」
「ぷぇ……?」
抱きしめた。それはもうギュッと。あとちょっと匂い嗅いだ。めっさいい匂いした。光差す桃源郷はここにあった……!
「気持ち悪いにぃ……」
シャラァップハスパエールちゃん!! その群青色の綺麗なしっぽがサラサラヘアになるまでブラシでシャッシャしたろかおぉん!?
……今度やろ、それ。
「あ、えと、も、もう大丈夫ですので」
「そう?」
「は、はい。その、魔物が来ても問題ですし、移動のために鎧を小型化しないといけないので……」
そう言いながら彼女は私から離れてしまう。なんという喪失感。暗黒時代の訪れである。
「〈収納起動〉」
私の暗黒時代はさておいて、ちょこちょこと可愛らしく脱いだ魔導甲冑に近づく彼女は、彫像のように佇む鎧に手をかざして何らかのスキルを発動した。
すると、カチャカチャと機械的な音と共に魔導甲冑の装甲は内側へと折りたたまれて行き、ついには二メートルあった巨体は一メートル半もないコンパクトなサイズへと変貌してしまう。僅か五秒の出来事である。
なるほど、ものの数秒でロラロちゃんが鎧武者のように強烈極まりない姿になっていたのはこれが理由か、と私は感心した。
そうして魔導甲冑を背負えるサイズにした彼女は、持っていた袋を広げてその中に魔導甲冑をしまい込んだ。
「師匠の次元収納アクセサリーみたいなものが作れれば、こんな手間もいらないんですけどね……」
「うーん、とは言われても、これって結構偶然で作れた奴なんだよね。だから、実を言えば師匠なんて言われる資格、私に無いかも」
「そんなことないですよ! 作ったという実績と、それを作りうる腕前! それだけは間違いなく、シュガー師匠を私が尊敬するところですから!」
強くそう宣言した彼女の意志は変わらなそうだ。そんなところを見れば、やはり魔導甲冑を着ている時のロラロちゃんも、同じロラロちゃんなのだと思える。
本性、とは少し違うかな。
どっちかって言うと……気を遣わない自分、なのかな。
「あ、水晶スケルトンの素材取らなきゃ」
とにもかくにも、私は急いで魔物の素材を拾い集めた。バラバラになってしまった水晶スケルトンだけれど、こちらは破片でも鉱石系の素材になるのでおいしおいし。
そうして一通り拾い終わったところで、私たちは先に進むのだった。
後ろから近づく、影に気づかないまま――
「……」
赤い影は、まだ動かない。
――二時間後。
「ねぇねぇ、ロラロちゃん。これどこ向かってるの?」
「隠しエリアです。そこなら、それなりに良い素材がたくさんありますし、あまり人も訪れていないので鉱石が取り放題ですので」
「取り放題!?」
「……前に私が行ったときは、そんな感じだった、ってだけです。き、期待は……外れたらすいません」
「その時はその時だよ! 案内してもらってるんだから文句なんて言わないって」
ガガンド族にホラーソーン住みということもあってダンジョンの地理に詳しそうなロラロちゃんの案内でダンジョンを進む私たち。
向かう場所は、なんと鉱晶窟シャレコンベの隠しエリアだという。隠しエリアといえばそう、レアアイテムに宝箱にユニーククエストと、貴重なものが手に入る可能性に満ち溢れた素敵スポットではないか。
もちろん、貴重なものがあるということは、簡単にはたどり着けない場所ということ。強敵が守っていたり、見つけるのに苦労したり、行くのが困難な場所に在ったりと、隠しエリアが隠しエリアたる所以は多く存在する。
「あ、敵だ」
「っ! 〈戦闘起動〉――うらぁああああああ!!!」
まあ、今のところ強敵が来ても余裕でフルボッコに出来そうな構えであるけれども。
洞窟の曲がり角で会敵すると同時に、魔導甲冑を装着するロラロちゃんが雄たけびを上げれば、振り上げられたハンマーが呼応する。
ドクンと、まるで心臓のような音を立てて脈打つそれが、蒸気のような煙を噴出すれば、その反動でただでさえ暴力的なロラロちゃんの一撃はより加速した。
二重の意味で衝撃的だ。ほら、魔物さんも「え?」みたいな顔して固まっちゃってるし。まあ、例によってスケルトンだから表情とかわからないんだけどさ。でも、出会って数秒で全身複雑骨折とか可哀そうでしかたがない。
「師匠、次の敵は!?」
「戦闘終了だよ~」
「あ、は、ひ……またやっちゃいました……」
そして、戦いが終わった途端にこれである。テンションの温度差に風邪を引いてしまいそうだ。
そういえばこのゲームにも風邪とかってあるのかな。流行り病とか、変な状態異常はありそうだけど。
そんな蛇足な思考を余所に、ぽこんと魔導甲冑の頭部分が外れれば、首元からもぞもぞとロラロちゃんが這い出てくる。巣穴から顔を出す狐みたいだ。可愛い。
というか、仮面をつけたライダー並みの早着替えをするのに、脱ぐときはなんというか、アナログなんだなと思わざるを得ない。
「ご主人。にゃに考えてるかわかるから教えとくけど、〈瞬間装備〉は手持ちの装備を入れ替えるスキルだから、入れ替え先がにゃいとあんにゃふうになるにぃ」
「あ、そうなんだ」
〈瞬間装備〉は一部戦闘職で獲得できるスキルで、その名の通りスキルに登録している装備品を装備するというモノ。入れ替えた装備はバッグに収まり、バッグの中の装備が手元に現れるという優れたスキルだけれど、どうやら収納機能まではないらしい。
地味に使いづらいというか、痒い所に手が届かない設計だな、なんて私は思った。
「それにしても強いよねー、ロラロちゃん」
「あ、はい。あ、ありがとうごじゃます……」
「実は本職って戦闘職だったりする?」
「いえ、私は生まれつきの生産職ですよ! お、お父さんの工房を継ぐって決めてるんです! この装備も、仕事じゃないですけど自分で作ったものですし……」
おお、なんと健気な少女だろうか。実際、ハンマーを握れなくなったお父さんの代わりに工房を引き継いでいるわけだし、いい子が過ぎる!!
「……」
ちらり。
うーん、やっぱりハスパエールちゃんとロラロちゃんの間には変な空気があるんだよなー。
への字に口を結んで私とロラロちゃんの会話を聞いているハスパエールちゃんは、じーっとロラロちゃんを見つめている。何かを見定めているような、胡乱気な瞳だ。
やっぱり、ハスパエールちゃん的にはロラロちゃんの腕に不足があるのが不満なんだろうか。でも、今しがた水晶スケルトンを吹き飛ばしたハンマーや魔導甲冑を見れば、彼女の腕を疑う必要はない気もする。
これほどの物を作れる少女だ。仕事はしっかりしてくれるはず。
「……にゃんだかにゃー」
再びダンジョンの奥を目指して歩き出した私たちの後方で、ハスパエールちゃんはそう呟いた。
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