第20話 正体見たりなアンビルガール


 鉱晶窟シャレコンベは、鉱山街ホラーソーンを支える巨大な財源である。


 アッカー山を貫くように存在する巨大洞窟は、数百年前にとある部族が掘り進めた街道であり、その作業中に崩落した箇所から見つかったダンジョンこそが、鉱晶窟シャレコンベだ。


 そこはまるで、鉱石たちの共同墓地カタコンベ。どういうわけか様々な鉱石が密集したその洞窟は、さならが結晶の博覧会が如き絢爛さで踏み入れた冒険者たちを歓迎する。


 右を見れば宝石が煌めき、左を見れば貴重な鉱石がずっしりと佇んでいる。更には、アリの巣のように地下へと続く洞窟を、奥へ奥へと進むほどに産出される鉱石の希少性は高くなっていくのだ。


 しかし、油断することなかれ。宝物庫に番人がいるのは古今東西のあらゆる世界の常識だ。鉱晶窟の中を徘徊するのは、世にも恐ろしき墓守。煌びやかな結晶の体に、不死身の性質を兼ね備えた彼らは、自分たちの宝を狙う盗人たちを排除するべく、文字通り目を光らせている。


 気軽に立ち入るべきではないのだ。


 誰だって、木乃伊取りが木乃伊になるように、鉱石を掘りに来て土に還ることになりたくはないだろう?



 ――――――――――



「おぉ……めっちゃまぶしぃ……」


 鉱晶窟シャレコンベに侵入した私が真っ先に口にした感想はそれだった。まぶしい、というか煌びやか、というか。なんだろうこの既視感。夜中にゲームセンターに入った時みたいな、光量の暴力に晒されているような、そんな感じがする。


 仄暗い洞窟から一転して、地下の陽光とでもいうべき光の羅列に目が慣れてきたころ、ようやく私は鉱晶窟シャレコンベの一端を目撃した。


「お、おおー!!」


 水晶、結晶、宝石鉱石がざっくざく。まさにここは稀代の大鉱床だ。


 というやばないこれ? 目に見える範囲の鉱石売ったらどれだけの価値になるんだろ? ぐへへへへ……ちょ、ちょっと拝借をば――


「こら、ご主人。流石にここの取ったらまずいにー」

「え、なんでハスパエールちゃん!」


 ピッケルを持ちだしいざ採掘と行きたいところだった私だけれど、ハスパエールちゃんに襟首をつかまれてしまった。


 なにさ。なんでこんなにもお宝の山が眠ってるのに、我慢しなくちゃならないのさ!


 なんて文句は、彼女の告げた言葉一つで封殺されてしまうことになる。


「適当に掘って崩落したらどうするんだにぃー」

「……あぁ」


 そういえばここ、洞窟だったっけ。洞窟といえば、地中に空いた穴。それがひょんなことで崩落してしまえば、生き埋めになってしまう。


「そもそも、しっかりとした知識のない人間じゃにゃいと掘れないように決められてるって、冒険者ギルドでいわれにゃかったかに?」

「そう言えばそんなこと言ってた気がする……」

「人の話はしっかりときくにぃ……」


 期待通りにいかずに凹む私と呆れるハスパエールちゃん。それならピッケルを買う前に言ってほしかったんだけど――


「師匠、私、持ってますよ」

「え?」


 凹む私に、ロラロちゃんが言う。


「私、一級採掘免許、持ってますよ」

「えぇ!?」


 ぐう有能。おいおい、この子のどこが腕の悪い鍛冶師だってどこの子猫ちゃんが言ったのかなぁ~?


「ガガンド族なら当たり前にぃ」

「それもそか」


 まったく他意はないけれど、ハスパエールちゃんの方をじっとりとした目で見てみるが、なんてことはないと当然の言葉を返されてしまう。


 実際、ガガンド族程地質に長けた種族は居ない。なにせ、彼らは地下に穴を掘って生きるのだから。海に生きる男たちが潮風の流れから嵐を察知するように、彼らは何らかの直感で崩落の可能性を見分けているのだとかいないのだとか。


 何はともあれ、ロラロちゃんの指示に従っていれば崩落する危険はないだろう。なにせ、彼女の持つ採掘免許は冒険者ギルドのお墨付きの証なのだから。


「ここら辺はなんか嫌な予感がします……というか、多分取れそうな部分は前に来た人たちがあらかた採掘していったと思うので、もう少し先の場所を掘りに行きましょう」

「あいあいさー!」


 確かに、私たちが居るのは鉱晶窟シャレコンベの入り口付近。ならば、ここで取れそうな鉱石は先人たちに取り尽くされてしまっていることだろう。それでも尽きぬ鉱石資源には驚かされるが、これが世界観的な設定なのか、ゲーム的な采配なのかは気になる所だ。


 ともかく、私は鉱石を求めてシャレコンベの奥へと進んでいく。


 ただし、ここは地下迷宮ダンジョン。ウスハ山道もそうだったけど、ここは魑魅魍魎が跋扈する魔窟である。移動するということは、魔物と遭遇するということ。


 いついかなる時であっても、気を抜いたら死が待っている。


「お、敵だ」


 ダンジョンの奥へ奥へと移動する私たちを歓迎する魔物たちが、カタカタと音を立てて現れた。


 登場したのは、水晶を体のいたる所から生やした骸骨。いうなればクリスタルスケルトンと言ったところか。実際、登場したスケルトンたちを注視すれば、システムが彼らの名前を表示してくれる。


 『水晶スケルトン』


 おっとニアミス。そこは英語じゃないんかい。


「とりあえず戦うよー!」


 とにもかくにも、戦闘ということもあって私は腰に付けていた青小鬼の鬼人鉈を右手に握り、背中の鞄に付けていた残った方の狂闘狼の短槍を左手に装備して迎撃の構えを取った。


「両方使うのかに?」

「実験実験~」

「緊張感がないにぃ」


 敵を警戒してかピンと両耳を立てるハスパエールちゃんは、刀のように腰に佩いたナックルを慣れた手つきで拳に装備しながら、作ったばかりの武器で二刀流している私を見て呆れていた。


 いや~、でもちょっと実験したいことあったし、何よりも二刀流ってかっこいいじゃん?


「二刀流をするなら、もう少し片手で持ちやすいように握りを工夫すれば専用のスキルが発生しますよ師匠」

「あ、そうなんだ。まだ私、そういうところは疎くて……」


 さて、右からハスパエールちゃんの呆れが飛んできたと思えば、左からはロラロちゃんの可愛らしいお声が聞こえてくる。


 なので、今しがたハスパエールちゃんから二刀流のかっこよさについて同意されなかった悲しみを慰めてもらおうとくるりと振り返り、くるくるヘアの丸眼鏡美少女を求めて――私の動きは固まった。


「……ロラロちゃん?」

「はい、なんですか?」

「え”……」


 振り向いた私の前に居たのは、西洋ともどこか違った全身甲冑の大男だったのだから。


 身の丈は二メートルと少し。そこにいるにしては唐突で、姿を現すには突然で、味方にしては意味不明なその全身甲冑は、ロラロちゃんの天使のような声で話し始めた。


 私の脳が混乱する。


 ナンデロラロチャンノコエガスルノ?


「魔導甲冑です師匠。独学ですけど、帝国の方の技術ですよ」

「あ、あー……」


 魔導甲冑といえば、ティファー大陸北東に位置するスカラット帝国の軍事兵器だ。鎧のように身に纏い、魔法の動力で超常の力を発揮する――そんなものが、今目の前に。


 いや、というか。その魔導甲冑は、私が今までのシリーズでお目にしたものよりも、なんというか、少しだけ――


「では、戦闘を開始します――〈衝槌起動〉」


 少しだけ、攻撃的だった。


「あ、うん。あっちの動き遅いし、とりあえず先手必勝ってことで」

「了解したにぃ」

「わかりました!」


 水晶スケルトンの数は3体。それぞれが剣や棍棒といった水晶武器を持っている。ただし、スケルトン骨だけ故か足は遅い。なので、先手必勝とこちらから私たちは攻撃を仕掛けた。


「〈唐竹割り〉!」


 手前の水晶スケルトンに肉薄した私が、本邦初公開となる〈唐竹割り〉によって水晶スケルトンを頭から下へと一刀両断。


「〈猫パンチ〉にぃ!!」


 相も変わらず肉体派なハスパエールちゃんの拳が、水晶で覆われたスケルトンの見た目からして硬そうな骨を粉砕する。


「〈グレートハンマーインパクト〉ォ!!」


 そして、二メートルを超える巨体の魔導甲冑を身に纏ったロラロちゃんが、背中から巨大なハンマーを取り出したかと思えば、聞いたこともないほど興奮した声でスキルを発動して、水晶スケルトンをバラバラに吹き飛ばした。


 なんかロラロちゃんキャラ変わってなーい?


「ふふ、ふふふふふ、ふははははははははは!!! 師匠、次! 次の敵はどこだァ!!」

「えぇ……」


 口調まで変わってしまったロラロちゃん。眼鏡の奥に見せた小動物のような弱々しさは何処へ……?


 魔導甲冑のせいで顔は見えない。しかし、どこか興奮した様子の彼女は、鎧越しにも恍惚とした表情をしていることだけはわかった私であった――


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