第13話 これが私のスタイル
蛇らしからぬ蛇。
ムカデのような大量の手足があり、それを虫のように動かして木々の間を縫うように移動している。
「……どう思う、ハスパエールちゃん」
「不味いにー……あんにゃ相手、わちしも初めて見るにー」
ハスパエールちゃんも初めて見る敵らしいが、実を言えば私も初めて見る魔物だったりする。
これでも、リィンカーネーションシリーズは前作プレイ済み、外伝からアンソロジーコミックに至るまで網羅しているが……こんな魔物が居た記憶はない。
ただし、心当たりがないわけもない。
大災害。
リリオン時間軸から約二年前、ティファー大陸を包み込んだ、人類史の黒幕『
それはまるで、数百万年をかけて行われる進化のように、加速度的に生態系を変化させたのだ。
悠久をテーマにしたリィンカーネーションシリーズ最終幕、リィンカーネーション-マグナ-は、大災害の前後で登場する敵が大きく変化する。
もちろん、大災害の魔物は『案内人』の死と共に多くが消えたが――居なくなったわけではない。
おそらくは、この蛇もその中の一体。
前作のラスボスによって齎された、災厄の一つ。
ユニークボス【百手大蛇シウコアトル】。
油断してかかれる相手じゃない。
「ちなみにハスパエールちゃん」
「この窮地を切り抜ける名案でも思いついたかに、ご主人」
「三十六計逃げるに如かず、って言葉があってさ」
「それ、逃げられるにゃらって枕詞が付くにー」
シウコアトルは現在、木々の上を悠々自適に移動している。しかし、ここから離れる気配がないのを見るに、私たちの隙を伺っているに違いない。
背中を見せて逃げようものなら、すぐさま背中から齧り付かれてぺろり、だ。
「先手を取るよ」
強烈な登場に後れを取ったけれど、受け身になってばかりはいられない。戦いの展開を動かすために、私は構えている槍とは別に、もう一本、使っていなかった方の狂闘狼の短槍を持つ。
「それ、どうするに?」
「投げる」
投げた。
槍投げは得意だ。高校時代のMMOじゃこれで何人も仕留めてきた。そんな槍投げが、シウコアトルに襲い掛かる。
―シャッ!
が、空を裂く槍よりをシウコアトルは鞭のようにしなるしっぽで叩き落とした。
「うーん……速いにぃ……けど、対応できない速度じゃない――〈キャットファイト〉」
おそらくはAGIに特化したステータスのハスパエールちゃんが、強敵との戦闘に備えて自己強化のスキルを発動する。
「無暗に突撃するのはダメだよ」
「そんなあほに見えるに?」
「手違いで奴隷になるぐらいには」
「それはそっちの問題だにー!」
確かに、武器でステータスを強化した私たちには、あのしっぽの動きがわかる。けれど、だからと言って無暗に飛び込ませてはいけない。
何せ彼女はNPC。死ねば、死ぬ。
何度でも蘇れる私と違って。
――シャァァァ!!
「来た!!」
ここで反撃とばかりに動き出したシウコアトル。縮んだバネが弾けるように樹上からこちらに飛び込んできた大蛇に対して、私たちは左右に分かれるように飛んで回避した。
しゅるると、地面に着地したシウコアトルがとぐろを巻く。
―シャッ!
同時に、高速の尾が地面に水平に振るわれて、シウコアトルを中心とした360度周囲を刈り取った。
着地と同時に、迫りくる尾を回避するためにさらにジャンプする私たち。
「うにゃにゃ!?」
「あぶなっ!」
気分はまるで大縄跳び。ただし、タイミングを間違えれば待っているのは死。まさにデスゲーム。
しかも、その横薙ぎは一回だけで終わらない。何度も何度も、扇風機のように回り続ける。
「さ、すがに……止めなよ!!」
なすがままされるがままは流石にまずい。こういった行動一つ一つにも、私たちプレイヤーは
だから私は、跳躍を止めて槍を構える。リスクを覚悟の捨て身の一撃。向かい来るしっぽに、私は槍を突き刺した。
―シィーー!
「効いてる!!」
飛び散る鮮血とシウコアトルの叫びが、その一撃の威力を教えてくれる。
勝機を見出し、もう一撃。人の胴ほどはあるシウコアトルの体から槍を引き抜いた私は、痛みに動きを止めたシウコアトルに向かって走り出した。
HPというステータスに守られながらも、頭を潰せば敵は死ぬ。だから渾身の一撃で、シウコアトルの頭を刺す。
「ご主人!!」
だが、まっすぐとシウコアトルに向かう私の攻撃を、横から現れたハスパエールちゃんが突き飛ばして邪魔をした。
何をするの。そんな言葉が、会心の一撃を邪魔された私の口から発されようとしたその時――
「う”に”ゃ”ッ!!」
シウコアトルの尾の一撃が、私を突き飛ばしたハスパエールちゃんにさく裂した。
「……え?」
しゅるりと、何事も無かったかのように鎌首をもたげるシウコアトル。その顔には、先ほど浮かべていた焦りの文字はなく、ただ淡々とした狩人の瞳が、無機質に動いているだけ。
騙された、と私は思った。
尾の攻撃はダミー。おそらく、わざと遅い攻撃をすることで私たちを油断させて、攻撃に転じたところを速い尾の攻撃で刈り取る作戦。
狡猾な蛇。
それはまるで、動物と言うよりも人間に近い悪辣さ。
これがユニークボス――
「ハスパエールちゃん!」
そんなことよりハスパエールちゃんだ! うめく彼女はまだ死んでない。
「あ、熱い……熱いぃ!!」
「うっ、ど、どうしたのハスパエールちゃん!」
「熱いにー……! 傷が、体が……焼ける……!!」
苦しむ彼女は、まるで灼熱に炙られているかのような脂汗を浮かべている。急いで攻撃を受けた場所を見てみれば、そこには痛々しい傷跡が浮かんでいた。
そこには、表示が一つ。
『状態異常【熱毒】』
瞬間、私の脳裏を駆け巡った記憶。シウコアトルの登場の際に死んだツリーアルマジロ。あの子は、苦しむように死んだ。
このままじゃ、ハスパエールちゃんも――
――シャー……
「ははっ……………………」
彼女はNPCだ。現実に生きてるわけじゃない。
だけど、このゲームのAIはよくできていて、発言から行動の細部に至るまでが、まるで人が操作しているようなリアリティがある。
この世界のNPCの一人一人が、生きているように生きている。
私は。
「ちょっと待っててハスパエールちゃん。私はあなたのご主人様だから。絶対に助ける」
一人のNPCが死ぬだけだと割り切れるほど、私の心は死んでない。
冷たいかもしれないけど、冷酷じゃない。
なによりも。
「ハスパエールちゃんとどんな冒険ができるのかに、私の好奇心は釘付けだからね!」
どんな理由であれど、好奇心の赴くままに戦うのが私なのだ。
「絶対に負けない!!」
例え勝ち目がなくとも、全力を尽くす――
『ジョブスキル〈転化〉を発動しますか?』
「――え?」
突如として降って湧いたアナウンス。それはまるで神からのお告げのように、私に天啓を与えた。
そう言えば、完璧に忘れていたけれど、そんなスキルがあったはず。しかしなぜ今になってそんなアナウンスが流れたのか。
そもそも、〈転化〉というのはどんな効果だったか。
それを発動することでどうなるのか。
訳が分からないけど。
「〈転化〉!!」
運命を、私は信じた。
『〈転化〉の発動を確認しました』
『RE:リィンカーネーションプログラムを起動します』
『回帰』
『復元』
『再構築』
訳の分からない単語が続く。
そんなものに気を取られているから、シウコアトルが好機と見たのかこちらへと巨大な体躯を走らせる。
大きく開いた大口から、おそらくは私の後ろで、毒に侵され苦しんでいるハスパエールちゃんごと私を呑み込む腹積もりなのだろう。
避けれない。
迎え撃つしか、ない。
『根源接続』
『あなたは、何を望みますか?』
「私は――!!」
向かい来るシウコアトル。
槍を構えた私は、訳の分からないアナウンスに向けて叫んだ。
「ハスパエールちゃんを助けられる力が欲しい!!」
『承認しました』
『リィンカーネーションシステムを起動します――』
瞬間、私が持つ狂闘狼の短槍が輝きだした。それはまるで、〈開花〉によって潜在能力を最大まで引き出された素材のように。
『スキル〈狂乱咆哮〉を発動しますか?』
「するッ!!」
スキルの効果を確かめることなく、私は発動した。
同時に、どす黒いエフェクトが槍に纏わりつき、私の体へと伝搬していく――
――シャァァァ!!!
「投げ、る――!!!」
そして私は槍を投げた。
渾身の力で。
全力で。
狂ったように。
風を切り裂き空を跳ぶ槍は、まるで獣の咆哮のような音を立てて鋭く突き進む。
その過程にあったすべてを貫いて。
――シィ……シャ?
「すっご……」
大口を開けたシウコアトルは、五メートル以上はある体を突き破る槍の一撃を受けたことで絶命した。
『ユニーククエスト【ウスハ山道の裏番長】をクリアしました』
『称号〈ウスハ山道の裏番長〉を獲得しました』
『称号〈輪廻に触れしもの〉を獲得しました』
『称号〈蛇殺し〉を獲得しました』
『各種スキルのレベルが上がりました』
『輪廻があなたを見ています』
『お気を付けください』
※―――
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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