第12話 強敵はいつも唐突に

『〈下級収納アクセサリー制作〉のレベルが6上がりました』

『〈下級鬼素材制作〉のレベルが6上がりました』

『〈裁縫〉のレベルが1上がりました』

『プレイヤーレベルが2上がりました』

『ジョブレベルが1上がりました』


「できたー!」


 約20分。スキルの補正のおかげか型紙も何もなしにスイスイとポーチが作れてしまうことに感動を覚えつつ、私は出来上がった革のポーチを掲げた。


「ん、やっとできたにー。……悪趣味だに」

「そう言わないでよハスパエールちゃん。頑張って作ったんだからさ」

「努力とセンスは比例しにゃいにー」


 ただ、あくび交じりに此方にやって来たハスパエールちゃんには、悪趣味だと言われてしまった。


 まあ、確かにブルーゴブリンの皮をそれっぽくまとめるだけじゃ味気ないと思ったから、装飾はしたけどさ。


「この骨はにゃんだに」

「あ、それさっき襲って来たチチットバードの頭の骨」

「こっちの鎖は……」

「はぐれオークの鎧に付いてた鎖。こっちも作ってる最中に襲って来たんだよね」

「わちしが寝てる間にすまし顔で魔物を討伐するにゃにー」


 チチットバードはハチドリのような小型の魔物。AGIが高くて素早い攻撃はちまちまとこちらのHPを削って来たが、序盤の敵と言うこともあって攻撃力が低く、5000もある私のHPを削り切るには時間がかかりすぎた。結局、攻撃を受けているうちに、速さに目が慣れてしまったので手で捕まえて倒した。


 二メートル近い大きさのはぐれオークは強敵だったけど、やはり狂闘狼の短槍が強すぎた。〈狂乱〉によって上昇したSTRが炸裂した結果、鉄っぽい鎧すらも貫いて倒せてしまったのだから、やはりチートだ。凄惨だ。


 そうして手に入れた素材を装飾にふんだんと使って出来上がったのがこちらの商品。


〇青小鬼の幽世小袋

 品質C+ レア度B-

 説明:幽世に繋がるポーチ。その中身はこの世に存在せず、見た目以上に物を入れられる。


 なんと、こちらアイテムボックスである!

 無限ではないけれど、腰に付けられるポーチ程度の大きさで、冷蔵庫以上の容量があるのだ。


 ほしいと思ってたところに来てくれるとは、ありがとう神様仏様。あ、リリオンの世界の神様には言ってないよ。あいつ碌なことしないし。


 この世界で信じられるのはリィン様だけです。


 ちなみに、青小鬼の幽世小袋の見た目は群青色のパンクロックな皮物ベルトポーチと言った感じだ。ところどころに付いてる棘っぽいのはゴブリンの骨を加工したもので、ジャラジャラとした鎖で表面を武装し、アクセント程度にチチットバードの頭骨を付けている。


 ベルトポーチと言うこともあって、中身の物を取り出しやすく、使い勝手がこの上なくいい。……見た目が悪役の装備品であることを除けば、だけど。


 まずいな。言われてみれば、ハスパエールちゃんの言う通り悪趣味な気がしてきた。もしかして私って極悪非道……? いやいや、人の道を外れたことをした覚えない。自分は冷たい人間だとは思うけど、冷酷な人間ではない。


「ま、鞄も作ったことだし、仕切り直しだよ!」

「それはいいけどご主人、怖いのは大丈夫にゃのかにー」

「い、一応ね……出てくるのは魔物ばっかりでお化けなんて出てこないってわかったから、それなりには」

「不安だにー……」


 好奇心でドバドバと溢れ出たアドレナリンのおかげで忘れていた恐怖心は、ポーチ作成が終わると同時に戻ってきてしまったけれど、その間にお化けが一匹も出来なかったこともあり、ちょっとだけ慣れてしまった。


 怖いのは怖いけどね。


「えっと……こっち?」

「んにゃ。とりあえず進むにー」


 そうしてこうして、入り組んだ山道を私たちは進む。迷子になりながらも、ホラーソーンに続く道を目指して――





「こ、これで何個目の行き止まりにー……」

「通算13個目かな」

「昼間っから歩きっぱなしで疲れたにー。休みたいにー」

「もうちょっと頑張れハスパエールちゃん!」


 迷うこと二時間。かれこれ10回は道を間違えて行き止まりに迷い込んでしまった私たちだ。


 とはいえ、こう何度も遭難していると、何とはなしに行き止まりに繋がる分かれ道の法則がわかってくるというモノ。


 行き止まりの道を戻って、分岐点となった三叉路に立った私は、それとなくハスパエールちゃんにそれを教えようと思った。


「見てよハスパエールちゃん」

「んにゃ?」

「こことここ、目印が置いてある」

「……あーほんとだに。前に歩いた時の事ほとんど忘れてるけど、こんにゃもの無かったと思うに」


 私がハスパエールちゃんに教えたのは、二手に分かれる三叉路の内、片方の道の片隅に積み上げられた石の塔に付いてだ。


 そこら辺の石を四段ほど積み上げた目印。どう見ても自然発生したものじゃない。そんなものが、今までに通って来た分かれ道のすべてに、一つずつ置いてあったのだ。


 あまりにも目立たないので、気づくのに遅れたけど。


「んで、これがどうしたって言うんだに?」

「これさ、行き止まりの方には置いてないんだよね」

「……あ、ほんとだに」


 今しがた私たちが行きついた行き止まりに繋がる道には石の塔はなく、もう片方の道には石の塔が立っていた。


「二年間、修繕がされてない道ってハスパエールちゃんは言ってたけど、ここはホラーソーンに続く唯一の道なんだよね。なら、最低限使えるように、ここを使う人が残した目印なんだと思うよ、これ」

「それにしてはわかりにくすぎるにー」


 別に、大災害からウスハ山道に踏み入れた人間は私たちだけではない。それこそ、迷いに迷った結果の道かもしれぬ獣道が大量に出来上がるほどには、いろんな人がこのウスハ山道を利用した。


 そうして唯一の正解を見つけた人が、後続のために目印を残してくれたのだろう。


 これを見つけることが、ウスハ山道を攻略する上で最重要となるギミック。

 ゲーム的に言えば、周囲を注意深く見る必要性を教えてくれるチュートリアルと言ったところかな。


「まあ、逆の可能性もあるけど」

「真顔で不吉なことを言わないでほしいにー」


 現実世界でもこうした目印を山道で見かけることはあるけれど、必ずしもそれが正解の道であるとは限らない。


 『この先は危険』『獣が出る』『もう一度訪れる用』『崖崩れ注意』『ぬかるみ注意』『行き止まり注意』エトセトラエトセトラ。言葉も持たぬ目印が沈黙の中に秘める意味合いは千差万別。


 それらを知るのは、目印を作った本人にしかわからない。だからこそ、目印を見つけたからと言って、思い込みでそれが正解を示す道だなんて考えちゃいけない。


 ただ、これはゲームだ。


 必ずゴールのある物語。ならば、この目印も自然とゴールがどこにあるのかを教えてくれるもののはず。


 そう思って、私たちは先に進んだ。


――その考えが、この世界に置いても失敗を齎す短絡的な考えであるなど、思いもよらないまま私たちは進んでしまった。


 けれども。


 他人のレールを辿るつもりのないアマノジャクな私には、ちょうどいい運命なのかもしれない。




 ――さて、目印を見つけて数十分。今まで行き止まりばかりにぶち当たっていた私たちだったが、目印のおかげで道に迷うことなく、ウスハ山道を進んでいた。


「そういえばさ、ハスパエールちゃん」

「どうしたに?」


 そんな折、私は前々から気になっていたことをハスパエールちゃんに訊く。


「ここのボスのこと知ってる風だったけど、どんな奴なの?」

「ウスハ山道の主のことに? あれはめんどくさい相手に。すばしっこいうえに硬くて硬くて……しかも、その硬さで丸まって転がってくる攻撃は流石のわちしも止められないにー」

「丸まって転がる……アルマジロかな?」


 リィンカーネーションシリーズにそんな敵がいた気がする。確かツリーアルマジロ何て名前の、体長二メートル半のボスアルマジロだったっけか。


 確かに、強さでいえばそこそこで、調整さえすれば序盤のフィールドボスにはちょうどいい敵だろう。


 問題は、攻撃力かな。それなりに戦える私ではあるけれど、一撃の威力が高いわけじゃない。なんたって、戦闘に必要な攻撃スキルを私は持っていないのだ。


 攻撃スキルは、いわば高いステータスをはじき出す砲台のようなもの。強い砲弾があっても、砲台が無ければ打ち出せない様に。高いステータスを持っていても、攻撃スキルが無ければ宝の持ち腐れ。


 果たしてツリーアルマジロの装甲を打ち破れる攻撃を私が放つことができるのか。ボス戦を制するカギはそこになりそうだ。


 その時だった。


――ズシン。


 地響きが鳴った。


「なになになに!」


 驚く私は、とにかく槍を構える。フィールドに現れる強敵らしくはぐれオークの時も、こんな地響きはしなかったはずだ。となると、この地響きは……ボスが現れる前兆?


「ご主人、あっちに!」


 ハスパエールちゃんが私たちの後方を見ると、バキバキと音を立てて木が倒れて道を塞ぐ。そして、のっそりと生い茂る木々の合間から、それは顔を出した。


「あ、アルマジロ……?」


 出てきたのは、予想通りのツリーアルマジロの顔。


 つぶらな瞳に、亀の甲羅のような鎧を付けた、緩やかな三角形の顔がこちらを見た。


 ボスの登場に戦闘が始まる気配を察知した私が、槍を握る力を強くする。そうして、ウスハ山道のボスバトルが始まる――かと思いきや。


――キュイー!!


「にゃ、にゃんか様子がおかしいにー! 気を付けるに、ご主人!」


 戦意に満ちた咆哮を上げると思いきや、ツリーアルマジロが上げたのは今すぐにでも泣き出してしまいそうな藍色の叫声。


 これにはハスパエールちゃんも異常事態を感じたのか、緊張に満ちた声で彼女は私に警告した。


――キュイキュイ! キュ、キュキュ……キュイィ……


 そして、こちらを見ていたツリーアルマジロが、緩やかに力を失い、ついには息絶えてしまう。


「し、死んだ……?」


 次々と変化していく状況に頭が追い付かない。ただ、何かが起きていることだけは確かで、それがより一層私たちの警戒を強める。


 警戒に満ちた瞳で、ツリーアルマジロを観察する。


 ずるずると、森の中に消えていくツリーアルマジロの死体を。


 森の中から何かが飛び出てくるその瞬間を、私たちは見続けた。


「ご主人!!」

「わかってる!」


 同時に、警戒していたからこそ、森の中から突然飛んできた鞭のような攻撃を避けることもできた。


 この攻撃は、おそらく。


 ツリーアルマジロを殺した何かの攻撃。


 ――何かを呑み込むような音が聞こえてくる。


 ごくごくと、まるで森そのものがツリーアルマジロを呑み込むような音が、薄暗く見通しの悪い森の奥底から聞こえてくる。


 その音が終わると同時に、今度はひたひたと気持ちの悪い音が聞こえてきた。足音のようで、しかし違う。ひたひたとひたひたと、森の中に居る私たちを値踏みするように、辺りをぐるぐると移動するその音と同時に、ずるずると這うような音も同時に聞こえてくる。


 それが何なのかは、すぐに分かった。


――シャー……


 と、そんな声が聞こえてくる方を見れば、ソイツは居た。


 蛇。しかし、ただの蛇じゃない。


 人の上半身ほどある頭に、五メートルはくだらない体躯。何よりも、その体の側面には、まるでムカデのような形で大量の腕が生えており、それをわさわさと無造作に動かしながら、その蛇は移動していていたのだ。


 そんな蛇が。


 私たちを見る。


『ユニーククエスト【ウスハ山道の裏番長】が始まりました』

『ユニークボス【百手大蛇シウコアトル】と遭遇しました』

『戦闘を開始します』



 この先は危険。


 それが、私たちの見つけた目印の意味だった。

 

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