第11話 レアドロはいつも突然に


 ウスハ山道は、ファストリクスとホラーソーンを繋ぐ唯一の道だ。


 この道はファストリクス北部に悠々と聳え立つアッカー山を迂回するように曲がりくねっていて、更に森独特の景色が加わることで、立ち入った人間を迷宮へといざなう複雑怪奇な地形にとなっている。


 事実、この山道には迷子を助長させるような、行き止まりに繋がる道が複数存在するのだが、これらはすべてファストリクス西に広がる雄大なリクス森林に惑わされた人間が作った獣道なのだ。


 ホラーソーンに続く正しい道は一つだけ。それ以外の道が示すのは、何時かの時代に迷い死んだ旅人たちの墓標へ続く近道なのである。


 惑わされること無かれ。惑わされること無かれ。


 ここはまだ始まりの道。


 旅立ちの第一歩を間違えるようでは、この先の冒険を続けることは叶わない。



―――――――――



 ウスハ山道の入り口にたどり着いた私は、入り口を見てヒューと口笛を鳴らした。


「こ、こここ怖くなんてないんだからね!」

「ご主人、ちょっとかっこ悪いにー……」


 前にウォリアーウルフと戦った森よりもさらに薄暗いウスハ山道の一本道は、それはもうお化けが出そうなほどにおどろおどろしい雰囲気を放って、大口を開けていた。


「うーん、みんにゃ復興で忙しいから、ここの修復も間に合ってにゃいにー」

「昔っからこういう感じじゃなかったんだ」

「当り前だにー。少にゃくとも、大災害前はもっと人通りが多かったにー」


 大災害、と言うのはリリオンの前作となるリィンカーネーション-マグナ-のラスボス『案内人ギーク』が起こした破壊活動のことだ。これによってティファー大陸全土の町々が壊滅的な被害を受け、民は散り散りになった。


 それこそ、異邦人プレイヤーたちが復興支援に来なきゃいけないぐらいには、それはもうボコボコのボコにしたんだよね。


 そして、ウスハ山道も大災害の影響を受けてボコボコ。そのくせ、町の復興に忙しくてろくに修理もできなかったのだという。


 それの結果がこれ。バキバキに割れた石畳や、おそらくは標識だったであろう残骸、或いは道なのかも怪しいクレーターの数々――それらが夜の如き木々の帳に隠されて、ひっそりと佇んでいる。


 正直行きたくない。


「ええい、ままよ!」


 とはいえ、ここを超えなければホラーソーンにはたどり着けないこともあって、私は勇気をもって最初の一歩を踏み出した――


「ちょ、ちょちょハスパエールちゃん! 早い! 歩くの早い!!」

「入り口の勇気はどうしたにー……。わちしの後ろに隠れてても仕方にゃいと思うに」


 それが続いたのも10歩程度。一分経つ頃には私の足腰はがくがくぶるぶる。ハスパエールちゃんの背中に隠れなければ進めないほどの弱腰になってしまっていた。


「というか、ご主人ってそういうキャラじゃにゃいでしょ……幽霊とかそういうのも狩り尽くすぐらいに思ってたにー」

「お化けとかは無理なんだよー! た、祟られたら怖いじゃん!」


 こういうのだけは無理なんだよ~~~!!


――がさり(近くの茂みが揺れる音)


「ぎゃぁあああああ!!!」

「うるさいにー」


 揺れた茂みに槍を向ける。お化けなんかに通用するとは思えないが、それでも恐怖を紛らわせるためには必要な儀式。鬼が出るか蛇が出るか、ええいもうこうなったらなんでもきやがれ全員ぶっ潰してやるー!!


「……って、なんだゴブリンか」

「一応、魔物だにー」


 確かにこの世界じゃゴブリンも恐怖の対象だけど、リィンカーネーションシリーズじゃ序盤の雑魚的筆頭格相手に怖がるほど、私も場慣れしてないわけじゃない。


 一見すれば緑色の体毛のない猿。二度見すれば爛々と光る眼がこちらを襲おうとしていることが分かり、三回も見れば嫌でもゴブリンだとわかる。そんな魔物。


 特徴としては、粗悪な武器を使って集団で襲い掛かってくること。それと――


「転生武器の素材になるんだよねー」


 過去シリーズでは、隠し要素としてゴブリンの粗悪武器を強化し続けると、それはもう強力な武器になった。


 その上、転生武器は一度武器を壊さないと作れないこともあり、序盤で強力な転生武器を入手するためにゴブリンがドロップする粗悪武器が使用されることが多々あったのだ。


 ので。


「いざ狩らん!」

――ギシャシャシャシャ!!


 不気味な笑い声をあげるゴブリンを相手に、私は槍を構えた。


 さて、崩れた山道の脇にある茂みから姿を現したゴブリンの数は四体。彼らが手に持つ武器は棍棒が二つ、槍が一つ、弓が一つだ。


 警戒すべきは弓。VRアクションに置ける弓は、放たれる矢の速度が現実と遜色なく、軌道を読まなければ基本避けられない。もしくは、速度系のステータスを上げるかだけど、生憎と私は戦闘の苦手な生産職だ。


 なので。


「いの一番!」


 会敵と同時に、AGIを10%上昇させる〈風のように早く〉を発動する。じわじわとSPが減り始めるよりも早く、ゴブリンの群れとの距離を詰めた私は、彼らの前衛と接敵すると同時に跳躍した。


 跳躍、同時に奇襲。


 ゴブリンたちの平均身長は約80センチと小柄。故に、ジャンプして彼らの頭を飛び越えれば、簡単に弓矢持ちに攻撃が届く。


 そして一撃。


「せいや!」


 ジャンプの勢いと体重の乗った槍の一撃が、弓矢ゴブリンの体を貫いた。


――ギシャー!!


 弓矢ゴブリンの断末魔と共に、背後から悲鳴にも似たゴブリンたちの声が聞こえてくる。同時に、仲間の仇か、ゲーム的な行動原理か、弓矢ゴブリンを殺した私を彼らは一斉に攻撃していた。


「甘いよ!」


 弓矢ゴブリンから一番近くにいた槍ゴブリンの一突きを、半身を捻って躱す。それから続けて襲い掛かって来た棍棒ゴブリン二体の内、一体を槍を投げて仕留めた後、ミドルキックの要領でもう片方の棍棒を蹴り上げた。


 後二匹。


 武器を持ったゴブリンは槍だけだけど、生憎と私も槍を投げたせいで武器がない。特殊なスキルがない限り素手の攻撃なんて豆鉄砲のような威力しかないので、急いで私は投げたて棍棒ゴブリンに突き刺した槍を引き抜いた。


 あとは流れ作業。槍ゴブリン一匹など取るに足らず、素手のゴブリンに至ってはお話にもならない。


「さっきも思ったけど……」

「ん、なになにハスパエールちゃん」

「ご主人、生産職のくせに強くにゃいかにー?」


 そうして現れたゴブリンをたった一人で全滅させた私を見て、ハスパエールちゃんが呆れるようにそう言った。


「まあ、【輪廻士】のステータスの上がり幅チートだからねー」

「いやいやいやいや。それだけじゃ説明できないにー」


 現在私が就く【輪廻士】は、ユニークジョブだけあってステータスの伸び幅はチート。一応、ジョブにも階級があって、その階級が高くなるほどにステータスに対する補正も高くなるらしいんだけど……レベル4の時点で、レベル10あたりの戦闘職と同じSTRを持ってる時点で、かなりチートだ。それをさらに、チートな武器で補強しているので、もう向かうところ敵なしだ。


 ただ、そんな説明じゃ納得できないらしいハスパエールちゃん。いったい何に不満があるというのだろう。


「どうして背後からの槍を躱せたに」

「そりゃ攻撃してきたら避けるでしょ」

「同時に襲って来た棍棒から身を守るどころか反撃してたに」

「隙だらけなんだから当たり前だよハスパエールちゃん」

「鮮やかにゃローキックだったに」

「ありがと♪」

「に~……」


 やはり納得いっていないような顔をしているハスパエールちゃんだけど、そればっかりは説明できない。だって、ゲームの世界のNPCに他のゲームで鍛えたスキルをどうやって説明すればいいのか。


 それはもう、高校時代の私は八面六臂の七転八倒――じゃなくて縦横無尽の戦士だったのだ。というか、その時に磨いたテクニックが今も使える辺り、経験と言うのは馬鹿にならないなと感じた。


 まあ、そんな経歴がある私だけど、一応現在は戦士ではなく銃後を支える生産職。システム的な性能を覆すことはないだろう。


「ま、ここに来る前にちょっとね」

「じゃあなんでお化けにゃんて怖がるにー」

「そ、そそそれはトラウマが、ね?」


 お化けは無理。本当に無理。中学時代にとある悪趣味な霊感少女に散々驚かされたトラウマはそう簡単に拭えない。


「うーん、まあいいにー」

「そうそう、とりあえずそういうことで」


 そう言いながら、私はバッグのポーチに入れてた解体ナイフを取り出して、倒したゴブリンを解体し始めた。


「うぅ……獣にゃらまだしも、人に近いのはグロテスクにー……」

「あ、ハスパエールちゃんこういうのは苦手なんだ。じゃ、あっち向いててもいいよ。サクッとやっちゃうから」

「やっぱりご主人、どこかイカれてるにー……変態だにー」


 いやいや、私だって別に人を人とも思わないような血も涙もない外道畜生じゃないよ。でもでも、こういう時にどういう素材が取れるか気になるじゃん? それに〈開花〉もあるし、胸がどきどき期待ワクワクだ。


「恐ろしいにー……」


 まるで極悪非道の大悪党を見るようなまなざしでゴブリンを解体する私を見たハスパエールちゃんは、言われたとおりに少し離れたところでこちらを見ないようにして、解体が終わるのを待ってくれた。


「んー……この感じ、皮とか骨とかはあんまり使えなさそうだなー」


 さて、さっそく素材を手に入れはしたが……


 ゴブリンの皮は以前手に入れたウォリアーウルフのそれよりも剛性に劣っていて、骨も強度は十分かもしれないが如何せん細かすぎる。一応、〈開花〉も使ってみるが……。


〇ゴブリンの皮

 品質C- レア度F-

 ↓

〇ブルーゴブリンの皮

 品質B+ レア度D-


 やっぱり、〈開花〉のスキルは素材のレア度を、ちょうど一つ上げてくれるスキルのようだ。おまけで品質もかなり上げてくれるものの、元々のレア度が低い素材に使っても、当然レア度が低いものができてしまう。


 一応、まだ見ぬ特殊効果を加味したら、使う可能性が全くないわけじゃないけど。ただ、今はあまりバッグに余裕がないのだ。これでSF系のMMOのような異空間倉庫や、異世界ファンタジーにありがちな無限アイテムボックスなんてものがあってくれたら、いくらでもこういう素材を無節操に集めることができるのに。


 そんな事実に、思わずため息をついてしまう。


 ちなみに、同じアイテムに〈開花〉を連続して発動することはできない。流石にそこまでのチートは許されるわけがないので、文句はないけれ。


「ちょっともったいないし、ポーチにでもしようかな」


 そう思いつつ、一体、二体と解体していたその時だった。


「ん? なんだこれ」


 四体目のゴブリンの体に、メスを入れるように解体ナイフを突き刺した時、傷口が突然光り輝き始めた。はて、このまま爆発でもするのだろうか。間抜けな頭でそう考えるが、特に何も起きないので解体を進める。


 するとどうだろうか。今までの三体からは採れなかった素材が出てきたではないか。


〇緑小鬼の魔玉

 品質C- レア度D+

 説明:極稀に魔物の体内に生成される球形結晶体。魔力の凝縮された結晶は加工によって本来の力を発揮する。


 私のゲーマー的直感が、これがレアドロアイテムだと確信した。


 というか、レア度がすごい。ゴブリンの素材はおしなべてF-という最低ランクのレア度なのに、このアイテムだけがD+という図抜けたレア度を誇っている。


 これは、ウォリアーウルフの素材を〈開花〉して手に入れたバーサーカーウルフの素材と同じレア度の素材。もしも、これを〈開花〉したら――


〇青小鬼の幽玉

 品質A+ レア度C+

 説明:極稀に魔物の体内で生成される球形結晶体。外法によって結晶化した魂は高濃度の魔力を持ち、その力は絶大なる力を発揮すると言われる。


『ジョブレベルが1上昇しました』

「なぁにこれぇ……」


 え、えと……レアドロップのレアドロップ? 多分、さっき出た魔玉よりもさらにレアなアイテムだということはわかるけれど、それにしては説明が物々しい。


 外法って、確か【心世廻】がやってたやつだよね。あー……やっぱり【輪廻士】ってそっち系のジョブなんだ。


 んー、多分だけどこれ、普通にレア度が上がるだけじゃなくて、〈開花〉の力が介入したことでさらに素材の性能が変質したって感じなのかな。


 よくわからないけれど、一つ言えることは――


「絶対ヤバいの作れる……」


 レアな素材は強力な力を発揮する触媒だ。今までにない高レアリティのアイテムともなれば、想像もしえないような特殊効果を発揮するかもしれない。


「うわぁ! なんかすごい創作意欲湧いてきた! なに作ろうになに作ろう! そうだ、ちょうどゴブリンの素材たくさんあるし、これで何か作ろう!!」


 こういったMMOの生産では、同じ魔物の素材を使って武器防具を作ることで、特殊な効果を発揮する場合がある。それこそ、バーサーカーウルフで作った二本の狂闘狼の短槍に共通していた特殊効果『スキル〈狂乱〉の追加』みたいなものだ。


 つまり、ちょうどよくここにあるゴブリンの素材を使えば、なんだか面白そうなものができる気がする。


 例えば、そう。


「ポーチとか――」


 裁縫セットを取り出した私は、さっそく作業に取り掛かった。


 それを見たハスパエールちゃんは言う。


「にゃがびきそうにゃら寝るにー。終わったら起こしてくれにー」



※―――


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