第10話 生産職ならぬ凄惨職


 町を離れるとはいえ、流石に冒険者ギルドで受けてきたクエストを放棄することはできないので、いそいそと面倒ごとに巻き込まれないように冒険者ギルドで納品物を引き渡す。


 ついでに、次の町に行くために大量の素材を抱えるわけにもいかないので、重くて大量にある素材を幾つか売ってバッグを空けた。


 そんな風にして手に入れた小銭は、町の錬金術工房を巡って回復薬と食料品を買うことに使う。


 余談であるが、やはりリアル志向のMMOということもあってか、長時間活動には食料品が欠かせないのだ。

 要するに空腹や脱水のような概念があり、これを無視すると飢餓という状態異常を発症してしまう。そうなるとそれはもう酷いことになるのだとか(リィン様が言ってた)。


「……意外とおいしい」


 ついでに、最近のゲームは視覚触覚聴覚だけではなく、味覚嗅覚にまで訴えかけてくるデザインようで、飢餓ケアに買ったばかりの塩漬け肉を食べてびっくりした。


 これなら、積極的にご飯を買いたくなるというものだ(もぐもぐ


「んー……でも塩が効き過ぎかな。まあそりゃ保存用のお肉だし、おいしさは二の次か」


 これら食料品には、もちろん賞味期限が設定されている。塩漬け肉は一週間ぐらい持つけど、さっき売った生肉なんかは一日も持たずに腐ってしまうようだ。


 ただ、保存方法を変えれば長持ちするのだろう。そういう方法も、生産職の分野。いずれは覚えていきたいものだ。


 そうしてこうして、町の外に待たせていたハスパエールちゃんの下に戻って来た私だ。


「逃げてなくてえらいえらい」

「ご主人の命令に逆らえにゃいの知ってるうえで言ってるのにゃら悪質にー」

「あはは、ごめんごめん。お詫びにこれを上げよう」

「こ、これは……」


 ログアウト関係でプレイヤーたちが荒れていることもあってか、あまり売れていなかった露店のソフトクリームを、私は二人分買ってきていた。前々から美味しいものが食べたいとハスパエールちゃんは言っていたのだ。喜んでくれると嬉しいのだが――


「……た、食べていいのかに?」

「ん、いいよいいよ。ハスパエールちゃんのために買って来たんだから」

「嘘だったら恨むにー!!」

「嘘じゃない嘘じゃない。はい」

「やったにー!!」


 奪い取るように私の手から、ソフトクリームを取ったハスパエールちゃんは、大口を開けて瞬く間に食べてしまった。


 私の分まで、ソフトクリーム二つ分。


「あ、ちょっと私の分まで食べないでよ!」

「上げるって言ったのはご主人だに。油断した方が悪いに~」

「このぉ……悪いお腹はここだな!!」

「んにゃに!?」


 私も楽しみにしていたソフトクリーム。それを奪ってしまったへそ出しスタイルの悪いお腹へと私はワキワキと手を伸ばした。


「や、やめるにぃ!!」

「ソフトクリームの恨みぃ……」

「わかった……謝るから……んにゃぁああ♡!!」


 悪は滅びた。やはりへそ出しはいい文化だ。すべすべとしたお腹はすべてを救うだろう。そのうち病気にも効くようになる。


「ゆ、許さにゃいにぃ……」


 ぐったりとしたハスパエールちゃん。そんな彼女が復活するまで、とりあえず自分の所持品を一通り確認することにした。


「とりあえずこんな感じかな」


 端末に登録したバッグ系アイテムは、仲に入れたアイテムをリスト表記で端末に表示することができる。それを使って、今の手持ちを確認した。


〇旅立ちの冒険バッグ

 品質C レア度F+

―保有アイテム

・下級回復ポーションレベル2×4

 品質C レア度F

 効果:HPを200回復する。低確率で毒状態を回復する。

・下級解毒ポーション×3

 品質C レア度F

 効果:毒状態を回復する。低確率でHPを100回復する。

・簡易調理器キット

 品質C レア度F

 説明:鍋と火起こし魔道具が付属した調理器具

・旅立ちの解体ナイフ

 品質B レア度F

 効果:解体時にアイテムの品質向上効果(小)

・塩漬け肉×4

 品質C レア度F

 説明:ファットピックの肉を塩漬けしたもの。空腹にはちょうどいい食べ物。

・水

 品質C レア度F-

 説明:ただの水。腐る前に飲もう。

・生産職の指南本

 品質C レア度F+

 説明:基礎的なアイテムの作り方が書かれている

・裁縫キット

 品質C レア度F+

 説明:紐や針、糸きり鋏などの裁縫に必要な道具が入っている。

・空き瓶×3

 品質C レア度F

 説明:普通の空き瓶。用途使い方は様々。

・旅立ちの乳鉢

 品質C レア度F+

 説明:薬草などをすりつぶし調合するのに使う。


 と、ざっとこんな感じだ。

 解体ナイフ、裁縫キット、生産職の指南本、乳鉢、空き瓶は生産職の初期装備として手に入ったもので、これがあればどこでも最低限のアイテム作成ができる。


 それと、今並べたリストに加えて、少々のレアそうな素材アイテムは売らずに保管している。あとで〈開花〉する予定だ。楽しみで仕方がない。


 そして装備は知っての通り、始まりの狩人・一式と狂闘狼の短槍だ。そのうち防具も作りたいけど、流石に初期装備の裁縫キットだけじゃまともな防具を作るのは難しい。


 よくて服だけ。まあでも、【輪廻士】の凄惨なまでのチートっぷりを見ると、服だけでもすごい性能のものができそうなんだよね。


「ハスパエールちゃん。こんな感じの装備で行けそうかな?」

「というか……十分かもしれにゃいにー」


 まあ確かに、始めたばかりのプレイヤーとしてはこれ以上ない仕上がりだろう。


◆PL『ノット・シュガー』

―ジョブ:輪廻士(ユニークジョブ)

―プレイヤーレベル lv.8

―ジョブレベル lv.4

―ステータス

HP体力:5639

MP魔力:2696

SP持久力 :1950

STR筋力:52+56

DEX技術:168

AGI速度:45+39

END耐久:59

POW精神:102

LUK幸運:60

―スキル

〈輪廻〉〈狂化〉〈風のように早く〉

―ジョブスキル

〈天格〉〈開花〉〈転化〉

―技術スキル

〈解体〉lv.2〈下級近接武器制作〉lv.5〈下級獣素材制作〉lv.6〈裁縫〉lv.3

―戦闘スキル

〈槍使い〉lv.1

―補助スキル

〈索敵〉lv.1〈悪路踏破〉lv.1

―装備

『狂闘狼の短槍』

 品質A- レア度D+

 ―所有者を狂わせると言われる曰く付きの槍

 特殊効果

 スキル〈狂乱〉を追加する。

 スキル〈風のように早く〉を追加する。

『始まりの狩人・一式』

 一式効果:END+10%


 平均的な戦闘職のSTRは武器無しで80と聞くし、HPだって市販のポーションじゃ回復しきれないような数値にまで到達している。


 戦闘職のお株を奪う生産職。これはもう凄惨職と言った方がいいんじゃなかろうか。いろんな意味で。殺戮的な意味でも。


「あ、ハスパエールちゃんは狂闘狼の短槍使う?」

「わちしはいいに。これでも拳で戦う戦士だに~」


 ちなみに、彼女が戦闘の時に付ける武器はこんな感じ。


〇猫パンチ・三式

 品質B レア度C-

 STR+32

 AGI+62

 特殊効果

 スキル〈猫パンチ〉を追加する。

 効果:破壊的な威力を持つ前突きを放つ。AGIの数値で威力が上昇する。


 うーん、強い。まあ、これに関してはNPCだから持つことが許される類の武器だろう。とはいえ、今までの私の奇行に応えてきたこのゲームのことだ、もしかしたら生産することもできるのかも?


 ただ、往々にしてこういった武器は、特殊なクエストや回りくどい素材集めの末にしか手に入らない。それこそ、彼女が所属してた秘密結社に関係していたり――あ。


「そういえばハスパエールちゃん」

「にゃんだに」

「秘密結社のことはもういいの?」

「あー……」


 私が奴隷にしてしまう前は、彼女は秘密結社なるものの諜報員だったと聞く。それなのに、私が好き勝手連れまわしていいのだろうか。今更だけど。


「問題にゃいに~。そもそも、金回りがよかったから居てやっただけで、居心地のいい所見つけたらあんにゃところおさらばだにー」

「そんな簡単にやめれるんだ秘密結社って……」

「無法者に法にゃんてにゃいに」


 そういえば、ハスパエールちゃんって人買いに攫われた結果、秘密結社にたどり着いたんだっけか。そこで何があったのかは知らないけど、この様子じゃあ録なことじゃなかったんだろうな。リィンカーネーションシリーズの秘密結社って大体碌なことしてないし。


 ……ん?


「秘密結社裏切って私のところに居てくれるってことは……もしかして、居心地がいいって思ってくれてるの?」

「にゃ”」


 あ、これは余計なこと言ったかな。ハスパエールちゃんの顔がどんどんと赤くなってってる。


「べ、別にわちしはアイスクリームひとつで買収されたとか、そんな安いベスティア族じゃないにー!」

「アイスクリームにつられたんだ……」

「にー!!」


 ちょろいなこの猫……。もしやこの先、ハスパエールちゃんのご機嫌取りするときは、おいしいものを上げれば一発だったりするのだろうか。覚えておこう。


「というか、ご主人の方が大丈夫にゃのかにー」

「ん、何が?」

「見た感じ、ご主人とおんにゃじ異邦人がわーぎゃー叫んでたに。戻れにゃいとか、にゃんだとか。にゃのに、ご主人は随分と落ち着いてるに」

「うーん……」


 異邦人とは、NPCがプレイヤーを指す言葉だ。ストーリー上、ティファー大陸の復興を手伝う異邦人として、私たちはこの世界に訪れている。


 そんな異邦人が、こぞって騒ぎ出したのだ。このゲームの理知的なAIならば、何かに気づいてもおかしくはない。


 ただ、


「正直、どうでもいい……」


 ログアウトができない問題について、自分が思う以上に『遊楽派フール』だった私がいえることは、それだけだった。


 現実世界で友人が少ないのは、尖り切ってた黒歴史高校時代が原因で、家族との仲もVR機器をロードローラーされている以上お察しの通り。愛着もなく惰性で務めていた会社も倒産して、完全無職となった暁に溢れた暇を埋めるように始めたのが、このゲームだ。


 はっきり言ってしまえば、私にとっては此方の方が魅力的。どこまでも広がる世界を、思うがままに、好奇心がままに、むしゃぶりつくしたい。


 それができるなら、現実世界のことなんてどうでもいい。


「……でも、ログアウトできないのは気になるんだよなぁ」


 それはそれとして、なんでログアウトできないのかは気になるんだよね。戻れないことはどうでもいいけど、どうしてそんなことになってしまってるのか。


 関心がないわけじゃない。


「やっぱりヤバい奴だにー。変態だにー」

「あはは、私もそう思う」


 高校時代の昔の友人に似たようなことを言われてから10年。大人になったはずなのに、私は何も変わってないらしい。


 あの子、今頃何やってんだろ。


「とにかく、次なる町を目指して出発だ―!」


 針路は北西。目的地は鉱山街ホラーソーン。


 汽笛の如き声を上げて、風に靡く旗のように狂闘狼の短槍を掲げた私は、次なる町を目指して歩き出した。


 旅路に幸あれ、ヨーソロー!

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