第9話 怒る時は怒るアマノジャク


「今、ゲーム内のプレイヤーは三つの陣営に分かれてる」


 三本の指を立てて、ハイフンさんは語った。


「まず一つ目が[破壊派アンチ]。ちょうどあっちで大声で騒いでる連中だよ」


 ざわざわと動揺に満ち溢れたファストリクス中央通りの中であっても、耳を澄ませば聞こえてくる怒声。「邪魔すんじゃねぇ!」とか「こうするしかねぇんだよ!」なんて、悲憤慷慨が空高く舞い上がっている。


「彼らは現実世界に戻るために、このゲームを破壊しようって連中だ」


 なるほど、と私は思った。ゲームが私たちを閉じ込めているなら、その檻を壊せば脱出できる。短絡的だけど。


「そんな[破壊派アンチ]に対抗してるのが、[攻略派ファン]。こっちは、運営が意図的に自分たちを閉じ込めているなら、何かさせたいことがあるはず。そのためのゲームなら、ゲームを攻略することで脱出できるかもしれない、ってのが[攻略派ファン]の考えだね」


 [攻略派]の考えもわからないこともない。論理的に考えれば、ログアウトボタンが無いということは、この事態を運営は意図していたということ。なら、ゲームクリアの暁には現実世界に戻してもらえるのではないか、という意見にも納得できる。楽観的すぎるけど。


「そして三つ目。そもそも元の世界に戻れないことを気にしない[遊楽派フール]だ」

「あー……」


 つまり、戻れないなら戻れないでいい人たちってことか。現実に不満があったり、戻っても特にやりたいことがない人だったり、とかかな? たぶん私も[遊楽派フール]に入るかもしれない。だって今、無職だし。


「ちなみにハイフンさんは?」

「これでも一応[攻略派ファン]だよ。一応、なけなしの有給取ってやってる口だからね」


 あー、それは大変だ。仕事がある人ならなおさら、ログアウトできないと支障が出る。


 正直、どの派閥の気持ちもわかる。ただ、


「……これ、ログアウトしていい奴なんですかね?」

「何か言いたげだね」

「あ、ああ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


 ハイフンさんの話を聞いた私は思った。


「確かにできないってことは不安かもしれないですけど……これ、ログアウトしたらまずい……と思うんですよ」

「この状況以上に問題がある、と?」

「あ、は、はい。今すぐなら問題はないと思いますけど……このままずるずると時間だけが過ぎてくとするじゃないですか。破壊活動にしろ、攻略にしろ、時間はかかりますし。……その時まで、あっちの体って生きてるのかなーって」

「……なるほど」


 人は一日飲まず食わずで死にかける生き物だ。水が無ければ、三日程度で餓死してしまう。


 破壊活動にしろ、攻略にしろ。多分、そんなに早く終わらない。そんな状況で戻ったとして――


「私たち、生きてるんですかね?」

「……だそうだ、シギル」

「へぇー、面白いこというな、あんた」


 そんなことを私がハイフンさんに言うと、背後からのっそりと熊のような大男が現れた。


「よぉ、俺はシギル」

「あ、は、はい。どうも」

「んで、嬢ちゃん。つまりあんたは、あっちで言い争ってる奴らのやり方じゃあ、こんなところから出られないって言いたいのか」

「えぇ!?」


 なんだか私の意見が曲解されてる気がする……。確かに、[破壊派]も[攻略派]も短絡的で楽観的だとは思ったけどもさ!


「そ、そういうつもりじゃ……!」

「んじゃあいつらの意見が正しいって言うのかよ」

「あーもう! 極端な解釈で話さないでください!」


 なんだろう、この嫌な感じ。

 すごい既視感がある。


「まあ、そうだよな。普通はそうだ。だが、今は違う。皆、なんとしてもこのゲームから出たいんだ。どんな形で在れ試行錯誤してんだ。欲しいのは、このゲームからログアウトできる確かな確信。そのためにゃ、どんな意見も必要なんだ」


 大きな主語を使って話させる問題。なのに、私のことなんてちっとも考えてくれず、自分の目的のためなら喜んで協力してくれると思っている。


「だからお前も意見を――」

「……お断りします」


 ああ、そうだ。上司だ上司。私の居た会社を倒産させた上司に似てる。会社の経営が傾てるって癖に、革新的な意見を出せと鞭を叩いて踏ん反りかえって。経営方針は人任せの部下任せで、尻に火が付いたら全部を投げ出して居なくなった。


 自分が悩んでるんだからお前も悩むべきだ、なんて。そんな、勝手なことを言って。


「わ、私は……関係ないです、から」

「あ? そんなわけないだろ! 現実世界に戻れないんだぞ! それがいいなんて人間、普通じゃねぇ!」

「それでいいじゃないですか!!」


 相手が声をボリュームを上げたから、私も対抗するように声を張り上げてしまう。


「普通じゃないことの何が悪いんですか! 貴方の常識で、私を縛らないでくださいよ!」

「あーあー。二人とも。喧嘩はやめてくれ」


 そこまで言い合ったところで、シギルさんと私の間に、ハイフンさんが割って入った。


「一回クールダウンしろシギル。家族が心配なのはわかるが、だからって喧嘩していいわけじゃねぇ。OK?」

「くっ……あ、ああ、わかったよ」

「んで、嬢ちゃん」

「な、なんですか……」


 ちょっと私も熱くなりすぎた気がするが、それでもシギルさんと友達らしきハイフンさんには警戒を抱かずにはいられない。疑わし気な目線が、ハイフンさんを貫く。


 それに気づいているのか、彼は申し訳なさそうにしながら言う。


「悪いな、みんなピリピリしてるんだ。特にシギルは元の世界に子供がいる。このままずっとゲームの中ってのは、流石にな」


 ……たしかに。家族を残してゲームの中、と言うのは残酷だ。だからと言って、そんな理由で評価を改めるほど、私は論理的じゃない。


 好奇心を優先するほど、私は感情的だから。


「……行こ、ハスパエールちゃん!」

「んにゃ? ようやくはにゃしが終わったのかにー。長かったにー」

「あんな人たちと話すことなんてもうないよ!」

「ふーん……ま、わちしには関係にゃいにー」



―――-



「うわぁああん! ねぇねぇ、ハスパエールちゃん! 私、嫌な上司じゃないよねぇ……!」

「うわうぜぇ……そんなこと思うにゃらセクハラするのやめろにー」

「わかったごめんね、今度からハスパエールちゃんのお口が悪い時だけにするよ……」

「だからやめろって言ってるにー!!」

 

 そうして町の中央通りから離れてすぐにハスパエールちゃんに抱き着く私は、今までハスパエールちゃんが奴隷であるのをいいことに酷いことをしていなかったかと平謝りをした。


 何分、少し前までの私はそれはもう会社の奴隷と言って差し支えない扱いで、かといって転職する勇気もなくずるずると働いていた口だ。そんなことを思い出してしまった私は、もう彼女をこき使えない。


 悪いお口を塞ぐためにセクハラはするけどさ。ハスパエールちゃんが可愛いのが悪いんだよ可愛いのが。


 ただし、そんな私の心意気はハスパエールちゃんには不評の様子。苦虫を嚙み潰したような顔をした彼女は、引っ付き虫が如く腰辺りに抱き着く私を引きずりながら、町の外の方へと歩いていた。


「まあでも、今のこの町から去るってのはあちしも賛成だにー」

「そうなの?」

「当り前に。聖樹の森の外でベスティア族は奇異な目で見られるに。攫われて売られてもおかしくにゃいにー……実際、わちしがそうだったに。この状況、町が混乱するほどそういうやつが動きやすくにゃるんだにー」

「大丈夫! 私のところに来たからには酷いことはしないから!!」

「じゃあセクハラをやめるにー!!」


 まあでも、確かにこの騒ぎにどさくさに紛れて、と言うのはありがちな展開だ。しかも、ああして数万人のプレイヤーが町の各所で喧嘩を起こしているともなれば、町そのものが機能しなくなってもおかしくない。


 なら、ハスパエールちゃんの言う通り町から離れた方がいいのか。君子危うきに近寄らず、だ。


 実際、弟子入りをすべて断られてしまった以上、ファストリクスに居る理由もない。ただ――


「行くあてあるの?」


 ゲーム開始から約三時間。こんなにも早く最初の町を出るとなるとは。別に町の外に出るのは全然かまわないし、むしろここで装備を整えろという運営が引いたレールに背いている感じがして私的にはグッドだ。


 ただ、やはり拠点は必要。この町から離れるのなら、次の町まで移動するのは必須要件だ。


 そのあてがあるのか。そう訊いた私に対して、ハスパエールちゃんは言った。


「結社の方にはもう顔だせにゃいけど……次の町の行き方なら知ってるに。ファストリクスから北西の山道を通った先にある町、鉱山町ホラーソーンなら問題ないにー」


 おお、次の町の情報! しかも鉱山と言うことは、それこそ金属系のものづくりができる町じゃないですかー!


「ただ、ちょっとだけ鬼門があるにー」

「鬼門?」

「ホラーソーンとファストリクスを繋ぐ唯一の山道『ウスハ山道』の主はわちしでもちょっと手を焼くに」


 もしやこれは、ボス戦フラグですかな?



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