第6話 猫のように舞い猫のように刺す、即ちにゃんこである
「わちしの意見だけど、こんにゃことするぐらいにゃら、【輪廻士】を外して他の生産職ジョブで弟子入りすればいいんじゃにゃいかに?」
「そんな普通なことできるわけないでしょハスパエールちゃん。意外かもしれないけど私、結構アマノジャクなんだよね」
「変態じゃにゃいのかに?」
お口の悪いハスパエールちゃんを後ろからもみもみ。「ふにゃぁ~!!」と声を上げる彼女であるが、奴隷は主人に逆らえないのでされるがままだ。
そうして折檻を終えてから、私は改めて周囲を見渡した。
「さぁて……どうしようかなこれ」
夕立の雨のように木漏れ日が落ちる森の奥深く。たくましい生命力を遺憾なく発揮した木々の根っこによって凸凹とした地形の中心。そこに立つ私たち二人を取り囲む敵影が十何体。
――グルルルル……。
森の小悪党、ウォリアーウルフの群れだ。茶色の体毛が特徴的な、体長一メートル少しの彼らは、群れで狩りをする魔物であり、リィンカーネーションシリーズでは序盤の強敵としておなじみの番人である。
オンラインゲームとなった今作では、チームプレイを推奨する故か、更にその強さに拍車がかかっていると聞く。
つまり、ただの生産職に過ぎない私が敵う相手じゃない。
「絶体絶命、かな?」
どうしてこうなってしまったのか。その説明をするためには、30分程時を巻き戻す必要があるだろう――
――30分前。
「なるほどね」
ゲーム内掲示板に流れていた情報を整理した私は、生産職の大まかな流れを把握した。
生産職とは、この世界の様々なアイテムを制作することができるジョブだけど、そのためにはスキル熟練度を上げなければならないとのこと。
例えば、受けたダメージを回復するためのポーションを作るには、技術スキル〈ポーション制作〉の熟練度を上げて、スキルをレベルアップさせないといけない。
しかも、ポーションの中身と、ポーションを入れる瓶の二つを制作する必要があるらしい。
中身と入れ物。この二つのアイテムの品質の総合値で、ポーションの品質は決定される。
なので、品質の高いポーションを、品質を保ったまま使うためには、制作スキルの〈ポーション制作〉と〈ガラス細工〉の二つの熟練度を上げる必要がある。
では、どうやって熟練度を上げればいいのかと言えば……ひたすらに作るしかない、と。
もちろん、〈ポーション制作〉の熟練度を上げるためにポーションをたくさん作ろうと思えば、まとまった量の素材が必要で。果たしてゲームを始めたばかりの見習いが、どこからそんな素材を用意すればいいのか。
なんて思うけど、実際はそこまで難しくなかったりするけど。
というのも、どこかの工房に弟子入りすることで、ほぼ無限に素材を使い熟練度を上げることができるんだよね。……もちろん、作れるのは経験値効率の低い下級アイテムばかりだけどさ。
とはいえ、スキルのレベルアップに必要な熟練度がそこまで多くない序盤に置いて、素材取得の効率を考えれば弟子入り以外に道はないらしい。私が叶わなかった道である。悲しい。
そして、始めたばかりということもあって、お金もない私。ただ、奴隷とはいえハスパエールちゃんに集るほど、私はまだ終わっていない。
なので、ここは一つ熟練度上げのための素材を自分で集めよう! と一念発起。
生産職ギルドと対を為す、戦闘職御用達の冒険者ギルドに訪れた私は、報酬で様々な素材が得られる採取納品クエストを受注し、いざ素材集めの旅に如何となけなしの所持金で木剣まで買って、西の森林へと旅立った。
そして、30分後。
見事、森の中で初心者殺しの魔物ことウォリアーウルフの群れに囲まれてしまった、と。
「えーっと……どうしたらいいかなこれ……」
私のステータスをおさらいしよう。
◆PL『ノット・シュガー』
―ジョブ:輪廻士(ユニークジョブ)
―プレイヤーレベル lv.1
―ジョブレベル lv.1
―ステータス
―スキル
〈輪廻〉
―ジョブスキル
〈天格〉〈開花〉
―装備
『安物の木剣』
品質F レア度F-
装備効果:ダメージ-10%
『始まりの狩人・一式』
一式効果:END+10%
デバフ武器に謎スキル二つ。
うーん、終わっている。
いくらステータス初期値が高いとはいえ、公式Q&Aことリィン様直々に戦闘力が低いと言われてしまっている生産職。それが、掲示板の噂によれば、戦闘職三人でも普通に負けるウォリアーウルフの群れに敵うとは思えない。
流石に技術だけじゃ覆しようのない戦力差。
リスポーン案件だな。そんなことを、心の底で思う私だ。
だけど、一つだけ気になることがあった。
音声操作で、端末を起動する。
「……リィン様」
『なんでしょう?』
「NPCが死んだ場合、どうなるの?」
私が死ぬのはいい。なんたって私はプレイヤー。心臓を貫かれたところで、転生の神の加護によって蘇ることができるのだから。
だが、ハスパエールちゃんは
『NPCが死んだ場合、いかなる方法を用いても復活させることはできません。気を付けてください』
「なるほどね」
死ぬ。
NPCは、死ぬ。
「じゃあ、死ねないな」
私一人で死ぬならどうにでもなるけれど。
ハスパエールちゃんが死んでしまうのだけはダメ。
いくら奴隷でも、死ぬ可能性があることも忘れて、ハスパエールちゃんを連れてきてしまったのは私だ。これで殺してしまった日には、あまりにも寝覚めが悪い。
ゲームだけど。
リアルだから。
ちょっとだけ、愛着が湧いてるんだ。
「にゃ、ご主人」
「え”」
ちょ、ちょちょちょハスパエールちゃん!? なんで急にご主人とか言い出したのさ! ふ、ふふふふふふふ……あー空気読めないとか言わないで! 誰だって猫耳美少女にご主人様なんて呼ばれたらキモオタになるに決まってるでしょ!
「きもい反応だにー」
「それほどでもないよー」
「褒めてにゃいに」
「わかってる。それで、どうしたのさハスパエールちゃん」
私の反応を、やはり冷めた目で見るハスパエールちゃん。そんな彼女は言う。
「わちしがこの程度の雑魚で死ぬと思ってるにー?」
「……あ、そうか」
そう言えば、ハスパエールちゃんはこんなんだけど、これでも謎の秘密結社の諜報員。それなりの戦闘力の持ち主……のはずだ。
それこそ、ゲーム始めたての戦闘職なんかよりも、この世界に精通しているはず。そんな彼女が、言う。
「にゃんこは舞う――だにー」
――ガルゥア!!
同時に、数匹のウォリアーウルフが襲い掛かって来た。
しかも、彼らが取るのは挟撃の構え。三方向からの同時攻撃は、一方を相手にすれば背後を二匹から襲われるという完璧なタイミングで行われる。
ただし。
「〈キャットファイト〉」
宣言通り、にゃんこは舞った。
おそらくはスキルの効果であろうエフェクトが発されたかと思えば、突然倍速再生のように動き出すハスパエールちゃん。
彼女の拳が一匹目のウォリアーウルフを貫いた途端、続けて放たれた目にもとまらぬジャブが二匹目を吹き飛ばす。そして、あと少しで私に触れかけたウォリアーウルフを、鎌のように鋭い回し蹴りで撃ち落とした。
パンツは見えない、と。まさに鉄壁か。
「にゃん……続きはするに?」
にゃんと拳を構えたハスパエールちゃん。彼女のしっぽがチリンと揺れれば、残るウォリアーウルフたちが戦慄する。
次の瞬間には、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。それこそ、文字通り尻尾を巻いて――
これにて戦闘終了。
予想以上に強かったハスパエールちゃんが、ウォリアーウルフを圧倒した形であった。
そんな彼女は、汗をかいた様子もなく言う。
「腕慣らしにもにゃらにゃいにー」
「くぅ~かっこいいよハスパエールちぁぁぁん!!」
瞬間、私はハスパエールちゃんの胸に飛び込んだ。
マジでかっこよかった。この時ばかりはイケメンだったよハスパエールちゃん!
「にゃ、にゃにするにー」
「見直したよハスパエールちゃん! すごいかっこよかった!」
「そ、そうかに? ふん、ご主人様もわちしの評価を改めるがいいに!」
私の言葉に嘘はない。もちろん、今までのふてくされムーブのこともあってか、その実力を疑ってはいたけれど。
そんな予想を叩き潰すほどに圧倒的に、彼女は力を見せつけた。そんなハスパエールちゃんを褒めたたえないのは、流石にアマノジャクが過ぎるだろう。
たまには素直も悪くない。
「って、どさくさに紛れて変にゃところ揉むにゃー!!」
「あ、やっぱだめか」
でもなー。揉むなって言われると揉みたくなっちゃうんだよなー……ハスパエールちゃん、結構大きいし。
「さてさて、とりあえず素材採集しようかな」
「む、解体はわちしの専門外にー」
「いーよいーよ。スキル熟練度のためにも、私がやるから」
生産職に必要な技術スキルの中には、もちろん〈解体〉の項目もある。これを磨くためには、やはり地道にこなしていくしかないはずだ。
余談であるが、昨今のMMOは敵を倒すとアイテムをドロップするのではなく、倒した敵の死体を解体しなければ素材にならない場合が多い。
リアリティに溢れたゲーム性だが、如何せんこのグロテスクな作業に拒否感を示して生産職を止める人もいるのだとか。ちなみに私は高校時代にやってたMMOで慣れた。
そんなわけで、生産職の初期装備の『解体ナイフ(効果:解体時にアイテム品質向上効果小)』を懐から取り出して、ハスパエールちゃんが狩ってくれたウォリアーウルフの死体の解体を始めた。
流石は解体ナイフ。さっくりと抵抗もなくウォリアーウルフの皮に入ったかと思えば、するすると豆腐でも切るかのように刃が滑る。
ざくざくきりきり。
そうして10分も経たないうちに解体は終わり、ウォリアーウルフの毛皮と骨と肉のそれぞれを素材として手に入れた私だ。
『技術スキル〈解体〉レベル1を取得しました』
『プレイヤーレベルが1上昇しました。』
「お」
ついでに、レベルも上がり、〈解体〉まで手に入れてうはうはだ。
「むぅ……にゃれた手つきだったに」
「まね。ブランクがあるとはいえ、ここに来るまで死ぬほどやったし」
「そうにゃのかに」
前にやってたオンラインゲームも似たようなゲーム性だったしね。まああれは、私が物理的にVR機器一式が壊されてから程なくしてサ終したらしいけど。
とにかく、売れるアイテムも見つかったし、あとは依頼にあった採取品を幾つか採れば、町に帰れそうだ――
――ん?
『ジョブスキル〈開花〉が使用可能です』
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