第5話 七つの祈り集めし戦士


 はきはきと胸を張って歩く私。


 とぼとぼと終末世界でもそうそう居なさそうな絶望的表情を浮かべながら歩くハスパエールちゃん。


 あまりにも正反対な二人組だけど、周りにはそれ以上に奇抜な雰囲気を放つ人たちで溢れていることもあってか、幸いなことに私たちはあまり目立っていない。


 右を見れば、アフロにモヒカン肩パットとあまりにも世紀末な不良がお裁縫に勤しんでおり、その奥では見るからに魔法少女なドレスを身に纏った幼女が化学実験のノリでコトコトと虫を煮込んでいる。


 左を見れば、まだサーバー開放されて間もないというのに、初期装備にはなかった全身甲冑に身を纏った騎士が彫像のようにポーズを取っていて、その横では孔雀でもそこまで輝かないであろう色彩を放つサンバ衣装に身を包んだハレンチガールが撮影会をしている。


 そう、ここは生産職ギルド。


 またの名を、変態互助会同好の集いという――


「にゃ、にゃんだこの変態集団は……」

「そうそう、MMOと言ったらこれだよねー。生産職の人たちって装備自分で作れる分、わかりやすく派手な人多いな~」


 ここに来て懐かしのMMOを味わうことができた私は、しみじみとしながら郷愁に浸る。その横で、明らかに引き気味のハスパエールちゃんが冷めた目で私を見ているけれど、気にしない気にしない。


「というか、隠してるとはいえ猫耳シルクハットも相当マニアックなジャンルだと思うんだけど?」

「これは擬態にゃ! ここに居る変態たちと一緒にしにゃいでほしいにー!」


 生産職ギルドに訪れたプレイヤーたちのことを軽蔑した目で見るハスパエールちゃんノンプレイヤーキャラクターだけど、彼女も彼女でかなりマニアックな格好をしていることは否めない。


 被っているシルクハットにはよくよく見れば穴が開いていて、潜伏していない間はそこからベスティア族特有のケモ耳を出せる作りになってるし、マントの下はミニスカタイツとこれでもかとスケベレベルの高い衣装をしているのだ。


 群青色の特徴的な髪色は、確かにリィンカーネーションの世界では目立たないのかもしれないけれど、マントの下から見えるデニール濃いめのぴっちりタイツはあまりにも蠱惑的に輝いている。


 正直言うと食べたい。主にタイツを。


「にゃ、にゃんか変にゃ目で見てにゃいかに?」

「え、別にハスパエールちゃんのタイツ食べたいなーって思ってただけだけど?」

「変態だに! ここに、変態がいるにー!!」


 大声で助けを求めるハスパエールちゃん。その声になんだなんだとプレイヤーたちが集まるけれど。


「普通じゃね?」

「美少女のタイツは嗜むものでは?」

「できるならわたくしがテイスティングしたいところですわ」


 残念なことにここに集まるのは変態しかいなかった。


「ば、化物にー……ここは人の形をした化物の巣窟だにー……」


 助けを求めど、舟は来ず。絶望に打ちひしがれたハスパエールちゃんは、液体にでもなってしまったかのようにへにゃへにゃと崩れ落ちてしまった。


 そんな彼女を抱えて、生産職ギルドの受付に訪れる私。さて、なぜ私がここに来たのかを説明するとすれば、すべてはハスパエールちゃんが原因である。


 というのも、初遭遇したすれ違いざまに彼女は【輪廻士】に関する何かを知っていそうなことを仄めかしていた。さらに言えば、【三下子猫と輪廻の旅】というクエストが発生したこともあって、私はハスパエールちゃんが【輪廻士】に関係するチュートリアルキャラクターと思った。


 だが、話しはそう上手くはいかないようで。


「し、知らないにー……わちしは、見たことにゃいスキルを使ってるヒューマンがいたから、これは報奨モノの人材だにーって思っただけで……」

「つまり、騙そうとしてたってこと?」

「……にー」


 可愛らしくにーと泣いて誤魔化すハスパエールちゃん。ちなみに、保身のために嘘をつけばもれなく電撃によるお仕置きがされるらしいので、彼女が【輪廻士】については何も知らないのは確定だろう。


 余談だけど、契約では奴隷側にどれだけ自由に行動できるかという項目も決定できるらしい。ただし、彼女は「なんでもする」と言ってしまった。契約上それは自分のすべてを捧げるに等しい言葉らしく、結果として人権意識皆無の奴隷契約が成立してしまったようだ。


 閑話休題。


 可哀そうでいて、自業自得のような気がしなくもない彼女から何の情報も得られなかった私は、新たなる情報を求めて生産職ギルドに来たわけだ。


 ここでは基本的な生産職の仕事を受注発注できるほか、生産職の最下級に位置する〈見習い〉ジョブが腕を磨くために弟子入りする手伝いをしてくれるらしい。


 つまり、この生産職ギルドこそが、生産職をする上で最初に来るべきチュートリアルと言うことだ。他人のレールに従うのが嫌いな私も、流石に右も左もわからに状態じゃあモチベーションを保てない。


 ちなみに利用に際しては、異邦人の証のブローチを見せるだけ生産ギルドの一員として登録されるらしい。


 おそらくは復興の援助が円滑に進むような取り計らいだろう。ゲーム的に、メタ的に言えばプレイヤーへの特別扱いだけれども。


 なにはともあれ、今は何をするべきなのかを確かめるために、あと【輪廻士】の詳細が分かればいいなと思いながら、私は生産職ギルドの門をたたいた。


「ご用件は」

「仕事を探しに」


 受付にたどり着いた私を待っていたのは、カウンター越しにドンと腕を構えて仁王立ちする長髭のおっさんだった。うむ、すごいいい筋肉をしている。こういう人には是非とも鉄の塊のような巨大剣を振り回してもらいたいものだ。


「名前は?」

「ノット・シュガー」

「ジョブは?」

「【輪廻士】」

「師匠は?」

「弟子入り希望」

「了解」


 なんだか親近感を感じてしまう言葉の少なさだ。陰キャ同士は引かれ合うのか、少なくともこのおじさんとは陰陽的な属性の相性がとてもよさそうな気配がする。


 これがエッチなお姉さんとか、超美麗のイケメンとかだったらキョドって喋れないのが私だ。美少女受付嬢が出てきてほしかったのも事実だけれど、おっさんが発する奇妙なオーラに落ち着きを覚え始めている私がいる……。


 これが……こころ……?


「んにー……なんだこの二人……気持ち悪いにー……」


 私の横で呟くハスパエールちゃんの言葉を聞き流しながら、私は弟子を取っている生産職NPCへの紹介状を頂くのだった――





「――あー、悪いが得体のしれないジョブ過ぎて俺のところじゃ教えられねぇな。っつか、基本的に俺が教えられるのは生産職のイロハだけ。明らかに外れすぎてて何を教えればいいかわからん」


 ファストリクスの町を巡ること七件目。同じような理由で断られてきた過去六件と同様に、同じような理由で弟子入りを断られてしまった私だ。


「ぬぅ……ただでは進まないか……」

「変なジョブ使ってるからだにー。ざまぁみろだにー」

「うるさいハスパエールちゃん」

「にゃっふ……へ、変にゃところ揉むにゃー!?」


 紹介状に書かれた生産職NPC全員から、お祈りメールが如き受け入れ拒否をされてしまった私は、このすさんだ心を癒すためにハスパエールちゃんのすべすべしたお腹を存分に堪能した。


 それから、改めてこれからどうしようかと考える。


「一応、あのジョブ一覧に出て来たってことは生産職ってことなんだろうけど……こうも断られると不安になるなー」


 様々な情報が錯綜する掲示板を覗いてみれば、先行組が有益無益に関わらず多くの情報を教えてくれる。


 話によれば、プレイヤーキルや街中での犯罪行為でレッドネーム要注意プレイヤーになってしまった人たちだけが就ける生産職とも戦闘職とも違う裏ジョブと言うのもあるらしいが……流石に違うだろう。


 思えばこれはユニークジョブ。型にハマったチュートリアルがあるわけがないか。


 まるで私みたいだ。


「……別に指導にゃんていらにゃいと思うけどにー」

「え?」


 弟子入りするという目的が達成できず悩む私に、ぼそりとハスパエールちゃんが呟いた。


「師事ってーのは自分の不足を補うためのものだに。にゃんにもにゃいから教えてもらう。わからにゃいから指示してもらう。自信がにゃいから提示してもらう。だけど、結局そんにゃものは自分でしか埋められにゃいにー」


 ぶつくさと、呆れるように言う彼女。その言葉を聞いて、はっとなった。


「つまり私は師匠が必要ないほど優秀ってこと……!!」

「どこをどう聞いたらそうにゃるにー……宇宙人かにー……」


 いやいやいや。今のハスパエールちゃんの言葉はつまりはこういうことだろう?


『師匠が居にゃくても、シュガーにゃら大成できるにー。むしろ必要にゃいにー』(意訳)


 そういうことに違いない!!


「そうと決まれば、善は急げ! 弟子入りは叶わなかったけど、出来ることから始めるぞー!!」

「にゃ、にゃんでわちしまでぇえええ!!!!」


 やれることから始める。


 そう思い立った私は、とにかく生産職掲示板から、生産職が何をできるかを調べながら、自分が今できることを調査した。


 そんな折、とある一文を見つけてしまう。


【誰もこの世界から出られない】


「……ん? なんだろこれ」


 その言葉の意味を私が知るのはもっと後のことだ。

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