第4話 可哀いい可哀いい子ネコちゃん
「えっとぉ……わ、わちしたちはいちおうぅ……秘密組織でしてぇ……にぃー……」
「なるほどなるほど。つまり、表立って勧誘とかできないから、それとなくついてきた人間を引き入れていると」
「そ、そんな感じですにー……」
暴動紛いの乱痴気騒ぎに満ち溢れた大通りから遠ざかって、人気のない路地裏へと逃げた私は、そこでフードのベスティア族の女の子から話を聞いていた。
彼女はハスパエールちゃん。青毛が特徴的な猫耳のベスティア族で、とある秘密結社に所属する諜報員なのだそうだ。その目的は組織の人材確保で、人の世を忍んで活動しているとのこと。
そして、才ある人間を見つけると、私に仕掛けたように言葉やしっぽの鈴で誘い出して攫い、秘密結社の構成員にするのだという。
つまり、あのまま追いかけてたら誘拐されていたということだ。恐ろしや。
「あ、あの~……」
「ん? どうしたのかな?」
彼女から頂いた情報を頭の中で咀嚼していると、いそいそと話しかけてくるハスパエールちゃん。なんだかそのうち「~でげす」なんて口癖になりそうな三流下っ端な気配を纏っている彼女だが、なんのようだろうか。
「え、えとぉ……その、結構話したと思うので……そろそろはにゃしてくれにゃいかにーって……」
「ああ」
余談でしかないけれど、現在ハスパエールちゃんは私の手によって拘束されている状態だ。片方を手を後ろに回して、何かあればすぐに脱臼させることができる構え。高校時代にやったゲームで培った制圧術である。
というか、このゲームも肩を外せば脱臼とかそういう状態異常になるっぽいな。ちょっと力を入れるたびに、ハスパエールちゃんが痛そうにしてる。
生殺与奪までは握ってないけど、明らかにこちらが優勢なこの状況じゃあこの子も安心できないことだろう。
ただ。
「だめ」
「にゃにゃ!?」
洗いざらいを話したからと言って、簡単に拘束を解くほど私は甘くない。そもそも、元からこの子は私を攫おうとしていたのだ。今ここで拘束を解いたとして、襲われない保証なんてどこにもない。
「ってか、むしろ私としては明らかに危ない団体所属とかそのまま憲兵に突き出し案件なんだけど?」
「ひ、ひぃいいい!! やめ、やめてくださいにー! それだけは……それだけはぁ……!! にー……!」
醸し出されるあまりにも香ばしい小物感。なんだこいつ可愛いなおい。
正直このまま持ち帰りたいぐらいなんだけど……リィンカーネーションシリーズの秘密結社って基本的に碌な奴いないんだよなぁ……。
初代だと輪廻転生の循環を破壊しようとしてたし、2、3の人体実験を繰り返すマッドサイエンティストグループで、番外作品だと国家転覆を企むテロ組織に正義感が爆発した結果虐殺始めちゃった自警団とか、エトセトラエトセトラ。
挙句の果てにはシリーズ最終章のマグナで世界滅ぼしかけてたし、関わったところでろくなことにはならなそうな予感がプンプンする。
「にゃ、にゃんでもします! にゃんでもしますから! だ、だから、憲兵に突き出すのはやめてくださいにー!!」
「ん、今なんでもって……」
『スキル〈天格〉の条件を満たしました』
「……え?」
必至になって命乞いをするハスパエールちゃんのうるうるとした涙目を眺めていたら、なんだか不吉なアナウンスが聞こえてきた。
ってか、多分アナウンスの綺麗な声、リィン様の声だなこれ。まあ確かに便利キャラではあるけれども。リィン様過労死案件では?
話を戻して、〈天格〉か……。条件を満たしたって、明らかにハスパエールちゃん関係だよな……。
ここで試しに発動とか、普通に人体実験案件な気がする。やだ、私って極悪……?
まあハスパエールちゃん、私のこと誘拐しようとしてたし、この程度なら大丈夫でしょ。えいっ(〈天格〉発動)
「にゃ!?」
びくりと肩を震わせてびっくりするハスパエールちゃん。
「にゃ、にゃにを……。うびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!!???」
キョロキョロと辺りを見回すと同時に、突如痙攣し始めるハスパエールちゃん。
「う、うにゃ……。ばたっ」
ぷしゅーと口の中から煙を吐いた次の瞬間、ぱたりと力なく倒れるハスパエールちゃん。
……もしかして私、なんかやっちゃいました?
いやなにかしたのは見れば判るか。
「ハスパエールちゃん……そんな、ハスパエールちゃん!!! 逝かないでハスパエールちゃぁぁぁぁぁん!!!!」
「死んでないにー!!」
「あ、元気だった」
流石にこれで殺してしまったら、私も罪悪感を覚えてしまう。いくらゲーム内のキャラでも、やっていいことと悪いことぐらいはあるはずだ。……PK……辻斬り……ランキング……うっ、頭が……。
「い、いきなりにゃにするんだにー! 流石に怒ったにー!」
「あ、やべ」
ハスパエールちゃんがバグったような声を上げたこともあって、彼女から手を放してしまっていた私だ。おかげで自由の身となったハスパエールちゃんが、水を得た魚のように元気を取り戻して、敵意満点な拳を構えた。
「喰らえ必殺〈猫パンチ〉!」
しかも彼女はこともあろうか秘密結社の諜報員。あの騒ぎの中でも身を隠せられるほどのステルス能力を持っているともなれば、相当に腕が立つはず。
そんなハスパエールちゃんが放つ徒手空拳は、スキル的なエフェクトを纏いながら私へと向けられ――
「ん”に”ゃ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?!?!?!」
突然、雷に打たれたかのような電撃が彼女の体から迸った。ぷしゅーと、またもや口から煙を上げるハスパエールちゃん。いったい彼女の身に何が起こっているのか。明らかに〈天格〉の効果だと思うけど……いったいどういう効果なんだろうか。
とりあえず端末を開いてみる。そこからヘルプに飛んでみれば、ステータス画面からスキルの効果は確認できるとのことなので、言われたとおりに確かめる。
ジョブスキル〈天格〉
効果:存在の格を上昇させ、契約の履行を強制させる。契りを破った場合、相手を隷属化する。
隷、属……?
え、奴隷ってこと?
人権的に大丈夫なのこれ?
「こ、殺す、ぶっ殺してやるにー!」
「お座り」
「にゃ、にゃにするんにゃ……にー!?」
まさかと思ってお座りと言うと、あまりにも物騒な言葉とは裏腹に、ぺたりと地面に座り込むハスパエールちゃんであった。
「え、にゃ、か、体が、にゃんで!?」
「えっとー……すごい言いづらいんだけど……どうやら、私の奴隷ってことになっちゃったみたい」
「にー……?」
なに言ってんのこいつ、なんて言いたげなハスパエールちゃんの視線が私を貫くけれど、すぐさま彼女は自分の端末を取り出して、ステータス画面を開いた。
あ、人のステータスとかは一応見えないんだ。そんな閑話休題を挟みつつ、ステータスを見つめるハスパエールちゃんの顔色がどんどんと青ざめて行った。
「えと、大丈夫?」
奴隷にした張本人が使う言葉ではないかもしれないけれど、流石に可哀そうになって来たので言わざるを得なかった私だ。
そんな私に向かって、この世の終わりみたいな顔をしたハスパエールちゃんは言った。
「こ……」
「こ……?」
「殺さにゃいで……」
いったい彼女は何を見たのだろう。悲しみに染まりながら、彼女は「にー」とか細く泣いた。
『隷属化は主人と奴隷という関係で構築される特殊状態異常です。解除するためには隷属化した際に交わした契約を履行する必要があり、履行されるまでは基本的に主人に絶対服従であり、間接的にも主人に害をなすように動けば死亡してしまいます。また、サブジョブが奴隷で固定されてしまいますのでご注意ください』
教えてリィン様(ヘルプ)曰く、隷属化については上記の通りだ。一応、知らなかったとはいえ奴隷にしてしまうのは流石に悪いと思った私だ。ゲーム内なら如何なる極悪非道もRPの範疇で終わるけれど、今回ばかりはのんびりとした生産職を目指したい。
そんなわけで、隷属化の解除法を求めてリィン様を頼ったわけなんだけども……曰く、隷属化解除には『契約の履行』が必要なのだとか。
そして、〈天格〉発動時の会話は以下の通り。
『にゃ、にゃんでもします! にゃんでもしますから! だ、だから、憲兵に突き出すのはやめてくださいにー!!』
『ん、今、なんでもって……』
何でもするのがハスパエールちゃんの約束。その約束に対して私が差し出す対価は、憲兵に突き出さないという報酬だけ。
期限なし。指定なし。
つまり、
「何もかもしないと、奴隷からは解放されないと……」
「あ、あんまりだにー……!」
ほぼ奴隷から解放されないことが決まった瞬間、膝から崩れ落ちるハスパエールちゃん。涙すらも通り越して死んだ魚のような眼になってしまった彼女に対して、とりあえず一言。
「強く生きるのよ……!」
「奴隷にした本人が言うなにー!!」
おっと怒られてしまった。まあ、これに関しては全面的に私が悪い。ハスパエールちゃんの軽はずみな発言がすべての原因かもしれないけれど、効果も知らないスキルを使った私の方が極悪だ。
どちらにせよ。
なってしまったからには仕方がない。
「とりあえず、〈輪廻士〉について教えてくれないかな?」
「だ、誰が教えるか――う”に”ゃ”に”ゃ”に”ゃ”に”ゃ”に”ゃ”!!!」
あ、こっちの要求を断っても電撃浴びるんだ。
うーん、これじゃあ下手な指示出せないなこれ。
……ん?
『ユニーククエスト【三下子猫と輪廻の旅】が始まりました』
輪廻、ということはやっぱりこの子との接触が、ユニークジョブ【輪廻士】のチュートリアルに関わるクエストの発生条件になっていたらしい。
ただ、果たしてこの展開をリリオン運営さんたちは予想していたのだろうか。クエスト名からはその答えは読み取れないけれども、あの暗黒の中にスキル獲得アイテムを配置していた運営である。
こんな展開を予想していた可能性だって考えられよう。もしくは――
「……クエストが現在進行形で作られてる?」
そんなバカな話があるか。ゲームというのは、製作者の意図に沿って様々なレールが敷かれていて、それらを辿ることによって楽しむ娯楽だ。プレイヤーの行動一つ一つがゲームの先の展開を奇想天外に変化させるシミュレーションゲームだって、用意されたレールが多いだけで限界はある。
だけど、それにしては。
ゲーム側が、私の奇行に対応でき過ぎてるような気がしなくもない。
まあ、でも。
もしも、このゲームがプレイヤーの行動に合わせて、様々なクエストをその場その場で作り、運営しているというのならば。
他人の敷かれたレールの上を走りたくないアマノジャクには、これ以上ない傑作だろう。
「うへへ……なら、私の行動にどこまでこのゲームは耐えることができるのかな」
このゲームの限界を試す。そんな好奇心をワクワクと迸らせながら、私のリリオンは始まるのだった――
☆ハスパエールが仲間(奴隷)になった!
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