第3話 私こそが天下に轟くアマノジャク


 復興の最前線にして、プレイヤーたちが訪れる最初の町『港町ファストリクス』。


 東には草原、北には山岳、西には森林で、南には海が広がるこの町から、リリオンの世界はスタートする。


 とりあえず、私は中世ヨーロッパのような異国情緒ある石畳の都市を抜けて、まっすぐとリィン様のチュートリアルに示された教会を目指した。


 ついでに、道中で街並みを見て回る。


 やはり、前作のラスボス『案内人ギーク』の破壊跡が町のところどころに刻まれていて、今も修復、と言った様子だ。


 この復興を助けるのが、プレイヤーの役割だと聞くが……さて。


 ちなみに、NPCとプレイヤーの比率は見たところ半々といったところ。にしても、やはりNPCの動きがすごい。あまりにも自然に動く彼らは、プレイヤーを示すブローチが無ければ見分けがつかないほどだ。


 そんなNPCが、プレイヤーと何ら変わりない様子で人ごみの中を歩いている。ゲームはここまで進化したのかと思わざるを得ない。


 そして、プレイヤーたちもさっそくこの町になじんでいる。


 剣を持ってる人、木を運んでる人、空き瓶やら何やらを抱えている人、本を選んでいる人。この世界に来たばかりの彼らは、各々の役割を全うしようと町に溶け込んでいるのを見ると、ワクワクしてくる。


 これから私もこの町の、引いてはこの世界の一員になれる。そんな感じがするから。


 というわけで教会に到着!


 ゴシックな教会は周囲の街並みに溶け込んだ西洋仕様。とはいえ、その中身はリィンカーネーションシリーズ特有の宗教施設だ。


 創造神にしてすべての元凶たる流転の神『パンターリィ』を主神とした『流転教』を教え広めるための施設こそが、この教会なのである。


 ちなみに、歴代シリーズでも転職施設となっているため、シリーズファンからはおなじみの場所となっている。


 それと、配信当日と言うこともあってかやはり人でにぎわっていた。まあ、それもそうか。どんなルートを辿るとしても、ゲームを開始してからジョブに付くためにはこの教会に来ないといけないわけだし。


 私としても流石にジョブも装備してない状態で探索することも憚られたので、まっすぐと教会に来たからね。


「こんにちは」

「あ、こ、こんにちは!」


 教会を見て回っていると、シスターさんが話しかけてきた。


「こちらはジョブチェンジの案内となっていますが、ジョブを変更しますか?」

「は、はい!」


 しかしこちら、あまり対人に自信がない方で。働いていた会社もあまり人と話さない仕事だったこともあってか、昔よりも対人能力が下がっている気がする。


 そんなよわよわ対人スキルを発揮しつつ、シスターのスケベなボディラインが薄っすらと浮かび上がったシスター服……はっ!? 煩悩よ消えろ!! 


 ――えー、ごほん。


 これまた美人なシスターさんの案内に従って、ジョブクリスタルの前まで移動する。


「こちらがジョブクリスタルとなります。転職する際は、このジョブクリスタルの周囲20メートルの間で端末を使用してください」

「はい!」


 上ずった声で返答しつつ、端末を起動する私。相変わらずの石板にSFチックなホログラフィックモニターが表示されるという、なんともな光景にまたもやクスリと笑いながら、ジョブクリスタルの近場でのみ表示される『ジョブチェンジ』のアイコンをタップした。


「うわっ」


 と、ここで思わず声が出てしまう。


 何しろ、ジョブチェンジ画面に移るや否や、転職可能なジョブがずらりと画面いっぱいに並んだのだから。


 最初に選んだのが生産職ということもあってか、〈剣士〉や〈魔術師〉のような戦闘職はなく、すべてがすべて町の産業に関わる生産職。それがおよそ30種類以上表示されている。


 あ、一応ページを切り替えれば戦闘職の奴も見れる。まあ、そちらに鞍替えするつもりはまだないけど。


 とにかく今は生産職だ。


 【工房見習い】【木工見習い】【ガラス細工見習い】【紡績見習い】エトセトラエトセトラ――


 こうして文字に起こすのも億劫になる程の量が、かなりマニアックな生産品まで網羅した状態で、ずらりとリストには並んでいた。


 しかも、これらのレベルを上げると更なる上級ジョブが開放されると聞く。中には複数のジョブのレベルを上げることで解放される派生ジョブや、特定のクエストをこなすことで解放される限定ジョブ等々。


 リィン様から聞いていた以上に、この世界は奥が深い。


 これだけの量のジョブがあるとなると、一番初めのジョブを何にするかだけで数時間は迷うことになそうだ。


 そんなわけでうなりながらじっくりとジョブ一覧を見ていると、画面の端の方に一つだけ不思議なジョブがあった。不思議、というか仲間外れというか。


【輪廻士】


 なんだこれ?

 いや、本当に。


 なにこれ?


「えっと、し、シスターさん?」

「シスターのハロアです」

「あ、はい。ハロアさん。この【輪廻士】ってやつなんですけど……」

「申し訳ないのですが、教会ではジョブの説明はしていません。ジョブを変更した後に、それぞれの師の下に弟子入りすることをお勧めします」

「はあ、そうですか」


 ハロアさん含めた教会のシスターは、どうやらジョブチェンジまでの手引き係であって、チェンジ先のジョブの説明をしてくれるわけではないらしい。


 まあ、それもそうか。会社が倒産した後に行ったハロワの人も、別に詳しい説明してくれたわけじゃないし、そう言うのは実際にやってる人に聞く方が手っ取り早い。


 それと、今のハロアさんの話をゲーム的に翻訳すれば、おそらくジョブチェンジ後にジョブ関連のクエストが始まるのだろう。試しにヘルプでリィン様に訊いてみれば、その通りの答えが返って来た。


「ジョブ変更後は、生産職ならばジョブ指南のクエストが発生します。ギルドなどで、師匠を見つけることで素早くより早く成長することができるでしょう」


 とのこと。つまり、この【輪廻士】というものにもチュートリアル的なクエストがあるのだろう。


 そして、間違いなくこの【輪廻士】はユニークジョブだ。あの暗闇の中で習得したスキル〈輪廻〉が、このジョブの解放に関わっているのは火を見るよりも明らか。


 少なくとも、あんな変な行為を発売開始と同時にしている人間は流石に私だけなはず。つまり、今のところこのジョブは私だけが解放されている――取るしかない!


『【輪廻士】になりました』


 取った。


 そうしてジョブチェンジをした私は教会を後にする。


 とりあえずステータスオープン。



◆PL『ノット・シュガー』

―ジョブ:輪廻士(ユニークジョブ)

―プレイヤーレベル lv.1

―ジョブレベル lv.1

―ステータス

HP体力:4203

MP魔力:1203

SP持久力 :1000

STR筋力:44

DEX技術:122

AGI速度:34

END装甲:40

POW精神:70

LUK幸運:50

―スキル

〈輪廻〉

―ジョブスキル

〈天格〉〈開花〉

―装備

『始まりの狩人・一式』

 一式効果:END+10%


「うわっ、なにこれえぐ……」


 ジョブチェンジ後のステータスは、なんとすべてのステータスが三倍以上の伸びを見せていて、HPとMPに至っては十倍以上にまで膨れ上がっている。


 更には謎のジョブスキル〈天格〉〈開花〉なるものを二つも獲得した。


 これは一体何なのか。とりあえず使ってみよう。


「〈天格〉! 〈開花〉! 〈輪廻〉~~!!」


 と、スキルの名前を叫んでみるが、特に効果なし。白昼の往来で奇声を上げる奇妙な人間になることしかできない。


 うーん、やっぱり師匠とか頼った方がいいんだろうけど、果たしてこんなよくわからないジョブの師匠が、ギルドのような互助会に居るのだろうか。


 そんな時だった。


「せっかくのユニークジョブがもったいないにー」

「……?」


 多くの人が行き交うファストリクスの中心地。NPC、プレイヤーに関わらず、この町に生きる人々が、それぞれの目的をもってあくせくと走ったり歩いたりしているこの場所で、すれ違うように、こちらを値踏みするような声が聞こえてきた。


 バッと、後ろに振り返る。


 すると、怪しげな背中が人ごみの中に消えていくのが見えた。僅かに見えた姿は、シルクハットに腰まで下りたマントの旅人風衣装。そこからうかがえるシルエットはどこか女性的で、お尻にはとても可愛らしい群青色のしっぽがちょこんと生えている。


 そのしっぽには、チリンとささやかで明瞭な音の成る鈴が付いていた。その鈴が、私を誘う。


「……クエスト、だよね」


 明らかなユニーククエストの香り漂う演出に強張る私。おそらくはあの背中についていくことがクエスト発生条件なんだろうけど……うん。こう、王道というか、なんというか。


 罠、というよりも。やっぱり、誰かの意図を感じてしまう。いやいや、使い方もわからないようなジョブスキルを塩漬けするぐらいなら、罠だろうと何かを知る人に師事を仰ぐのが適切なんだろうけど。


 私の好奇心が叫んでるんだ。


 それは面白くないって。


 おそらくこれは、誰も遭遇したことがないであろうイベントだけど、用意された道筋をただただ邁進するのを私のゲーマー魂が許さない。


 追いかけるか、無視するか。


 いや、それも違う。その二択を選択することが制作者の思惑なのだとするならば、無視をするのもつまらない。


 粗探しってわけじゃないけどさ。

 このゲームは、開始前から奇行を取った私の期待に応えてくれたんだ。


 なら、どこまでの奇行に対応してくれるのか、少し気になるじゃん?


 だから、三択目。


「ね、猫耳美少女だぁあああ!!!!」

「「「なんだってぇええええ!!!」」」


 無視はしない。かといって追いかけもしない。扇動する。この場にいる、ケモ耳スキーを。


 あのしっぽはおそらくリィンカーネーションシリーズおなじみのケモ耳種族ことベスティア族だ。そして、日本人のみならずあらゆる人間はケモ耳が好き。ケモ耳isジャスティス。ケモ耳は言語の壁を超える。


 先ほどから大通りの景色を見ている限り、このファストリクスにベスティア族はいない。それもそのはず、ベスティア族はティファー大陸が誇る大樹イグドラシル(『案内人』に燃やされた)の麓にある大森林にしかいない種族だ。


 そして、立地を見る限りファストリクスはティファー大陸の端の方にある場所……つまり、この地ではベスティア族は希少なのである!


「どこだ、どこにいる!」

「おぉぉおおお!!! まさかこんなに早くベスティア族に会えるだなんて……」

「あ、あっちにそれっぽいしっぽを見つけたぞ!!!」

「にゃ、にゃに!? にゃにが起きてるにー!!」


 そして始まる混乱と暴動。人通りが激しい場所ということもあってか、あちらこちらからベスティア族の所在を確かめる声が轟いた。


 同時にどこからかさっき私に話しかけてきたものと同じ声が、動揺を露にした様子でびっくりしていた。


 うーん……にしても、なんだかやりすぎてしまった気がしなくもない。あちらこちらから怒号のような声が聞こえてくるし、NPCが怯えたように逃げていくし、何なら喧嘩しているような声も聞こえてくる。


 こういうのどっかで見たことあるぞ。ほら、なんかパニック映画とかでもみくちゃになってる感じの……


「うにゃにゃ~!? どうしてわちしのことがバレたのにゃ! なんでなのにゃ~!!!」


 あ、なんか見覚えのあるフードが慌ててこっちに走って来てる。ちょうどいいや――


「捕まえた♡」

「うにゃぁ!?」


 追いかけるか無視するかの二択に突如として降って湧いた第三の選択肢。


 あちらから来てもらう。


 ここまで見事にはまるとは思わなかったけれども、あちらから来てくれるのなら歓迎しよう。ガシッと、こっちに走って来たシルクハットのベスティア族の女性を抱きしめるように捕まえて、私は笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る