第2話 チュートリアルと美女天使
変な像を拾い〈輪廻〉なる謎のスキルをゲーム開始前に手に入れてしまった私は、とりあえずそろそろゲームに戻ろうかなと暗黒空間の探索を止めて、光を目指して歩き出した。
ちなみに、例の像はいつの間にか手元から消えてしまったけれど、ダイブ型のゲームではよくあることだ。
「……光のところまで来たけど……さて、どうなるのかな」
暗闇の中に浮かぶ神々しい亀裂。そこから漏れ出る光の一歩手前まで来た私。これからいったいどんなことが起こるのだろうか。そんなワクワクを胸に秘めて、暗闇に浮かぶ亀裂に私は手をかけた。
すると、どこまでも広がる暗黒空間から一転して草木溢れる草原へと周囲の景色が変化する。
しかも、変化の際の演出は神ゲーのそれ。ふわりとした春風が吹いたかと思えば、雪の中の花が芽吹くように光から暗黒の中に緑が広がっていったのだ。
そして緑が広がると同時に、空には澄み渡る海のような蒼穹が姿を現し、その中心に一人の天使が舞い降りる――
「ようこそリ・リィンカーネーションオンラインの世界へ!」
「リィン様!?」
舞い降りた天使は、リィンカーネーションシリーズおなじみの天使リィン。彼女は、各シリーズに置いて主人公を導く女神からの使者として登場する大人気キャラクターだ。
全身を白く包んだ天使チックなコスチュームに、女性らしいダイナミックでボリューム満点なプロポーションは、ゲーム内キャラクターのみならず、多くの男性ファンの心を射止めた。
時には戦いで疲れた体を癒し、時には死んでしまった主人公を復活させる――その姿から、彼女のファンたちは自らをゾンビと呼び、いつでもリィン様に癒してもらえるように備えているのだとかなんだとか。
そして今、その神々しいお姿にリアル社会に疲れ切った私が癒されている――こ、ここが天国か……!!
手を合わせなければ……!! 神の御成りであるぞ……!!(彼女は天使である)
「私はゲーム案内AIのリィンです。基本的なチュートリアルはもちろん、対話も可能ですのでご自由に質問していただいても構いません」
「何でも質問していいんですか!?」
「はい、何でもいいですよ。ただ、答えられるものにしか応えられませんのであしからず」
すげぇ……最新技術すげぇ……。AI対話技術は私の高校時代にも確立されていたが、ここまで滑らかに応答できるなんて最近のゲームはすげぇ……。
しかも、表情から動作に至るまですべてが自然。ゲーム特有のモーションのループが感じられないほど、リィン様は今、私の前に生きていた。
なので、とりあえず一つ目の質問をば。
「スリーサイズは?」
「ふふふっ、天使にも秘密はあるんですよ」
「愛想笑い頂きましたァああああ!!」
ぐっと拳を構えてガッツポーズ。澄み渡る青空に向けてその喜びを叫んだ。
動作の一つ一つに気品があってお美しい。ぜ、是非ともその……巨大なそれを揉みしだきたいものですなァ……。
「ち、ちなみに……さ、触れたりは……」
「触ったら罰金ですよ?」
「お決まりのセリフ頂きましたァ!!」
余談だが、初代リィンカーネーションではリィン様に二回触れると一生働いても返せないほどの借金を背負い地下労働ENDを辿ることになる。
まさかチュートリアルで借金ENDになることないだろうけど、シリーズファンとして溢れ出る欲望を抑え、弁えておくとしよう。イエスリィン様ノータッチの法則だ。触らぬ天使に祟りなしだ。
「それではまず、アバターの設定からお願いしますね」
「はぁい!」
リィン様の母性溢れるボイスに魅了されながら、一先ず私はキャラクリを始めた――
――私は、ゲームの世界で自分の分身となるキャラクターの作成には時間をかけるタイプだ。しかも、オンラインゲームともなれば何千時間と同じ時を共にすることになる相棒。力を入れざるを得ない。
とはいえ、歴代リィンカーネーションシリーズをプレイしていたこともあってか、過去作でお気に入りのキャラクリでアバターを設定したことも加わって、30分ぐらいでキャラクリは終わった。
私にしては短い方だ。かなり。
うん。短い方だよ?
いつもなら二時間ぐらいかけてるし。
「わぁ、お可愛いですね~!」
「ほ、ほわぁ……リリ、リィン様に褒められた……」
「褒めてほしいのならばいくらでも褒めて差し上げますよ。私はいつでもあなたの味方ですから」
「ひょえ~……」
やめてくれリィン様。女とはいえ私みたいなクソオタクにその攻撃は致命傷なんだ。ガハッ(吐血)
吐血と鼻血……ツーアウトってところか。
精神を制御してダメージを抑えた私は、改めて自分のキャラクターを、鏡に映して確認する。なお、鏡はリィン様が用意してくれた。
「……いい感じ、かな?」
鏡の中にいるのは、黒い髪の淑女。肩下まで伸ばした黒曜石のような艶のある黒髪に、アクセントの髪飾りを添える。服装は何パターンかあった初期装備の中から、比較的軽装なパンツルックスタイルを選択。生足魅惑のショートパンツ。動きやすさ重視である。
というかこのゲーム、動きにくい服はちゃんと動きにくくて妙にリアルなのだ。なのでちょっと露出は激しめ。
ふふふ……三十路間近がこんな足とかヘソとか露出したアバターでプレイとか、ちょっと心に来るものがあるな。いいもん! ゲームで可愛い格好しても犯罪じゃないし!
「それでは大まかなチュートリアルを開始します」
「はぁい!」
キャラクタークリエイトも終わったところで、チュートリアルは始まった。
「このリ・リィンカーネーションの世界では、貴方は一人の住人となって生活を送ってもらうMMORPGとなっております。前作までのリィンカーネーション-マグナ-を軸とし、シリーズを踏襲した広大なフィールドがプレイヤーの皆様を魅力的なリィンカーネーションの世界観へといざなってくれることでしょう」
事前に調べておいた内容では、リリオンは
未だ『案内人』との対決の傷跡が残るティファー大陸の大地を復興の最中であり、プレイヤーたちはこの復興を手助けするために集まった異邦人、と言うのが大まかな導入らしい。
なので、リィンカーネーションシリーズはもちろんのこと、RCMのヘヴィーユーザーからしてみれば、思い出のゲームの世界を好き放題に探索し開拓できる垂涎もののゲームとのことだ。
「この世界では、プレイヤーの皆様には大きく分けて二つの役割のどちらかを担ってもらうことになります」
「戦闘職と生産職の二つ、でしたっけ?」
「はい、その通りです。よく知っていますね」
「へへ……しっかり調べましたんでね……」
おっと危ない危ない。危うくキモオタになりかけていた。
「戦闘職は、未だ残る『
どこからともなく取り出した剣を、リィン様が草原に突き立てる。
「生産職は、『
続けて、リィン様はハンマーを取り出して地面に突き立てた。
「改めて訊きましょう。あなたは、この世界でどのように生きるのですか?」
訊ねられる。
私がこの世界でどう生きるのか。
「私は――」
リィン様の前に突き立てられたハンマーと剣。その二つの中から私は、ハンマーを取った。
「生産職で」
「了解しました」
私が選んだのは生産職。
なんせ、MMOの戦闘職は高校時代に骨の髄まで遊び散らかしたからね。
それに、若い時ならまだしも、長いブランクがある今となっては、アクションよりもクリエイトの方が性に合っている気がする。早い動きに対応できる気がしないとか、決してそんな理由ではない。
「それではあなたのステータスを発行します」
私の選択と共に手に持っていたハンマーは霧となって消え、代わりに私の手元にはスマートフォンのような石板が収まっていた。
リィンカーネーションシリーズに共通する、旧世界で使われていたとされる道具の総称だ。
「それがメニュー端末――
「あ、ほんとだ」
おお、すごい。
「それでは、端末のボタンを押してください」
「はいはいっと……わっ!」
今度は端末の横に着いたボタンを押す。すると、落下傘付きの打ち上げ花火のように、ホログラフィックの板が次々と私の前に飛び出してきた。
た、確かにこれはシュールな光景だ。
驚きつつも、リィン様がいる手前、冷静を装う私は、出てきた表示を流し見しつつ、右上に付いている×ボタンを押してホログラフィックを消す。
そうしてすべての通知を消したところで、改めて新しいホログラフィックが現れた。
「こちらが、貴方のステータスとなっております」
◆PL『ノット・シュガー』
―ジョブ:生産職(仮)
―プレイヤーレベル lv.1
―ジョブレベル lv.1
―ステータス
HP:212
MP:120
SP :320
―スキル
〈輪廻〉
―装備
『始まりの狩人・一式』
そこに表示されたいのは私の現在ステータス。それを見ながら、リィン様の話を聞く。
「生産職は基本的に戦闘能力が低く、HPやSTR、AGI、ENDのような直接戦闘に関わるステータスが成長し辛い傾向にあります。代わりに、スキル発動に必要なSPや制作に関わるDEXなどに高い補正があります」
なるほどなるほど。聞いた通り銃後に相応しいステータス構成だ。となると、素材は基本的に戦闘職の人に依頼するのが、生産職のスタイルになるんだろうか。
ああ、でも。戦う時だけ戦闘職になるって手もあるな。
「ただ、こちらはあくまでも生産職のベースステータス。ここから、町の教会で転職してもらうのですが、どのような職に就くかでもステータスは大きく変動します」
「というと?」
「木こりならSTR、猟師ならAGIなど、生産職によって各ステータスに補正がかかり、また使えるスキルも異なります」
そこは普通のMMOとおんなじ感じなんだ。もしかして、生産職のまま戦えたりするジョブもあるのかな?
「そして……所有する『ユニークスキル』や、遭遇した『ユニーククエスト』によっては、特殊なジョブが開放されるかもしれません。……例えば、シュガーさんの持つスキルのような」
「えぇ!?」
え、まさか〈輪廻〉のスキルを持ってると特別なジョブに付けるとか……すごいワクワクしてきた!
……ん、まてよ? でも、AIとはいえここで指摘されるということはもしかして、このスキルは光に背いて暗黒に突き進んだプレイヤー限定で渡されるユニークスキルってことなの? え、運営さん、あんな奇行を想定してたってこと?
……今更ながら、すごいゲームに当たっちまったみてぇだぜぇ……!!
「ほかにも様々なシステムがありますが、詳細のチュートリアルは
「あ、はい」
「それと、何かありましたら
「いつでも電話していいんですかぁ!?」
「はい、私の役目はあなたをサポートすることですから」
いつでもリィン様のお声を聞けることに興奮しつつも、ゲーム開始時のチュートリアルは終わってしまう。
「あなたはこの世界の復興を助けるために来た異邦人です。胸に付いたブローチがその証。『案内人』との戦いによって疲弊したティファーの大地の助けとなってくれることを、心より祈っております」
恭しくリィン様がお辞儀をした。
それから、私に道を譲るように一歩引いて、彼女は平野の先を手で示す。
「それでは、広大な世界の冒険が貴方様の来訪を心待ちにしております。何をするのもあなたの自由ですが……まずは、この大草原の先にある町、『港町ファストリクス』への移動をお勧めいたします」
「はぁい!」
「それでは、リィンカーネーションの導きの先でまた会いましょう」
『リィンカーネーションの導きの先』
そのセリフは、リィンカーネーションシリーズの根幹にある一つのテーマ。輪廻転生を超える物語を表した一言だ。
ふふふ、マグナの続編と言うことは、例の転生システムがあるはず。ならば、それに直接触れるのは生産職の特権だ。
ともあれ、確かめる方が先だ。
この草原の先に何が待ち受けているのか。高鳴る胸の鼓動の赴くままに、『港町ファストリクス』を目指して私は歩き出した。
もう戻れないとも知らずに。
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