気になっていたからこそ

「うい~お疲れ~」

「うっす~」

「疲れたわ」


 朝に色々とあったが、流石に昼にまでなれば忘れるとはいかずともどんな風に優愛と接するかの対策は出来た……まあ、いつも通り……気にしていないように振舞うだけだが。


「……ふぅ」


 額から流れ出る汗を拭う。

 今日の体育は体力作りの一環でもあるマラソンで、各々自由なペースでマラソンコースを走った。

 五月の中頃ということでまだまだ暑い時期は遠いが、それでも走り続けていれば体は熱を持ち、それを逃がすために大量の汗を掻く。


「にしても、やっぱ定期的に運動はするべきかぁ」

「だなぁ……俺ら全員帰宅部だし、今度一緒にジムにでも行ってみるか」


 そりゃ良いなと、真の言葉に提案に頷く。

 俺も涼介も真もみんな帰宅部で運動不足……運動をする機会があってもこんな風に体育の時間だけだ。

 部活でもしてりゃ違ったんだろうけど、二年の今になってやる部活動もないしなぁ。


(そう考えると優愛も部活をしてないのにあのプロポーションか……)


 同性さえ羨むと聞く優愛の抜群のスタイル……朝に見た、彼女の肌色が脳裏を埋め尽くしていくことに俺は顔を赤くし、涼介たちに勘付かれまいとそっぽを向いて誤魔化す。


「後はもう休憩時間だし……なあ明人」

「うん?」

「妹ちゃんとはどうなんだぁ?」

「……………」


 ガシッと肩に手を置かれ、そのままその場に座らせられた。

 ニヤリと笑う二人は俺からそれを聞き出すまで離さないと言わんばかりで……まあ確かに、一年生の中でも抜きんでて美人とされる優愛が家族になったことは、この二人にとっても良いゴシップ材料なんだろう。


「どうって……普通に仲は良いさ。登下校するくらいだし、お前らだって分かってんだろ」

「そりゃそうだけどさぁ……まあでも、そっかそっか」

「何かありゃ、気軽に相談してくれよ」

「おう」


 なんだよ……結局面倒そうな絡みに見えて気に掛けてくれてるだけじゃないか。

 俺と彼らは……普通の友達にしては仲はかなり良い方だろう。

 去年は誰かの家に集まったりするだけじゃなく、急遽泊まることにしたりしてゲームをしまくったりとか色々あった……少なくとも優愛と過ごす以外の時間は彼らと、そして田井中や宍道がそこに混じるということも多かったかな。


「ちなみに明人」

「うん?」

「明人と妹ちゃんめっちゃ仲良いじゃん? 恋人とかって……もしかしてそこまで行ってたりする?」

「ば、馬鹿野郎。行ってるわけねえだろうが」


 俺と優愛が恋人……?

 突然の言葉に心臓が飛び跳ねそうになったが、流石にそれはない……なんて力強く否定するのは寂しい気もするし、あんな可愛い子が彼女になってくれたらそりゃ楽しい日々の連続だと思う。

 でも……そもそも自分に彼女が出来るってこと自体があまり想像出来ないことなんだよなぁ。


「彼女が出来るってどんな気持ちなんだろうなぁ……」

「うちのクラスとか、隣のクラスにもカップルそこそこ居るけどみんな楽しそうだよな」


 だなぁ……登下校はもちろん、よく一緒に居て会話してて……さりげないボディタッチがあったかと思えば、二人して互いの良い所を言ったりして惚気て……後はバレンタインの時期になればチョコを渡して、ホワイトデーがくればチョコのお返しをして……うん?


「どうした?」

「あぁいや……カップルが登下校一緒に居たりとか、チョコを渡されたりとかさりげないボディタッチとか……俺と優愛がしてることと大して変わらないなって思った」

「……そうだよ変わんないんだよお前と妹ちゃんは!」


 涼介がバシバシと背中を叩いてくる。

 走ったばかりなのに元気なことだ……その後は、日陰でのんびりと時間が来るまで過ごす。

 しばらくすれば汗は乾いたものの、体操服はこれでもかと汗を吸い込んでいるせいでひんやりと濡れている。


「よし、終わったな」

「戻ろうぜ」


 授業終了のチャイムが鳴り、俺たちは教室へと戻るのだった。

 だが……ここ最近の俺と優愛を繋ぐ運命はあまりにも強固というか、少しでも彼女のことを考えたり喋ったりしたらどうしてだろう……必ずと言っていいほどにバッタリと遭遇するようになった。


「あ……」


 下駄箱で靴を履き替えてすぐ、体操服に着替えた一年生とすれ違う。

 俺たちと入れ違いで次は彼ら一年生が体育らしい……一年生ということは、その中にはもちろん優愛が居るということである。


「あ! 兄さん!」


 俺を見つけた優愛は、そのままニコッと微笑みながら近付く。

 優愛の友人たちはまた始まったよと言わんばかりに苦笑し、涼介たちも面白そうに見つめてくる……気に入らなそうな表情をしているのは、主に優愛のクラスの男子ってところか。


「これからそっちも体育か?」

「はい……って、兄さん大分汗が服に染み込んでます?」

「そりゃマラソンしてたからなぁ」

「ふ~ん……」


 優愛はチラチラと辺りを見回す。

 少しばかり目立っていた俺たち……主に優愛だが、教室に戻らないといけない俺たちと体育に遅れまいと動く一年たち……おかげで残っているのは優愛の友人たちと涼介たちだ。


「……えい!」

「っ!」


 ぴょんと、俺の元へジャンプするように優愛は距離を詰めた。

 胸元に思いっきり顔を埋めるようにしながら、すうはあと息を吸い込む感覚が服を通して体に伝わってくる。


「お、おい!」

「……ふぅ! 兄さんの汗の匂い、もらいましたぁ♪」


 汗の匂いなんて嗅いでも臭いだけだろう!?

 ついそう言いたくなったが、優愛はそのまま満面の笑みを浮かべたまま走って行ってしまい、残された俺は唖然とするだけだ。


「お前ら……本当に何も無いの?」

「アレは完全にそういう空気じゃね?」

「……………」


 優愛は……あぁもう! なんでまたそういうさぁ……っ!

 結局、あんな優愛の行動のせいで朝のことを濃密に思い出してしまい、それからの授業にあまり集中出来なかった。

 そして、放課後になって優愛と合流する時も変わらずだ。


「ごめん兄さん、ちょっとお手洗い行ってくるね」


 これから帰ろうか、そんな時に優愛はトイレに向かった。

 ここまで優愛と一緒に歩いていた彼女の友人に鞄を渡したので、戻ってくるまでその子と一緒に居ることに。

 ちなみにこの子は優愛と中学時代からの友人であり、俺も彼女のことは知っていた。


「私じゃなくて先輩に預ければ良かったと思うんですけど……」

「そりゃ確かに……」


 なんでそうしなかったんだろうと俺たちは笑った。


「優愛と兄妹になったんですね。世の中、何があるか分かりませんね」

「本当にな」

「……でも優愛、凄く楽しそうです。まあ中学の頃からあれだけ先輩に懐いていたのだから当然ですけど」

「思えば君とも優愛を通して何度か話をしたっけか」

「そうですね」


 彼女は……石田さんは昔を思い出すかのように目を閉じる。


「優愛は……あの子は特定の男性と仲良くすることはなかったです。だからこそ先輩が隣に立つのを見る度に変わったなって、他の友達とも似たようなことをずっと話してたんですよ?」

「……それはちょい恥ずかしいというかなんというか」

「優愛に聞けば、先輩はどんなことでも親身になって相談に乗ってくれたりしたって言うじゃないですか? ただでさえナンパの件があって優愛が気になる人だったのが、そんな風に頼れる姿を見せてくれたらあの子が絶大な信頼を寄せても変じゃないですよ」


 ちょっと評価が高い気もするが……背中がムズムズする感覚を我慢しながら俺は耳を傾け続けた。


「優愛には大人の男性に頼れる時間も少なかった……もしかしたらそれもあるのかもしれないですね」

「お父さんが……か」

「はい」


 なるほど……確かにそう考えたらあり得る気もするな。

 中学の頃、何でも話してくれるというか……頼られることが嬉しくなかったわけじゃない……この子が頼ってくれるのであれば、俺も何かしてあげたいって気持ちがあったのも確かなんだ。

 出会いは決して良いものじゃなかったけど、ここまで仲良くなれたからこそ大事にしたい繋がりだと思っていたから。


「ただいまで~す……って、なんだかしんみりした空気?」

「おかえり優愛、ちょっと先輩とぐんずほぐれつな会話をしてた」

「ぐ、ぐんずほぐれつ!? どどどどどどどういうことととととと!?」

「おぉ落ち着けぇ優愛!」


 その後、どういうことだと問い詰めてくる優愛とのやり取りを石田さんはずっと楽しそうに見つめていた。

 いやいや! 原因は君の発言なんだが!?


「どういうことなんですか兄さん!!」

「誤解のあるようなことは何もしてない!!」

「浮気はダメですよ兄さん!」

「浮気って、そもそも俺らは付き合ってない!!」

「……楽しい光景だね~」


 石田さんに対し、何とかしてくれと俺の情けない悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。

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