崩れ去る平穏

「……ふぅ」

「あん? 随分とお疲れじゃないか」

「涼介か……おはよう」

「おはよう。んで、何があったんだ?」


 週明けの月曜日。

 ちょっとばかし一人になりたかったというか、気持ちを整理したかったので早起きして今日は学校に来たんだが……。


「……大分騒がしくなったなぁ」


 気付けばもう、教室の中はクラスメイトで沢山だ。

 そして目の前に立つのは友人の一人である浅間涼介――中学からの知り合いで、もちろんその頃から優愛のことも彼は知っている。


「……ふぃ~」

「おいおい、マジでどうしたんだよ」


 どうしたもこうしたもあるかよ……。

 優愛が土曜日に来て……そこからその夜、そして日曜日も当然のように一緒に居て……新しい母親でもある母さんを交えて多くのことを話した。

 そしてその間、優愛は一切俺から離れなかった。

 常に俺の腕を抱くようにしながら、豊満な弾力を押し付けて……そんな時間がずっと続いてたから本当に疲れた。


『優愛がそこまで信頼を置く明人君だものね。私としても、眺めているだけで幸せだわ』


 母さんから信頼はとにかく厚かったので、妹に体を押し付けられて照れるような表情さえも見せたくなかった……まあ仮に見られたとしても、母さんのことだからそれさえも楽しそうに笑ってそうだが。


「えっとだな……あ~」


 優愛が妹になったことは、普段から良く話をする友人たちには教えても良いか。


「話しにくいことか?」

「いや、優愛が妹になった。父さんの再婚相手があいつのお母さんでさ」

「……えっと、凄く驚きだけど聞いて良かった話?」

「言い触らしたりしないし、されるのも勘弁だけど友達には自分から伝えても良いかなって」

「そうか……ってマジかよ」

「マジなんだ」


 そりゃ驚くよなって感じの顔を涼介はしている。

 涼介は辺りをチラチラと見回しながら、そっと俺の耳元に顔を近付けて言葉を続けた。


「取り敢えず黙っておこうとは思うけど、名字とか一緒になるのならすぐに分かっちゃうよな?」

「まあな。たぶん朝礼の時とか、先生から名字が変わることに関して説明がされるんじゃない?」


 何だかんだ名字が変わったくらいで話題には……あぁいや、でも初めてだから分からないな。


「姫岡の奴……ってこっちが慣れねえわ。優愛ちゃんは……本人が良いって言ったら呼ばせてもらおうかな。それまでは姫岡にするわ」

「あいよ」

「何か動きがあるかねぇ……あの子が入学してから一月経ったけど、相変わらず同級生や先輩からの熱烈な視線は続いてるじゃん」

「あぁ……」


 この会話から分かるように、優愛は本当にモテる。

 中学時代もそうだったし、何より俺が卒業してからの一年間は同級生の誘いがクッソ面倒だと愚痴を零しまくってたし。


『先輩が居ないせいですぅ!』

『俺かよ……』

『先輩が居たら男子は近付いてこないですもん!』


 そんなやり取りもあったなと思い出す。


「おはよう二人とも」


 男二人が顔を近付けて話しているのが珍しかったのか、これまた聞き覚えのある声の持ち主が近付いてきた。

 眼鏡を掛け、キランとおでこを見せている女子。

 彼女は田井中たいなか美沙みさと言って、このクラスの委員長であり友人だ。


「おっす田井中」

「おはよう」

「何の話をしていたの?」


 その言葉に、つい涼介と顔を見合わせる。

 まあ相手が田井中なら良いかと思い、涼介に話したことと同じ内容を伝えた。

 彼女も含めて俺に近しい間柄の人は優愛とのことも知ってるし、全然大丈夫かなと思う。


「そう……姫岡さんが妹にね」

「田井中よぉ、俺もそうだけどそっちも呼び方には慣れねえとだぞ?」

「あ、そうね確かに……」


 悪を許さない正義一筋、正にそんな感じの真面目な性格をしている田井中だけど、優愛が妹になったと言った時の唖然とした顔はちょっと面白かった。


「これから俺の妹として接するというか、たぶん顔を合わせる瞬間は増えると思うけどよろしく頼む」

「それはもちろんよ。あ、後何か困ったことがあれば言いなさいな」

「困ったこと?」

「入学してからまだ一月なのに凄い人気ぶりなのよ? その子の兄になったのなら仲を取り持ってくれとかありそうじゃない?」

「あ~……」

「それもあるのか!」


 そんなことをわざわざ言ってくるか?

 なんて思ったけど、中学時代に優愛と仲が良いということで必要以上にどういう関係か聞いてきたり、想像するような仲じゃないって言ったら連絡先とか教えてくれるように頼んでほしいとかあったわ……。


「中学時代、仲が良いからって優愛に関して色々聞かれたな……」

「それ、たぶん結構増えるんじゃない? このクラスとか、隣のクラスでも結構可愛い子の話題で上がるみたいだし」

「……やっぱ人気なんだな」

「そりゃそうでしょ。あんな可愛い子、そうそう見ないわよ?」


 やはり女子の目から見ても優愛は相当な美少女らしい。

 そのことに今は若干の誇らしさというか、元々分かっていたからこそなのかもしれないけどそう思う。


「みっちゃ~ん! おっは~!」

「わああああっ!?」


 話に夢中になっていた俺たちだけど、今度はふんわりとした甘い声音が響き……それは田井中の背中に抱き着いた。


「おはようみんなぁ」


 俺たちは、おはようと口々に挨拶を返す。

 この雰囲気や見た目、喋り方からも柔らかさを感じさせるのは宍道ししどう明菜あきなと言って、彼女もまた仲の良いクラスメイトだ。

 そして何より田井中と同じ中学出身ということで、とてつもなく田井中に懐いている子だ。


「おっはようさ~ん!」


 そしてまた一人、大きな声を上げて教室に入ってきた男子。

 彼は一直線にこちら側へ駆け寄ってきたが、この流れから察するに彼もまた友人である。


「おはよう真」

「うい~おはよう!」


 彼は本村もとむらまこと、俺たちの中でも特にムードメーカーのような存在だ。

 俺を含めてこの五人は結構一緒に居ることも多く、俺としても同級生で一番話すのは彼らになる。


「ねえねえ、みっちゃんたちは何を話してたの~?」

「お、なんだなんだ! 何かあったのか?」


 その流れで、真と宍道にも優愛のことを話した。

 二人とも物凄く驚いていたけれど、基本的に陽気で騒がしい彼らなのに静かになっていたのは、それだけこちらのことを考えてくれているのも分かるので嬉しくなる。


「じゃあ~、これから会うこと増えるなら優愛ちゃんって呼んで良いか聞かないとねぇ!」


 是非、そうしてくれと俺は笑った。

 さて、こうして優愛が妹になったことを友人たちだけだが俺の口から伝えたわけだけど、ちょっと考えすぎな気もしている。

 確かに優愛は人気者だけど、妹になって何かが変わるわけが……この時の俺はそう簡単に考えていたんだ。



 ▼▽



 学校で何かあってもらっても困るが、無事に放課後を迎えた。


(そういや……放課後はどうすんだろうな)


 考えるのは優愛のことだ。

 朝は一緒に登校して……その時は放課後のことなんて何一つ話をしていなかった。

 後少しで下駄箱と言ったところで、見覚えのある後ろ姿を見た。

 それはもちろん優愛……彼女は何かに気付くように足を止め、ゆっくりと振り向いてこちらを見た。


「あ……」

「お、姫岡……じゃなくて妹じゃん」

「こっち向かってくるぞ」


 振り向いた優愛は、そのままこちらに向かってくる。

 そして……。


「お兄ちゃん!」


 ギュッと、両手を広げて抱き着いてきた。

 しっかりと背中に腕を回すほどの用意周到さで、土日にずっと感じていたあの驚異的な膨らみが押し当てられる。


「えへへ~」

「優愛……? 一応学校だからね?」

「良いじゃないですかぁ。ただでさえこの一カ月は我慢してたんですし、それに兄妹なんですから気にすることはありませんよ!」

「……………」


 周りには下駄箱に向かおうとしている多数の生徒。

 俺はそのいくつもの視線が集まるのを感じ、額に手を当てて大きくため息を吐くのだった。

 とはいえ優愛が抱き着いてきたのは数秒ほどだった。

 その後、離れた優愛は涼介たちに目を向けてこう言った。


「連絡するつもりだったんですけど、放課後デートしましょう!」


 もちろん、この声も凄くデカかった。

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