新しい家族
新しい家族が出来るという報告には大いに驚いた。
しかもその家族になるのが顔見知りである後輩とそのお母さんだと言うのだから、世間は狭いと思ったし人生何があるか分からないものだ。
「……ふぅ」
家に帰ってすぐ、リビングで乾いた喉を潤した。
結局、優愛との話以降はすぐに別れて父さんと一緒に帰ってきたわけだが、何故か家に帰ってすぐにグッと抱き寄せられた。
「父さん?」
「明人ぉ……本当にありがとうなぁ」
感極まったように涙を流す父さんだが、俺は何となく想像が付く。
というのも別れ際に思い切って眞白さんのことを母さんと、俺はそう呼んだんだ。
これは優愛とも示し合わせたもので、俺がそう口にした時の父さんと眞白さんの反応は凄かった……なんというか、目を開きすぎて目玉が落ちるんじゃないかと思ったほどだ。
『……よろしくお願いしますお父さん』
そしてその後に、優愛も父さんのことをそう呼んだ。
俺たち二人が互いに相手の親を受け入れた……そう思ってくれたのか、眞白さんに関してはしばらく泣き止まなかったからな。
「分かってると思うけど父さん? 眞白さんを……母さんを幸せにするんだぞ絶対に」
「分かってるさ……約束する」
よし、それなら良いと俺は頷いた。
「……色々と迷いはしたんだ。母さんを……茜のことはもちろん忘れるつもりはないが、それでもまた歩き出したいと思ってな」
「良いんじゃない? 母さんのことだし、私の分まで幸せにしてあげてって言うに決まってる」
「そうか……」
「あぁ後は、泣かせたりしたら枕元に立って呪ってやるとか?」
「うぐっ……それは怖いな。茜のことだから睨み付けるだけで俺を殺してしまいそうだ」
父さんの中で母さんはどうなってんだよ。
本当に俺は不満なんてない……父さんが眞白さんと一緒になることで、これから先を楽しいと思ってくれるなら息子として嬉しいんだからさ。
「それより俺の方が大変だけどなぁ……だって今までずっと後輩だった子がいきなり妹なんだから」
「だが随分と仲が良いんだろう? お前がトイレに行ってる時、普通の兄妹よりも距離が近いだろうが気にしないでって言いに来たくらいだ」
「それを優愛が?」
「そうだぞ。俺も眞白も、それに関しては仲が良くて良いなと思ったし何も心配がないと確信した」
「……そうなんだ」
俺が居ない間にそんなことを……まあでも、距離が近い遠いはともかく優愛もそういう風に思ってくれるのなら俺たち家族は安泰だろう。
その後、父さんは風呂に行き俺は仏壇に座った。
「……しばらくしたら騒がしくなるよ母さん」
『頑張りなさい明人』
……ふと、母さんの声が聞こえたような気がした。
そのことに頬が緩むのを感じつつ、優愛と眞白さん……母さんが来たらすぐに馴染めるように頑張ろうと俺は誓うのだった。
▼▽
そして、早くも二人が引っ越す日がやってきた。
何だかんだ俺も優愛も結構気にしていたらしく、学校で授業を受けている間もと新生活のことばかり気にしていたようだ。
「……よしっ、これでお終いっと」
「ありがとうございますお兄ちゃん」
「おう」
家の中で使われていなかった部屋が幾つかあるが、その一つが俺の部屋の隣だったのでそこを優愛が使うことになった。
むしろここしか嫌だと駄々を捏ねるような様子に眞白さん……母さんは呆れていたものの、優愛が望むならと部屋の用意を全力で手伝った。
「明人君、それから優愛もケーキをどうかしら?」
「あ、良いんですか?」
16時……ちょうど小腹が空いてきた頃だしありがたくもらおう。
「それなら私とお兄ちゃんの分を取りに行きますね~」
「え? あぁそういう……ふふっ、分かったわ」
「では取ってきますね~!」
「えっと……うん」
ぽつんと、部屋に残されたわけだが優愛はすぐに戻ってきた。
どうせなら父さんと母さんも交えて一緒に食べればよかったのに、そう言ったら優愛はこれで良いんですと言って隣に腰を下ろした。
「これで正真正銘……家族になっちゃいましたね?」
「……そうだな」
ボソッと呟かれた言葉に頷く。
渡されたチョコケーキをパクリと口に含みながら、部屋の用意が大変だったことを思い出すと同時に、これからは本当に兄と妹になったんだなと実感が増してくる。
「先輩がお兄ちゃんかぁ……」
「嫌なのか?」
「まさかまさか! 嫌だなんて絶対にないですよぉ……何というか、本当に運命を感じてるだけです」
「運命ねぇ……うん?」
パクパクとケーキを食べていると、ジッと優愛が手元を見てくる。
どうしたんだろうと思いながら手を動かすと、彼女は手の行き先を追うように見てくるので……どうやらこのチョコケーキがご所望らしい。
「……はい」
「あむっ♪」
差し出してすぐ、大きく口を開けて優愛は食べた。
そして、そんな俺にお返しをするように彼女が食べていたショートケーキを差し出してきた。
「どうぞお兄ちゃん?」
「お、おう……」
間接キスとか気にしないのか……?
ニコッと微笑む優愛に圧を感じながら顔を近付け、美味しそうなショートケーキを頂いた。
これがまだ他人であるなら少々遠慮したけど、妹なら良いかと思い整頓を終えた部屋を眺める。
「女の子って感じの部屋だな」
「以前の部屋から少し変わってますけど、大分同じですね」
「ふ~ん」
「一応、あのクローゼットの中にブラとかパンツとかありますが」
「それを言ってどうなるんだ……?」
なんでそんなニヤニヤしながらそんなことが言えるんだこいつは。
(……そういやそうだった)
元々優愛は相手を揶揄うのが好きというか、女性が恥ずかしがりそうなことも平気で揶揄いのネタにしてくる性格だ……流石に限度はあるけど家族になる以上はこれに耐性を持たないといけないのか……頑張ろ。
「さっき、お仏壇でお兄ちゃんのお母さん……茜さんの写真を見たんですけど」
「うん」
「凄く綺麗な方でしたね」
「だろ?」
「わっ、凄く誇らしげ」
そりゃ誇らしいと思うに決まってるだろう?
得意げな俺の表情にウザそうな仕草は一切せず、クスッと笑った優愛はそっと肩に寄り掛かってきた。
軽く感じる温もりと重み……まだ色々と慣れは必要だが、兄としてこれから俺が守っていくモノになるんだこれが。
「名字が変わりますのでクラス内では周知の事実になるとは思うんですけど、これからは登下校も一緒にしましょうねぇ?」
「それは良いんだけど……なんか言われね?」
「おやおや、お兄ちゃんともあろう人が周りの声を気にして妹と一緒に居てくれないと……っ!?」
およおよと嘘泣きをする優愛。
そんな彼女にため息を吐き、俺は観念するように手を上げた。
「わあったから! 可愛い妹の頼みだし、出来るだけ傍に言うことを聞いてやりますとも!」
「やりましたぁ~!」
ほんと、憎めない性格をしてるよこの妹は。
▼▽
(くふふ~! 言質は取りましたよお兄ちゃん!)
これは絶対に言ってないことにはさせないと、優愛はほくそ笑む。
まあこれは特に彼女の企みというわけではなく、純粋に明人との時間が増えることを喜んだのだ。
(お兄ちゃん……かぁ)
まさかあの明人が兄になるなんて……最近の優愛はずっとそればっかりを考えていた。
中学生の頃に知り合ってから今に至るまで、ずっと関係性が続く一つ上の男の子……間違いなく家族になったことを抜きにしても優愛がもっとも信頼し距離の近い男子と言える。
「……えへへっ」
「どうした?」
「何でもないですよ~」
何でもないと言いながら、何かあると言わんばかりにうりうりと優愛は頭を明人の肩に擦り付ける。
その様子は猫が主人に甘えるかのようなもので、まだ高校生活が始まったばかりの優愛にとってはクラスメイトの誰もが知らない姿。
(お兄ちゃんは……先輩は凄く優しいから……だから私は――)
元々は、助けてもらったことをきっかけに仲良くなっただけ。
優愛としてもただ一緒に過ごす時間が楽しかったからそうしていただけだったのに、それ以上の感情なんて少ししかなかったのに。
『母さんと約束したことがあってさ――困っている人を見つけたら可能な範囲で助ける……その言葉が俺の中で生きているだけだ。まあでも、今更だから言えるかな? たとえその言葉がなくても、姫岡のことは助けてあげたんじゃねえか?』
いや、やっぱりないかもと最後に言っていたのは余計だったが……。
けれど優愛にとってこれが全ての始まりだった――悲しそうな顔をしながらも、凛々しさと優しさを表情に浮かべてそう言ってくれた明人のことが、優愛はずっと忘れられないのだ。
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