お兄ちゃん

(……まさか、こんなことになるとはな)


 ある日突然、仲の良かった後輩の女の子が妹になる。

 これだけで一つのラノベが作れそうなくらいの出来事だが、それがまさか俺の身に起こるとは思わなかった。


「いやぁしかし、このような偶然があるんだなぁ!」


 そう言うのは俺の父、水無瀬みなせあきら


「ふふっ、そうね。本当に驚いたわ」


 父さんの言葉に頷き、クスッと微笑んだのは姫岡のお母さんである眞白ましろさんだ。


(流石姫岡のお母さんだわ……)


 眞白さんは、一言で表すなら姫岡にそっくりだ。

 長さは違うが髪の色であったり、顔立ちはもちろんスタイルの良さに至るまで……そして何より雰囲気のようなものが大人になった姫岡を彷彿とさせる。


「……………」

「……………」


 和やかなムードなのは父さんと眞白さんだけ……あぁ誤解がないように言うなら俺と姫岡の雰囲気が最悪というわけじゃない。

 ただ単に状況に頭が付いて行かず、それならと目の前の料理に手を伸ばしているだけに過ぎない。


「緊張……してるかしら?」

「え? あぁはい」


 眞白さんに問いかけられ、俺は頷く。

 しかし俺をジッと見てくる眞白さんに視線には、どこか不安のようなものが見られたので即座に言葉を続けた。


「その……決して不満だとかそういうことじゃないんです。もちろん驚きはあまりにも大きいですけど、普段学校で仲良くしている後輩が妹になるというのは中々ないことだと思いますので」


 そう、不満は一切ない……ただあまりにも驚きが大きいだけだ。

 流石の父さんも俺の言葉に苦笑いするくらいには、こちらの胸中は察してくれているようだしな。

 ふと、視線を感じて顔を上げると姫岡と目が合った。

 ジッと見つめてくる彼女は何か言いたげで……それを察知した俺は、すぐに立ち上がった。


「ちょっと席を外すよ」


 立ち上がった俺に続くように、姫岡も席を立った。

 そのまま父さんと眞白さんの二人に見送られ、俺たちは店の外へと出て近くのベンチに座る。


「ビックリ……しましたね」

「そうだなぁ」

「お母さんから再婚の話は聞いていました……先輩もそうですね?」

「あぁ」


 元々、父さんが再婚を考えていることは聞いていた。

 俺としては大切な誰かが出来たこともなければ、そんな大切な存在が居なくなったこともない……まあ母さんがそれに当たるけれど、母さんを愛していた父さんの悲しみはあまりにも大きかったはずだ。


「俺……眞白さんに悪いことしちゃったかな。本当に不満とかはないし反対する気もない……でももしかしたら不安にさせたかなって」

「それを言うなら私もですよ。緊張があったのは確かですけど、先輩のお父さんと上手く話が出来ませんでした」

「……お互い様だな?」

「そうですね……ふふっ」


 まあでも、お互いに突然だったからこれは仕方なかった。


「ちなみに眞白さんは、結構気にするタイプ?」

「お母さんは大丈夫だと思います……えっと、先輩のお父さんの方は大丈夫ですか?」

「それこそ大丈夫だよ……って、ここも同じかよ」

「あ……本当ですね!」


 クスッと互いに笑い合い、二人だからか緊張はいつの間にかなかった。


(そうか……姫岡と家族になるのか)


 家族になるということは、彼女は俺の妹になる。

 思えばそうだな……確かに姫岡にはドキドキさせられることも多かったけれど、年下ということで妹が居たらこんな風なのかなと思ったことも少なくはなかった。

 というかこいつ、あまりにも後輩ムーブが上手すぎる。


「姫岡は――」

「せんぱぁい?」

「な、なに?」


 なんだその甘ったるい喋り方は……。

 やけに色気を感じさせる流し目をされ、ギョッとした俺に彼女はグッと顔を近付けた。


「どうしてお母さんは名前なのに、私は名前じゃないんですかぁ?」

「……えっ?」

「そりゃまだ他人みたいなものですし、名字で被るのも分かります。実際に家族になればお母さんへの呼び方も変わると思います……でも!」

「お、落ち着けって!」


 後少しでキスでもしてしまいそうな距離を姫岡は分かってんのか!?

 これ以上の接近を許さないように肩に手を置いて制しているが、それでも姫岡の接近する力は中々弱くならない……だがそこで彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「まあでも、今回のことは私にとってプラスですねぇ……くふふっ!」

「何だよその顔は……」

「変な顔って言いたいんですか?」

「いや、姫岡の場合は変顔とかしても可愛いとは思うけどさ」

「っ……強敵……強敵ですよ先輩はぁ!!」


 可愛い……普通なら女子相手だと緊張する言葉でも、姫岡が相手だとあまりそういったことはない。

 同じクラスは、他のクラスの同級生の女性でもそこそこ話したりする相手は居るものの彼女たちにはそう言えないもんなぁ……というか、俺自身がそもそもそういう人間じゃない。


「……優愛?」

「っ!」


 早速名前で呼んでみたら彼女は大きく目を見開いた。

 そして――。


「はい! お兄ちゃん!」


 俺の名前呼びに対し、姫岡は……優愛は満面の笑みを浮かべてくれた。

 彼女の綺麗な瞳に映る俺もまた笑顔を浮かべており、一応は俺も優愛も兄妹になることを受け入れた……と思っても良いのかな?


「でもさ、お兄ちゃんは流石にあれじゃね?」

「幼すぎるとか?」

「うん」

「えぇ~! 私は全然お兄ちゃんで良いと思うんですけど!」


 えっと……お兄ちゃんは流石に恥ずかしいかなって思ったけど、これから妹になる優愛が呼びたいのであれば頷かないわけにもいかない。


「でもでも! これって凄くないですかぁ? 昔、ナンパされていた私を助けてくれた先輩が、こうしてお兄ちゃんになるって」

「あ~……」

「自分のことだから分かるんですけど、たぶん今初めて先輩に会ったらちょっとキツイ態度取ってたかもしれないですねぇ」

「それは怖いな」


 けれど、その言葉の意味することも何となく分かる。

 知り合ってから今まで見てきた優愛は、確かに愛想が良くて陽気な性格の人気者だ。

 でもあのナンパであったり、学校でもしつこい男子やちょっかいを掛けてくる女子を相手にした時の優愛は、ハッキリ言って鬼というかえげつない性格に変貌する。


「相手にもっともダメージを与える方法はぁ、可愛い笑顔で心を抉る言葉だと思うんですよねぇ。まあ流石に初対面の人に悪口とかはないですけど、あまり話しかけないでくださいくらいのテンプレはあったかも?」

「もしそれがあったら泣いてたかもな」


 これから同じ家族になるというのに、そんな言葉を言われたら気まずいなんてもんじゃないし、父さんたちにも盛大に気を遣わせてしまう。

 ……まあ、その程度だとなんだこいつとはならないだろうが。


「でも……先輩が相手ならきっと、すぐに心を開いたかと思いますね。お母さんも言ってたでしょ? 私、先輩のこと結構話してたんです」

「あぁ……うん」

「確かにあのナンパから助けてもらったのが始まりですけど、それ以外のことでも仲良くなれる要素は沢山でした!」

「その出会いがなかったらそもそも絡みはなかっただろうけど」

「それは言っちゃダメです!」


 ……よしっ!

 この調子なら何も心配は要らなそうだな……後は少しずつ時間を掛けて眞白さんを母さんって呼ぶところから始めよう。


「ちなみに優愛」

「何ですか?」

「眞白さんのこと……母さんって呼んでも大丈夫かな」

「……あははっ! そんなの大丈夫に決まってますって!」


 バシバシと背中を叩いてくる優愛。

 それなら大丈夫かとまた笑った後、そろそろ戻るかと言って俺たちは立ち上がった。


「……あの!」

「うん?」

「先輩……お兄ちゃん? 幾久しくよろしくお願いします!」


 幾久しくはちょっと意味が違うんじゃないか……?

 それでも笑顔の彼女に対し、指摘するのも野暮かと思い何も言わなかった。


(母さん、俺に妹が出来たよ)


 これからどんな日々になるだろうか……まあ一つだけ分かること、それは間違いなく今までにないほどに賑やかになるってことだ。


「……………」


 でも……いくら仲が良い相手とはいえ、流石に緊張する。

 兄貴として、一人の男として何も間違いがないように……それこそ優愛が嫌だと思わないように頑張らないと!

 俺はそう強く、自分に気合を入れるのだった。

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