仲の良すぎる後輩が義妹になって外堀が埋められていく件

みょん

仲の良すぎる後輩

 それは、俺が中学三年生の頃だった。

 学校の無い休日を友達と過ごしていた時、偶然に街中で大人に詰め寄られる女の子を見つけた。

 その子は俺の通う中学の後輩で、一つ下の二年生の子だった。


「うわっ、大の大人がナンパかよ……」

「つうかあれ……姫岡じゃないか?」


 友人が言うように、その子は大人からナンパされていた。

 俺は当時、その子と関りはなかったけど見た目や名前で、あぁあの子かと分かるくらいには知っていた。

 中学二年の女の子としてはあまりに大人びている見た目や、多くの友達に好かれる陽気な性格と……まああれだ――彼女は所謂、人気者の女子というやつだ。


「流石だな姫岡は。あんな大人からもナンパされんのか」

「中学生なのに大人からナンパって嫌じゃね……?」


 その言葉には大いに頷いた。

 まあ彼女は大層モテるだろうし、ああやって言い寄られることにも慣れているかもしれない。

 現に姫岡は全く笑顔ではないが、大人相手に堂々としている。


「あれがモテる女の余裕って奴か?」

「ジッと見てないでさっさと行こうぜ」

「あぁ」


 いくらあんな光景だろうと、俺たちには特に興味がない。

 今までも、そしてこれからも絡みなんてない……そう思ったからこそその場から離れようとしたが、顔を真っ赤にした男性が姫岡の腕を掴んだ。

 流石の行動に周りが騒がしくなり、堂々としていた姫岡も腕から感じる力強さに表情を歪ませ、必死に離れようとしていた。


「……二人とも悪い。ちょっと行ってくる」


 この時の俺は、反射的に体が動いていた。

 誰に弁明するでもないが、目立ちたいわけでも良い恰好を見せたいわけでも、あの子に良い印象を与えたいわけでもなかった……ただ純粋に後輩を助けたいと思っただけだ。


明人あきと、あなたはとても優しい子よ。いつもお母さんを助けてくれる優しい自慢の息子……だからもしも、困っている人が居たら助けてあげなさい。もちろん全部じゃないわよ? あなたの無理のない範囲で、あなたが助けたいと思ったらそうしてあげなさい』


 思い出したのは亡くなった母さんの言葉だった。

 家族であり、体の弱かった母さんに優しかったのは当たり前……でも、母さんにそんなことを言われたら困っている人を見捨てられない。

 どんな風に思われても、お節介だと言われても。

 ただ、正直者が馬鹿を見るというか……善意で助けてもそれ以上の悪意が返ってくる可能性もあるので、俺も馬鹿正直に全てを助けるわけではないんだがな。


(亡くなった母さんに恥ずかしくない俺で在れるように)


 母さんの言葉は間違いなく俺の中で生き続けているが、これは別に俺を縛る物ではない。

 この言葉はただ、いつも俺に勇気をくれる言葉ってだけだ。


「いい加減にしてくださいってば!」

「良いから早く来い! せっかく人が声を掛けてやったのに!」


 近付いていくとそんな会話が聞こえた。

 どうやら男性の一方的な物のようで、これなら他人が割って入っても大義名分はあるはずだ。

 俺は即座に姫岡と男性を離れさせ、交番に指を向けながら言った。


「あまりに堂々としてますけど、これ以上騒いだら警察来ますよ?」

「……ちっ」


 その堂々とした勇気はもっと別のことに使ってほしいものだが。

 見るからに不機嫌そうな様子で舌打ちをし、男性は背を向けて足早に去っていく。


「女に夢中になると交番の存在さえ見えなくなるのかねぇ……あんな大人にはなりたくないもんだ」

「……………」

「余計なお世話だったかもしれないけど、放っておけなかったからさ」

「あ……いえ、そんなことありません。ありがとうございます」


 ……素直にお礼を言われたことに驚いたのは、流石に失礼だったかも。

 よくよく考えたら彼女は別に性格が悪いとかの噂があるわけでもないのに、少しだけ決め付けていた節があるかもしれない。


「じゃ、俺はこれで」


 ヒラヒラと手を振って、俺はそのまま彼女の元から去った。

 友人たちの元へ戻ると流石じゃないかと言われたが、じゃあお前らも来てくれよと言ってやった。


「……?」


 視線を感じて振り向くと、まだ彼女はそこに居た。

 ジッと見つめてくる彼女が不思議で、俺もつい足を止めてジッと見つめてしまう……ただ、彼女に対して何かを思うこともなかったので、俺は最後にもう一度手を振って別れたのだ。

 いくらこのようなやり取りがあったとて、そもそも学年が違うだけで話をする機会や顔を合わせる機会も大きく減っていく……だから俺と彼女には何もなく、それはずっと変わらないってそう思っていたんだ。


「せんぱ~い! 今日も一緒に帰りましょうよ~!」

「今日も……!?」

「お前……やっぱり姫岡と!」

「ちが~う!!」


 あのやり取りから大分経って俺も高校二年、そして彼女は高校一年。

 それが今や、こうなっていましたとさ……。



 ▼▽



「お友達との時間、もしかして邪魔しちゃいました?」

「あぁうん……いや、そうでもないよ」

「ちょっと! 今普通にうんって言いましたよね!?」


 心底不満そうに、隣で一人の女の子が頬を膨らませる。

 肩に掛かる程度の綺麗な亜麻色の髪、幼い顔立ちながらも時折見せる大人の表情にドキッとさせられることも多い。

 そして、何より不意に視線を向けてしまうほどの大きな膨らみや、スカートから覗く太ももなど目に毒だ。


(……あれから色々あってこんなに会話するようになるとはなぁ)


「先輩?」


 コテンと、可愛く首を傾げる彼女は姫岡優愛ゆあ

 中学時代にナンパ騒ぎで顔を覚えられ、それからも事あるごとに一緒に過ごす機会のあった後輩の子だ。

 ジッと見つめてくる彼女に、俺は苦笑しながらこう言った。


「中学の頃は俺が一方的に名前と顔を知ってるだけだったのに、なんでこうなったのかなってさ」

「あ~……その、自分が普通より目立ってることは自覚ありましたけど」

「モテモテだったもんな?」

「嬉しくないですってばぁ!」


 ぷんぷんと、今更流行らないような仕草を姫岡はした。

 まあモテモテなのは高校生になってからも変わらずだけど、それでもまさかこうして一緒の高校にまで通うことになるとは思わなかった。


「今だってそうだ。俺なんかと一緒に居て姫岡は楽しいか?」

「楽しいですよ? というか楽しくない人と一緒に居たいと思うわけないじゃないですか」

「それは……そうだな」

「私の記憶が正しければこのやり取り、もう何回目か分からないくらいなんですけど?」


 そりゃあ……だって仕方なくないか?

 いい加減にこのままというわけにもいかず、俺たちは歩き出す……すると顔の前で指を立てた姫岡は言葉を続けた。


「先輩は相談とか、凄くこちらの目線に立って乗ってくれたりするしとにかく優しいんですよ。他の人と違うというか、まあ私だけじゃないんですけどあのご友人に対してもそうですよね」

「自分じゃよく分からないけどなぁ」


 それからも恥ずかしくなるようなことを口にする姫岡だったが、語気を強めて距離をグッと近付けた。


「というか先輩! いつまで姫岡って名字呼びなんです!? 優愛で良いって言ってるんですけど!」

「えっと……近いから姫岡!」

「もう! 優愛って呼んでくださいよ~!!」


 周りから生暖かい視線を向けられていたその時、チリンチリンとそれなりの速度で自転車が走ってくる。

 俺は即座に姫岡の腕を引いた……するとさっきよりも距離が近くなってしまい、頬が熱を持ってしまうがそれを忘れるように彼女の心配を優先するように努める。


「大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃい……」


 ……俺と同じで姫岡も照れてるっぽいしお互い様ってことにしとこう。

 ちなみに先ほどぶつかりそうになった自転車は、止まることもなければ謝罪の言葉もなかったので姫岡が大層キレた。


「……まあ、私も余所見してましたからもう言いません」

「偉いぞ姫岡」

「えへへ~」


 その後、軽く談笑を交えながら彼女と放課後を過ごした。

 ひょんなことから仲良くなった後輩との時間……間違いなく言えるのは決して面倒な時間などではなく、楽しい時間なのは確かだった。

 でもまさか……あんなことになるとは誰が思えただろうか。




~~数日後~~




「……え?」

「……え?」


 ポカンと見つめ合う俺と姫岡。

 そんな俺たちを更に見つめているのは、俺の父さんと姫岡のお母さんである。


「前から話していたが彼女と再婚することになってなぁ」

「あぁうん……それは聞いてたけど……えぇ?」

「せ、先輩……?」

「あら……もしかして彼が優愛の良く話していた子だったの?」


 前々から話をされていた再婚の話。

 名字だけは聞いていたけど、まさかそんな偶然があるとは誰も思わないじゃないか……。


「姫岡が……妹に?」

「先輩が……お兄ちゃんに?」


 ある日突然、後輩が義妹になった。

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