A bolt from the blue 〜出会いはいつも突然に〜

 昔話をしよう。


 これはある男の儚く短い人生。

 その一片。


 男は、裏の世界でトップへと登り詰めた。


 数十年以上、何人もの先代が到達することさえも出来なかった領域に彼はいた。


 彼は幼い頃から平和を願っていた。

 物心がつく前から両親は蒸発。

 まだ歩く事すらおぼつかない妹を背負いながら、争いの絶えないシティを変えようとずっと考えていた。


 きっかけは小学生の頃に出会った親友。


 社長子息なのに、そういった偉そうな素振りは見せず、常に淡々としていた少年。

 その親友の性格が彼は好きだった。


 だが親友の親の会社が倒産し、シティが戦禍に包まれる大きな原因を作ってしまう。

 父親らしき人物はテレビ放送で公開射殺。

 親友の消息は未だ不明。

 どこかのスラムで野垂れ死んだという噂も流れた。


 だが、そんなのはデマだ。

 いつか親友は帰ってくる。


 だから、彼の為にも戦禍を振り払って平和な世界を作ろうと考えた。

 親友が帰ってきた時にまた笑顔でいられるように。


 だが、彼には何もない。

 財産はもちろん、企業のコネもなければ権力もない。


 あるとすれば、唯一の肉親である妹のみ。

 たった一人の家族を守る為に日々を生きてきた。


 その最中だった。

 とある人間死神に裏の世界へと招かれたのは。


 エイト・バナー。

 その北西部にオリオン特区と呼ばれる場所がある。

 時は幾分か経ち、彼は地元の高校を卒業して、そのオリオン特区でアルバイトに勤しむようになった。

 アルバイトと言っても、コンビニのレジ打ちやスーパーでの棚卸しなどといった普通のものではない。


 シティの裏側で違法武器や合成麻薬の運び屋をしていたのだ。

「あぁ、待ってたんだ……」

 路地裏の中、待ち合わせ場所に現れたのは全身がタトゥーまみれの男だった。

 しかし、歯はボロボロ。顔は異常に引き攣っていて本当に人間なのかと疑う程。


 彼は黒いパーカーに目先が隠れる程に帽子を深く深く被っていた。

 側から見れば不審者同然だが、顔を見せずに取引を行うのが常套手段なのだ。


「ブツは持ってきた。けど……その前に金だ」

「分かってる……これだろ」

 震える手に握られているのは大量の札束。

 彼はそれが偽札ではない事を確認し、ポケットの中へと仕舞う。


「約束のものだ。受け取れ」

 代わりにポケットから小さなポリ袋に入った白い粉を男に渡す。

 やった、やったと子供ながらにはしゃぐ男。


 その姿を見て、嫌悪感が彼の胸中に広がっていた。


 目の前の男はポリ袋一個分の快楽のために出所の分からない大金を払っている。


 自己破綻を覚悟してまで、腐れきった衆愚を見下ろす事は、彼にとって一番みじめな瞬間だった。


 ふらつきながら遠くへと消えていく男の背中を眺めて慣れないタバコを吸う。


 胸の中に広がる罪悪感を煙でかき消そうとしても、ニコチンやタールのように肺にこびりついてしまう。


 警察がいくら腐敗しているとはいえ、この状況が警官に見つかって仕舞えば、即ブタ箱行き。

 たった一人の肉親である妹は、ひとりぼっちになってしまう。

 落ちるか落ちないか、ギリギリの綱の上を彼は渡っているところなのだ。


 口の中に広がった煙は苦く、喉を焼いてしまうかと思うほどに痛い。

「くそ、慣れないなコレ……」


 そう言って吸いかけのタバコを捨てて踏み潰す。

「未成年の喫煙に関しては、警察もとやかく言わなくなったが……若いうちにはやめておけ。早死にする」

 低い声が彼の後ろから聞こえる。


 警察か、あるいは探偵かが嗅ぎつけてきたのか。そうとなれば、おしまいだ。

 恐る恐る振り返ってみると、男が路地裏を塞いでいる。


 黒のレザーコート、黒のサングラスと、黒づくしのゲルマン系の男が立っていた。


「お前が、九洞蒼か」

「アンタは……?」

「俺は、ジョセフ。ジョセフ・ワーグナーだ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

destinight aggression 萎びたポテト @hajimetsukasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ