第五話 ぼくどうなるの?

「魔法研究センター、所長、研究部のシェイド」

「はい」


「今回のアルカナム事象対処について質問したいことがある」


 俺は今、MCC機構本部から審問を受けている。受け答えによっては、せっかく昇り詰めた所長の座が危うい。最悪研究部から放り出されるかもしれないな。心のなかで半分笑う。


「アルカナムコード:MCC‐062‐24、ライブラ、任務中に死亡。体を奪われる危険性を鑑み、死亡直前にライブラが何らかの魔法を発動。その後ツバサという名前の十四歳男性を名乗っている。これについては任務レポートを参照。アルカナムクラスは引き続き、ステディだったな」


「はい」


「それが魔力の大量放出を起こした。アルカナム事象だ。間違いないな?」

「はい、間違いありません」


「まず、ツバサと名乗るようになったMCC‐062‐24を、アルカナムクラス、ウィムジーに引き上げるべきではなかったか?」


 ……そこから突っ込まれるか。


「MCC‐062‐24の帰還後、クローズド・サークル000にて行動を観察しました。最初こそ戸惑う様子を見せていましたが、徐々にそれは無くなり、落ち着いた生活を送っていました。ツバサと名乗る男性は、我々研究員の指示にも素直に応じる態度をとっており、管理は容易でした。よって、私はステディと判断しました。詳細な行動ログはレポートに追記してあります」


 本部の人間はこめかみに親指を当て、机に肘をつく。わざとらしいほど威圧してくる。


「そうか。しかしアルカナム事象が発生した。我々はシェイドの、アルカナム事象についての対応に疑問を持っている」


 通常アルカナム事象が起きた場合、束縛儀式を行わなくてはならない。しかし、ライブラはMCC‐062のコピーだ。今回のケースは束縛儀式を行わず、コピーを廃棄するのが正解だ。俺は魔力放出の対処に努め、ツバサ君の首が締まるのを放置し、本部の対応に任せればよかったのだ。


 正解は知っていた。だが――。


「情でも抱いたかね?」


 情ね、とっくの昔に抱いているよ。MCC‐062……。ライブラ、ツバサ君……。

 気持ちを切り替えよう。本部が納得する回答を考えるか。


「私はMCC‐062‐24の廃棄を、MCC機構の損失につながると判断しました」


「ほう」


 当然食らいつくよな。おいしい、とてもおいしい餌が付いた、でかい釣り針だ。


「アルカナムコード:MCC‐062を有益に利用するために、様々な方法が行われてきました。持ち運びが容易な魔道具の開発、リファレンスという魔法技術の開発、そして20番台からはコピー、人造人間の作成。22、23は今でもMCC機構の活動に貢献しています」


「そうだな。それをMCC‐062‐24とどう繋げる?」


 どう繋げる、か。言い訳していることはバレているわけだ。本部はわかっていて俺に有益な情報を考えさせているな。本部にとっても、24を廃棄するのは避けたいのだろう。今回のアルカナム事象はちょっとした事故だった、そういうことにしたい。引き続き研究を重ね、MCC‐062を何としてでも利用し続けたい。そうだろう?


 俺の意見が本部の対応を左右する。ツバサ君の処遇が決まる。


「現在のMCC‐062‐24は、分析結果により膨大な魔力を引き出せることが判明しました。22、23では使用できない大規模な魔法を使用できる可能性が高いです。私はツバサという魂が影響していると推察します」


  *  *  *


「何が分析結果ですか! まだわからないことが多いのに。何が魂ですか! それこそ未知の領域ですよ! 宿題は終わらせたと嘘をついて遊びに行く子供じゃないんですから、僕たちを巻き込まないでください!!」


 助手のウェーブ君がキャンキャン吠えている。急ピッチで本部へレポートを出さなくてはいけないのだ。


「あははすごいな、ツバサ君は。見てくれ、本部のアルカナム対応課がこっそり提供してくれた魔力吸収量のデータだ。俺も魔力量だったら誰にも負けない自信があるが、これには敵わないなあ。あはは」


「シェイドしょちょおー!!!」


 もう何日寝ていないか覚えていない。三日目あたりから数えることをやめた。人って何日も寝ないと気が狂ってくるんだなあ。

 MCC‐062へリファレンス。ツバサ君を助けるときに使った気付け魔法を使う。最高、すごく効く。


「所長、今リファレンス使いましたね? 何の魔法を使ったんです?」

「ああ、なんかカッとなる魔法」


「……精神麻薬系統じゃないですよね? そのリファレンスという魔法、僕らも使えたらいいのに」

「魔力使用量が大きめだからね」


「大きめというか、使い果たして動けなくなりますよ、普通は。そうだ、そのカッとなる魔法、僕にもかけてください。昨日寝てないんです」

「いいよ、はい」


 気付け魔法をかけた瞬間、ウェーブ君は倒れてしまった。

「ウェーブ君!?」


 抱きかかえ確認する。気絶? いや、すやすや寝ている。後日魔法の感想を聞いてみるか。俺はウェーブ君をソファーへ運んだ。


  *  *  *


 ぼくは、質問と検査を繰り返す日々を送っていた。


 シェイドさん、大丈夫かな。あれからずっと会えていない。周りも慌ただしいし、フローラさんとの勉強会も中止になった。


 鏡を見る。いけない、髪がボサボサだ。今までライブラに体を返すんだと思って、ていねいに扱ってきた。でもその必要はなくなったし、髪を短く切ってもらおうかな。正直服も変えたい。レースがあしらわれた綺麗なシャツに、ヒラヒラなスカート。ライブラにとても似合うけど、ぼく男の子だし。下着は、仕方がないか。体は女の子だし。


 ノックの音が聞こえたのでドアを開ける。いつもの人がごはんを持ってきてくれた。

「今日の献立は、アジラ肉とボーロウの煮物、マミルスープ、デザートはラン、飲み物はヨラです。」

 またマミルスープか。お味噌汁みたいなものかな。それよりも……。


「あ、あの」

「何でしょうか?」


 クマがすごい。目がくもっている。しかも見開いていてすごい怖い。


「あ、いえ何でもありません……」

「そうですか、何かありましたら言ってくださいね」

「わ、わかりました」


 職員の人みんなこんな感じだ。やっぱりあの騒ぎのせいだよね……。


 ごはんを食べ終え、お風呂に入る。

 ライブラの体を改めて見た。これからこの体でライブラの代わりに生きる、そう誓ったはいいけど……。


「これから、ぼくどうなるの?」


 口までお湯につかり、ぶくぶくと音を立てた。

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