第四話 あのときのことを思い出したよ

「わあああああ!!」

 アラート音とともに、ツバサ君の悲鳴が聞こえて来た。


「シェイド所長!」

「わかっている。今向かう」


 この魔力、ライブラMCC‐062‐24のものか。ツバサ君が魔法を使用したのか? いや、この無秩序な流れは放出しているだけか。とにかく状況確認をしなくては。急いで部屋へ向かい扉を開ける。


「ツバサ君! どうした、何があった!」

 ツバサ君はベッドの上で、もがき苦しんでいる。尋常じゃない魔力が噴き出している。


「所長!」

「近づくな、こんな膨大な魔力、当てられたら気絶するぞ」


 MCC‐062へリファレンス。瞬時に対処魔法を発動。自身の魔力を盾に変換しツバサ君へ近づく。


「ツバサ君、聞こえるか? ツバサ君」

 名前を呼ぶが返事はない。悲鳴が止んだ代わりに自身で首を締め、よだれを垂らしている。


 扉の外で待機している研究員に指示を出す。

「クローズド・サークル000より、MCC‐062‐24によるアルカナム事象発生、魔力の大量放出を確認。本部に救援を要請しろ!」

「了解!」


 さて、どうするか。


 部屋の様子を見る。特に変化はない。変化。ベッドの上に本が何冊か置かれている。フローラが持ち込んだ本だ。もちろん内容は把握している。子供なら知っているであろう一般常識の話だ。これが原因かわからない。が、直近であった変化と言えば、この教育についてだろう。


 物理的な原因ではなさそうか。


 何がきっかけでこうなったのか。数日前のやりとりを思い出す。

『ぼくは、ぼくは、生きたくない。ライブラに返して元通りにしたい……』


 これはツバサ君の意志なのか? いや、これではライブラの体が死んでしまう。ではライブラの意志なのか? 任務レポートを読んだ限り、自死の可能性はないだろう。


 だめだ。今このMCC‐062‐24がどんな状態にあるのか分析中なのに、答えが出るはずがない。


 まずいな、ツバサ君の状態がだんだん悪くなっていく。首を絞めたまま動かなくなった。

 もうこの個体はだめか。任務から五体満足で帰還しただけ幸運だったか……。


「……くそっ、アルカナムに情を抱くなんて、研究員失格だな」

 本部からの救援はまだか。盾を張っているのでツバサ君に直接触れられない。どうする。ライブラMCC‐062‐24の魔力構成は、俺に似せるようかけ合わせてある。少なからず耐性があるはずだ。一か八か。


 ……ツバサ君もライブラも死なせない。


 盾を取っ払う。大量の魔力を浴び、体が硬直する。

「ぐっ!」


 MCC‐062へリファレンス。やはり気付け薬程度の魔法しかないか。無いよりマシだ。魔法を発動する。


 首を絞めている手を離そうとするが離れない。なんて力だ。二種類の魔法を同時にかけ続けるのは至難の業だ。ゆっくりゆっくり、自分へ気付けの魔法をかけつつ、ツバサ君へ回復魔法をかける。少しずつだか手が緩んできた。


「そうだ、その調子だ。ツバサ君、ライブラ、帰ってきなさい」


  *  *  *


 お父さん、お母さん――。

 ぼくは暗いところで小さくうずくまっていた。息苦しい。遠くから声が聞こえてくる。


「なん……聖魔騎士団がいる……よ!」

「……イブラ! ライブラしっかりし……」


 ――うまく聞き取れない。聖魔騎士団。ライブラ。


「聖クロルトリア……が関わって……のか?」


 ――聖クロルトリア。


「わか……。情報が少な……。……容態は?」

「……、回復……効かない!」

「……を知られた」


 ――何かを知られた。


「……ラ! どういうこと? ……だなんて誰に……れたの!?」

「おそらく、ライブラ……の首か……を盗んだ魔術師……」


 ――何かを盗んだ魔術師。


「……ブラリー? ライブラじゃな……か。……おそらく閲覧制限……てる情報だな」

「私はライ……リーのコピー。コ……とはいえ、私は膨大な……書を持っている。頭と……られるのは危険。魔術師にやられる……はいかない」

「ライ……」

「……レンスの制限を解い……」

「何を……つもり?」


「禁術の魔法を使う。外部から魂を呼び肉体に定着させる。私が死ぬ前に早く」


 ――最後だけうまく聞き取れた。


 いや違う。これは記憶だ。誰かの記憶だ。上手く思い出せない。思い出せない? 自分の記憶じゃないのに。思い出すだなんて。


 そうだ。これは、この記憶は――。


 ぼくになる前の、ライブラの記憶だ。


  *  *  *


 不意に両手を引っ張られた。息が楽になる。周りが騒がしい。誰かが手を握ってくれている。あのとき握ってくれていた、あたたかい手。


「……お父さん?」


「あー、すまないね。俺はツバサ君のお父さんじゃない」

 目を開けるとそこにはシェイドさんがいた。


「あっ、あっ」

 すごい恥ずかしい。小さいころ女性の看護師さんに、お母さんと呼んでしまったことを思い出した。


「うう、頭が痛い……」

「すまない。今は雑な回復魔法しかかけられなくて」

 シェイドさんの顔を見る。真っ青な顔をしていた。


「シ、シェイドさんの方こそ大丈夫ですか!? それにこの騒ぎは?」

「ああ、俺は大丈夫だよ。騒ぎの方はしばらく続くだろうけど……。それより君とライブラが無事でよかった」


 ライブラ、ライブラ……。


「……ぼく、あのときのことを思い出したんです」

「あのときのこと?」


「転生したときのこと。ライブラは死んで、死んだぼくは、この体に転生したんです」


 ぼくになる前の、ライブラの記憶はうまく思い出せない。それでもわかる。この、やりたいことがいっぱいあるのに、それができなくなる苦しい気持ち。同じだ。ぼくと同じ気持ちだ。


 もういない。ライブラはもういない。


「うう、ぐ、ぐずっ」

 泣くのをこらえようとするができない。

 シェイドさんが体を引き寄せ背中をさすってくれた。


「わああ、ひっく、ひっぐ、わああっ!!」


 ぼくは、ぼくは生きるんだ。彼女の代わりに、この世界で生きるんだ。

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