#3 あるお嬢様と(元)執事、執事が消えたので自由に過ごす。<前編>
——プルルルル
雲一つなく空の晴れたある朝。お嬢様のスマホに一本の電話がかかってきた。
その画面に表示された文字は、『天羽』。
「え?朝から電話かけてどうしたんだろ――もしもし」
『おはようございます、
「…もうお嬢様呼びでいいから」
『あ、はい』
「で、何の用よ」
『それが、本日わたくしの中学時代の同窓会メンバーから急に集まりのお誘いが来まして、少し外出することになったのでお伝えしようと』
「あら別にあなたはただの居候なんだからお伝えしなくたっていいのよ」
『さ、さようでございましたか。しかしながら、わたくしが呼ばれたということは
「じゃあ
『承知いたしました』
「てか、ケガは大丈夫なわけ?」
『食事メインだと思いますので大丈夫かと。ご心配ありがとうございます』
「別に心配なんてしてないわよ。わかったから行ってらっしゃい」
――ぷつっ
骨の一本でも折ってくればいいのよ、と思ってから、でもそうすると屋敷に居候する期間が延びちゃうから嫌ね、と思い直したお嬢様であった。
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「おかえりなさいませ、絢音お嬢様……と、佐都紀お嬢様」
大学から二人仲良く帰ってきたお嬢様達に、唯一残った使用人・緑埜が礼をする。
「もう一人いるわよ」
「ん?」
なぜかドヤ顔をしながら言うお嬢様。
すると、佐都紀の背後から、ひょこっと新顔が。
「あ、はじめまして。本日志磨さんがいらっしゃらないということで代打でお手伝いに参りました、メイドの
そう言ってペコっとお辞儀したのは、なんだか元気そうな小柄なメイドだった。
「・・・(代打というより代理じゃないのかなぁ)」
「・・・(代打だと野球っぽいわね)」
「・・・(特に野球ファンというわけではないはずなんだけどなぁ)」
「・・・(まあそんなこともあるわよね)」
「・・・(たまたまだよね)」
なぜか黙ったままでも話が通じるお嬢様達。
「初めまして、緑埜です。一応執事扱いになってます」
黙りこくっているお嬢様達には運よく(?)気付かなかった緑埜は、にこにこしながらちょっとよくわからない自己紹介。
「あ、一応なんですか」
「ちょっと訳を話すと長くなるので」
「あ、はい。じゃあとりあえず私のことは鳩ちゃんって呼んでください」
「鳩ポッポーになっちゃう・・・・」
いきなりあだ名呼びを要求してきたメイドに、ふと昔屋敷の庭で鳩を追いかけていた
時のことを思い出してよくわからないつぶやきを漏らしてしまう佐都紀なのだった。
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お嬢様の屋敷の、お嬢様の自室にて。
「ねえ、佐都紀」
「ほい」
「なんかさ、今日いないじゃん」
「天羽さんと志磨が?」
「うん」
「ちょっとさ、部屋侵入してみない?」
「いやバリバリ不法侵入」
「うちの敷地内ではある」
「ものはいいよう」
「緑埜に言ったらたぶん止められちゃうからこっそりさ…」
「完全にワルの顔をしてるけど」
にやにやとドヤ顔の間くらいの表情でささやいてくるお嬢様に、真顔でつっこむ(?)佐都紀。
「まあ…ちょっとやってみたい気もするねぇ」
「あ、ついに佐都紀もワル顔になった」
「じゃあ鳩ちゃんに言ってみるか」
「平気なのそれ」
「のってくると思うけど」
そういうなりスマホを取り出し電話をかけ始める佐都紀。
「もしもしー」
『お嬢様。どうされましたか』
「あのねー、絶対ほかの人には言わないでほしいんだけどー」
『はい』
「絢音がねー、今日いない二人の部屋に侵入してみない?って言いだして、まあ面白そーだなーと思ったわけなんだけど」
『いいですねやりましょう』
「さすが鳩ちゃん…」
佐都紀が電話を切ってから、お嬢様が口を開く。
「なんて?」
「いいですねやりましょうって秒速百万キロくらいのスピードで返ってきました」
「それは無理よ」
「というわけでレッツラゴー」
「いや私より乗り気じゃん」
「あとでうちの屋敷行って志磨の部屋もはしごね」
「はしごってなんか違う気がするんだけど」
「まあまあまあまあ」
そんなこんなで、悠々と天羽の部屋へ侵入しにいくお嬢様達なのであった。
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「お嬢様ー」
「あ、鳩ちゃん」
お嬢様達が天羽の部屋へ向かっている途中で、たたたたっと走り寄ってくる足音が。
「緑埜さんについては絶対ついてこないでくださいねついてきたらどうなるか分かってますよねって念を押しておいたのでたぶん大丈夫です」
「ありがとうこれで安心して侵入できるよ」
「いや二人ともにっこにこで犯罪者のセリフ言ってて怖いのよ」
なぜか言い出しっぺよりも佐都紀とメイド――鳩ちゃん――のほうが乗り気なのであった。
「まあとりま行く?」
「そだね」
「いきましょう」
——がちゃっ
「「・・・・(やっぱな)」」
「お嬢様がた?」
目の前に広がる光景に真顔で頷きあうお嬢様達の横で、メイドが声をかける。
「いや、あまりに思い通り過ぎて」
「逆につまらん」
「はあ」
まあ言うまでもなく本棚がそびえたっているわけである。
「でも見て」
お嬢様は部屋の真ん中あたりで立ち止まって床を指さす。
「私が部屋突撃した時に慌てて紅茶こぼしたときのシミの残骸らしきものが床に」
「なつかし」
今度は壁を指さす。
「志磨さんが投げ飛ばしたペンチが刺さった痕跡も」
「なつかし」
そして机の上。
「びしょ濡れになったサイン本一応取っておいてある」
「よれてる」
そしてそばの引き出し。
「なんか引き出しの片隅に原稿用紙が」
「作家の卵」
そしてその隣の引き出し。
「こっちになぜかポ〇カが」
「多趣味だ」
——ネタの分からないメイドが、ただ一人後ろに佇んでいた。
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一通り天羽の部屋を見終わった
「絢音お嬢様、佐都紀お嬢様、一体何をなさっていたんですか?」
二人分の紅茶を持ってやってきた緑埜は、うっすらと笑みを浮かべて座っている二人のお嬢様達に向かって言った。
「「別に」」
「いや何してたんだろな⁉」
「まあまあ緑埜さん、落ち着いてください」
「いや鳩倉さんまでニヤニヤしてる⁉」
二人そろってはぐらかすお嬢様達に動揺した緑埜は、横にいたメイドまで怪しげな笑みを浮かべていることに気付いてさらに動揺した。
「ま、まあいいです。——では、お紅茶置いておきますので」
「「ありがとう」」
「シンクロするの怖いなァ…」
最後までモヤモヤさせられたまま、緑埜は紅茶を乗せてきたお盆をもって立ち去って行った。
「・・・さて」
「・・・ふう」
緑埜が立ち去った後、どうにか自分たちの悪事(?)を知られずに済んだことで、二人のお嬢様は安堵のため息をついた。
そして、緑埜が持ってきた紅茶を手に取り、一口それをすすった時、メイドがふと口を開いた。
「ところで——」
「お嬢様がた、はぐらかし方がド下手でございましたね」
——ぶっ
急な毒舌発言に、お嬢様達は二人仲良く紅茶を吹き出した。
「あぁぁ」
「うぉお」
「鳩ちゃん毒舌キャラだったのね・・・」
「ああ、天羽がいなくてよかった・・・」
「なんで?」
「女たらし執事と毒舌メイドが一緒にいることになるのよ」
「うお、キャラ濃すぎて吐く」
「でしょ…」
新たなるキャラが
☞後編へ続く——
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