#2 あるお嬢様と(元)執事、再びお花見をする。

初春の暖かな日差しの中、二人のお嬢様が肩を並べて歩いていた。



「ねえねえ、そういえばさぁ」


どこかで手に入れてきたらしいふがしを齧りながら、佐都紀さつきがお嬢様に話しかけた。


「なに?」


話しかけられたお嬢様は、お嬢様大学の構内にあったス〇バで買ってきたらしいキャラメルマキアートを一口飲んでから聞き返した。


「今年ももう桜が咲き始めたらしいよ」

「ふーん、早いね。もうそんな時期k—―げほげほ」


何気なく返答した後に、なぜか突然せき込むお嬢様。


「え、だいじょぶそ??」

「だだだ大丈夫。ち、ちょっとキャラメルマキアートがつっかえただけよよよ」

「うんわかった。去年後ろから抱きつかれたやつ思い出して動揺してるのね」

「・・・・」


佐都紀には天羽によるすべての行動が(酔った)お嬢様によって暴露済みであった。


「じゃあ今週末お花見行かない?」

「じゃあの意味が分かんないんだけど」

「ちょっと実演してるところが見たくt——でっ」

「佐都紀は目隠し付きね」

「いきなり横腹パンチしないで⁉てか目隠ししたら桜も見れなくてお花見じゃなくなっちゃうじゃん…」

「ふん真っ暗闇でも見てればいいのよ」

「てか天羽さんのほうに目隠しした方が」

「だめよあいつは目が見えなくたってあたしに抱きついてくるに違いないわ」

「そんなばかな」

「まあ今あいつ、天井から落っこちてきてケガしてるし、そもそも今の私の執事は緑埜だからあいつの出る幕はないわよ」

「あら残ねん゛――ったい、痛い」

「なにがあら残念よ。自分が面白がりたいだけなのバレバレよ」

「横腹パンチ二発目はつらい」


お嬢様からパンチを二発食らった横腹を押さえながら佐都紀がつぶやいていると、お嬢様は一息で残り(約半分)のキャラメルマキアートを飲み干して言い放った。


「——じゃあ明日の昼に学校抜け出してお花見するわよ」

「あ、するんだ」


意外、というような表情を浮かべた佐都紀の横で、無理やりキャラメルマキアートを飲み干してしまったお嬢様は思い切りむせたのだった。





――――――翌日


「おかえりなさいませ、絢音お嬢様」

「あら緑埜。おかえりなさいませというよりはお脱走なさいませじゃないかしら」

「それでは俺が脱走を促しているみたいになってしまうのでは」

「まあいいわ。——でも、車で来なくていいって言わなかったっけ?」


学校を昼食を済ませた瞬間飛び出してきたお嬢様(もちろん佐都紀も飛び出してはきた)は、自らの執事の横に止まる漆黒の車を見ていった。


「ああ、これは、その、荷物をですね」


急にしどろもどろになる緑埜。

と、お嬢様が首を傾げかけた時、向こうから佐都紀とかつて空から降ってきた某元執事のコートのポケットの中に入っていた本が頭に直撃して気絶した伝説をもつあの執事が一緒にやってきた。


「絢音ー、来たよ」

「あ、佐都紀」

「あ、佐都紀お嬢様と志磨しまさん。お久しぶりです」

「絢音お嬢様、緑埜さんお久しぶりです。マスクをしているのは花粉防止のためですのでご了承を」


緑埜と目が合った志磨は、つけていた黒マスクの位置を調節しながら言った。


「ところで、天羽は?」

「あ、天羽は天井から落ちてきた後なぜか軽症でまだ生きてるわよ」

「はぁ」

「そして今、お嬢様のご厚意でなぜかお嬢様のお屋敷で居候となっております」

「へぇ」

「そして今、当の天羽さんが向こうの車から降りてきて絢音の背後に」

「ほんとだ」

「え?」

「今絢音の頭に角が」


真顔で言う佐都紀の口角がプルプル震えているのを見て、ただ事ではないとお嬢様が悟った瞬間——


「わたくし、ただいま松葉づえをついているものですから、自由に動かせる腕は片方だけ。残念ながら猫耳を付けることはできなかったようでございます…」


いかにも残念そうな、あの女たらしの声がどこかから。

お嬢様が慌てて振り返ると、ギプスをまいた片腕を上げて猫耳(片方)の形を作っている天羽がにっこり笑って立っている。

驚きのあまり後ろにのけぞりかけながら叫ぶお嬢様。


「うぉおおおい、こんにゃろうどこに隠れてたんだこの生命力お化け!!」

「ひどい言われよう」

「とりあえずお花見行きましょう、絢音お嬢様」


結局ドタバタになりながら、五人は目的の公園へと移動を始めたのだった。


                 ❀


「わぁ、見て見て!向こう、たくさん咲いてるわ!」

「ほんとだー」


去年と負けず劣らず咲き乱れる桜が見えてきたとき、二人のお嬢様達絢音と佐都紀は声を上げ、早く近づこうと駆けだした。


「あ、絢音お嬢様、そんなに走ったらすっ転びますよ!」

「お嬢様、そんなに走られたらバテバテになりますよ!」


二人のお嬢様の背後から、二人の執事たちが思わず声を上げる。


「そんなのだいj——どてっ」

「このくらい大丈bぜえぜえ」


そして、予測通りすっころび、バテた。


「「お嬢様・・・呆れの視線(全然ダメぢゃん!!)」」



そんなこんなで、5人はとりあえず場所取りをしたのだった(ケガ人天羽は少し遅れて到着した)。


—————————————————————————————————————


「去年は川沿いだったから、今年違うとこ来れて嬉しいわね」

「わたし行ってないけど」

「俺も行ってませんけど」

「たしかに」

「わたくしはご一緒させていただきましたよ」

「・・・・黙ってもらっていいかしら?」

「まあまあ」


天羽を除く4人で組み立て式のテーブルと椅子を準備し終えると、三人の男性陣は椅子に腰かけ、持ってきた食事をテーブルに並べ始めた。


と、


「ねえねえ、あとで写真撮らない?」


向こうの桜を眺めていたお嬢様は、くるっと振り返ってそういった。


「池もあって、いい感じだし——」


お嬢様は、ハイテンションだった。


「こーんなに桜、綺麗に咲いてr——」


しかし、お嬢様は気づいていなかった。














――自分が池のふちに立っていることを。












「あっ、絢音!後ろ!」

「え?————はッ」


佐都紀に言われてはじめてその事実に気付いたお嬢様は、思わず息をのむ。

その間にも、バランスを崩したお嬢様は、見る見るうちに池の方へ傾いていく。

















――と、その時だった。














「危ない」














――ガタッ


一人の男が椅子をけって立ち上がった。

















天羽である。



















急にけがが治ったかのようにお嬢様の元へ駆け寄ったその元執事は、素早く腕を伸ばして彼女の背を支え、危機一髪池ぼっちゃんの運命から救い出した。



「あ、ありがとう。助かっt——」




しかし、大切なことなのでもう一度言うが、此処は池のふちである。
















――バッシャーン























「「「「あ・・・・」」」」













お嬢様を救ったその男は、見事に背中から池ぼっちゃんした。



「あ、天羽??」

「ごぼごぼごぼ…。はい、どうされましt——」


池に落ちた天羽に向かってお嬢様が声をかけると、天羽はすすすと浮き上がってきて顔を出し――




「うわあぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!」




――叫んだ。




「え、どした⁉急に叫ばないで怖いから!」




すると彼は、着ていたベージュのロングジャケットのポケット(両側)から慌てたように何かを取り出した。


そして、言った。





「あぁっ……!わ、わたくしの大事なっ…、大事な文庫本がっ…サ、サイン入りだったと言うのにっ…、びしょぬれになってしまったではありませんか…!」




「・・・・(どこかで聞いたセリフだわ…)」



お嬢様は、危機一髪だった時のショックで座り込んだまま、唖然とした。



「ねぇ・・・」



思わずお嬢様は口を開く。



「池に落ちてもなお、本の心配をするの?」





すると、彼はゆっくりお嬢様のほうを向き、静かに、と言うように、立てた人差し指を自分の口元に近づけた。









「そうおっしゃると思いましたよ」

「はぁ⁉」


にっこり微笑みながらそう言い、天羽はふと思い出したかのように池から上がる。



「それよりお嬢様——」



彼は、複雑な表情で自分を見つめるお嬢様に近づき――







































































「——お落ち堕ちになるのは、わたくしだけになさってくださいね。・・・池ではなく」




どこかで聞いたことあるような無いようなセリフを口にした。



「・・・・」



お嬢様は、至近距離でにっこりしてくるもと執事(ぬれねずみ)を上から下まで眺めてから、倒れた。



「おっと」



反射的にお嬢様を支えた天羽は、向こうのテーブルで変な顔をしている緑埜に向かって平然と言った。


「緑埜。お嬢様を車まで運べる?」


「「「・・・・」」」


「・・・・ん?」


「いやぁー」

「あはは…」

「うふふ…」


様々な表情を浮かべる三人。それがなぜかわからない天羽。


「なぁ、ケガしてる状態で花見に来たこの状況下で思いっきりお嬢様堕とすのやめてくれよぉ」


悲痛な声を上げる緑埜。


「しょうがないだろ。もう過ぎてしまった話だ」


一方天羽は悪びれもせず冷静な態度。


「お前が言うことじゃないだろぉぉぉぉ――⁉」


緑埜は思い切り頭を抱え、結局お嬢様を車まで運んだのだった。お姫様抱っこで。















その後、意識のもどったお嬢様が、写真を撮れなかったことの苦情と、相変わらず堕としてくることについての文句を言いに天羽の部屋に突撃し、そのスピードにビビった天羽が飲んでいた紅茶をこぼして彼のサイン本(本日3冊目)が犠牲になったことは、言うまでもないことだろう。


☞The end.

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