第6話 この世界で



 「……いつまでそうしているつもりですか」



 呆れたような彼女のセリフが廃墟のような城にこだまする。

 事実、俺はその場にしばらく蹲っていた。


 ゲームからどうやってログアウトするのかが分からない。

 それは、俺がこれからどうするのかを決めなくてはいけないということを意味していた。



 「繰り返すが、三上傑という人物名に聞き覚えは無いんだな?」


 「だから、知らないと言っているでしょう。そもそも人の名前だったんですね」


 「……」

 

 「はぁ……まただんまりですか」



 【メニュー】を開いてもそれらしき項目はない。戻る方法だけが消失している。しかし現状、どうしようもない。



 (……ダメだな。考えても答えが出ない類な気がする)



 俺が思考の海に沈んでいる間、彼女……リルアリスと名乗った女性は魔法で姿を変えていたようで、今は落ち着いた格好をしている。正直、魅力が増したと思う。



 「……そっちの姿の方が似合うな」


 「あら、ありがとう。もう会話を進めていいのかしら?」



 何も言わずに待ってくれていた彼女には、今のところ好感度しかない。

 


 「ああ。どうやら考えても仕方のない事態みたいでな」


 「そう。なら、改めて確認するわ」



 リルアリスは腰かけていた古椅子から立ち上がると、再び丁寧口調で尋ねた。



 「貴方様は……魔王様ですか?」



 有能な部下っ!! 

 という感じで聞いてくるもんだから、こんな部下が欲しかった俺としてはつい頷いてしまいそうになる。



 「いや、絶対違うが?」



 しかし俺はそんな架空の存在ではない一般市民なので、ここは否定するしかない。



 「ですが伝承では……」



 彼女の説明では今日この日、玉座に現れるという。しかし何度聞かれても、違う以上は違うと答えるしかない。そして、そんなやり取りの後リルアリスは俺のことを魔王だとは思わなくなったようだ。



 「確かに、魔王様にしては魔力もそこまでですし……特別秀でているようには見えませんしね」


 「なんか軽くディスられた気がする」


 「となると、貴方の処遇ね。どうしようかしら」


 「切り替えが早いな……俺もそれを考えていたところだ」



 現状どうしようもない。

 なら取り敢えずはゲームの世界で生きていくしかない……などという考えには普通はならない。どうあがいたところで、俺にとってこの世界は18禁バージョンで購入したゲームであり現実世界の娯楽の一つでしかない。


 とはいえ、ゲームだからとわざわざ自分からゲームオーバーとなる条件を試すことはリスクがデカい。それで戻れればいいが、そうじゃない場合もある。現実世界でどうなるか分かったもんじゃない。


 すると結局、ゲームだと分かりつつもゲームの世界で生きて行かなくてはいけないという考えになってしまう。



 (仕事探すか……いや、ゲームしてんのに仕事って……はぁ)



 気が重い。



 「ところで貴方、どこの魔族なの? クランツハートなんて家名は貴族にはないし、野良の魔族なんでしょうけど……種族が分からないわ」


 「いや、俺はそもそも魔族じゃないし」


 「は? だったらニンゲンとでもいう気? 馬鹿らしい」



 リルアリスはそう言って少し不機嫌になった。どうやら人間が嫌いらしい。とはいっても、隠し続けることは難しいため言わなくてはいけないだろう。



 「いや、俺はそのニンゲンなんだからあまり悪く言わないでくれると」



 次の瞬間、彼女から殺気が膨れ上がった。



 「……冗談でもそんなこと言わないでくれる? 私、大嫌いなのよニンゲンって」



 俺が人間なのは事実であるわけだが、この空気で否定は不味そうだ。



 「それに、貴方がニンゲンなのはあり得ないわよ。玉座のあるこの城に転移できたのがその証拠。魔族に連なる者しか、この場所に転移なんて出来ないからね」



 え、俺人間やめてたの?

 なんて考えにはならない。普通になにかしらのバグだろう。


 とはいえ、その勘違いを正す必要もない。有効活用させてもらおう。



 「……取り敢えず、済まなかった」


 「そう、分かってくれたようね。それで、何の種族なの?」


 「いや、俺にも分からん」


 「なにそれ? ……まあ、そんな様子だと野良で確定でしょうね。少なくとも貴族ではないわ」


 「……そうだな」



 魔族ですらない訳だが。



 「野良だとすると……そうね。良くて貴族の執事かしら。どう? 何かの縁だし、私が紹介してあげても」


 「やめとく」



 即断である。

 ゲームの中でまで働いてたまるか。


 いや、ゲームの世界で生きて行かなくてはいけないことは理解しているが。こればかりは御免である。だいたい執事なんてやったことも見たこともない。物語の中で出てきたくらいにしか知らない。



 「……貴方……私の誘いを断るなんて」


 「そうは言うが、多分執事なんていう仕事は信用があってこそだろう? ポッと出の俺みたいな奴に任せられる仕事か?」


 「私の推薦だし、何とでもなるわよ」


 「リルアリスって、すげーんだな。でも、そういう力技は後々に軋轢を生むぞ?」


 「そうかしら? 問題ないと思うけど」



 ……リルアリスこそが魔王なのではないか。



 「だとしてもやめておく」


 「貴方……選べる立場かしら? いろんなものが足りていないのではなくて?」


 「図星だが、世話になる気はないな」


 「あら、カッコいい。何か当てはあるの?」



 そんなもの、当然あるわけがない。

 今の俺はただ、ゲームの中でまで働きたくない……それだけである。


 

 「ないな。まあ、取り敢えずここを出てから考えるよ」


 「そう。なら餞別として一つ教えてあげるわ」



 彼女は、こともなげに言った。



 「貴方、ここから出たら魔王になるわよ」

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魔王という役割を リンゴ売りの騎士 @hima-ringo

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