第4話 ある城で


 廃墟同然の城に、その女性はいた。


 いや、城というのはもう難しいかもしれない。蔦と苔に覆われ、自然に半ば飲み込まれているこの場所は。



 「ふーっ」



 息を吹きかけただけで、凄い量の埃が舞う。


 何百年も前から使われなくなったこの城は、管理する人もいなかったためこのような有様となっている。



 (伝承によると、今日……この城の奥、玉座の間に復活なされるということですけど)



 手を口元に当てて考え込みながらも、城の奥へと歩みを進める。


 彼女の歩調に合わせ、深緑の長髪が左右に揺れる。



 (古臭い伝承とはいえ、一応由緒ある伝承らしいですし確認だけはしときましょう)



 ふと、通路のガラスに映った自身の姿を見る。


 大きな漆黒の翼に二本の角。色白の肌とオレンジの瞳。きっちりとした服装を着こなす彼女は、誰もが振り返る容姿をしている。


 クールビューティーを感じさせる彼女には、連日縁談の申し込みがひっきりなしに来る。


 魔族の中でも高い位置についていることもあって、交際相手には困らない。


 しかし、高い位についている由縁で、古臭い伝承とやらにはやたらと拘るのだ。彼女は、自身がそんなわけのわからない伝承とやらに振り回されるのを何よりも嫌う。


 しかし、そんな下らない伝承とはいえ今回のは確認せざるを得なかった。古の魔王の復活の兆しアリとなれば、これまでの秩序が変わるかもしれないからだ。



 (魔王復活ねえ……)



 特段、それ自体にはぶっちゃけ興味はない。へーそうなんだ、程度の感想しか持てないし、もしその人物と考えが合わないのであれば力づくてどうとでもなると思っている。


 実際、彼女の実力はとても高く、次代の魔族を統べるモノとまで言われている。


 一介の小娘が魔王などと……そう言っていたわからず屋は、圧倒的な実績で既に黙らせてある。


 そんな風に己の才覚と努力で纏め上げた彼女に、今更この人物が魔王だから傅け、と言われても無理がある。



 「……そうね……現れたのがゴミならそのまま有効利用しましょう」


 

 方針は決まった。

 後は……そう。ここ最近で不満があるとすれば、大量の縁談だ。


 縁談の相手は私のことを兵器かなにかだとでも思っているようで、私の実力と血筋を取り入れたいと願う者が多すぎる。


 私だって……その……女の子なのだ。どこかに私個人を見てくれる人はいないものか。見た目を変えれば、なにか出会いがあるのだろうか。



 (……なんというか他と比べて地味なのよね、私って)



 そんなことは無いと答える魔族は大勢存在していても、本人がどう感じるかまでは変えられない。



 (試しに……いっそのこと別人みたいに振舞ってみようかしら)



 幸いここには誰もいないので、髪の色と瞳の色を魔法で変えてみる。

 

 髪は深緑からピンクブロンドに、瞳はそのままオレンジに。


 まんま自身の友人の色合いだけども、物は試しと変えてみた。



 (ああ、後は髪の長さね……これくらい、だったかしら)



 髪の長さを長髪からミディアムヘアーくらいにして、ついでに服装も、と友人が着ているようなフリフリの服にしてから胸元を大きく開けて気崩してみる。



(恥っず……よくこんな服装で出歩けるわね)



 何を考えていたら、こんな格好が出来るのか分からない。少し顔を赤らめながらも、ここまで来たならとポーズも決めてみる。


 どこか遠い国でポーズを決めるときに使用するらしい、ぴーすという形を手で作り目の横辺りに持ってきてから、少しだけ舌を出してウインクする。


 身体を傾けて腰を上げ、元々大きな胸をさらに強調するように少し前かがみにもなる。


 そして、一言。



 「リルリルですぅー、よろしくねっ!!」



 リルアリスという自身の名前を捩った名前だ。言い終えた途端、誰もいない城に空しく自分の声が響く。


 誰にも見られずには済んだものの、何とも言えない恥ずかしさを彼女は感じた。

 二度とこんな真似はしないと固く誓う。


 早く戻してしまおうと、変化の魔法を解こうと魔力を込めた時だった。


 

 「お、おう、よろしくな。俺はエルだ、よろしく」



 ギギギっという効果音が聞こえてくるほどのぎこちない動きで、彼女は声のあった方に顔を向けた。


 そこには、苦笑いを浮かべた黒髪と黒瞳を持った男がいた。

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