第2話 イベント発生


 『勇ましい』そう形容していいような声が背後から聞こえた。多分、さっきのチンピラ風情であればその声に手を止めて相手を警戒しただろう。しかし俺は、どこまで現実と相違ないのかを早く確かめたくて仕方がなかった。


 早くヤりたい。


 覇気のある大声に俺は一瞬手を止めるも、自身の行動は変わらない。イベントは後回しだ。




 「……いや……いやあっ!!」




 さっきまでされるがままだった女は、聞こえてきた大声で我を取り戻したのだろう。再び抵抗し始めた。俺はそんなことは関係ないとばかりに、ブラに手を掛けて一気に引き剥す。


 ブルンと大きく揺れる胸は想像通りいいモノであり、乳〇も綺麗なピンクサーモン色だ。ブラに手を掛けていたときにも大きな果実は指に当たっていたが、期待通りの感触を楽しめそうだ。


 舌なめずりをしてその大きな胸を楽しもうとすると、ふと目の端に銀色の塊を捉えた。それが何かを考えるより先に、俺はその場を大きく飛びのく。



 「まさかここまでぶっ飛んだ悪党だったとはね……さぞかし悪名高いことだろう」



 白銀の長剣を振り切った男は着けていたマントを外して女を覆うと、庇うような立ち位置を取って俺と向き合った。



 (……ふむ、紳士な奴だ。好感が持てる……現実ではな)




 「いいとこだったのに邪魔すんなよ、それほど時間は掛けねぇぜ?」



 少し苛立ちを込めて言う。このとき俺が感じていたのは、ゲームという娯楽でなんで邪魔されるんだという気持ちだ。素晴らしいゲームではあるけど、悪役プレイの際には少し窮屈だ。改善要求をすべき案件である。



「君は、見たまま悪党だな。一切容赦しないから覚悟してもらおう」


「……強制イベントの多さも改善対象だなっ!!」


「むっ!!」



 この騎士サマは突如地面から生えてきた赤い鎖を初見で躱し、女性を庇いながら鎖を切り裂いた。


 カッコつけやがって……という感想を抱くと同時に、守りながら戦うとは結構な技量だなと素直に感心した。



 「……見たこともない魔法を使う……君はいったい」



 この騎士サマは、目につく赤い鎖を斬り終えたところで、俺に問いかけた。


 その内容から、もしかしたらストーリー選択が出来る選択肢の登場かと思い【メニュー】を開くも、それらしきものは出てきていない。まさかその選択肢さえも、プレイヤーの自由裁量で決められるのか。



 「……すげぇぜ、このゲーム」



 俺の小さな呟きに、騎士の男は何のことだか分からないと言った表情だ。


 ま、そんなことはどうでもいい。


 選択肢があるのなら、その中からよさげなモノを選んだわけだが、無いのなら話は別だ。職業選択にしろスキルにしろストーリー選択にしろ、俺は提示されたものの中から選ぶのは昔から気が進まなかったのだ。一つを選んでしまえば、それに縛られる気がして。



 「重ねて問おう、君は一体何者だ?」



 何者……ねえ。



 「俺は……」



 魔王プレイ? 盗賊プレイ? 反逆者プレイ? どれも面白そうだ。


 一つに決めるのも惜しい気がする。



 「俺は……エル。エル・クランツハート」



 だから名前だけ名乗ることにした。こういうゲームでは俺がよく使う名前だ。ちなみに名前の由来なんてものは無い、適当につけた名前である。


 流石に本名は勘弁だ……普通に恥ずい。



 「エル・クランツハート……聞かない名だ。エルという名前にもクランツハートという家名も」




 そりゃそうだろ、俺の考えた架空の名前なんだから。




 「家名を持つということは貴族なのだろう……君の行いは家に誇れるものなのか!!」



 (いや、架空の名前に誇りを持つとか無理だろ……)



 咄嗟にそう答えてしまいそうになったが、辛うじて堪える。設定は大切だ。



 「家名に誇りを持てるのは、その家が誇れるに足る場合のみだ……良かったなぁ? 君は誇れるだけの家に生まれて」



 敵役が言いそうなセリフをそのまま使う。後ろ暗い過去を臭わせるという効果もある。ロールプレイングという役割ごっこは好きだ。ま、ゲームだしな。



 「君は……いったいどれほどのことを」 



 なんだか思いつめた風の騎士サマだ。

 設定を真摯に捉えてくれて、なんだかとても嬉しい。



 「でも、例え過去にどうであったとしても、それを免罪符に何をしても良いなんてことは決してない!! 君を止めるよ、君自身の為にも!!」



 天に届くほどの大声量で言い切った力のこもった台詞だ。

 なんかもう、思わずうなずいてしまうような迫力があった。勇者っぽくてカッコいいセリフだ。



 「はっ、戯言を。誰しもが前を向いて歩いて行けるわけじゃあ、ない。どうしても前を向けなかった奴まで否定するお前は、いったい何様のつもりだ!! 止められねぇよ、お前にも、誰にもなぁ!!」


 「だからって、誰かを悲しませていい理由にはならない!!」


 「ハッ!! 欲望のその先に自分の本当に欲しいものがあるんだよ!!」



 俺はそう言いきり、無数の赤い鎖を地面から出現させていく。そして、一斉に騎士に向かって襲わせた。


 迫りくる鎖を騎士の男は、背後の女性を抱えて跳躍。華麗に攻撃を避け、いつの間にか彼の背後に集まっていた部下たちに女を預けた。


 そして、静かに俺と向かい合い口を開く。



 「……例えそれが本当だったとしても、それで見つかるものなんて、本当に欲しいモノとは似ても似つかない……君を止めるよ、今ここで」


 「やってみろ。自分の欲求や欲望にも従えない奴になんて、俺は止められない。進み続けるさ……これまでも、これからも」



 正に一色触発の空気だが、やりたいセリフの応酬も出来たことだしそろそろいいだろう。


 俺は【メニュー】を開いて、項目の中の【拠点】をタップする。すると、【移動しますか?】と出てきたので、問題なく【はい】をタップ。 


 戦闘中であっても、簡単に移動できるのはありがたい。ゲーム内での戦闘の中断は賛否両論あるが、俺はどっちでもいいというスタンスだ。


 今回は、中断出来てとてもラッキーだと感じている。タップした途端、地面に魔法陣的なものが現れる。


 演出凝ってるなあ……




「なっ!! 逃がさない!!」




 騎士風の男は、俺が何をしているのか分かったらしい。とんでもないスピードでこちらに突進してくる。


 とはいっても、こっちの方が速いので問題なく移動できそうだ。


 ん? 何故逃げるのかって?


 そんなの決まってる。


 俺まだ、このゲームプレイして一時間チョットである。明らかに強敵な奴と渡り合う、なんてことは出来ないからな。


 俺の鎖魔法? も普通に避けられたし。


 魔法なんていうファンタジー技を使ってくる奴に、武術的な技が通用するとも考えにくい。


 逃げ、一択。




(……あ~なるほど。もしかしたらこの項目のタップで、待ち合わせの場所に行けるってパターン? 全く、ぶらついていればいいんじゃなかったのかよ)




 そんなことを思いながら、俺は目を閉じてその場から一瞬で移動した。


 後には何も無かったかのように、木々を風が突き抜ける音だけがしていた。

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