第2話 キュイジーヌ家の男たるもの。そして問題児に出会うようです
悪役貴族マック・キュイジーヌの朝は早い。
窓の外から、柔らかな朝日が部屋に差し込む。眠りから覚めた俺は、天蓋つきの意味も無く大きなベッドから身を起こす。中々開かない瞼を擦って檄を飛ばすと、豪華な調度品のギラつきが目に痛い。
朝の静けさが漂う部屋の中、伸びと共に深呼吸をする。
窓辺に立つと、丘の上に建つ屋敷からは見下ろす形で遠くに広がる領地の景色が目に飛び込む。森が緑の絨毯のように広がり、城下町の赤い屋根が朝日に輝いている。
「う~ん。これからどうすっかな~」
大きな目的としては、
①強くなって認められる ②美味い料理を作る
この辺りだが、②についてはかなり難しい道のりになりそうだ。
――なんせ、料理のレベルがなぁ……。
コンコン
「マック様、御食事の御用意が整いました」
毎朝繰り返されるベテランメイドの声も、朝のルーティーンの一環として馴染みつつある。
「あぁ、今行くよ」俺はゆるゆると寝間着のシャツにガウンを羽織り、家族の待つダイニングルームへ向かった。
シックな色合いの長い廊下を抜けた先、ダイニングルームの長い食卓には、既に家族が勢揃いしていた。
俺の姿を見るなり頭を下げる執事やメイドに軽く笑顔で応じ、引かれた椅子に腰を下ろす。
父のアダム・キュイジーヌと、夫人のクロエ、そして長兄オーガスティンと次兄ボガートの八つの眼が俺に向く。
「……揃ったようだな。では、いただこう」
父上のバリトンボイスが食事開始の合図だ。各々白パン、肉料理、魚料理、ワインとエールを口に運ぶ。
咀嚼音すら聞こえそうな重苦しい沈黙に鯱張っていると、アダムが沈黙を破った。
「マックよ。ファン王国キュイジーヌ家の一員として、貴様はこれから何を為すつもりだ」
疑念を眉間に湛えた鋭い視線が突き刺さる。高い身長と筋肉質な肉体、撫でつけた金の短髪に整えられた口髭の放つ威厳が、圧力にジリジリとした実体すら与えるようだ。
「……俺は、【料理】で貴族の世界を生きます。そうして、自分の有用性を示すつもりです」
真正面から視線を返すと、父上は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。普段の厳めしさとのギャップに、してやったりと思わず口角が上がってしまった。
俺の返答が気に入らなかったのだろう、兄達が父上によく似た顔から不服を全面に押し出した声を上げる。
「貴族たるもの力こそが全てなのだ。戦闘に向かないスキルのお前が、一体どう我が家の役に立つ?」
「いやいや、そんなの無理っしょ!? お前自分が役立たずってこと気付いてねぇの? 【剣術】を継いだ兄上と【弓術】のオレがいれば、キュイジーヌ家は安泰なんだよ。【料理】はお呼びじゃねぇの」
なんとも二人らしい反応だが、それがこの世界の常識である。その常識を破るためには、行動で示すしかない。
父上は一瞬逡巡した後、ワインの入ったコップを干すと、二人に続く。
「その覚悟や良し。くれぐれもキュイジーヌの家門に泥を塗らぬように」
それだけ言うと、父上はテーブルクロスで口元と手を拭い席を立つ。執事の開けた扉を潜り、「各々励むように」捨てるように言うと、ダイニングを出ていった。
「無様を晒すだけだろう。【料理】なぞ、貴族のやることではない。下賤な仕事だ」
蔑みを隠すことをしないオーガスティンの口ぶりが癪に障り、思わず言い返す。
「ならば、その料理を高尚なものにしてみせましょうとも」
「はっ。料理なんてしたことねぇお前が、大層な口きくもんだな」
次兄の的を得た悪態に心の内で賛辞を送りつつ、頭は既に悲劇回避に向けて動き出している。
――この王都邸には、あのメイドがいるはずだ。隠しキャラの彼女を今の内に味方に出来れば、この先の大きなアドバンテージになるはず。
そのためにも、ここで無駄な時間を費やすわけにはいかない。
「それでは、行く所がありますので」
口元と手を拭い、足早にダイニングルームを後にした。
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――それにしても、朝から塩辛い肉と魚に酒とかキツイな。料理のレベルは中世並みか。
飽食の時代に生まれ、料理の道を志していた俺にとっては、なかなか厳しいものがある。朝は白ご飯に味噌汁と納豆と卵焼きが理想だが、この世界でどれだけ再現できるのだろうか。何が有って何が無いのかも分からないので、とりあえずキッチンに行く。
屋敷の片隅にあるキッチンに到着すると、扉の中からメイド長の静かな怒声が聞こえてくる。
「ハティ、貴方またお皿を割りましたね。今週何度目ですか、まったく」
「わふぅ……。ごめんなさい……」
「“ごめんなさい”ではなく、“すいません”です。言葉遣いも先日注意しましたね」
――”ハティ”だと!?
目的の少女の名前を聞いた俺は、期待に胸を高鳴らせ、一息呼吸を整えて扉を押し開いた。
「やぁ、メイド長。少しハティを借りてもいいかい?」
「!? これはこれはマック様。もちろんでございます」
思いがけない人物の登場に、メイド長は面食らった表情を一瞬浮かべたものの、すぐに平常運転に戻った。
「ハティに何か用なのですか?」
お冠のメイド長から少女が足早に離れ、俺の目の前に立つ。頭の上に灰白の三角耳を乗せ、スカートの後ろではふさふさの尻尾が揺れている。くりくりとした金色の瞳に白い肌が美しい狼獣人だ。彼女はメイドのハティ。適材適所とは到底言えない人材配置によってキッチンメイドになった彼女は、何を隠そう”つる×まほ”屈指のぶっ壊れキャラである。
「ハティには、今後、僕の専属メイドになってもらう。【料理】スキルを極める相棒になってほしいんだ」
驚きを全身で表現するように、耳と尻尾がピンと立つ。
「お料理……美味しいものいっぱい食べられますか?」
「もちろんさ。この世界の誰も食べたことない美味しいものをいっぱい食べさせてあげるよ」
謳い文句に胸を撃ち抜かれたように目を輝かせ、彼女は飛び跳ねて感奮を示す。
「お共するのです!」
「あぁ、よろしく頼むよ」
こうして俺は、ハティという相棒を手に入れた。
公式設定資料集にてSティア(最高評価)≪月下の狼姫ハティ≫とされているものの、“塩焼き事件にて勇者と渡り合った”という驚異的な設定のみが残されているキャラクターだ。彼女もまた、スチル一枚の被害者と言えるのかもしれない。
――なんかアホの子の匂いがするけど……。まぁ、いいか。
「早速ごはん食べるのです!」
「うん? もう朝食は終わりだろ?」
「食べたりないので、狩りに行くのですよ!」
そう言うと、主人を置いてキッチンの窓から飛び出した。
――えぇ、置いて行かれたんですけど……。
先行きにそこはかとない不安を感じながら、物凄い速度で小さくなる彼女を追いかける俺であった。
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