悪役貴族の美食風味~食いしん坊な獣人メイドを添えて~

手鳥 鮮

第1話 転生したらスチル1枚の脇役でした

 「オーク肉ってどんな味がするんだろうなぁ。やっぱ、猪肉に近いのか?」


 料理人の卵だった俺は、ファンタジー作品の食材に興味深々だった。特に、最近ハマっている‟つる×まほ”の料理イラストはまるで実写のようなクオリティで食欲を誘う。


 恋愛×バトルという王道テーマの超人気RPG”剣と魔法の勇者譚”。通称‟つる×まほ”。ナーロッパ風の世界を舞台にした、いわゆる剣と魔法のRPGである。


 魔物とそれらを率いる魔王という存在に脅かされたファン王国に、主人公である勇者が生まれ、魔王討伐を目指す。という何番煎じかわからないほど擦り倒された、THE・王道のストーリーだ。


 戦闘や恋愛まわりのシステムは総じて評価が高く、リアルタイムで進行する自由度の高い戦闘や複雑なルート分岐など、ツボを押さえた作りがこのゲームが大流行した理由である。




 ところで、ゲーマー界隈には不憫キャラ好きという層が一定数存在するのだが、そんなニッチな界隈が沸き立つイベントが、この‟つる×まほ”のストーリー序盤にある。


 ‟公爵家の秘伝料理、オーク肉の塩焼き事件”である。


 勇者に一晩の宿を乞われたとある貴族家が、偶然に裏帳簿の存在を知られる。そうして口封じを図り、逆に一家皆殺しにされるというイベントだ。しかも、この時に供された料理が何の変哲もないオーク肉の塩焼きで、これをさも秘伝の料理のように声高に自慢し、あげくスチル(ゲームの一枚絵のこと)一枚で滅ぼされるというのがポイントが高い。


 界隈の人間は愉悦を禁じ得ないイベントなのだが、このスチルには顔のパーツすら描かれないキャラクターが出てくる。公式設定資料集でのみ語られるそのキャラクターの名は、‟マック・キュイジーヌ”。  


 キュイジーヌ家の三男坊で、主人公が通うことになる‟国立聖剣学園”のクラスメイトだ。家柄を笠に着て主人公に度々絡むものの、新システムのチュートリアル戦闘で毎度ボコボコにされる、いわゆる咬ませ犬キャラである。


 「ふぁ~あ。そろそろ寝るか」


 キュイジーヌ家皆殺しイベントを見届けて、俺は眠りについた。





 前世の安アパートとは似ても似つかない豪華な部屋で目覚めた俺は、カーテンを開けて朝日に目を細めつつ、良くも悪くも衝撃的な目覚めの日を思い出す。気位と扱いが乖離しているキャラクターに転生してしまった、わずか数日前のことを――。




 十五歳を迎えた貴族家の公子公女が王城に集められ、女神からスキルを賜る”授与の儀”にて、俺は【料理】という戦闘に何ら役に立たないスキルを得てしまった。疾とうの昔に色の抜けた髪と髭を長く蓄える神官長の法衣に情けなく縋すがるが、結果は変わらなかった。目前の老男およしおが向ける哀れみの視線が、どうしようもなく俺を惨めな気持ちにさせた。ホールの煌びやかな装飾や公子公女のドレスやアクセサリーの輝きが、俺を責めるようにギラつく。


――終わった……。何もかも……。


 目の前が真っ暗になり、足が震えた。呼吸を忘れたように肺からはコヒュー、コヒューと情けない音がする。踏みしめることに疑問を抱くことなど無かった地面が、ガラガラと容易く脆く崩れ去るような。そんな不安感に苛まれた。じっとりとしつつも変に冷たい汗が額と背を伝い、心が冷えきる中で心臓だけが不謹慎に騒いでいた。


 この国の貴族家は戦闘力が最も重要視される。というのも、ファン王国の貴族家は魔物の脅威から領地の民を、ひいては人類の生存圏を守ることを義務付けられているためだ。財力・権力・社会的地位には責任が伴う、ノブレス・オブリージュというやつである。


 そして、キュイジーヌ家はファン王国の貴族家の中でも武闘派として知られており、当然、俺も戦闘に役立つスキルを期待されていた。しかし、俺に与えられたのは【料理】。糞の役にも立たない【料理】だった。




 


 王城の騎士に肩を貸してもらい、控室で待つ両親のもとへ向かった。騎士が扉を開ける直前、「待ってくれ、少しだけ――」そう言って数秒立ち止まるつもりが、いつまでたっても決心がつかない。つく訳が無いことを俺は分かっていた。しかし、立ち止まらずにいられなかった。


 部屋の外で足音が途絶えれば確認するのが当然だ。キュイジーヌ家の当主とその夫人、つまりは俺の両親が控える一室の扉が、内側から開いた。「如何なさいましたか」顔を覗かせた護衛騎士の問いが、この時の俺にはあまりにも残酷なものに感じられた。


 両親からの反応は、真逆だった。父は僕のスキルを聞くと肩を落とし、「お前は我が家の恥だ。キュイジーヌ家の男が、【料理】……だと?」と怒りを滲ませた声で呟いた。一方、母は何も言わずに僕を抱き寄せ、そして微笑み、耳元でこう囁いた。


王都邸タウンハウスに戻って、マックちゃんの好きなオーク肉の塩焼きを食べましょう」


 その瞬間に俺は前世の記憶を取り戻した。自分がマック・キュイジーヌであること。前世で何周もした”つる×まほ”に登場するキャラクターであることを思い出したのだ。





 そうして、今、王都邸の自室で朝日を浴びて黄昏たそがれる少年が一人。ガラスに映る容姿は、幼さと男らしさの境界で神秘的な魅力を放つ。朝日を浴びて輝く長めの銀髪は、緩やかな波を描いている。惹きこまれるような紫紺の瞳は知的な印象を見る者に与える。


――マックって、こんなに顔整ってたのか。メインキャラなら人気が出ただろうに。不憫極まりないな。




 記憶を思い出す前はスキルそのものに絶望していたが、今はそんなことは大した問題ではない。俺の目下の悩みは、いつか来るキュイジーヌ家皆殺しイベントをどう回避するのか、ただ一つだ。


 ――”つる×まほ”なら、【料理】でも戦える。ゲームのマックにはそんな発想が無かったから荒れてしまったんだろうな。それに、主人公にはがある。



 そう、このゲームの売りであるとは、【薬師】や【料理】といったあまり戦闘向きでないスキルでも、戦えるようになっているということだ。


 そして、公式設定資料集には、”主人公はたいそうなグルメらしい”という記述があった。


 勇者こと主人公とマックが出会うのは、聖剣学園の入学式だったはずだ。つまり、残り一年ある。この一年で父から認められ、尚且つ主人公が満足するような料理を用意し懐柔しなければならない。


「ただなぁ……親父は気位が高い上に実力至上主義だし、兄貴達は底意地が最悪だ。裏帳簿も兄貴達のだしな」


 父親は家門に泥を塗らないために、兄貴達は悪行を隠すために、そして俺は屋敷に居合わせたというだけで巻き込まれて死ぬことになる。


 幸い、原作の知識は豊富にあるのだ。深呼吸して伸びを一つ。


――死にたくねぇから、マックロールプレイやってやるか!


 この日、美食貴族マック・キュイジーヌの歴史が動き出した。




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