等身大の人間として
日曜日の朝。
普段なら昼まで寝るか、スマホを意味もなくいじるところだが、今日は違う。
パソコンの電源をつけ、スマホでSNSを開く。
驚いた。昨日寝る前に投稿した画像に反応が百以上ついている。
アカウントにも、十数人のフォロワーがついている。
フォロワー欄の中には昨日会った3人や、フォロワーの数が飛び抜けた人などにもフォローされている。
このような場合どうすればよいかわからないので、取り敢えず全員にフォローを返しておいた。
フォローする途中で気になるものがあった。
同期会というもので、この仮想世界に入ってきた時期が近い人で集会や関わり合いを深めるという内容らしい。
勢いがある今なら、もっと色んな人とコミュニケーションを深めることができるかもしれない。自分をもっともっと認めてくれるかもしれない。
SNSを見終わると朝飯を軽く食べて、モニターの前に座った。
アプリをデスクトップから開き、ロード画面を終えると、昨日と同じ玄関が現れた。一人だとなんだか広く感じる。というか僕が住んでいるアパートよりも広いから当たり前だと思う。
メニューからフレンド欄を開くとまだ誰もログインしていない。
多分時間が悪いと思ったので、時間を潰すことにした。
ブラウザを開いて、ネットショッピングサイトから、HMDと検索をする。
そのなかで一番人気なものをクリックして、値段を見る。バイト代一ヶ月分よりすこし少ないぐらいだろうか。そしたらまたバイトを入れれば良いと、迷わずカートに入れた。
気になった同期会のSNSのアカウントを開き、プロフィールに書いてあるグループサーバーにアクセスした。
サーバーにアクセスすると、昔のMMOのギルドのような懐かしさがした。
自己紹介の欄があったので、少し前の投稿を見てから、それを踏襲して、アカウント名と昨日始めた旨、使用してるアバターの名前を書いた。
すると直ぐに絵文字のスタンプの絵文字が自分の自己紹介についた。
何か特別な人間になった気分だ。
スケジュールの項目を見ると、明日にも集会があるらしい。
ワクワクしながらスクロールしていると、裏で開いているVRCHATの方から通知音が鳴った。
ブラウザを閉じてVRCHATのウィンドウをモニターの前面に出すとヨルノさんから招待が来ていた。とても嬉しかった。
もしかしたら他の人からしたら、確かにまたねと言ったり、昨日の流れを踏まえてもこのような通知が来るのは、当たり前かもしれない。ただ、僕はそのあたりまえが欲しかったんだ。
だから、嬉しかった。
そして、マウスポインターをチェックマークへ動かした。
さっきと変わらない玄関が現れた。
すると奥の廊下の扉から、ヨルノさんが現れた。
「どうもー」
「イトウさんこんにちは〜」
モニターの鏡を見ながら、表情を笑顔にして挨拶をした。
ヨルノさんも小さく手を振りながら笑顔で出迎えてくれた。
「パンさんも来たらゲームワールドいこうよー」
リビングへ歩きながらヨルノさんが話す。
こたつの前で、キーボードを押してしゃがみこみ、目線が下がる。
「なんのゲームワールドなんです?」
と聞いてみた。
するとSNSのダイレクトメッセージにはワールド紹介の動画が送られてきていた。
さらっと見ると迫りくるゾンビを銃で迎撃するという内容らしい。
「FPSやってるって言ってたから、折角ならこっちの世界で銃撃ってみたいじゃん?」
ヨルノさんが動画プレイヤーを触りながらそう言ってる。
「いいねー」
と肯定したが、実はFPSは得意ではない。
というより競争で勝ち負けを決めるのが嫌いだった。そんな捻くれたことをせっかく自分のために探してくれた相手に、そんなことを言うことが失礼なことだということは、流石に理解していた。
数分、具体的にどんなゲームをやっていたかを話していた。意外と同じゲームをしていたので、話がおおいに盛り上がった。
僕は、大体ソロプレイでゲームをしていたのだが、ヨルノさんは友達とやっていることが多いらしい。とても羨ましい気持ちもありながら、これからが更に待ち遠しくなった。
インターホンの音が鳴り、ヨルノさんと一緒に廊下に出た。
玄関にはちょうど水色のひし形から、昨日と同じ、小柄な白いアバターのパンさんがでてきた。
「どうもー」
と挨拶をする。やっほーと後ろからヨルノさんの言葉も飛んでくる。
パンさんも笑顔で手を振ってくれる。
パンさんが筆談が話しやすいようにリビングに移動した。
ヨルノさんが話しかける。
「ゲームワールド三人でいかない?」
パンさんが青色のペンをリビングの端から持ってきて、空中に
「いいよ」
としゃがみながら書き込む。そしてさらに続けて書き込む。
「何のゲーム?」
文字が丸くてかわいらしいと思った。
ヨルノさんが
「えっとねー」
とキーボードを叩く音が聞こえる。多分、さっきの動画をパンさんに送っているのだろう。
数秒経って、パンさんがまたペンを動かす。
「FPS苦手だけどいいよ~」
自分にはマネできない。勇気のある人だ。
「え~ごめん、じゃあ何のゲームが得意?」
ヨルノさんが聞いて、またペンを動かす。
「都市作り」
と小さく書いた。
ヨルノさんがどこか意地悪そうに
「たしかに、パンさんってそういうイメージ」
と言った。
パンさんが怒ってる表情に変えて、ポコポコという擬音が聞こえてきそうなしぐさでヨルノさんを叩く。近くで見てて微笑ましかった。
そんな茶番をしてから、ヨルノさんがポータルを開いた。
三人でそのポータルに飛び込むと、そこは暗い部屋だった。
ゾンビゲーのセーフルームみたいな場所にはクリックで持てる銃や斧などが置いてあった。
とても雰囲気が作り込まれていて、本物のFPSゲームに引けを取らないクオリティだ。
自分は銃を手に取り、二人と一緒にセーフルームの外に出る。
波のような緑色の群れが迫りくる。閃光と銃声が響き、血飛沫が舞い散る。無双ゲームをやっているようで楽しかった。対戦するゲームではなくこうやって協力するゲームを選んだのは彼なりの配慮なのだろうか。
そして、最終ウェーブまで闘い抜き、僕たちはクリアした喜びを表しつつ、お互いの顔を見合った。
ワールドをクリアしたあとは、また僕たちのホームワールドに帰ってきた。
熱く今日のゲームについて語って、その熱が冷めると、またこたつに入ってだらだら雑談をしていた。
同期会のことを話していると、パンさんがペンを滑らせる。
「ごめん 用事あるからまた」
と笑顔で廊下へ歩いていった。
ヨルノさんと一緒に見送る。
「またね〜」
僕とヨルノさんの声が重なる。
パンさんは玄関まで歩くと消えていった。
見送ったあと、僕たちはまたリビングのこたつでだらだらと会話をしていた。
雑談がひと段落したあと、ヨルノさんが口を開いた。
「イトウさんってバイト忙しいって、言ってましたけど、大学生なんです?」
とヨルノさんが聞いてきた。
「そうです、大学3年生なんですよ」
何も思わず言ってしまったが、別に警戒する必要もないと思った。
「えー!僕も同じくらいなんですよ!大学二年だから、一個下かな?」
嬉しそうに言っているその声が嘘だとは僕は到底思えなかった。
一期一会なこの世界で、同じ年齢層で同じ時期に始めるなんて奇跡みたいだ。
聞かれる前に聞いてしまおうと、勇気を奮い立たせて質問した。
「ヨルノさんって、どうしてこの仮想空間に来ようと思ったんですか?」
沈黙。呼びかけても反応は返ってこなかった。変な手汗が出てきて、心臓の鼓動は速まった。地雷だったのかもしれない。
「リアルが忙しくてね〜、その息抜きみたいなもんかな」
すこし考えての発言なことはわかった。これ以上は深入りしないようにしようと今決めた。
「そうなんですか、大変ですね」
二人しかいないこの空間で、自分の少し浮ついた声だけが響いた。
嫌な予感がする。
「じゃあ、イトウさんはなんで始めたんです?」
やっぱりだ。すぐに思考を巡らせる。
「僕は…」
言葉が詰まる。何て言えばいいか。友達を作りに来た?いや違う。自己承認欲求を満たすというのもニュアンスが違う気がする。
「人と話したかったからですかね?いや、そのなんていうか…現実だと人と話すが苦手で」
自分語りみたいになってしまった。
するとヨルノさんが指を動かして、表情を笑顔にする。
「大丈夫ですよ、僕もそうですし、このゲームやってる人なんて大体そんな人なんで」
ヨルノさんの声色は同情とか、共感するときのようなものではなかった。
「僕とか昔不登校で、学校の友達とかあんまいなかったし、MMOでは結構友達いたので、あんま気にしなくていいんじゃないですか?」
彼の笑顔が画面の中で際立って、救いに見えた。これは同情じゃない。
そうだ、僕が本当に求めていたのは別に人とコミュニケーションをとることでも、コミュニケーションが取れてかっこいい自分でもなんでもない、ただ認めて欲しかったんだ。
等身大の人間として。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
VRでも、そんな彼の顔を見れると思うと嬉しかった。
「来週の週末も空いてます?」
「時間とれると思います」
昨日に引き続き、心に空いていた穴に何かが注がれて満たされていく気がする。色は濃いオレンジ色で、トクトクと注がれる。
「じゃあまた来週~」
ヨルノさんが手を振って、玄関に向かって歩いていく。最後にこっちに向かって、表情を笑顔にしてから、小さく手を振る。
そしてこのインスタンスには自分一人しかいなくなった。
遠足の帰りに泣かなくなったのはいつからだろう。
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