#VRCHAT始めました

初心者案内の彼女も

「暇だったらきてねー」

とフレンド申請を送ってきた。

もちろん承認した。

するとデフォルメされた涙目の白いアバターの人も僕のもとに近づいてきて、ネームプレートを指差すジェスチャーをしている。

応答するため、そのアバターの上を見て名前を確認する。breadと書いてある。

「ブレッドさんも大丈夫ですよ」

弁明気味に話すと、目をしいたけの切れ目のようなハイライトが入った瞳に、ブンブン腕を振っている。喜んでいることが読み取れた。

そして、あやめさんがこちらに向かって話しかけてきた。

「イトウさん、大丈夫だとは思うけど、この世界には無言勢って言ってマイク使って喋らないスタイルの人もいるから…」

「まあもうコミュニケーションできてるし解説いらないか」

僕は感心した。なるほど、確かにVR機器があるなら声を出す必要もない。声がコンプレックスな人や出せない人も気軽に意思疎通ができるんだ。

「あと、素朴な疑問なんですけど、ブレッドさんをどうしてパンさんって呼ぶんです?」

するとヨルノさんが答えた。

「僕が一緒に初心者案内されているときに、日本語訳したらパンって僕が言ったら、三人ともツボちゃってその流れで、今もパンさんって呼んでるんだ」

横ではコクコクブレッドさんが首を縦に振っている。

少し心がキュッとした、疎外感が心の奥から冷たい風みたいに吹いてきた。

一日違うから当たり前と言えば当たり前だが、僕がこの場にいるのが場違いみたいな感じが心の内からこぼれてきた。

今までならここで、理由をつけて去っていたと思う。だからいつまでも仲のいい人間ができないのだ。

でも、今はなんだか違う気がする。真っすぐ、その白いアバターをモニター越しに見詰めた。

「僕も、パンさんって呼んでもいいかな」

呟きみたいな声を情けないと感じながら、背中を今にも押されそうな気持ちで吐き出した。

でも、目の前の白いアバターは頷きながら、笑顔を見せて特徴的な萌え袖の腕を振っている。

地に足ついていないという言葉が一番近い状態だ。現実でもないただ画面越しの相手に対して自分の発言を受け入れてもらったことが、僕にとってはとても嬉しかった。

心の中に吹いていた冷風がその温かさでそっと溶けたようだ。

もう、この人たちは怖くない。


そして僕の初心者案内ももう終わりみたいで、最後の通例のようなものがあるらしい。

すこし通路を歩いたその先には、幅が広い階段があり、どうやらここで写真を撮るらしい。

あやめさんが語る

「ここで集合写真みたいな感じで写真を撮って、ハッシュタグをつけてSNSに挙げると反応が来るから、そこから人脈広げてもいいかもね」

なるほど〜と相槌をうちながら、ヨルノさんとパンさんに誘導されて、一緒に階段の中央に横一列に並ぶ。

あやめさんの言う通りカメラモードをメニューから起動して、整列してる四人を撮る。

数枚撮ったあと、

「初心者案内ありがとうございました!」

すこし張った声で感謝を述べた。本当に感謝の念が心から湧き上がってくる。

「これでイトウさんも一人前だね、ところでさ、三人とも時間ある?」

パンさんが頷く。ヨルノさんもあると言っていて、自分も答えた。

「全然大丈夫です!」

「じゃあ、一緒にワールド巡りどうですか?皆さんに見せたいワールドがたくさんあるので」

拒否する理由はなかった。

「ぜひお願いします」

パンさんも笑顔を見せて小さく腕を振り、ヨルノさんもいいね~

と乗り気だ。

すると、彼女の目の前に最初のホームで見た半透明の縦長のポータルが現れた。彼女がその楕円に飛び込むとアバターが向こうの世界に吸い込まれていった。

あとに続いてパンさんが飛び込んでいって、ヨルノさんがこっちを向いて

「いこっ」

と笑顔のまま飛び込んでいった。

そして自分も楕円の中に進んでいった。ポータルに触れるとあの深い水色のロード画面が表示された。ロードが終わるとそこは暗い水族館の部屋のような場所だった。灰色の壁の中に小さなアクアリウムがあり、クラゲがふんわりと浮いている。近くにはあやめさんとヨルノさんがいた。

「あれ?パンさんは?」

とヨルノがあたりを見渡す。

するとあやめさんが、

「回線の問題じゃない?多分まだロード中だと思う」

と僕たちが出てきた場所を凝視している。

すると数秒経って、パンさんが出てきた。

わーいとでも言いたげな、両手を上げたジャスチャーをしながら、あたりを見回している。

「揃ったねー?じゃあいこうか」

あやめさんが歩き始めたので皆でついていく。個室のような空間から少し歩くとそこはドーム状になった野球ドームぐらい巨大な空間があり、中にはベットやソファーなどくつろげそうなスペースや、ドームの外の大海を近くで見られる展望台があった。ドームの外は様々な魚群や巨大な魚が泳いでいる。詳しくないので魚の種類はわからない。

ただその大きさと、色とりどりの光が魚群にあたって煌めいている様子はとても綺麗だった。

チラッとあたりを見ても、三人ともこの巨海に心を惹かれているみたいだ。

「綺麗ですね」

ヨルノさんが話しかけてくる。

「そうですね、魚群とかとくに」

キラキラ光を反射する魚群をゆびさした。

水族館は子供の頃に一回行ったきりで、魚たちを見ているとなんだか、中学生の時にした夜の散歩みたいな気分だった。

じっと見ていると、横であやめさんとヨルノさんが感想を語り合っている。

そのあと自分も混ざって話していると、4人とも集まったので、次のワールドに行くことになった。

無色彩の都会のビルぐらいの大きさの幻想的な教会。直線的な光が織りなす花がどこまでも続く花畑、実在の駅を再現したワールド、どこか退廃的な雰囲気がする古い電車など、視覚を肥えさせるワールドばっかりだった。

「そろそろ休憩しよっかー」

神秘的な暗い森のワールドを探索しているとあやめさんが言った。

すると、今度は一般家庭の部屋みたいなサムネイルのポータルを出して飛びこんだ。

僕たちも、もう慣れた様子でポータルに触れる。

ポータルの先はアパートの玄関で、かなり小綺麗だ。白い壁にフローリングの床の廊下を歩くとリビングに出た。都会の一軒家に引けを取らない広さで、すき焼きが置いてあるこたつやテレビ、台所まである。どこか懐かしさを感じる空間だ。

リビングの隅には色とりどりのペンが置いてあり、パンさんが見つけて、その中の赤いペンを握っている。

あやめさんがテレビのプレイヤーのような部分をいじると、有名な日本の映画作品のBGMが流れ始めた。

そして彼女が

「さっきのチュートリアルワールドでは書いてなかったけど、メニューから自分のホームワールドは変えられるんだよ」

とこたつに潜り込みながら言っている。

自分はメニューを開き、このワールドをホームワールドに設定した。

例え一人のときでも、今の時間を思い出せそうな気がしたからだ。

パンさんがペンで、空中に文字を書く。

赤色の線が部屋の中でひときわ目立つ。

「設定したよ〜」

ジェスチャー以外にもペンもあるのかと感心しながら、僕もメニューを開いて、

「設定しましたー」

と話した。あやめさんが補足するように、

「全然このワールド以外でも大丈夫だけどね、自分の、お気に入りのワールドとか見つかったらそれでいいし」

とこたつの上のすき焼きをつつく。

そのあとはすこしまったりとした雰囲気で、人と話すために垂直にしていた椅子のリクライニングを斜めにして、マウスを握らずに添えるようになった。

すると、ヨルノさんが話しかけてきた。

「イトウさんって普段どんなゲームします?」

多分、僕だけデスクトップからログインしているので、ゲームだと思ってこのアプリをしていると思われてるのだろうと察した。

「あー、あんま普段はバイト忙してゲームしないんですけど、今はFPSとか、昔はMMOとかですかね…?」

「僕もFPSよくやってますよー!よかったら今度一緒にやります?」

なんてコミュニケーション能力が高いんだろうと思った、いや、それよりも人をゲームに誘う勇気はどこから来るのだろうか。

「えっ、いいですか?じゃあ時間が合えば…ぜひ」

ヨルノさんが右手を動かし、笑顔に表情を変えた。

「やったー!今度連絡しますねー」

SNSアカウントのプロフィールを後で変えようと思った。いまはただの初期のアイコンで名前も適当の見る専だ。

そんなことを話しながら、あやめさんと雑談をしたり、パンさんと映画の話を半分文通でしたりしていた。

なんて楽しいんだろう、今まで人生で傷つきたくなくて迂回してきた、コミュニケーションは、別に自信がなくても、度胸がなくてもよくて、こんなに優しかったんだ。

この仮想世界は銀の弾丸だ。僕の人生にたりないものをなんでも解決してくれる。

そんなことを考えて、みんなで他愛もない会話をしていたら数十分は過ぎていた。

「そろそろ最後のワールドいこうかー」

あやめさんがそんな風に言いながら、ポータルを出した。ポータルには半透明の遊園地が写っている。

三人がポータルに触れ、この部屋から消えていく。なんだかずっとこの場にいたいような気もしたが、僕もポータルに触れ、ロード画面が目の前の液晶を覆い尽くした。

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