どこか心に穴が開いたような

あの時はまだ就職先も決まっていない大学3年のときで、大学生という人生の夏休みを謳歌するために、娯楽を必死に消費していた。

頑張って勉強をしてそこそこの大学に入ったが、これは学歴のためであって別に何かをしたいわけじゃない。友達も中学高校を通してクラスで多少話す奴はいたが、それだけであくまで腹を割って話せるような奴は一人もいなかった。そんな自分を嘲るようにやけに広い部屋が笑っている気がする。

そんな人間にでも平等に時間は流れて、生活するためにバイトをした。アニメは少しは見るが、趣味というほどでもない。映画館によく足を運ぶが、話す相手はいない。家事は人並みにできるため、いつも片付いてる部屋は実際の間取りよりも広く見えたし、貯金もあった。でも、何より孤独だった。合コンに誘ってくれる友達なんていないし、居たとしても女性と話すようなコミュニケーション能力が無かった。

どこか心に穴が開いたような生活だった。


大学生の特権の深夜のコンビニバイトで、休み時間に最新の情報を手に入れるために無心でスマホの画面をスクロールする。別に気になるアイドルや芸能人がいるわけではない、ただ、社会の情勢にすらついていけてないと孤独で気が違いそうになるほど苦しい、理由は自分でもわからない。スクロールしてるとある動画が目に留まった。

ある新興新聞社がメタバースに取材するという内容だった。興味本位で見てみると、カメラの先にはアニメキャラクターのような動物の耳が生えている美少女がこちらに向けて手を振ったり、色鮮やかなペンで空中に文字を書いたりしている。

衝撃だった。メタバースと言ったら地方自治体がノウハウなしで大コケとか、気持ち悪いキャラクターが明らかに下請けでつくったようなローポリのCG上を歩いてるイメージしかなかった。

何よりも僕をうならせたのが、その映像を見る限り、中に人がいるという点だ。これなら自分でも人と関われるかもしれない。そう思ってスマホのメモ帳にプラットフォーム名を書き、コンビニのレジに戻った。

台車に段ボールを載せて、商品棚まで移動する。棚に商品を補充している間、なぜかワクワクが止まらなかった。

そのあと、僕は帰宅してからパソコンの電源をつけ、本格的にそのVRプラットフォームを調べ始めた。

わかったことは、まず美少女のアバターが主流だということ、ゲーム要素やその他の機能もあるが、基本的な使い方はコミュニケーションだということ。さらに‘‘お砂糖‘‘という昔やったオンラインゲームの結婚機能のようなものがユーザー同士で行われているようだ。

とにかく調べた。アバターの導入方法、美少女アバターの中でもどんなアバターが人気なのか、人気なワールドは、独特の文化や専門用語の意味まで調べた。

黙々とキーボードを打ち込み、喉が渇いたときに水を一気飲みするみたいに情報を頭の中に流し込んだ。

そこで、なんとそのVRプラットフォーム、VRCHATは、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)、つまりVRゴーグルがなくてもパソコンからその世界にログインできることを知った。

昔、興味が出たがすぐやめてしまったオンラインゲームのために買ったこのパソコンがある。つまり、今すぐその世界に入ることができるのだ。

しかし、その情報を調べたころにはカーテンから、隙間を光が薄っすら差し込んでいた。

バイトが終わってからぶっ続けで調べていたようだ。金曜なので夜更かししてもよかったが、こんなことで夜更かしするのは人生で一度もなかった。

何がそこまで自分を突き動かしているのかはわからない。つまらない人生なんて思いたくなかったが、いままでやったどのゲームよりも、修学旅行や文化祭よりも、人生のどのイベントよりも楽しみだった。


翌日、メールアドレスでアカウントを作って、公式サイトからダウンロードする。名前は特にハンドルネームがないので、苗字の伊藤から「itou」とした。ここまでは今までのオンラインゲームとほぼ同じだ。

そして画面に表示されたデスクトップ上のアイコンをクリックする。

機械的なマウスのクリック音が部屋に響くのと共に、暗い水色のロード画面が現れる。

どこか落ち着いた単調な音楽と共に、ローディングの進捗が映される。

水色のバーが右端に達したその瞬間、目の前にとある空間が現れた。

宇宙の中のポツンと木の床と中途半端な灰色な壁が主な構造で、壁にはポスターのようなものがあり、英語で書いてある操作方法だけのチュートリアルのようだ。

少しキーボードを使い歩いてみると、縦にした楕円上のモヤモヤが荒い画像を表示して浮かんでいる。どうやらほかの世界に飛ぶためのポータルだとわかった。

すこし視点を動かすと焚火やソファーのようなものが小さく置いてある。ここがコミュニケーションをするためだと暗示してるかのように思えた。そして室内にある壁を越えた先には鏡があった。自分の姿は灰色の車の衝突試験をするダミー人形みたいだった。

そこであることに気づいた。そうだ、アバターを用意しないといけないのだった。

別にこの姿のまま行っても問題はないのだが、通例として、あとは円滑にコミュニケーションを進めるためには美少女のアバターや、動物などが好ましいらしい。

つまり、今僕が持っている目標を達成するためにはこのままではいけない。

そう思い立ってキーボードの端を押してメニューを開き、電源ボタンからアプリを閉じた。

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