第7話 気弱な先輩のささやかな反抗にキレる小林

10月4日、深夜の愛知県への道中で運転手として小林の配下にされた重住が「女紹介してくれるて言うてはりましたけど、ホンマでっか」と尋ねてきた。

小森が自分たちの運転手になれば小遣いもやるし女も紹介すると調子のいいことを言っていたのを本気にしていたようだ。


こんな時にナニ言っとるんだてコイツ?

小林はたとえ知り合いであっても自分の意にそわない言動をしたら殴りつける男であったが、自分のお膝元での人脈を一緒に逃げてきた小森や芳我にも見せつけようとしたのだろうか。

知り合いの不良少女である町田理恵(仮名・18歳)に電話をかけ、「今からシンナーやらんか?」と誘い、翌朝7時半ごろ町田の家に到着。

さらには地元で小林とも面識のあった高澤浩紀(仮名・19歳)とも合流し、10月6日までに町田の仲間の不良少女藤川環奈(仮名・16歳)も加わってボウリング場やパチンコ店などで時間を潰す。

どいつもこいつもシンナーの常習者だった彼らは名古屋市までシンナーの買い出しに行き、一宮市内のラブホテルに入ってシンナーを吸ったり、カラオケを歌ったり飲酒したりなどして過ごした。

彼らには特にやることはないのだ。


だがラブホテルをチェックアウト後、またシンナーが吸いたくなってきた。


「なあ高澤、どっかでまたシンナーやらんか?」

「林ん家行こか?知っとるやろ?」

「ええな、あそこにしよか」


愛知県稲沢市に住む林真丈(21歳)は二十歳を過ぎてもシンナーをやっているろくでなしだ。

妹もいたがこいつも同様にシンナーをやっていた。

このバカ兄妹の両親は飲食店をやっていて夜に家を空けることが多く、しかも母屋の他に子供たちの部屋がある離れがあって、そこが不良たちの恰好のたまり場になっていたのだ。

小林も何度か行ったことがある。


18時頃林の家に到着した一行は重住を除く六人とそこにいた兄妹と妹の友達三人も含めた九人でシンナーを吸い始めた。

だんだんラリってきた一同だが、小林のそれは少々タチが悪い。

ここでちょっとした騒動が起こる。


「コラ!ナニ見とるんだて!」と年上でせっかく部屋を使わせてくれている林に小林が因縁をつけ、顔面を殴ったのだ。

小森も便乗して林につかみかかって右目あたりを殴る。


「ちょっとやめやー!」林の妹が止めに入ってその場は収まったが、小林という男はシンナーをやっているとはいえ元々道理を理解する頭がなく、思いついたことをほんのはずみでやってしまう男なのである。

相手の気持ちとかを考えることも当然ない。


「オイ!もうシンナーないんか!?」


シンナーは全員が満喫できるほど十分ではなかったらしい。

小林は高飛車に命じる。


年上の林はさっきのこともあって言いなりで、近所に住む知り合いにシンナーを調達してくるように頼んだ。

その男、岡田五輪和(22歳)は土木作業員をやっていたが、林同様二十歳を過ぎても未成年のガキどもとつるんでシンナーをやっていた。

父親が亡くなったばかりで、葬式の席で知人から「これからはお前もしっかりしないとな」と言われていたが聞いていなかったらしい。

19時過ぎ、岡田は近所からシンナーを調達して来るとご丁寧に瓶に小分けし、林家の離れにやって来た。


岡田もこのシンナーパーティーに参加する気があったかどうかは分からないが、この時林の頼みを断るかそのまま帰るべきであった。

なぜなら彼はこの後、第二のリンチ殺人の被害者となるからだ。


それは、岡田が小林の姿を認めたことから始まる。

彼は小林に対して私怨があった。

顔見知りで一緒にシンナーを吸った仲ではあったが、かつて自分の知り合いの女を小林にレイプされ、その女に大いに気があった岡田は小林のことを許すことができなかったのである。


しかし、岡田は年上であるにもかかわらず林と同く小林にはナメられていた。

それなりに非行歴があったが、どちらかといえば気が弱く、何かと言うことを素直に聞いてしまう岡田は不良仲間の間では尊重するに値しない存在だったのだ。

それはここにいる他の連中にとっても同じであったことが後に証明される。


自分の女(と思っていた)を犯った相手を許すことを、一応男である岡田は許すことができない。

小林につかみかかる度胸は全くなかったが、臆病者なりに敵意の視線を向け始める。


ん?なんだて、こいつ?

ラリってはいたが小林もその岡田の視線に気づいた。

ビビりのくせに俺に文句あんのか?


「オイ!コラ!てめえ何だてその目、アン!?文句あんのか!!」と凄む。

年下とはいえ小林にビビっていた岡田だったが、この時やってはいけないことをやってしまった。

中途半端に逆らうような意思を示してしまったのだ。


「お前のやったこと、警察に言ってもええんだで!」

「んだとコルァ!!」


顔面を殴りつけ、たまらずうずくまった岡田を殴る殴る。

「誰の下のモンに盾ついとんじゃコラ!!」と小森も兄貴分面して参戦。

他の連中、高澤も面白がって加わり、凄惨なリンチの幕が切って落とされた。

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