第5話 ハッタリと勢いのまま命を奪う

小林と芳我に無茶な言いがかりをつけられて拉致された林は彼らが「事務所」としているマンションの四階の一室に連れ込まれた。


「タコ部屋に売り飛ばす奴さらってきたでよ」

「おーうこいつか、タコ部屋送りにするんわ」

「オラ。脱げや、脱げ脱げ」


留守番をしていた小森と浦とともに林を裸にし、テープで後ろ手に縛って口にガムテープを貼る。

林が所持していた結婚指輪と携帯電話、金品もいただいた。


小林ははるか年下の自分たちにむざむざ縛られて転がされた林に「オラ、オメーの名前と住所洗いざらい言えて」と高飛車に命令した。

だが年下のガキどもにこんなみっともない目にあわされながらも林にもまだプライドがあったのだろう。

「何で言わなあかんのや」と塞がれた口で言って反抗し、小林に顔面を拳で殴られた。


「何や今の?ナニしとるんや?」


一部始終を見ていた小森が偉そうな態度で口をはさんでくる。


「何だて?どついたらかんのかて?」

「名古屋のやり方ぬるい言うとるんじゃ、大阪のやり方教えたろか?」


小林の時よりさらに強く林を殴る。

小森は自分が一番上の兄貴分のはずなのに、カツアゲではずっと小林に仕切られているような気がしていたからここで誰が一番上か、どれだけ自分がヤバい男かを見せつけようとしていたのだ。


小林もそんなこと言われたら負けるわけにはいかない。

負けじと林を殴り、小森と残忍さを競い合うかのように縛られて身動きができない林を拳で滅多打ちにする。

みるみる顔面の形が変わり鼻や目じりから鮮血がこぼれだして飛び散る。

芳我や浦も腹を踏みつけ蹴り、林はこの時点で虫の息になって顔面が血で真っ赤になるくらい痛めつけられた。


だが、本来の目的は林を工事業者に売り飛ばして代金をせしめることだ。

とりあえずこのリンチは中途半端に生意気な男に自分たちのヤバさを分かってもらうあいさつ代わりとしてお開きにし、血を流してうめく林を押し入れに入れ、彼らは賭けトランプなどをして時間をつぶした。


朝になり、芳我はさっそく自分の知っている工事業者に電話をかけて売り飛ばしたい奴がいると持ちかけた。

彼には立場が上の他の三人にそんな業者にパイプがあることを見せつけて、いい恰好をしようという意図もあったとみられるが、そのパイプは芳我が思っていたよりも細く、そもそも業者にとって芳我はまともに相手する価値のない顔見知りのガキ程度だったようだ。


「今、責任者おらへんからあかんわ」「そないなこと言うても、車空いとらんからそっち行けんがな」とか言われてなかなかうまくいかない。


そんなバレるに決まっている極悪な企みに乗るほど業者もバカではないのだ。

だいたい行きずりでさらってきた人間を奴隷として売り飛ばそうとしてるんだからとんでもないガキである。


「おいおい、どないなっとるんや?売り飛ばせる言うたんちゃうんか?」とか小森に煽られ、芳我は腹立ちまぎれに縛られて動けない林の腹や顔を蹴飛ばしたりしていた。

ちなみにいかさまトランプで金を巻き上げられた時も腹立ちまぎれに暴行している。


それからも体よく断られているのにも関わらずまたくだんの業者に連絡をとるが、「あかんあかん。そないなわけのわからんモンお断りや」とかきっぱり断られ、思惑が大いに狂う。

イライラが募りその矛先はやはり林に向かった。


一方の林はまさか自分をさらったのがこんなヤバいガキどもだとは知らなかっただろうし、ここまでひどい目に遭うとは思っていなかったはずである。

こいつらは自分をタコ部屋に売り飛ばそうとしているし、なかなか拘束を解いてもらえないばかりか時々思い出したように殴る蹴る、タバコの火を押し付けるの乱暴をされるからだ。

いつ加えられるか分からない暴行にだんだん恐怖が増し、精神的に追い込まれてきた。


もう、頼むからやめてくれ…、許してくれ…。

口にはガムテープがかまされているので声を上げることもできない。


夕方になって、何人かの女が「事務所」に遊びに来た。

ホストクラブで働いたこともあり、そこそこモテる芳我の知り合いの女である。

当然素行の悪い不良少女で、押し入れの中で裸で縛られて転がされている顔中血まみれの林を見ても「何や?これ?」と言うだけだ。


その自分の息のかかった女たちだったのだが、やけに兄貴分である小森たちと親密になり、小林などは耳掃除までしてもらっている。

面白くない。

そしてやはりそのイライラの矛先は林であり、みんなが見ている前で腹を蹴飛ばす。


午後7時ごろ、女たちが帰り支度をする。

芳我はすぐそこまで女たちを送って戻って来たが、ここで兄貴分たちに辛辣な嫌味を言われた。


「おうおう、女の前やと、えれえ威勢ええな」「ええとこ見せようとしとるやろ?見え見えやで」「コイツ、いつんなったら売り飛ばせるんだて?はよしろて。役立たんな」


「糞が!オラあ!!」芳我はやっぱり林に八つ当たりし、顔、肩、脇腹を踏みつけ、蹴飛ばし、林は「ぎょぼ!」とか「グべ!!」とかガムテープを貼られた口から声を出す。

浦は午前中からすでに何度も根性焼きをされた林の体に新たにタバコの火で根性焼きをする。

小森と小林はベルトを巻いた手で顔の腫れあがった箇所や血が出ている場所を集中的に殴り、そのたびに血が飛んだ。


体中に打撃を加えられた小林の体にはさらにガスコンロで熱した鉄片が当てられ、ジッポのオイルが垂らされて火がつけられてのたうち回るが、その火傷の箇所に小林はボールペンや折った割りばしを刺す。


彼らは一つ屋根の下で暮らしていても仲良しグループではなく、ちょっとでも弱みを見せたら相手に付け込まれる恐れのある不良集団だったから、自分のヤバさをアピールするためにこういう人を痛めつける時は残虐さを競い合うかのようになっていた。


しかし、やりすぎた。


林は顔が原型をとどめないほど腫れあがり、鼻から血以外の液体まで出し、体中アザや火傷、刺し傷だらけのむごい姿になってうめいている。

「えらい痛めつけてまったな。こら売れんて、どないしょ?」「ここまでやったら警察にチクられるやろな」と小森らと話し合いながら小林は芳我に「お前どうすりゃええと思う?」と意味ありげなことを言い始めた。


どういうことか?

警察に通報されないよう林を消そうとしているに決まっている。


「分かっとりますがな、やりますよ、ワイ」と芳我も兄貴分の意図を察していた。

「おう、わりゃどうやって死にたいんや?刺したろか?絞めたろか?」浦はふざけて青息吐息の林に尋ねる。

一同、林の殺害で方針が固まってしまった。

何の落ち度もない青年を恐喝目的で誘拐し、一方的に暴行したあげく口を封じようというのだ。


「もうかんべんしてください…ゆるしてください…」


残酷リンチで顔が腫れあがり、体のあちこちを火傷し、鎖骨と肋骨を折られて内蔵も破裂していた林は涙を流してガムテープを貼られた口から必死に命乞いらしき言葉を発するが、この人でなしどもに言っても意味はない。


林を四人がかりで浴室に引きずって行き、首をベルトで絞める。

「ぶぶぶぶぶぶぶ、がばばっばばああああああ」と林はガムテープの間からおぞましい声と血を出し、鼻からは蛇口のように血がほとばしり、身をよじりのけぞらせて脱糞して苦しみ、やがて動きを止める。


「死んだかいな?」タバコの火を押し付けても動かない。


柏原市安堂町のアパートに新妻を残し、将来は自分の寿司店を持とうとしていた26歳の青年の命は19時間の地獄の果てに無残に絶たれた。

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